ハルヲンテイムへようこそ

坂門

文字の大きさ
上 下
139 / 180
悲しみの淵

思い思われ

しおりを挟む
「フィリシア、しっ!」

 私はフィリシアの口元に人差し指を当てます。フィリシアの困惑はますます深まり、怪訝な瞳を私に向けていました。
 唐突に裏戸が開き、姿を現したのは先程の狼人ウエアウルフさんです。

(アルシュさん!)

 私の囁き声にすぐに反応し、静かに駆け寄って来ました。
 
 店の中に突然現れたアルシュさんの姿に、私は心底驚きましたが、アルシュさんも驚きを隠せないでいました。私を見つけるとすぐに離れた所へと目配せをし、私はすぐにフィリシアの腕を取りました。

(びっくりしたぞ。こんな所で何やっている?)
(ちょっと店探しをしていまして⋯⋯)
(店⋯⋯三日前に女が犬を連れて来た。関係ありそうか?)

 私とフィリシアは顔を見合わせ、次の瞬間大きく頷いて見せます。

(分かった。今は時間が取れない⋯⋯夜、そっちの店に行こう。怪しまれるとマズイ、悪いが戻る)
(お願いします)

 アルシュさんとの一瞬のやり取り。フィリシアはポカンと何が起こったのか分からず⋯⋯と、言いつつ私も何でアルシュさんが、あそこにいたのかは全く理解出来ませんが、とりあえず怪しまれないようにとすぐにこの場を後にしました。

 足早に煤けた街並みを抜け、今や見慣れたミドラスの中心部へと辿り着きます。仕事を終えて帰りを急ぐ人の波に紛れると、少なかった口数も安堵から自然と増えて行きました。

「ちょっと、あのおっかない狼人ウエアウルフは誰? 顔見知りみたいだったけど」
「あの人はアルシュさんって言って、この間、私を誘拐した人です」
「へぇ~⋯⋯⋯⋯う、うん?? ⋯⋯誘拐した!? ⋯⋯えっ! えっ! どういう事?」
「どうもこうも、私を攫った人ですよ。でも、大丈夫。いい方なのです」
「攫った? ⋯⋯いい人??」

 フィリシアの脳内許容範囲キャパシティーは完全にオーバーしてしまい、頭から湯気が出ています。これ以上の言い方も説明も出来ないので仕方ないですよね。
 
【ハルヲンテイム】に戻り、同じ説明を繰り返します。皆さんの反応もフィリシアと同じで、首を傾げながら頭の中が『?』だらけになっているのが分かりました。
 店の片付けも終わり、アルシュさんを待つだけの少しもどかしい時間。それを振り解く、ノックの音が裏口から聞こえました。

「よお。大丈夫か?」
「大丈夫です。どうぞ中に」

 アルシュさんは少し辺りを気にしながら、扉の中へと進みました。

「何だか変な感じだな」
「ですね」

 ついこの間まで、敵対していたのに、今は信用に値する方。世の中は本当に不思議です。

「妹さんはどうなりました?」
「ああ。おかげさんで【ヴィトーロインメディシナ】で治療を受けている。嘘みたいに元気だよ」
「それは良かったですね!」

 あ、アルシュさん、こんな笑顔が出来るのですね。柔和な笑顔を私に返してくれて、治療が順調に進んでいるのが本当に嬉しそうです。

「あんた達には本当に感謝している。出来る事なら何でもしてやるから、困った事があったら言ってくれ」
「はい」

 今度は私が笑顔を返します。また心強い味方がひとり増えました。


「こちらです」

 私は食堂の扉を開き、アルシュさんを中へと誘いました。私の話に緊張の面持ちで待ち構えていた皆さんの姿に、アルシュさんも思わず苦笑いです。

「この間は申し訳なかった。役立つか分からないが、分かる事は何でも話そう」

 私はアルシュさんの前にコトリと湯気立つカップを置き、隣に腰を下ろしました。皆さん緊張からか、一言めがなかなか出ません。ここは私が行くしかありませんか。

「アルシュさん、三日前に犬を連れて来た女性の話を聞かせて下さい」
「そうだな⋯⋯どこから話そうか⋯⋯。まぁ、とりあえずあそこは店では無い。それを頭に入れておいてくれ。エレナ達が見た犬人シアンスロープ、あいつがあそこの責任者で、オレは入ったばかりのペーペーだ。ヤツは調教店テイムショップでの経験を買われて、あそこにいる。三日前に女が、気取った爺さんに連れられてやって来た。裏で作業をしていたんで、細かい会話は分からなかったが、治療途中のペットを持ち込んだのは、ヤツが裏でぶつくさ言っていたので分かった」
「ねえ、その仔って脚の治療だったのかしら?」

 モモさんが割ってはいると、その言葉にアルシュさんも軽く頷きます。その頷きに私達は確証を得ました。

「そうだ。オレは専門家じゃないんで細かい事は分からないが、ヤツの言葉の端々から、爺さんに無茶ぶりされたって感じがしたな。んで、二日後にその女が死んだって喚きながら飛び込んで来た。犬人シアンスロープが、すぐに対応して追い返しちまった。会話の内容までは、分からない」

 店では無いと言う場所。謎の老輩⋯⋯。
 アウロさんが頭の中を整理しながら、口を開きます。

「オランジュさんは自分の意志で、そちらに伺ったわけでは無いという事ですよね。そのオランジュさんを連れてきた老輩の方は誰なのでしょう?」
「すまん。誰かは、まだ分からない。ただ、責任者に面倒事を押し付ける事が出来る立場の人間。犬人シアンスロープより、立場的に上なんだろうな」

 アルシュさん、押し黙る私達を見渡し、ひとつ嘆息します。苦笑いを浮かべ、言葉を続けました。

「ま、何と言うか、あそこはあんた達が関わって良い場所じゃない。悪い事は言わないから、手を引いた方がいい。何か必要なら、オレが情報を流す。どうだ?」

 アルシュさんの少し言い淀む感じに真実味があります。私達は、視線を交わし合い頷き合いました。
 ラーサさんは煮え切らない表情のまま、諦めを見せます。

「それで頼むよ。ただ、分かったら教えて欲しい。その気取った爺さんが、何でオランジュさんをそこに連れて行ったのか」
「分かった。探りを入れて見よう。ただ、あまり期待はしないでくれ、目立つ動きは余り出来ないんだ。そういや、何であんた達は、あんな胡散臭い所に乗り込んだんだ?」

 私は机の一点を見つめ、煮え切らない思いを吐露します。

「たまたまです。店を探して彷徨っていたらあそこに辿り着きました。オランジュさんは、私達の助言アドバイスを無視してここを飛び出してしまいました。そして、後日。死んでしまったのはウチのせいだと、飛び込んで来ました。普通に治療を行っていれば、死んでしまう事はなかった仔なのです。ちゃんと治療してあげられなかった後悔と、どうしてこうなってしまったのか、私達は疑問が拭え切れませんでした。だから、オランジュさんの足取りを辿って、その疑問を払拭したかったのです」

 私がアルシュさんに向くと、何度も軽く頷いてくれました。

「なるほどね。一番は連れて来た爺さんが何者かって、とこか。そいつはオレも知りたい所なんで、分かったら伝えよう」
「お願いします。でも、どうしてアルシュさんは、あそこにいたのですか?」
「うん? オレか? そうだな⋯⋯。まっ、あんたなら良いか。あの後マッシュの口利きで、オレ達兄弟は【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】って言う、デカいソシエタスに加入出来たんだ。あそこに潜入しているのは、そのソシエタスの仕事だ。裏の仕事が多いが、もう悪さはしなくて良くなったよ。仕事も紹介して貰って、妹の治療も出来て、あんたらには頭が上がらない。何かあれば言ってくれよ、貰った恩は返さないとな」

 ニコっと柔和な笑顔に、今が充実しているのが分かります。
 考えて見れば私も、ここに来てから随分と笑うようになりましたね。
 いろいろな人のおかげで前に進めている。私もいつか皆さんに恩を返せるように頑張らないと。お世話になってばかりですものね。

「こちらこそよろしくお願いします」

 私も笑顔を返しました。

◇◇◇◇

「いいから⋯⋯」

 シャロンを振り切り、【スミテマアルバレギオ】のテントに顔を出したのは【ブルンタウロスレギオ(鉛の雄牛)】の副団長リグ。感情を失くしたふたりの姿に、大きな溜め息と共にドワーフらしく忌憚の無い言葉を訥々と紡いで行った。

「⋯⋯泣け、大いに泣け。枯れるまで泣いて弔え。今までの事を思い出して、思いきり泣いて、自分の中の一部とせえ。それでいなくなった者も常に一緒じゃ」

 憐憫の眼差しを向けるドワーフの檄。その言葉は、キルロとユラの止まっていた感情のタガを外した。堰き止めていた感情が一気に溢れ出す。
 止まらない涙は、悔しさを前に向く熱へと変えて行く。
 ひとしきり泣いた。
 堰き止めていた感情を洗い流し、全身の熱を上げて行く。
 ユラは立ち上がり、立てかけてあった大楯を握り締める。

「行くぞ」
「ああ。キノも行くぞ」
「あいあーい」

 テントの外に出るとふたりの瞳には力が戻っていた。
 キルロは拳を差し出す。コツっとユラが拳を合わせると、力強い足取りでハル達の後を追って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...