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坂門

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黒、困惑、混乱

推論

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 瞼の上から光を感じます。柔らかな光が私の覚醒を後押ししました。

(エレナ⋯⋯エレナ⋯⋯)

 私を呼ぶ声は小さな女の子のようです。
 まさか⋯⋯キノ? なんで?
 
「エレナー」

 はっきりと聞こえる声。眩しい光に目を細めます。硬い床では無く、柔らかな布団の感触。私の視界は広がっていきます。爽やかな風が私の頬を撫でていきます。
 生きている。
 ぼやけていた視界が一気に広がり、一番に目に飛び込む金眼の幼女。

「キノ⋯⋯」
「エレナ、起きたぁー!」

 キノには珍しく大きな声で誰かを呼んでいるようです。体は重く思うように動きませんが、不快な痛みや悪心は消えていました。
 扉が勢い良く開き、満面の笑みで飛び込んで来たモモさん。その笑みに私の顔も綻びます。目を閉じ、安堵を噛み締めていきました。

「お帰り、エレナ」
「えへへ。ありがとうございました」
「何言っているのよ。良く頑張ったわね」
「モモさんが側に居てくれたので、きっと大丈夫って思っていました。あのう、アウロさんは?」
「大丈夫。まだ寝ているけど、じきに目を覚ますわ。今、キルロさんが側についている」
「キルロさんが?!」
「症状が落ち着いているからお願いしたの。ほら、その枕元にあるそれ。キルロさんが持って来てくれたのよ」
「これって⋯⋯」

 枕元に転がる白過ぎる石。こぶし大の白精石アルバナオスラピスが、陽光を浴びてキラキラと白く光っています。私は自分のピアスに触れ、ピアスの材料が何故ここに転がっているのか不思議に思いました。まるでお守りのようです⋯⋯いえ、きっと守ってくれたのでしょう。そんな幸せな力を感じる輝きを枕元で見せていました。

「エレナとアウロさんの中で悪さをしていた菌にその石が有効だったのよ」

 私が少し困惑していたのが、伝わってしまったようです。モモさんは、白精石アルバナオスラピスを見つめながら答えてくれました。
 菌に石? ですか? 良く分かりませんが、そんな事もあるのですね。

「え!? じゃあ、本当にこの石が守ってくれたのですね」
「そうよ」

 枕元の石へと手を伸ばし、撫でていきます。私を守ってくれた感謝を伝えました。ひんやり、ツルツルとした手触りが心地良い。

「キノも!」
「そうね。キノもずっとエレナの側に居てくれたのよ」
「そっか。キノ、ありがとう」
「おう」

 私はキノの頭へと手を伸ばし、感謝を伝えます。サラサラと手の平から零れる美しい白髪を愛でながら、私は安堵に包まれました。

◇◇◇◇

「どう? 今いい?」
「どうした? 大丈夫だ」

 アウロの病室を覗くハルにキルロは視線を向ける。エレナが目覚めてから三日後、アウロも目を覚ました。衰弱は激しいが、意識はしっかりとしており回復は時間の問題だった。

「ハルさん、すいません」
「何言っているのよ。ゆっくり休んで。そうそう、今回の件でちょっとふたりの意見を聞いてもいい?」
「オレもか?!」

 キルロは驚いた顔を見せたが、アウロとふたり頷いて見せた。

「混乱する現場。ウチの方が受け入れた数は多かった。それは誰かの指示?」
「いえ、単純に【オルファステイム】が治安維持をしている間、ウチは治療に向けて動いていましたので。診た数が単純に【オルファステイム】より多かったからです。現場で何頭かは【オルファステイム】から回ってきましたけど、ほとんど救えませんでした」
「それが何か問題なのか?」
「いえ、問題は無いわ。ねえ、キルロ。ここミドラスで亜種エリートが出現ってどう思う?」

 キルロは思いも寄らぬ言葉に逡巡を見せる。

「菌だからな⋯⋯どうかな。ただ、亜種エリートとだけ考えると有り得ないな。【吹き溜まり】のそばって言うならまだしも、現場となった調教店テイムショップはそんな事は無いんだろう?」
「そうよ。切り拓いた森の一画。黒素アデルガイストはここと変わらない。ほとんど無いでしょうね」
「だとしたら。亜種エリートの存在ってのは不自然だよな。でも、病原菌だしな⋯⋯ 怪物モンスターとは違うんじゃないのか?」
「私もそう思った。でも、ラーサ達の話では通常の菌より消滅は早いって話だった。それって、黒素アデルガイストの薄い所では生存出来ないって事じゃない? 怪物モンスターと同じって事でしょう」
「確かに⋯⋯。亜種エリートとしての特徴は踏まえているな」
「ハルさんは、何が引っ掛かっているのですか? 口ぶりから何か考えがあるように感じるのですが」

 再び逡巡を見せるキルロ。その姿を横目にアウロがハルの言葉を汲み取って見せると、ハルは嘆息して見せた。

「そうね⋯⋯ここだけの話にしておいて。確証も何も無い、妄想に近い考えなので。セントニッシュは誰かが人為的に置いたのかも知れない」
「どういう事ですか?」

 アウロとキルロはまた顔を見合わせる。

「まるで時限爆弾みたいだなって思ったの。ほっといておいたら消滅する菌。抗生剤を餌にして増殖する菌。亜種エリートなのに抗生剤があれば、黒素アデルガイストを必要とせずに存在出来る。混乱する現場に治療を必要とする仔が転がっていれば、アウロはどうする?」
「それはまぁ、痛み止めと化膿止めの応急処置をして、施設に戻ったら栄養剤と抗生剤を点滴するのが通常ですよね⋯⋯」
「そうよね。まるで、抗生剤を使うのを分かっていたみたいじゃない? 自然界で抗生剤を餌にする菌なんて生まれると思う? 耐性ならまだしも、餌よ? 抗生剤の治療がなければ死滅する菌が自然界で発生する? とてつもなく不自然じゃない」

 ハルの言葉にふたりは困惑を深める。誰が? 何の為に? 
 ただ、積み上がる疑問とは別に、この菌の性格を考えるとハルの言葉はしっくりくる所も確かにあった。

「って事は、ハルヲはそれが人為的に組まれたって考えるのか?」
「分からない⋯⋯。でも、誰かがそんな菌を作って混乱する現場でセントニッシュに菌を打ち込んでいたら⋯⋯」
「持ち込んだ施設でパニックが起こるように誰かが仕組んだって事ですか?」
「分からないけど、そう考えると辻褄は合うのかなって」

 キルロは腕を組みかえ、唸って見せる。眉間に皺を寄せ、パンパンになっている脳みそをフルに回転させていく。

「う~ん。ハルヲの考えは分かったが、そもそも菌なんて作れるのか? しかも亜種エリートだぜ」
「それよ。作れるかどうかが分からない。でも、自然発生よりこんな都合のいい菌、人為的って考えた方がしっくりこない?」

 アウロもベッドから天井を見つめ、深く逡巡していく。見た物、聞いた物、感じた事、経験した事をハルの言葉と重ね合せていった。

「抗生剤が鍵となって爆発、増殖する菌か⋯⋯。ハルさんの推論には説得力ありますね。ラーサあたりに作れるか聞いてみたらどうですか?」
「確証が無いのに無駄な心配させたくないのよね⋯⋯」

 キルロは何かに気が付いたのかポンと手を打って見せる。

「んじゃ、マッシュあたりに探って貰ったらどうだ? 仮にハルヲの思っていた通りなら相当にきな臭い。マッシュが得意とする所だ」
「きな臭いかどうかは分かりませんが、この一件は常に違和感がつきまといますね」

 アウロもキルロの言葉に頷くと、ハルも悩みながら賛同を見せた。

「【ライザテイム】が飛んだ理由あたりから、探って貰おうか⋯⋯大丈夫かな」
「大丈夫じゃねえか。優秀だし」
「あんたは何もしないから、そう言えるのよ」
「大丈夫、大丈夫」
「まったく、お気楽ね」

 ハルの懸念を余所に口角を上げるキルロ。その横でアウロの表情は曇る。

「ハルさんの予想通りなら、調教店テイムショップの混乱を狙った犯罪って事でしょうか?」
「そこ。細菌を作れるのか? 調教店テイムショップを狙う意味は? そこがまったく分からない。だから、想像の域を出ない話って言ったのよ」

 ふたりが完治して終わり。それでこの件はハッピーエンドなはずだった。わだかまりの消えない、煮え切らない思い。真実を覆う闇は払拭出来ないでいた。
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