133 / 180
悲しみの淵
扉が開くと落ち着きは出て行ってしまいました
しおりを挟む
「お、落ち着きましたか?」
「⋯⋯ぇぇ⋯⋯。ありがとう⋯⋯」
「あのう、お、お名前を聞いてもいいですか?」
「⋯⋯オランジュです⋯⋯」
「オランジュさん⋯⋯あの仔の名前は何と言うのですか?」
「ポロです」
「ポロ⋯⋯。かわいい名前ですね⋯⋯」
私は隣に腰を下ろし、湯気の立つカップを手渡しました。
オランジュさんは手にしたカップを見つめ、ひと口啜ると深い溜め息をつきます。
大切な動物が、目の前で酷い目に合ってしまい、動揺が激しいのは仕方の無い事だと思います。ただ、俯いていても問題が解決するわけではありません。顔を上げても祈る事しか出来ませんが、そうする事が大切なのでは無いかと思うのです。
私はオランジュさんの肩に手を置き、大丈夫と顔を上げる勇気を送りました。
でも、オランジュさんは、その想いには至らなかったみたいです。何度となく溜め息をつき、ソワソワと落ち着き無い姿を見せるだけでした。
「だ、大丈夫ですよ。みんな優秀ですから、落ち着いて待ちましょう」
「⋯⋯はい」
元気の無い返事ですが、私も手術室へと腰を上げます。
順調に進んでいるのでしょうか? 中の様子が分からないのはソワソワしてしまいますよね。
私が立ち上がろうと、腰を上げた瞬間、奥へと続く扉が開きアウロさんが現れました。その表情は固く、オランジュさんも突然のアウロさんの登場にベンチから腰を浮かします。
「あ、そのままで。オランジュさんにご報告があって伺いました」
「何かあったのですか!?」
オランジュさんの思考は悪い方へと転げ落ちて行き、酷い焦りを見せます。私もオランジュさんの焦りがうつったのか、心臓がドクンとイヤな鳴り方を見せました。
そんな私達の姿とは裏腹に、表情は固いままですが、アウロさんは落ち着き払った姿を見せます。その姿に最悪の状況では無いのだと、理解する事が出来ました。
「あ、いえいえ。きちんと治療すれば、命に別状はありません。その治療の事でお話しに伺いました」
「どういう事でしょう?」
命に別状が無いと言う言葉に、オランジュさんは少し落ち着きを見せ、ゆっくりとベンチに腰を下ろし直します。
ただ私は、アウロさんの表情の固さが引っ掛かっていました。
「あの仔の大腿部の状態は非常に良くありません。このまま、繋ぎ治したとしても機能の回復は見込めず、血の通わない脚は腐ってしまうでしょう。そうなれば、傷から菌が繁殖してしまい、全身を巡ります。全身を巡った菌は、あの仔を死に至らしめるでしょう⋯⋯。ですので、脚を切断しようと思います⋯⋯」
切断という言葉にオランジュさんの表情は一気に険しくなり、その姿は怒りにも似た姿を見せて行きます。
混乱と困惑。
オランジュさんの頭は、ぐちゃぐちゃにかき乱されている様に映りました。
「な、何を言っているの!! 脚を切断ですって?!! 何とかしなさいよ! 何とかなるのでしょう!? ねえ、ほら、あなたからも何か言って下さいな! 切断って⋯⋯あなた⋯⋯そんな⋯⋯」
アウロさんの言葉の衝撃はかなり大きかったようです。オランジュさんは、感情のままに茫然と体を震わしていました。
命と脚を天秤に掛けたら間違いなく命だと思うのですが⋯⋯。こうしている時間も勿体無い気もします。早く決断をされて、ポロの苦しみを取ってあげるべきだと思うのですが⋯⋯。
アウロさんも、早く治療に当たりたいはずです。それでも、オランジュさんの感情に流されず、努めて冷静に言葉を紡いで行きました。
「混乱するのも分かります。でも、あの仔を救う為には切断するしかありません。脚を失っても車輪椅子や、ウチでしたら義足のご用意も可能です。リハビリをすれば、普通に散歩も出来ます。そんなにご不安にならなくとも大丈夫ですよ」
「ふざけないで! 何が大丈夫よ!! 元に戻せないなら結構です! 他を当たります!」
え?! えええ~!!??
何が気に障ったのでしょう? アウロさんの説明は丁寧だし、怒る所なんて無いと思うのですが?? 今度は私がいきり立つ婦人の姿に、オロオロとしてしまいます。アウロさんも予想外だったオランジュさんの言葉に、動揺は隠せません。
「で、ですが、今は手術中で、脚の傷口が開いたままです! 移動させるのなんて危険過ぎますよ! それに、切断をしなければ、あの仔の命が危険に晒されてしまいます! 同意しかねます!」
「いいから早くしなさい! 他を当たります⋯⋯あなた、先程他の調教店に紹介状を書いていたわね。今すぐに紹介状を書きなさい! 今すぐです! 早くしなさい!!」
「ですが⋯⋯」
「いいから早くしなさい!! 聞こえているのでしょう!?」
え? え? えー!? いきなりどうしてこうなったのですか?? どうすればいいのですか?
私は混乱しながら、アウロさんに向くと諦め顔で首を横に振っていました。
「エレナ、【オルファステイム】に緊急の紹介状を書いてあげなさい」
「え⋯⋯でも⋯⋯」
(【オルファステイム】もきっとウチと同じ判断をする。オランジュさんも、また同じ事を言われればきっと折れるさ。あの仔を助ける為に早く準備をしよう)
アウロさんは混乱している私の耳元で囁きます。
あの仔を助ける為⋯⋯。
ポロが助かるなら、致し方ありませんか。
不本意ではありますが、私は引き出しから紹介状を取り出し、緊急案件の旨を記入して行きました。
「⋯⋯ぇぇ⋯⋯。ありがとう⋯⋯」
「あのう、お、お名前を聞いてもいいですか?」
「⋯⋯オランジュです⋯⋯」
「オランジュさん⋯⋯あの仔の名前は何と言うのですか?」
「ポロです」
「ポロ⋯⋯。かわいい名前ですね⋯⋯」
私は隣に腰を下ろし、湯気の立つカップを手渡しました。
オランジュさんは手にしたカップを見つめ、ひと口啜ると深い溜め息をつきます。
大切な動物が、目の前で酷い目に合ってしまい、動揺が激しいのは仕方の無い事だと思います。ただ、俯いていても問題が解決するわけではありません。顔を上げても祈る事しか出来ませんが、そうする事が大切なのでは無いかと思うのです。
私はオランジュさんの肩に手を置き、大丈夫と顔を上げる勇気を送りました。
でも、オランジュさんは、その想いには至らなかったみたいです。何度となく溜め息をつき、ソワソワと落ち着き無い姿を見せるだけでした。
「だ、大丈夫ですよ。みんな優秀ですから、落ち着いて待ちましょう」
「⋯⋯はい」
元気の無い返事ですが、私も手術室へと腰を上げます。
順調に進んでいるのでしょうか? 中の様子が分からないのはソワソワしてしまいますよね。
私が立ち上がろうと、腰を上げた瞬間、奥へと続く扉が開きアウロさんが現れました。その表情は固く、オランジュさんも突然のアウロさんの登場にベンチから腰を浮かします。
「あ、そのままで。オランジュさんにご報告があって伺いました」
「何かあったのですか!?」
オランジュさんの思考は悪い方へと転げ落ちて行き、酷い焦りを見せます。私もオランジュさんの焦りがうつったのか、心臓がドクンとイヤな鳴り方を見せました。
そんな私達の姿とは裏腹に、表情は固いままですが、アウロさんは落ち着き払った姿を見せます。その姿に最悪の状況では無いのだと、理解する事が出来ました。
「あ、いえいえ。きちんと治療すれば、命に別状はありません。その治療の事でお話しに伺いました」
「どういう事でしょう?」
命に別状が無いと言う言葉に、オランジュさんは少し落ち着きを見せ、ゆっくりとベンチに腰を下ろし直します。
ただ私は、アウロさんの表情の固さが引っ掛かっていました。
「あの仔の大腿部の状態は非常に良くありません。このまま、繋ぎ治したとしても機能の回復は見込めず、血の通わない脚は腐ってしまうでしょう。そうなれば、傷から菌が繁殖してしまい、全身を巡ります。全身を巡った菌は、あの仔を死に至らしめるでしょう⋯⋯。ですので、脚を切断しようと思います⋯⋯」
切断という言葉にオランジュさんの表情は一気に険しくなり、その姿は怒りにも似た姿を見せて行きます。
混乱と困惑。
オランジュさんの頭は、ぐちゃぐちゃにかき乱されている様に映りました。
「な、何を言っているの!! 脚を切断ですって?!! 何とかしなさいよ! 何とかなるのでしょう!? ねえ、ほら、あなたからも何か言って下さいな! 切断って⋯⋯あなた⋯⋯そんな⋯⋯」
アウロさんの言葉の衝撃はかなり大きかったようです。オランジュさんは、感情のままに茫然と体を震わしていました。
命と脚を天秤に掛けたら間違いなく命だと思うのですが⋯⋯。こうしている時間も勿体無い気もします。早く決断をされて、ポロの苦しみを取ってあげるべきだと思うのですが⋯⋯。
アウロさんも、早く治療に当たりたいはずです。それでも、オランジュさんの感情に流されず、努めて冷静に言葉を紡いで行きました。
「混乱するのも分かります。でも、あの仔を救う為には切断するしかありません。脚を失っても車輪椅子や、ウチでしたら義足のご用意も可能です。リハビリをすれば、普通に散歩も出来ます。そんなにご不安にならなくとも大丈夫ですよ」
「ふざけないで! 何が大丈夫よ!! 元に戻せないなら結構です! 他を当たります!」
え?! えええ~!!??
何が気に障ったのでしょう? アウロさんの説明は丁寧だし、怒る所なんて無いと思うのですが?? 今度は私がいきり立つ婦人の姿に、オロオロとしてしまいます。アウロさんも予想外だったオランジュさんの言葉に、動揺は隠せません。
「で、ですが、今は手術中で、脚の傷口が開いたままです! 移動させるのなんて危険過ぎますよ! それに、切断をしなければ、あの仔の命が危険に晒されてしまいます! 同意しかねます!」
「いいから早くしなさい! 他を当たります⋯⋯あなた、先程他の調教店に紹介状を書いていたわね。今すぐに紹介状を書きなさい! 今すぐです! 早くしなさい!!」
「ですが⋯⋯」
「いいから早くしなさい!! 聞こえているのでしょう!?」
え? え? えー!? いきなりどうしてこうなったのですか?? どうすればいいのですか?
私は混乱しながら、アウロさんに向くと諦め顔で首を横に振っていました。
「エレナ、【オルファステイム】に緊急の紹介状を書いてあげなさい」
「え⋯⋯でも⋯⋯」
(【オルファステイム】もきっとウチと同じ判断をする。オランジュさんも、また同じ事を言われればきっと折れるさ。あの仔を助ける為に早く準備をしよう)
アウロさんは混乱している私の耳元で囁きます。
あの仔を助ける為⋯⋯。
ポロが助かるなら、致し方ありませんか。
不本意ではありますが、私は引き出しから紹介状を取り出し、緊急案件の旨を記入して行きました。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる