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坂門

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初冒険と橙色の躊躇

迫る危機に頭は真っ白なのです

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 寝てしまった。
 
 ハルはゆっくりと、意識を起こして行く。
 時間の流れは変わらず緩慢。どれほどの時間が流れたのか、薄暗い底の底で分かる訳は無かった。膝を抱え逡巡する事しか出来ない自分が、酷く矮小に感じる。何をどうするのが最適解なのか、四散する思考はまとまる事は無かった。
 一度覚醒したキルロの意識は、またすぐに消失した。目を閉じたままのキルロの姿を見つめ、いたずらに過ぎて行く時間がハルの胸を締め付けて行く。

 ズズンと言う地響きが届き、緩慢な時間の流れが急激に流れ始める。
 唐突に届いたその地面を震わす音にハルの全身は泡立った。
 何!?
 洞口から音の方へと目を向ける。そこにあったのは、あの四つ首のケルベロス。事の発端であり、元凶の忌むべきもの。
 ズルっと足の運びは重く、ズルズルと三本の首を引きずる。不安に締め付けられていた胸に、怒りが灯った。放っておいたところで絶命は時間の問題。
 だけど⋯⋯。
 青い瞳は鋭く睨む。忌むべき元凶に向けて走り出す。右手に握るピッケルにギリリと力を込め、うな垂れている唯一の首へと飛び乗った。
 四つ首のケルベロスにハルを振り払う力はもはや残っていない。
 傷だらけの頭。深く傷を作る頭頂部へ、ハルは渾身の力を込め、ピッケルを振り下ろしていった。

◇◇◇◇

 コルラバ草、アシンの葉⋯⋯。
 順調に素材をふたつゲット出来ました。残るはあとひとつ、ダタズの花びらです。小さな白い花なのですが、これがなかなか見つけられません。

「ガブ。これよ、いい?」

 ラーサさんから預かった採取用のサンプルをガブの鼻へと持って行きます。ブフブフと荒い鼻息に小さな花弁は揺れ、ガブは地面の匂いを嗅ぎ、小さな白い花を探し求めました。アントンはパタパタと長く垂れた耳を揺らし、グラバーは優雅にも見えるゆったりとした足取りで、ガブの後を追って行きます。私は胸まで伸びる草葉を掻き分け、ガブを見失わないよう、必死にもがきついて行きました。
 ガブの足取りは軽く、その小さな体は生い茂る草葉をものともしません。

「ガブ、ちょっと待って⋯⋯」

 カサカサと風とは違う草葉の揺れ。私の肌はゾゾっと粟立ちを見せます。
 足を止め、揺れた方へと視線を向けると、緊張が私を襲いました。
 空気が変わります。私でも分かる程、周辺から漂う何とも言えない不穏な空気。

「ガブ!」

 悪い予感は当たるもの、草葉の影から飛び出す感情の無い黒目。先行するガブに襲いかかるゴブリンの影が目に飛び込み、それとは別の気配も感じ取れます。
 予感は不安へと移り変わり、体は重く、動きは鈍く緩慢になって行きます。

「「「ギシャアアアアアアアア」」」

 感じる不安に呼応するおぞましい哭き声が、私達を取り囲み不安は募るばかりです。
 その哭き声と共におぞましい姿が一気に迫って来ました。
 私に、アントンに、グラバーに、容赦の無い悪意が迫ります。
 私は自らに迫る危機を気にも止めず、視線の先にあるガブを⋯⋯ガブに迫る危機を、見つめていました。
 動きの硬い体を押し殺し、何とか投げた木の棒。
 くるくると回り飛んで行く頼りない木の棒。
 くるくると回りながら、ガブの横を大きく逸れて行き、威嚇にすらなりませんでした。

「ガブ! バック!!」

 私は叫びます。ありったけの大声で叫びます。
 腰に括り付けていた鞭を手に取り、ガブに向けて走り出しました。
 考えて動いてはいません。ただただ、必死でした。
 フィリシアに教えて貰った通りに腕を大きく振り上げ、鞭の先に力が伝わる様に腕全体を鞭のようにしならせます。視線は真っ直ぐガブを狙うゴブリンに向けて、力いっぱい腕を振り下ろして行きました。

「行けー」

 鞭は生き物のようにしなり、ゴブリンに向けて一直線に飛んで行きます。
 ゴブリンは飛んで来る鞭に目を剥き、両手で顔を覆い防御の姿勢を取っていました。

 ペチ。
 顔を隠すゴブリンの腕を鞭の先が撫でて行きます。
 こんな付け焼刃の鞭で、ダメージなど与えるわけがありません。でも、威嚇にはなったようです。ゴブリンが怯んだ隙をつき、ガブに手を広げて見せました。
 ガブは私の腕の中へと納まり、私を狙ったゴブリンはアントンとグラバーに寄って瞬殺されていました。

「ふぅ⋯⋯」

 安堵の溜め息をすぐに吹き飛ばされます。カサカサ、ゴソゴソと明らかな気配が私達を再び取り囲んでいました。
 先程までとは比べ物にならない圧が、その草葉の揺れから感じ取れました。
 その気配に私の脚はすくんでしまいます。奥歯がガタガタと鳴りそうなほどの恐怖に、思考が止まって行くのが分かりました。
 ジリジリと狭まる圧が、更に頭の中を白くして行きます。

「「「ギシャアアアアアアアアアア」」」

 眼前に飛び出た醜い怪物。獲物を諦めていないゴブリンが、怒りの咆哮を見せ、その姿にアントンは血濡れの脚で素早く飛び込んで行きます。

「アントン! ストップ!!」

 私の心拍が警鐘を鳴らします。私達を狙うゴブリンの後ろから、更にゴブリンの集団が草葉の影からチラチラと見えたのです。
 逃げないと。
 どうする? 
 回らない思考を無理矢理に回します。白く塗り潰されそうな思考に抗います。
 考えて⋯⋯考えて⋯⋯。
 左右に分かれてアントンとグラバーが私とガブを守ってくれていました。
 私は背後の気配を感じ取ります。でも、前方ほどの圧は感じない⋯⋯。
 
 アントンとグラバーで背後に道を作り逃げる。
 それしか無い⋯⋯と思う⋯⋯。

「バック!」

 私は踵を返し、駆け出そうと顔を上げると、そこに更なるゴブリンの感情の無い黒目。いくつも浮かび上がるその悪意に、私の策は簡単に潰されてしまいました。
 背後もダメ⋯⋯。
 完全に取り囲まれてしまいました。
 何か策を⋯⋯。
 考えれば考えるほど、頭は白く塗り潰されてしまいます。
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