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坂門

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裏通りの薬剤師

ヴィトーロインメディシナ

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「そんなに驚かなくともいいじゃん。厳密に言えばウチでは無く、ウチがやっている総合治療院メディシナ、【ヴィトーロインメディシナ】だ。家は治療院の裏手になるから、このまま裏に行くぞ」
「⋯⋯は⋯⋯い」

 衝撃的です。大きいとは聞いていたけど、こんなに大きいなんて想像の遥か上です。【ハルヲンテイム】よりちょっと大きいくらいだろう、なんて勝手に思っていました。いや、【ハルヲンテイム】だって小さくないですよ、かなり大きいですよ。でも、これはスケールが違い過ぎます。呆気に取られ過ぎて、溜め息すら出ません。

 【ヴィトーロインメディシナ】から、道は細くなり左右に続いて行きます。整理された街路は、見事なまでに碁盤の目を描き。【ヴィトーロインメディシナ】に続く大通りを中心にして広がっています。この街のつくりからも、【ヴィトーロインメディシナ】が、この国の中心に位置しているのが伺い知れました。
 
 大通りを堰き止めるかの如く立ちはだかる【ヴィトーロインメディシナ】の脇道へと抜け、裏手へと回り込みます。強固を誇る壁は治療院の真裏で一度途切れ、裏門が現れました。
 キルロさんは裏門に立つ門番に軽く手を上げると、私達の馬車はそのまま敷地の中へと吸い込まれて行きます。石畳出来た一本道の先、小さなお城が見えて来ました。手入れの行き届いた庭園は鮮やかな色合いを映し出しています。進む馬車に合わせ、全貌が露わになる小さなお城は、柔らかな純白を見せ落ち着いた雰囲気を醸しています。
 まさかこのお城⋯⋯。

「あれがウチだ」

 やっぱり! 治療院と比べればだいぶ小ぶりですが、それでも家と考えればあまりにも巨大です。
 無駄な装飾の無い、それでいて豪奢な造りと分かる玄関扉が、私達の歩調に合わせて音も無く開いて行きます。
 広く天井の高い玄関ホールに見惚れていると、目の前に老齢の紳士が静かに首を垂れていました。

「お帰りなさいませ、理事長」
「ヴァージ、それ絶対わざと言っているだろう⋯⋯エレナ、こっちは筆頭執事のヴァージだ。ヴァージがウチを回してくれているんだ。ヴァージがいなかったら今頃ウチは、滅茶苦茶になっているよ」
「は、初めまして、エレナ・イルヴァンと申します。よ、よろしくお願いします」
「ご丁寧なご挨拶をありがとうございます、エレナお嬢様。改めまして、執事のヴァージと申します。何かご不便がありましたら、何なりと遠慮なくお申し付けください」

 ヴァージさんは、胸に手を置き一礼して去ってしまいました。
 ふわわわわ、お、お嬢様!? って言われちゃった!! ど、ど、どうしよう!?
 初めての言葉に私はふわふわと舞い上がり、気が付けばキノの体を激しく揺らしていました。恥ずかしいと言うのか、嬉しいと言うのか、何でしょうか、このモゾモゾとする感じ⋯⋯。

「まだ少し時間あるな。エレナどうする? 観光って言っても、面白い物って特に無いんだよな」
「あ! それなら【ヴィトーロインメディシナ】を見学したいです。大丈夫ですか?」
「そんなんでいいのか? ⋯⋯それじゃあ、こっちだ」

 キルロさんは連絡通路へ案内してくれました。小城から伸びる短い連絡通路を抜けると、すぐに【ヴィトーロインメディシナ】です。
 私が【ヴィトーロインメディシナ】に行きたいと言った目的はふたつありました。まずは他の治療院が、どんな雰囲気なのか見てみたいと思ったのです。【ハルヲンテイム】でも、参考に出来る事があるのではないかと考えました。

「⋯⋯わぁ⋯⋯」

 目の前で、たくさんの人が行き交っています。従業員スタッフの方や、入院している方、多くの人が目に飛び込んで来ました。
 窓は陽光を取り込み、手入れの行き届いた廊下を明るく照らします。従業員スタッフの方々は純白のエプロンにうぐいす色の制服で統一され、清潔感に溢れています。様々な人種の方が働いていて、患者さんに向ける表情は誰もが穏やかでした。
 ベージュの部屋着で歩き回っている人は、きっと患者さんでしょう。窓から外を覗いていたり、ベンチに腰掛けて談笑したり、各々好き好きに時間を過ごしているようです。患者さんの穏やかな表情から、リラックス出来ているのが伝わりました。
 そういえば、走り回っている従業員スタッフの方はいませんね。それが、【ハルヲンテイム】には無い、落ち着きをもたらしているのでしょうか。【ハルヲンテイム】では、みんな忙しく走り回っていますものね。

「皆さん落ち着いていらっしゃいますね。従業員スタッフの方々が、走り回る事は無いのですか?」

 広くて大きな待合を見渡しながら、私はキルロさんに聞いてみました。
 人の出入りは多く、人の流れは途切れる事は無いのに、とても静かです。ガヤガヤとした喧騒も無く、街同様に落ち着き払っていました。入口の直上に備え付けられた大きな飾り窓が、陽光を取り込んで赤や青、黄色や緑と鮮やかな幾何学模様を見せています。落ち着いた雰囲気と相まって、厳かな雰囲気すら感じさせました。

従業員スタッフが、駆けずり回っていると、何かあったんじゃないかって患者が不安になってしまう。患者の急変とかあれば急ぐこともあるが、なるべく静かに過ごせる様に心掛けているんだ」
「そういう事ですか」
「そういう事だ⋯⋯ま、オレは【ハルヲンテイム】とか、ミドラスみたく、活気に満ちている感じの方が好きだけどな」
「私もです」

 キルロさんも同じですか。元気良く動き回っている方が、生きている感じがします。でも、落ち着いた行動で、患者さんや飼い主さんに不安を与えないというのはありですよね。こちらの焦りが伝播しないように気を付けるのは、大事な事なのかも知れません。
 
 ひとりにしているキノが気になると、キルロさんはひと足先にご自宅へと戻られました。私はもうひとつの目的を果たすべく、まずは売店を目指します。
 治療院メディシナの中にお店があるのにびっくりしましたが、入院施設のある病院や大きな治療院メディシナには珍しくないとの事です。
 品揃えは最低限って感じですが、必要な生活小物は賄えそう。
 私はそんな中から、小さな焼き菓子の詰め合わせとシンプルな花束を購入しました。
 案内図を確認して、目的の部屋を軽くノックします。

(はーい?)

 扉の向こうから聞こえる、少し怪訝な少女の声。

「こ、こんにちは。えっと⋯⋯初めまして。ハルヲン⋯⋯【スミテマアルバレギオ】のエレナ・イルヴァンと言います。と、突然ごめんなさい」
「ええー! 兄さん達からお話は聞いています!! わざわざ来てくれたのですか!?」

 私が名乗るとその狼人ウエアウルフの少女は、驚きと共に破顔してくれました。
 少女の名はシュミラ・ホグ。お兄さんの名はアルシュ・ホグとカラシュ・ホグ。
 そうです、先日からいろいろとありました、あのおふたりの妹さんです。
 【ヴィトーロインメディシナ】で治療を受けて、元気になって来たと言うアルシュさんの言葉通りでした。ベッドの上で上半身を起こし、微笑んでいる可愛らしい少女からは、悲壮感はありませんでした。
 あてがわれた病室は広い個室。古い建物ながらもとても綺麗です。部屋には大きなクローゼットと、小ぶりな応接セットがひとつ。窓際に置かれたベッドには、大きな窓から心地良い風が吹き込んで来ます。たくさんの本が積まれていて、入院の長さが伺い知れました。

「あのう⋯⋯どうですか? 体調は?」
「はい。おかげ様で、とても元気です。本当にありがとうございました。いつか、お礼を言わなくちゃって思っていたんです」
「ええ?! いや⋯⋯いえ⋯⋯私は何もしていないので、むしろお礼を言わなければ⋯⋯」
「??」

 シュミラちゃんは、私の言葉に首を傾げます。
 シュミラちゃんの存在が私を救ってくれたのです。シュミラちゃんが、もしいなければ今頃どうなっていたのか⋯⋯。何かと不思議な縁で結ばれた、ご兄妹です。これをどう説明すればいいのでしょうか? うまい言葉が見つかりません。

「あ! よ、良かったですね。アルシュさんから元気になって来たと聞いてはいたので⋯⋯それで【ヴィトーロインメディシナ】に来る用事があって⋯⋯その⋯⋯早く退院出来るといいですね」
「ありがとうございます。何だか快適過ぎて、退院したく無いくらいです」
「ええ!? そうなのですか?」
「⋯⋯エレナさん。お願いがあるのですが⋯⋯」
「は、はい?」

 私がシュミラちゃんに出来る事なんてあるのかな? 
 もじもじとベッドの上で、言い辛そうにしているシュミラちゃんが、いきなりこちらに振り向きました。私がびっくりして、目を剥いていると、シュミラちゃんの瞳が真っ直ぐに私を見つめます。

「少しでいいので⋯⋯お話ししてくれませんか?」

 それだけ言って俯いてしまいました。

「はい。私で良ければ」

 私が笑顔を返すと、また嬉しそうに破顔します。
 私はベッドの脇に丸椅子を置き、ゆっくりと腰を下ろして行きました。
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