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坂門

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「準備出来たよー!」

 奥からフィリシアの声が届くと、みなさんムクムクとゆっくり起き始めました。大きく伸びをして、立ち上がって行きます。なかなか起きないキノはフェインさんが抱きかかえ、みんなで食堂へといそいそと向かいました。ひと仕事終えた解放感から空気は弛緩しています。先程までとは打って変わり、穏やかな時間に身を委ねていきました。

 
 食堂の扉を開けようとする私に、ハルさんが手を掛けます。

「主役は最後。声掛けるまで外で待っていなさい」
「主役??」

 私はひとり廊下に残され、扉の前に立ち尽くしています。正直、何が起きているのか分かりません。ひとりで困惑していると、ハルさんの呼ぶ声が届きました。

「エレナー!」
「は、はい。し、失礼します⋯⋯」

『『『誕生日おめでとうーーー!!』』』

「ふぇ?」
「夜中だからみんな静かにね」

 ハルさんは人差し指を口に当て、皆さんはニコニコと笑顔で迎い入れてくれました。
 これって⋯⋯。
 茫然としている私の耳元でフィリシアが教えてくれます。

「これはエレナの誕生パーティーだよ。みんなでエレナの生まれた日を祝うんだ。ま、みんなで食べて、呑んで楽しくやりましょうって口実が欲しいだけだけどね」

 最後にウインクして見せると、私の肩を抱いてみんなの前へと押し出しました。
 いつもの食堂は色のついた布で簡単な飾りつけがされています。いつも使っているテーブルは端に追いやられ、中央にスペースが出来ていました。
 端に置かれたテーブルには、たくさんの料理と切り揃えられたフルーツが並んでいます。
 中央のスペースで皆さんがカップを片手に、にこやかに佇み、パーティーの開始を今か今かと待ちわびていました。

「あ、あのう。え、えっと⋯⋯今日は皆さん、本当にありがとうございました⋯⋯。今まで誕生日が嬉しいって良く分からなかったのですが、今日初めて分かりました」
「じゃあ、エレナの誕生日を祝して、乾杯!」
『『『乾杯―!!』』』

 ハルさんの掛け声で手にするカップをぶつけ合います。
 私は皆さんに何度も何度も頭を下げて、感謝を伝えて行きました。何度頭を下げても足りないくらいですよ。
 
 用意された料理に舌鼓を打ち、少しだけ準備されたアルコールはみんなの舌を滑らかにしていきます。笑顔が弾ける空間というのは、何度でも幸せな気分になるのですね。

「エレナさん、お誕生日おめでとうございます」
「ネインさん! 今回はいろいろありがとうございました」
「微力なりにお役に立てなら何よりです」

 エルフさんらしく冷静な物言いですが、柔和な笑みに釣られて私も自然と笑顔になりました。

「皆さんに感謝しても仕切れないです。どうお返しすればいいのでしょうか?」
「分かりません。みんな自分がやりたくてやっただけですから、見返りなんて求めていないのではないですかね。あなたが副団長殿の下、健やかに過ごして頂ければ、それがお返しになるのではないでしょうか」
「そ、そうなのですかね⋯⋯」

 優しい顔を見せるネインさんに諭されてしまいました。
 元気に過ごせばいいって事ですか? それだけでいいのでしょうか⋯⋯。

「何、難しい顔しているの? 成人したのでしょう? 呑みなさい!」
「ラ、ラーサさん?」
「ラーサはね、お酒弱いのよ」
「そんな事はない⋯⋯ですよ。キノが凄かったね、ドーンって凄かった、うん」
「はいはい。分かったから。エレナびっくりしちゃうから」
「エレナ? エレナ! 誕生日おめでとう! 本当に良かった⋯⋯」
「あ、ありがとうございます」
「ほら、あっちで少し休みましょう」

 モモさんに促されて、ラーサさんは隅の椅子でうなだれてしまいました。普段と違って何だか可愛い姿を見ちゃいましたね。まだまだみんなにも、知らない一面がありそうです。
 
 どこを見ても笑顔。
 嬉しい。とても嬉しいです。今日一日、みんなが私なんかの為に時間を割いてくれました。それも嬉しい⋯⋯この空間、この空気何もかもが嬉し過ぎます。

「よし!」

 少し顔の赤いキルロさんが膝をひとつ打って、立ち上がりました。空瓶を伝声管に見立て握り締めています。

「えー、本日はお日柄も良く、無事にエレナ・イルヴァンを団員として迎い入れる事が出来ました。つきましては私共【スミテマアルバレギオ】は冒険クエストはもとより、鍛冶業や調教業なども事業の一環としており、新しい団員を迎え、より一層の⋯⋯」
「長いわっ!!!」

 ハルさんの鋭い突っ込みにやんやと笑いが起き、キルロさんはふてくされて見せました。

「んだよ。いい所だったのに⋯⋯。エレナ⋯⋯【ハルヲンテイム】への出向を命ずる!」
『『『おおおおおおー』』』

 キルロさんは大きく両手を広げこの空間を指しました。
 みんな知っている事なのに、歓声と拍手を私に向けてくれます。
 汚い毛布とボロボロのソファーの世界にいた私。俯き人目を避けて生きていた私。
 過去の私が今、この瞬間報われたと感じます。
 私を包んでいた硬い殻が、皆さんの笑顔で砕け散りました。みすぼらしく俯いていた私を心の奥底に閉じこめていきます。私は涙します。満面の笑顔で涙します。
 私の存在を私自身が認める事が出来ました。

「皆さん、宜しくお願いします」

 私は涙を拭う事もせず、皆さんに頭を下げます。顔を上げればやっぱりそこには笑顔。
 自分の事で、こんなに嬉しく思えた事はありません。この思いはきっと忘れません。
 ここに来てからの全ての出来事が愛おしく感じます。全ての出会いに感謝します。
 今、とても幸せです。

「おー! そうだ! これを忘れていた。エレナ、手を出してごらん」
「はい?」

 キルロさんが満面の笑みで、差し出した私の手の平に小さな袋を置きました。

「みんなからのプレゼントだ。開けて見ろ」
「ええっ!? プ、プレゼント? ですか??」

 周りを見渡せば、期待のこもる笑顔が向けられていました。私が袋を開けるのを待っているようです。
 皆さんに助けて貰ったうえにプレゼントなんて⋯⋯幸運を今日全て使い切っていないですよね?
 私は手の平の小袋をまじまじと眺めます。軽くて小さい袋。でも、みんなからのプレゼントと思うと重みを感じます。
 期待のこもる視線を浴びながら、私は小袋の口を開けて中を覗き込みました。

「ふわああああ!! これって⋯⋯」

 私は驚き、あわあわしながら小袋の中身を手の平に乗せました。
 純白のピアス。透明感があるのに、この世の物とは思えないほどの綺麗な白を見せる石。
 私は顔を上げて、みんなの顔をひとりずつ見て行きます。そこにあるのは満面の笑顔。

「ありがとうございます、ありがとうございます」

 私もくしゃくしゃの顔で、満面の笑みを返します。嬉し過ぎて、涙が止まりません。

「後でハルヲにつけて貰いな」
「はい」
「エレナ、一緒」
「ホントだ。お揃いだね」

 それはあまりにも白い純白の石。
 キノの鼻、ハルさんの耳にもついている素敵なピアス。
 私はもう一度ピアスを眺めて、両手で大事に包み込みます。
 大切な宝物がまたひとつ増えました。
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