ハルヲンテイムへようこそ

坂門

文字の大きさ
上 下
152 / 180
裏通りの薬剤師

あの優しかった言葉を思い出したりして

しおりを挟む
「あのう、私、ベッドの上が長かったので、女の子同士でお話しした事が無くて⋯⋯ずっとしてみたかったんです⋯⋯何か、嬉しい」
「そ、そうなのですね」

 ずっと病気だったと、仰っていましたものね。
 はにかむシュミラちゃん。少し照れた微笑みから嬉しさが伝わります。
 良かった⋯⋯って、あれ? 私もじゃない?

「あ! シュミラちゃん! た、大変です!」
「どうしました!??」
「私も、同世代の女の子と話した事ありませんでした⋯⋯」
「ぷぷぷぷ⋯⋯アハハハハ⋯⋯」

 困りましたね。同世代の女の子の話題がどういったものなのか、分かりません。お願いされましたが、上手く出来る自信がありませんよ。

「ごめんなさい。上手く話せないかもです」
「はぁ~大丈夫です。私はエレナさんと、お話しがしたいんです」

 クシャクシャの笑みを返してくれたシュミラちゃんのおかげで、緊張は解けて行きました。私なんかよりずっとしっかりしていて、優しい子。今まで病気で苦しんでいたなんて可哀想ですね。

「治療はどうでした?」
「最初は院長先生が診てくれました。症状が落ち着いてきたら、息子さんの大先生、今は大先生の弟の先生が診てくれています。みんな優しいですよ。院長先生は面白くて、大先生と先生は雰囲気が柔らかくて、いつもニコニコしています」
「そっか、良かったですね」

 院長先生がキルロさんのお父さん、大先生が長兄で、先生が次兄かな。
 ご家族みんな優しいのですね。キルロさんの優しさは、家柄なのかな。院長先生、大先生、先生⋯⋯そうなるとキルロさんは何になるのでしょう? 先生はもういるし、そもそも先生じゃないですものね。やっぱり鍛冶屋さん? それも何だか締まらないですね。
 そう言えば、ヴァージさんに理事長って言われていましたね。
 あれ? 院長と理事長って、どちらの立場が上なのでしょう? 大先生と先生とでは? でも、キルロさんは三男の末っ子で⋯⋯お父さんとお兄さん達で⋯⋯。あれ? あれ? この場合はどうなるのでしょう??
 私がひとり悶々と悩んでいると、シュミラちゃんはキラキラした瞳をこちらに向けます。嬉しいと言う気持ちが、こちらにも伝わって来ます。私がその瞳に気が付くと、シュミラちゃんは急に表情を引き締めました。

「アルにいとカラ兄は元気でやっていますか? 迷惑を掛けていないですか?」
「プフッ」

 いきなり真顔で聞かれて、思わず吹いちゃいました。お兄さん達の心配が出来るほど、回復しているという証ですね。私は笑顔を持って答えます。

「アルシュさんは先日お会いしましたよ。とても元気でした。シュミラちゃんの事も、その時に聞いたのですよ。カラシュさんもお会い出来ていませんが、元気だそうです」
「良かったぁ~。また迷惑を掛けていないか心配で、心配で」
「アハハハハ、大丈夫ですよー。この間はアルシュさんに、助けて貰ったくらいです」
「そうですか。コキ使って下さいね。私も元気になったら、何かお返ししなきゃ」

 ふといつかのネインさんの言葉を思い出します。あの時私も今のシュミラちゃんと同じ事を思っていましたね。
 みなさんが誕生日を祝ってくれたあの日の言葉。ネインさんの優しい言葉を、そのままシュミラちゃんに向けます。あの時のネインさんの気持ちが、今になって分かった気がしました。

「そんな事は考えなくていいと思いますよ。シュミラちゃんが元気になるのが、何より一番ですよ」
「そっかなぁ⋯⋯」
「きっと、そんな事を考えられるようになったのが、何よりもみんな嬉しいと思いますよ」
「う~ん」

 真剣に悩む姿が可愛らしいです。確かまだ9歳ですよね? 随分としっかりしていますね。やっぱり一杯、本とか読んでいるからなのかな? でも、可愛く不貞腐れている姿は、やっぱり年相応です。

「でも、エレナちゃんは良くして貰ったお礼に【ハルヲンテイム】で働いているのでしょう? 私とあんまり変わらないのに凄いじゃないですか。私も何かしたいですよ」
「いやいや、シュミラちゃんは、まだ9歳だし、そんな事は考えなくても⋯⋯」
「このあいだ10歳になったんですよ。エレナちゃんとあまり変わらないですよ」

 鼻息荒めのシュミラちゃんには申し訳ありませんが、私は成人していますからね。もう大人なのですよ。

「いやでも、ほら、シュミラちゃん。私は成人しているし、働かなくてはいけない歳だから」
「え?! エレナちゃん! 成人しているの??」
「ちょ、ちょっと! お兄さん達と同じ驚き方しないでよ!」
「⋯⋯ご、ごめんなさい。てっきり、ひとつか、ふたつしか変わらないと思っちゃった」
「もう~! この間15歳になったんですからね。大人ですよ」
「⋯⋯はい?」
「何か腑に落ちない顔している」
「分かります?」
「もう!」

 怒ってはみせましたが、シュミラちゃんのばつ悪そうな笑顔に釣られて、私も笑っちゃいました。しばらくふたりで笑いあうと、シュミラちゃんはおもむろに窓の外へと視線を移します。

「⋯⋯こんなに笑ったのは、久しぶりです。成人したから【ハルヲンテイム】で働いているの? アル兄が、エレナちゃんは【ハルヲンテイム】に助けられたから、きっと恩返ししているんだ。って、言っていたから就職じゃないと勝手に思っちゃいました」
「それはあっているかも。ハルさんや、みんなに私は助けて貰ったのは、ホントだよ。でも、お礼で働いているわけじゃないよ。働きたいと思ったから、働かせて貰っているの」

 キノとの出会いで生まれた、欲への執着のおかげ? なのかな?

「そうなんだ。働きたい所で働けるのって素敵」
「だね、私はツイていたの」
「ねえねえ、エレナちゃんのお仕事の話を聞かせて」
「仕事の話⋯⋯。何を言えばいいのかな?」
「じゃあ、じゃあ、お店に入ったきっかけから」
「そんな面白い話じゃないよ」
「いいの。エレナちゃんのお話が聞きたい」

 上手に話す事なんて出来ないので、ありのままを話す事になるけどいいのかな? 面白い話とは思えないけど⋯⋯。
 私が困惑顔を向けると、瞳を爛々と輝かすシュミラちゃんの姿に嘆息しながらも口を開いて行きます。

「そんなに面白い話じゃないよ」
「うんうん」

 私の前置きなど、好奇心に胸いっぱいのシュミラちゃんに意味はありません。
 私は訥々と、キノとの出会いから話を始めました。

◇◇◇◇

 ああ⋯⋯これは⋯⋯。

 待合から溢れている人々。飛び交う怒号。活気に満ち溢れていると言えば、聞こえはいいですが、これはもはや混沌です、カオスです、滅茶苦茶です。
 ここはヴィトリアにある無料の治療院メディシナ【キルロメディシナ】。
 キルロさんはこの光景を覗く事も無く、治療の為に二階にある処置室へ閉じこもってしまいました。

(あとは宜しく!)

 キルロさんの残した言葉。“THE 丸投げ”ですよ。
 これをどうしろと言うのーーーーー!!
 声にならない叫びが、私の心の中をエンドレスでリフレインしていました。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

処理中です...