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坂門

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悲しみの淵

扉が開くと落ち着きは出て行ってしまいました

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「お、落ち着きましたか?」
「⋯⋯ぇぇ⋯⋯。ありがとう⋯⋯」
「あのう、お、お名前を聞いてもいいですか?」
「⋯⋯オランジュです⋯⋯」
「オランジュさん⋯⋯あの仔の名前は何と言うのですか?」
「ポロです」
「ポロ⋯⋯。かわいい名前ですね⋯⋯」

 私は隣に腰を下ろし、湯気の立つカップを手渡しました。
 オランジュさんは手にしたカップを見つめ、ひと口啜ると深い溜め息をつきます。
 大切な動物モンスターが、目の前で酷い目に合ってしまい、動揺が激しいのは仕方の無い事だと思います。ただ、俯いていても問題が解決するわけではありません。顔を上げても祈る事しか出来ませんが、そうする事が大切なのでは無いかと思うのです。
 私はオランジュさんの肩に手を置き、大丈夫と顔を上げる勇気を送りました。
 でも、オランジュさんは、その想いには至らなかったみたいです。何度となく溜め息をつき、ソワソワと落ち着き無い姿を見せるだけでした。

「だ、大丈夫ですよ。みんな優秀ですから、落ち着いて待ちましょう」
「⋯⋯はい」

 元気の無い返事ですが、私も手術室へと腰を上げます。
 順調に進んでいるのでしょうか? 中の様子が分からないのはソワソワしてしまいますよね。
 私が立ち上がろうと、腰を上げた瞬間とき、奥へと続く扉が開きアウロさんが現れました。その表情は固く、オランジュさんも突然のアウロさんの登場にベンチから腰を浮かします。

「あ、そのままで。オランジュさんにご報告があって伺いました」
「何かあったのですか!?」

 オランジュさんの思考は悪い方へと転げ落ちて行き、酷い焦りを見せます。私もオランジュさんの焦りがうつったのか、心臓がドクンとイヤな鳴り方を見せました。
 そんな私達の姿とは裏腹に、表情は固いままですが、アウロさんは落ち着き払った姿を見せます。その姿に最悪の状況では無いのだと、理解する事が出来ました。

「あ、いえいえ。きちんと治療すれば、命に別状はありません。その治療の事でお話しに伺いました」
「どういう事でしょう?」

 命に別状が無いと言う言葉に、オランジュさんは少し落ち着きを見せ、ゆっくりとベンチに腰を下ろし直します。
 ただ私は、アウロさんの表情の固さが引っ掛かっていました。

「あの仔の大腿部の状態は非常に良くありません。このまま、繋ぎ治したとしても機能の回復は見込めず、血の通わない脚は腐ってしまうでしょう。そうなれば、傷から菌が繁殖してしまい、全身を巡ります。全身を巡った菌は、あの仔を死に至らしめるでしょう⋯⋯。ですので、脚を切断しようと思います⋯⋯」

 切断という言葉にオランジュさんの表情は一気に険しくなり、その姿は怒りにも似た姿を見せて行きます。
 混乱と困惑。
 オランジュさんの頭は、ぐちゃぐちゃにかき乱されている様に映りました。

「な、何を言っているの!! 脚を切断ですって?!! 何とかしなさいよ! 何とかなるのでしょう!? ねえ、ほら、あなたからも何か言って下さいな! 切断って⋯⋯あなた⋯⋯そんな⋯⋯」

 アウロさんの言葉の衝撃はかなり大きかったようです。オランジュさんは、感情のままに茫然と体を震わしていました。
 命と脚を天秤に掛けたら間違いなく命だと思うのですが⋯⋯。こうしている時間も勿体無い気もします。早く決断をされて、ポロの苦しみを取ってあげるべきだと思うのですが⋯⋯。
 アウロさんも、早く治療に当たりたいはずです。それでも、オランジュさんの感情に流されず、努めて冷静に言葉を紡いで行きました。

「混乱するのも分かります。でも、あの仔を救う為には切断するしかありません。脚を失っても車輪椅子や、ウチでしたら義足のご用意も可能です。リハビリをすれば、普通に散歩も出来ます。そんなにご不安にならなくとも大丈夫ですよ」
「ふざけないで! 何が大丈夫よ!! 元に戻せないなら結構です! 他を当たります!」

 え?! えええ~!!??
 何が気に障ったのでしょう? アウロさんの説明は丁寧だし、怒る所なんて無いと思うのですが?? 今度は私がいきり立つ婦人の姿に、オロオロとしてしまいます。アウロさんも予想外だったオランジュさんの言葉に、動揺は隠せません。

「で、ですが、今は手術オペ中で、脚の傷口が開いたままです! 移動させるのなんて危険過ぎますよ! それに、切断をしなければ、あの仔の命が危険に晒されてしまいます! 同意しかねます!」
「いいから早くしなさい! 他を当たります⋯⋯あなた、先程他の調教店テイムショップに紹介状を書いていたわね。今すぐに紹介状を書きなさい! 今すぐです! 早くしなさい!!」
「ですが⋯⋯」
「いいから早くしなさい!! 聞こえているのでしょう!?」

 え? え? えー!? いきなりどうしてこうなったのですか?? どうすればいいのですか?
 私は混乱しながら、アウロさんに向くと諦め顔で首を横に振っていました。

「エレナ、【オルファステイム】に緊急の紹介状を書いてあげなさい」
「え⋯⋯でも⋯⋯」
(【オルファステイム】もきっとウチと同じ判断をする。オランジュさんも、また同じ事を言われればきっと折れるさ。あの仔を助ける為に早く準備をしよう)

 アウロさんは混乱している私の耳元で囁きます。
 あの仔を助ける為⋯⋯。
 ポロが助かるなら、致し方ありませんか。
 不本意ではありますが、私は引き出しから紹介状を取り出し、緊急案件の旨を記入して行きました。
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