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坂門

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アックスピーク

憧憬は募るばかりですよ

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 何事も無く二日が過ぎて行きました。
 アックスピーク達に動きは無く、私達も動きが無い事に慣れ始めます。私は小動物モンスター部屋で、いつものように部屋の仔達を世話して、いつものような日常を過ごしていました。
 
 今日は店休日というのもあって、のんびりと余裕を持って世話にあたっています。だけど、これまたいつものようにキノがキャッキャッと大暴れ。すぐに意気投合したガブも加わり、慌ただしさは更に上がって行きます。
 みんな元気なのはいい事ですよね。
 と、無理矢理自身に言い聞かせ、私は黙々と世話に当たるとしましょうか。


「キノー! その辺にしておきなさい! 暴れてばかりいないで、アントンとプロトンに牧草を足してあげてー!」
「あいあーい」

 無尽蔵の体力に物言わせ、大暴れは止まらないのがお決まりです。このままでは終わりなんていつまで経っても見えて来ません。ここは思い切って、キノに手伝いをさせる事でこの流れを断ち切って行きます。
 この間本気で怒ったのが効いているのか、今日は素直に手を動かしていました。
 フフフ、これはしばらく言う事を聞くのではないでしょうか?

 大人しくなったキノに合わせてなのか、みんなも落ち着きを見せ始めます。
 運動は必要なので、ある程度は良い事ですが、度を過ぎるほど暴れるのは良くありませんからね。キノの帰った後、大型兎ミドラスロップ達や、犬豚ポルコドッグ達がヘトヘトになっているのを幾度と無く見ています。こちらでその塩梅を、上手く計らなくてはいけませんね。

「よう! エレナ!」
「キルロさん!?」

 唐突に扉が開いての開口一番。いつものようにニカっといたずらっ子のような笑顔を覗かせました。
 久しぶりのキルロさんの笑顔。その元気な笑顔に何だか嬉しくなっちゃいました。

◇◇◇◇

 —— 数刻前
 
 つい先程まで、いつ生まれるか分からない状態にハルとアウロは、少しばかり気を緩めていた。かれこれ丸二日大きな動きは無く、中庭を見つめる瞳も、動きの無い光景に見慣れて行く。
 ふたりの集中は途切れ途切れとなっていた。
 今日も空振りかと、思った矢先。集中の切れかけていたハルの肩をアウロが激しく叩く。

(ハルさん! ヘッグ! ヘッグ!!)
(うん?)

 視線を落としていたハルは、ヘッグへと視線を上げて行く。立ち上がったヘッグが、洞口の先を見つめ、バサっと短い羽を広げた。

(アウロ!)
(はい!)

 呼ばれるより前にアウロは動き始めていた。孵化後に必要と思われる物を、片っ端から集める為、裏手の倉庫へと駆け出して行った。


 裏口の扉を開けた瞬間、キルロの目に映ったのは慌ただしく駆け抜けるアウロの姿。怪訝に思いながらも、バタバタと駆け抜けて行くアウロへ声を掛けた。

「おーい! アウロ! どうしたんだ? そんなに慌てて」
「あ! キルロさん! た、大変なんですよ。アックスピークが孵化しそうなんです!」
「本気か!? すげぇじゃん。こんな事って滅多に無いんだろう?!」
「滅多に無いどころの話じゃないですよ! きっと史上初ですよ!」
「史上初!? ⋯⋯オレも行く!」

 アウロの後ろについて、中庭へ通じる廊下へと向かう。アウロの急ぐ足取りは静かに興奮を伝えていた。
 角を曲がると、廊下から真剣な面持ちで中庭を見つめているハルの姿が目に飛び込んで来る。集中するその横顔から、静かな熱が圧となって伝わって来た。

「ハルヲー! すげぇーじゃん!」
(しーっ!! 静かにしろ!)

 キルロの大きな声に、ハルは慌てて唇に指を当てた。ハルとアウロから伝わる重い緊張感にキルロも口を塞いで行く。

(ごめん、ごめん。すげぇー事になっているじゃん。無事に生まれて欲しいよな)
(そうね⋯⋯)

 ハルの口から返事が零れ落ちて行く。
 フワフワと心ここにあらずといった所か。そりゃあそうか。史上初なんて体験、そうそうありはしないものな。
 分からない未知の事柄に対する失敗出来ない重圧プレッシャー
 ふたりはその重圧プレッシャーに押しつぶされない様、必死に抗っていた。
 気力も体力も削られて当然か。
 ふたりの様子を見つめ、キルロは嘆息する。そこにはちょっとの心配と大きなリスペクトが込められていた。


 三人の瞳はヘッグに釘付けとなり、動きに合わせて体に力が入ってしまう。
 洞口の前を落ち着き無く、行き来しているヘッグの姿は、まさしく出産を待つ父親。その様子を見つめているハル達も一緒に落ち着きは無くなって行く。
 ちゃんと生まれてヘッグとフッカが自分達の仔だと認識するまでは安心は出来ない。孵化を前にして卵を潰してしまう事もあるし、生まれた仔を突っつき回して死なせてしまう事など多にしてあるのだ。
 
 お願い! 無事に。
 
 ハルは祈る。祈るだけしか出来ない自分にもどかしさを覚えながらも、ひたすらに祈り、無事を願った。
 アウロも祈り、ふたりの熱に当てられたキルロも無事を願う。

 洞口の前でヘッグの小さな羽が、バサッと小さなはばたきを見せた。洞口の先を見つめ、ソワソワと落ち着きなかったヘッグの脚が止まる。

『『ピー』』

 洞内から届く、小さな鳥の鳴き声。
 ハルは胸の前で拳を強く握り締め、アウロは両手を静かに挙げて行く。
 静かに喜びを爆発させている姿にキルロも破顔し、静かな歓喜は治まり知らずに熱を上げて行った。

(やったな! すげぇよ!)
(うん、うん! みんなにも教えてあげないと)
(オレが行って来るよ)
(宜しくね)
(任せろ)

 キルロは、ハルの肩をポンと叩き、感涙にむせぶアウロを横目に中庭から離れて行った。
 廊下を突き進むキルロに、両手に荷物を抱えるモモの姿が映る。

「おーい! モモ!」
「キルロさん。どうしたの?」
「キノを迎えに来たんだ。アックスピークの仔⋯⋯生まれたぞ」
「えっ!? 本当に?! 凄い、凄い! みんなに教えに行かなきゃ」

 モモの驚きは満面の笑顔へと変わり、口元に笑みを浮かべながら少し高めのテンションで言葉を続けた。

「そうだ。キノならエレナと一緒に小動物モンスター部屋で、世話をしているはずよ。そこを右に曲がった奥の部屋がそうですよ」
「お、そうか。ありがとう、行ってみるよ。みんなに宜しく。また、あとでな」

 モモと一旦、別れ、小動物モンスター部屋へとキルロは急いだ。
 その足取りは軽く、エレナの驚く顔を想像して、キルロは微笑みを浮かべて行った。

◇◇◇◇

「しかし、ちょっと見ない間に随分とデカくなったな。ハルヲどころか、ラーサよりデカくなったんじゃないか」
「そうかな? ラーサさんと比べた事が無いので分かんないです」
「今度測ってみろよ、抜いたかも知れないぞ。お! そうだ! フッカの卵がかえったぞ」
「おー!! おおー!! 凄い! 凄いです!」

 ハルさんはやっぱり凄いです。もちろんハルさんだけじゃ無いですけど、やはりここぞという時はハルさんです。頑張っても、頑張っても離されてしまう一方。未だにハルさんの足元にすら辿り着けていないと、あらためて感じてしまいました。
 比べるのもおこがましい? 
 でも、ハルさんのようになれたらと、気が付けば思っているのです。目指す頂きは高いどころか、どんどん上に伸びている感じがしますね。どうにも追いつける気はしません。

「そんなにか??」
「もうー! キルロさんのそういう所がダメなのですよ。ハルさんは凄いのです!」
「そうよ、キルロはダメダメよ」
「キノ⋯⋯追い討ちは止めて⋯⋯ね」

 キノの一言に何故か、大ダメージを受けているキルロさんの姿に吹いてしまいました。

「キノ、早く終わらせてフッカの赤ちゃんを見に行こう!」
「あいあーい」

 キルロさんも何故か手伝ってくれて、早く終わらせられました。私はキノの手を引いて、中庭を目指します。
 何だかドキドキしますね。
 
 すでにみんな集まり、巣穴を静かに覗いていました。だけど、フッカの姿がチラっと見えるだけで、赤ちゃんの姿は確認出来ません。みんなゴソゴソとさかんに頭を動かして、生まれたての赤ちゃんを見ようと必死です。ご多分に漏れず私も、みんなの隙間から必死に覗いて行きました。

「あ! 見えた!」
「ラーサずるい!」

 ラーサさんが、洞口から奥へ目を凝らしています。さすが獣人の目ですね。
 フィリシアは膨れていますが、こればっかりは仕方ないです。私も見えないかな⋯⋯。

「あ!」

 巣穴の中でフッカが立ち上がると、フワフワと灰色の産毛を見せる雛鳥の姿が見えました。大きさは鶏ほどでしょうか。鶏冠とさからしき物は、まだ生えておらず、雄か雌かはまだ分からないですね。ヘッグのように立派な鶏冠の男の子か、フッカのように慎ましい鶏冠の女の子か⋯⋯興味はまだまだ尽きません。

「ねえ! ちょっと見えたの? どうなっているの? エレナ! どうなの!?」

 フィリシアが私の体をグワングワン揺らしてきました。答えたくとも答えられませんよ。

「やーめーてー。言うから⋯⋯言うから⋯⋯」
「で、どんな感じよ?!」

 フィリシアは、揺らすのを止めてくれましたが、余韻で気持ち悪くなりそうです。まったくもう。

「はぁ~。灰色のフワフワした産毛で、鶏冠はまだ無いみたい。大きさは鶏くらいかな、普通の雛鳥よりやっぱり大きいよね」
「なるほど!」

 気が付けば、鼻息荒いフィリシアを筆頭にみんなの視線が私に向いていました。

「エレナ、ラーサ、モモ。あなた達の目に映った物を教えて。私達には暗すぎて、何も見えないのよ」
「⋯⋯いいな」

 悲し気なアウロさんの呟きは置いといて、ハルさんの言葉に私達は頷きました。今晩は三人で交代しながら、アックスピークファミリーを見守っていきたいと思います。
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