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坂門

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アックスピーク

激突と困惑

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 街の中心から外れて行く。
 マッシュとフェイン、ふたりの前を行くのは、体の小さな犬豚ポルコドッグ
 地面のニオイを必死に嗅ぎ、ハーフ猫の残香を求めていた。
 すれ違う人などいない、森へと繋がる一本道。小さな犬豚ポルコドッグは顔を上げ、頭を振る。忘れる事など無い、彼女の香り。大きな鼻は彼女の残香を捉え、小さな体は彼女の姿を求めた。
 
 犬豚ポルコドッグは立ち止まり、顔を上げ、道から逸れて行く。草葉が生茂る茂みへ飛び込み、迷い無く進んで行った。葉が行く手を阻み、視界を塞ぎ始める。
 近いか⋯⋯。
 雰囲気が変わる。緑は濃くなり、人の生活するニオイが遠くなって行く。
 その変化は後ろを行くふたりに緊張を与え、前を見つめるふたりの空気に鋭さが増して行った。

 マッシュの目に粗末な掘っ立て小屋が映る。走り出す犬豚ポルコドッグを抱きかかえ、満足気な表情を浮かべた。

「良くやった。あとはこっちに任せろ。分かるか?」

 ジッとマッシュを見上げる犬豚ポルコドッグの表情に、少しばかり懐疑的になりながらも、そっと地面へと下ろした。

「ガブちゃん。ステイですよ。ステイ。いいですね」

 フェインは腰を落とし、犬豚ポルコドッグに向かい優しく諭す。
 立ち上がると、瞳はギラギラと前を睨み、一気に臨戦態勢へと入って行った。

「行くか」
「はいです」

 マッシュは腰の長ナイフを抜き、フェインは拳を突き合わせた。フェインのグローブに付いた金属片がガチっと音を鳴らし、フェインの気合を表現する。

「はぁあああああああああ!!」

 フェインが吠える。
 掘っ立て小屋の粗末な扉を蹴破ると、マッシュは間髪入れずに飛び込んで行った。
 埃の舞い上がる室内を睨み、長ナイフをゆっくりと構えて行く。

◇◇◇◇

「アウロ! モモとラーサ達と一緒に安全な所に下がっていて。スピラ、グラバー、ステイ。いい、みんなを守ってね」

 アウロは早々に走り出し、スピラとグラバーの二頭の白虎は、臨戦態勢を整える。アックスピークを守るべく中庭を覗く廊下から、二頭の白虎が睨みを利かせていった。

「キノ、クエイサー、ちょっと手伝って! 裏口が汚れて来たから、掃除に行くわよ」
「あいあーい」

 キノは飛び起き、クエイサーものそりと体を起こして行く。ふたりと一頭が、裏口から外に飛び出すと、武装した十人程のチンピラ達が、欲まみれの汚い薄ら笑いを見せていた。
 その薄汚れた笑いを綺麗に拭き取ってやる。
 ハルとキノは静かに滾り、クエイサーはその後ろで見守るように佇んでいた。

「チビとガキと虎。ハハ、ビビる事なんざぁないな。早い者勝ちだ」

 舌なめずりする大男のこめかみをハルの拳が打ち抜いていた。電光石火の一撃。舐めた口を利いた男は白目を剥き地面に転がる。冷え切った青い瞳はそれを一瞥する事も無く、裏口を取り囲む男達に睨みを利かせた。
 クエイサーは静かに低い唸りを上げ、威嚇を見せ、キノはその横で淡々と前を見つめる。
 
 取り囲む男達の空気が変わる。容易い仕事と少しばかり舐めていたのが、ありありと伝わった。
 ひりつく空気に、ひとりの男が耐え兼ね剣を抜く。チンピラ達は次々とそれに倣い剣に手を掛けていった。
 その姿にハルは口端を上げ、青い瞳は鋭く前を射抜く。

「あんた達、剣を抜いたって事は容赦しなくていいって事よね? 覚悟は出来ているの? あとで泣くなよ」

 ハルも腰の剣を抜き、キノも両手に白銀のナイフを逆手に握る。圧倒的な人数差にも怯まないハル達の姿に、チンピラ達は怪訝な表情を見せ、困惑は隠せない。
 睨み合う両者。余裕を見せているのは明らかにハルの方だった。

「な、何をしている! サッサと片付けろ!」

 息を切らしながら遅れて登場したハメス。その姿にハルの怒気が一気に爆発を見せる。

「キノ! フォローして! クエイサー! ゴー!!」

 ハルの指先がハメスを指すと、白光が白虎の道を作らんと、男達の作る壁へと飛び込んで行った。

◇◇◇◇

「兄貴よ」
「ああ?」
「いつまで、こうしているんだ?」
「合図があるまでだ」
「何とかって鳥が手に入るまで? だっけ?」
「ああ。そうだ」

 会話から漂う、気だるい空気感。やる気の無さが会話から伝わって来ます。
 やはりネルソン家の息がかかった人達ですか。ロッカを手に入れる為に姑息な手段に出たのですね。
 しかし、こうもあっさりと捕まってしまって、何とも情けないかぎりです。頭から被せられている布で視界は塞がれていますが、猿ぐつわは外されていました。

「いくら叫んだって構わんぞ。助けになんか誰も来やしない。大人しくしてれば、すぐに帰してやる」

 運び込まれた早々に言われ、私は素直に大人しくしている事にしました。特段、痛い思いなどする事も無く、簡単なご飯も食べさせてくれます。怖かったのは最初だけで、自分でも驚くくらい落ち着いていました。
 
 痛めつける気は本当に無いのが雰囲気から伝わり、私は静かに椅子に縛り付けられたまま大人しくしていました。悪い人達なのでしょうが、そこまで怖く感じないのが不思議で仕方ありません。
 ここに運び込まれ、袋から零れ落ちた時に一瞬見えたシルエット。そこから猫人キャットピープルの二人組だと言う事だけは分かりました。そして、会話の内容からどうやら兄弟だと言う事も。

「あ、あのう⋯⋯」
「何だ? 便所か?」
「いえ、きっと鳥は渡さないですよ」
「あ? あの店は人より鳥を大事にするのか?」

 何となくふたりの会話に入ってしまいました。
 ロッカを渡す事はありません。それは明らかです。ハルさん達がどうしているのか全く分かりませんが、足手纏いになってしまっているのは分かります。私に出来る事は話しをして、何とか打開策を模索する事⋯⋯。
 いやぁ、無理そうですよね。ただ、今出来るのは話しをする事だけかなぁって思っていたら、勝手に口が開いていました。我ながらびっくりですよ。

「そんな事はありません。でも、譲る事はありません」
「うん? どういう事だ? お前を見殺しにする冷てえヤツらって、事なんじゃねえのか?」
「冷たい人達ではありません。きっと何とかしちゃうのです」
「何とかする? ⋯⋯それは、お前の妙な落ち着きと関係があるのか?」
「どうでしょう? それは分かりません」
「⋯⋯ふ~ん」

 お兄さんらしき人は腑に落ちないのか、曖昧な返事をするだけでした。私も自分で言っておきながら、何の根拠も無いと思っています。でも、きっと大丈夫という漠然とした何かが、心を落ち着かせているのは確かです。
 
 視界を塞がれ、時間の感覚が麻痺しています。どれくらいの時間が経っているのでしょうか。動かない体に時間の感覚はきっと引き伸ばされているに違いありません。
 眠れなかった頭はぼんやりとして、思考は鈍く、眠いのに眠れない。
 そんなすっきりとしない頭に、突然鳴り響く大きな打突音。

「チッ!」

 お兄さんらしき人の舌打ちに混じり、聞こえてきた私を呼ぶ声。

「エレナちゃーん!!!」

 フェ、フェインさん?! 視界が塞がれ、状況が全く分かりません。キンキンと金属が擦れ合う音と、誰かが転がる音、呻き⋯⋯。
 な、何がどうなっているのでしょうか? フェインさんが助けに来てくれたのは分かりましたが、他にも人の気配を感じます。あっちでもこっちでも、ぶつかり合う音にどうしていいのか分からず、ドキドキするだけでした。

「止まれ!! 見れば分かるよな⋯⋯」

 弟さんの声が私の頭上でしました。首筋に冷たい金属らしき物が当てられています。
 こ、これって刃ですよね。

(動くなよ。ジッとしていれば怪我はしない)

 ボソっと耳元で囁かれました。優しいのか、優しくないのか分かりません。とりあえず状況が分からずドキドキするだけです。
 
 一瞬の静寂。みんなの荒い呼吸音だけが、耳に届きます。

「取引が済んだら、解放する。だから、帰れ。解放は約束する。互いに無駄な怪我を負いたくはないだろう?」

 お兄さんの声に、大きな溜め息が聞こえます。

「はぁ~。取引は成立しないんだよ。決裂だ。お前さん達が、ここでいくら頑張った所で、無駄な努力ってやつだ」

 マッシュさんも来てくれたのですね。
 ただ、マッシュさんの言葉に、首の刃に力が籠った気がしました。
 さすがに怪我させないと言われても、怪しい雲行きに背筋に冷たいものを感じます。

「嘘をつけ。人質まで取られて、サインしないヤツはいないって⋯⋯」

 弟さんが話す度に、微かに刃が揺れ、皮膚が斬れるのではないかと冷や冷やしてしまいます。

「それはハメスの言葉か? ネルソンの言葉か? いくら貰うのか知らんが、もし、まだ報酬を貰っていないなら、残念な事に手に入らんよ」
「はぁ? 何を根拠に⋯⋯」
「ハハ、そいつは簡単だ。ウチがネルソン家を潰すからだ」

 マッシュさんの言葉に、首の刃から戸惑いを感じます。

「おいおい、舐めるなよ。一介の調教店テイムショップが、そんな事出来る分けがねえ」
「なぁ、お前さん達は、店を襲ったチンピラ達とは毛色が違う。そこまでの腕を持っていながら、なんでネルソンなんかに肩入れする? 解せんな」

 小屋を取り巻く空気が、困惑を深めているように感じます。猫人キャットピープルの兄弟の戸惑いを感じているのですが、どうなのでしょう? 見えないから状況が全く分からず、余計にドキドキしてしまいます。
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