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私が行きます
前途多難な始まりですよ
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ミドラスを出て東に向かえば、この辺鄙な村に到着する。さして離れてもいないこの村にわざわざ治療院を建てる理由。その意図は夜になってはっきりと見えてきた。日中の淀む空気は払えぬまま、一同は夜を迎えていた。
法衣を纏う美しい女性。
杖をつき拙い足取りで、夜半に訪れた。
エーシャ・ラカイム。
勇者アルフェンのパーティーに所属していた治療師。月明かりに反射する長い栗毛をたなびかせ、静謐な美しさを見せていた。
その美しい顔の左目には縦に大きな傷があり、左目は機能を失っている。切断されたという両足。辛うじて繋ぎ合わせた右脚は体を支えるのがやっと。左脚は木で作った脚。その作られた脚では体を支えるのもままならなかった。
襲った犯人は【反勇者】だと容易に想像が出来る。勇者アルフェンのパーティーメンバーと知っての凶行。それが全てを現している。
努めて明るく振る舞うエーシャだが、紡がれた言葉に【スミテマアルバレギオ】がここに派遣された理由が明白になっていった。
「この村は【反勇者】が、食物などを搾取していたという話があります」
穏やかでありながら芯のある声色。怒りに任す事もなく、粛々とその忌み名を口にした。
マッシュは瞳を凝らし、鋭さを増していく。ミドラスからそう遠くない場所での大胆な行動。ハルの頭の中にあった不明瞭だった絵図がゆっくりと鮮明になっていく。
「あなたの口ぶりからだと、まだ仮定の話よね」
「ええ」
「だからオレ達をここに派遣したって事だろう?」
マッシュは背もたれに体を預けると、口端を上げて見せた。
「もしそうなら、どうしてミドラスなり中央なりに救援を求めないの? (馬で)走ればすぐじゃない」
「副団長殿。この村、女性や子供が極端に少ないと感じませんか?」
ネインの真っ直ぐな瞳は怒りを湛えていた。
なるほど。
言われてみれば、女性の姿を見かけた記憶が無い。
クズどもがやりそうな事と言えば⋯⋯。
人質に取られている可能性。
住人達の俯く理由、私達に対する冷たい視線。邪険に扱う様。
繋がって来た。
「搾取している話が本当であるなら⋯⋯」
「近くに拠点、もしくはそれに近しい施設がある可能性が高いって事だ」
エーシャの言葉を遮ったマッシュの言葉に、隻眼の治療師は大きく頷いて見せる。
「それじゃ、その拠点とやらを探して、潰しに行くか!」
キルロが膝をひとつ叩き立ち上がると、部屋を覆う空気の熱量が一気に上がる。誰もが瞳を滾らせ、鬱屈した空気を薙ぎ払う為に立ち上がって行った。
◇◇◇◇
プヒプヒと鼻を鳴らす小さな犬豚。カウンターの上で、見慣れぬ光景に少し怯えを見せていました。
「なぁ、頼むよ! ウチとあんたの仲じゃんよ。【ハルヲンテイム】を今後も懇意にするからさ、な! 頼むよ、この通り!」
「う~ん」
アウロさんが対応しているこの痩身の男性。眠そうな大きな瞳にバサバサの髪を中折れ帽で無理矢理押さえつけ、表情をコロコロと変えながら懇願しています。何だか少し胡散臭い感じがしてなりません。
カウンターの上の犬豚を引き取って欲しいと、アウロさんに喰らい付いて離れません。もう、かれこれ半刻程経ちました。
ハルさんがいないので、なかなか判断が難しいみたいです。カウンターの仔は、見るからに小さく、たださえ小さな犬豚。その中でも、最小とも言えるサイズを見せていました。
「フィリシア、あの人は?」
私がそっと耳打ちをすると、カウンターを一瞥して私の耳元に口を寄せます。
「ブリーダーのクスさん。私、あんまり得意じゃないんだよね。口が上手くてさ、エレナも言いくるめられないようにしなさいよ」
「そうなの? 自信無いよ⋯⋯。でも、お店に出入りさせていい人なの? ハルさんは了承しているの?」
「ハルさん断る時はスパっと断るので、しつこいのは気にしてないみたい。ああ見えて、問題を抱える仔が生まれても捨てたりしないんだよ。今みたく引き取り先を必死に探すんで、悪いブリーダーって事はないのかなぁ」
「捨てるとかダメでしょう!」
「私に言わないでよ。でもね、金の事しか考えていないブリーダーは結構いるよ」
フィリシアはまたカウンターを一瞥しました。
悪い人ではないと言う事ですか⋯⋯しかし、何とも信用しづらい雰囲気の方ですよ。
体の小さい仔は往々にして、体が弱い事が多いです。可哀そうではあるのですが、ふたつ返事で受け入れてしまうと、そのような仔ばかりが集まってしまうのです。ですから、受け入れの判断は、慎重にならざるを得ません。
「ええ! レッドビルバード!」
「しっー! 声大きいって」
クスさんの囁きに、アウロさんが目を剥いて驚いて見せます。何だか興奮気味のアウロさんは、頭を掻いたり悶絶したりソワソワが止まりません。
「ああ、あれは決まったな」
「そうね」
「仕方ない、準備するか」
「え? え? え?」
悶絶するアウロさんを横目に女性陣は、揃って嘆息して見せました。
困惑しているのは私だけです。
「決まったのですか??」
「うん、決まったな。アウロさんの口にした鳥の名前、多分珍しい種類なんじゃないかな。クスのやつ、したたかだよな。あれだけ粘って、アウロさんのツボをスコーンって突きやがった」
ラーサさんは盛大に顔をしかめて見せます。なるほど、見た事ない鳥が手に入るとか見る事が出来るとかそんな感じの事を言われたのですね。皆さんの呆れ顔の理由が分かり、私も受け入れモードへと気持ちをシフトして行きます。ウチの仔になるなら、担当は私ですからね。小動物部屋を想像しながら、あの仔の居場所を考えます。犬豚達と仲良くしてくれれば、部屋の中に小屋を設けても問題は無さそうです。
問題はどうすれば仲良くなってくれるかですね。
「【ハルヲンテイム】さん、助かったよ! また、宜しく!」
クスさんは小さな犬豚を置いて上機嫌で帰って行きました。
カウンターのアウロさんに女性陣の冷たい視線が向いて行きます。アウロさんの視線はキョロキョロと泳ぎ、その冷たい視線に決して合わせようとはしませんでした。
「エ、エレナ。この仔を頼むよ。新しい仲間だ」
「はい」
私が籠を覗き込むと、隅っこで丸くなって警戒を見せます。慣れない環境、早く慣れるといいね。
(新しい仲間! ですって)
(言い包められたクセに)
(ハルさんに怒られても知らないよ)
こちらを見つめる三人の冷たい言葉がボソボソと聞こえて来て、私も思わず苦笑い。そして、挙動不審が酷くなる一方のアウロさん。
「あっ! そうだ。伝票の整理が残っていた。ヤラナキャ、イケナイナァー」
もう語尾はカタコトですね。三人の圧にどうやらアウロさんは屈した模様です。
「ああー! 行く前にひとつ教えて下さい! この仔がみんなと仲良くなるにはどうしたらいいのですか?」
「そんなのは簡単だよ。この仔とエレナが仲良し。という事を部屋のみんなに分かって貰えばいいだけ。この仔と仲の良い所を見せてあげな。じゃっ!」
それだけ言って、アウロさんは逃げるように受付を後にしました。
仲良くか。
私は籠を開け、撫でようと手を差し入れます。
ガブッ!
「痛っー!」
私の右手にガッツリと歯型がつきました。血の滲む手の甲を押さえて涙目です。
「ぷぷぷ。エレナ、何やっているのよ。怖がっている仔にいきなり手を出しちゃダメだよ」
涙目の私をフィリシアは笑うのです。こっちはジンジンと痛いのに酷くないですか。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「まずは視線を合わして、敵意の無い事を分かって貰う。そして、おやつをあげる。これが一番手っ取り早いね。おやつを手から食べるかどうかが第一関門」
私は視線を落として、籠の中を覗きます。怯えを見せる犬豚は、相変わらず隅っこに寄ってこちらを睨んでいました。
「ごめんね。怖かったね。大丈夫だよ、君を傷つける事なんてしないから。大丈夫」
籠の中へ手を差し入れます。今度はいきなり触ろうとはせず、目の前で一度止めて安全である事をアピールしていきました。
法衣を纏う美しい女性。
杖をつき拙い足取りで、夜半に訪れた。
エーシャ・ラカイム。
勇者アルフェンのパーティーに所属していた治療師。月明かりに反射する長い栗毛をたなびかせ、静謐な美しさを見せていた。
その美しい顔の左目には縦に大きな傷があり、左目は機能を失っている。切断されたという両足。辛うじて繋ぎ合わせた右脚は体を支えるのがやっと。左脚は木で作った脚。その作られた脚では体を支えるのもままならなかった。
襲った犯人は【反勇者】だと容易に想像が出来る。勇者アルフェンのパーティーメンバーと知っての凶行。それが全てを現している。
努めて明るく振る舞うエーシャだが、紡がれた言葉に【スミテマアルバレギオ】がここに派遣された理由が明白になっていった。
「この村は【反勇者】が、食物などを搾取していたという話があります」
穏やかでありながら芯のある声色。怒りに任す事もなく、粛々とその忌み名を口にした。
マッシュは瞳を凝らし、鋭さを増していく。ミドラスからそう遠くない場所での大胆な行動。ハルの頭の中にあった不明瞭だった絵図がゆっくりと鮮明になっていく。
「あなたの口ぶりからだと、まだ仮定の話よね」
「ええ」
「だからオレ達をここに派遣したって事だろう?」
マッシュは背もたれに体を預けると、口端を上げて見せた。
「もしそうなら、どうしてミドラスなり中央なりに救援を求めないの? (馬で)走ればすぐじゃない」
「副団長殿。この村、女性や子供が極端に少ないと感じませんか?」
ネインの真っ直ぐな瞳は怒りを湛えていた。
なるほど。
言われてみれば、女性の姿を見かけた記憶が無い。
クズどもがやりそうな事と言えば⋯⋯。
人質に取られている可能性。
住人達の俯く理由、私達に対する冷たい視線。邪険に扱う様。
繋がって来た。
「搾取している話が本当であるなら⋯⋯」
「近くに拠点、もしくはそれに近しい施設がある可能性が高いって事だ」
エーシャの言葉を遮ったマッシュの言葉に、隻眼の治療師は大きく頷いて見せる。
「それじゃ、その拠点とやらを探して、潰しに行くか!」
キルロが膝をひとつ叩き立ち上がると、部屋を覆う空気の熱量が一気に上がる。誰もが瞳を滾らせ、鬱屈した空気を薙ぎ払う為に立ち上がって行った。
◇◇◇◇
プヒプヒと鼻を鳴らす小さな犬豚。カウンターの上で、見慣れぬ光景に少し怯えを見せていました。
「なぁ、頼むよ! ウチとあんたの仲じゃんよ。【ハルヲンテイム】を今後も懇意にするからさ、な! 頼むよ、この通り!」
「う~ん」
アウロさんが対応しているこの痩身の男性。眠そうな大きな瞳にバサバサの髪を中折れ帽で無理矢理押さえつけ、表情をコロコロと変えながら懇願しています。何だか少し胡散臭い感じがしてなりません。
カウンターの上の犬豚を引き取って欲しいと、アウロさんに喰らい付いて離れません。もう、かれこれ半刻程経ちました。
ハルさんがいないので、なかなか判断が難しいみたいです。カウンターの仔は、見るからに小さく、たださえ小さな犬豚。その中でも、最小とも言えるサイズを見せていました。
「フィリシア、あの人は?」
私がそっと耳打ちをすると、カウンターを一瞥して私の耳元に口を寄せます。
「ブリーダーのクスさん。私、あんまり得意じゃないんだよね。口が上手くてさ、エレナも言いくるめられないようにしなさいよ」
「そうなの? 自信無いよ⋯⋯。でも、お店に出入りさせていい人なの? ハルさんは了承しているの?」
「ハルさん断る時はスパっと断るので、しつこいのは気にしてないみたい。ああ見えて、問題を抱える仔が生まれても捨てたりしないんだよ。今みたく引き取り先を必死に探すんで、悪いブリーダーって事はないのかなぁ」
「捨てるとかダメでしょう!」
「私に言わないでよ。でもね、金の事しか考えていないブリーダーは結構いるよ」
フィリシアはまたカウンターを一瞥しました。
悪い人ではないと言う事ですか⋯⋯しかし、何とも信用しづらい雰囲気の方ですよ。
体の小さい仔は往々にして、体が弱い事が多いです。可哀そうではあるのですが、ふたつ返事で受け入れてしまうと、そのような仔ばかりが集まってしまうのです。ですから、受け入れの判断は、慎重にならざるを得ません。
「ええ! レッドビルバード!」
「しっー! 声大きいって」
クスさんの囁きに、アウロさんが目を剥いて驚いて見せます。何だか興奮気味のアウロさんは、頭を掻いたり悶絶したりソワソワが止まりません。
「ああ、あれは決まったな」
「そうね」
「仕方ない、準備するか」
「え? え? え?」
悶絶するアウロさんを横目に女性陣は、揃って嘆息して見せました。
困惑しているのは私だけです。
「決まったのですか??」
「うん、決まったな。アウロさんの口にした鳥の名前、多分珍しい種類なんじゃないかな。クスのやつ、したたかだよな。あれだけ粘って、アウロさんのツボをスコーンって突きやがった」
ラーサさんは盛大に顔をしかめて見せます。なるほど、見た事ない鳥が手に入るとか見る事が出来るとかそんな感じの事を言われたのですね。皆さんの呆れ顔の理由が分かり、私も受け入れモードへと気持ちをシフトして行きます。ウチの仔になるなら、担当は私ですからね。小動物部屋を想像しながら、あの仔の居場所を考えます。犬豚達と仲良くしてくれれば、部屋の中に小屋を設けても問題は無さそうです。
問題はどうすれば仲良くなってくれるかですね。
「【ハルヲンテイム】さん、助かったよ! また、宜しく!」
クスさんは小さな犬豚を置いて上機嫌で帰って行きました。
カウンターのアウロさんに女性陣の冷たい視線が向いて行きます。アウロさんの視線はキョロキョロと泳ぎ、その冷たい視線に決して合わせようとはしませんでした。
「エ、エレナ。この仔を頼むよ。新しい仲間だ」
「はい」
私が籠を覗き込むと、隅っこで丸くなって警戒を見せます。慣れない環境、早く慣れるといいね。
(新しい仲間! ですって)
(言い包められたクセに)
(ハルさんに怒られても知らないよ)
こちらを見つめる三人の冷たい言葉がボソボソと聞こえて来て、私も思わず苦笑い。そして、挙動不審が酷くなる一方のアウロさん。
「あっ! そうだ。伝票の整理が残っていた。ヤラナキャ、イケナイナァー」
もう語尾はカタコトですね。三人の圧にどうやらアウロさんは屈した模様です。
「ああー! 行く前にひとつ教えて下さい! この仔がみんなと仲良くなるにはどうしたらいいのですか?」
「そんなのは簡単だよ。この仔とエレナが仲良し。という事を部屋のみんなに分かって貰えばいいだけ。この仔と仲の良い所を見せてあげな。じゃっ!」
それだけ言って、アウロさんは逃げるように受付を後にしました。
仲良くか。
私は籠を開け、撫でようと手を差し入れます。
ガブッ!
「痛っー!」
私の右手にガッツリと歯型がつきました。血の滲む手の甲を押さえて涙目です。
「ぷぷぷ。エレナ、何やっているのよ。怖がっている仔にいきなり手を出しちゃダメだよ」
涙目の私をフィリシアは笑うのです。こっちはジンジンと痛いのに酷くないですか。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「まずは視線を合わして、敵意の無い事を分かって貰う。そして、おやつをあげる。これが一番手っ取り早いね。おやつを手から食べるかどうかが第一関門」
私は視線を落として、籠の中を覗きます。怯えを見せる犬豚は、相変わらず隅っこに寄ってこちらを睨んでいました。
「ごめんね。怖かったね。大丈夫だよ、君を傷つける事なんてしないから。大丈夫」
籠の中へ手を差し入れます。今度はいきなり触ろうとはせず、目の前で一度止めて安全である事をアピールしていきました。
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