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フィリシア・ミローバの逡巡
優しい声色が響きます
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「【癒光】」
ラーサの手から落ちて行く緑色の小さな光玉が、骨に出来ていた小さな亀裂を閉じていく。
「モモ、あとよろ~」
「了解」
モモはいくつかの小さなプレートを繋がり切らない骨に当てていった。
ハルはその様子を確認して、顔を上げて行く。
「さて、マイキーの治療の方は大丈夫。問題は今後ね。虐待を疑っている所へ、はいどうぞって帰すわけにはいかないわ」
「ただ相手は名家だぞ。頭ごなしに言って通じるとは思えんな」
「たちの悪い感じ? ギルドでなんか噂とかあったりする?」
「そうさな⋯⋯モーリス家か。悪い噂は耳にした事は無いな」
「特に問題行動を起こす感じじゃないのか⋯⋯」
「むしろ人格者として語られる事が多い。奥さんがハーフ、同族じゃない人間。当時はハーフを奥さんにしたと小さくない話題になった。今じゃそんなに珍しい事では無いが昔の話だ、風当たりはそれなりに強かったに違いない」
ハーフに対する差別は根強い。普段の生活で感じる事など今ではほぼなくなったと言えるが、それでも年配になればなるほど純血主義を唱える者が多いのは事実。特に長命なエルフの純血主義は有名だった。
「人格者ねぇ⋯⋯逆に胡散臭くない? 悪い噂が全く無いってのもなんだかねえ」
「お前も余程ひねくれている⋯⋯と言いたい所だが、まぁ、言いたい事は分からんでも無い。どちらにせよ、一度モーリス家に行かんと何とも言えんな」
「私も行くわ」
「もちろんだ。こんな面倒な事をギルドにだけ押し付けるな」
モーラは苦い顔の中に鋭い眼光を見せる。
「私も、私も」
「フィリシア、あなたはダメ。【カミオトリマー】のシロが決定していない状況で連れて行ったら、ややこしくなるでしょう。ウチとギルドに任せて」
「でも⋯⋯」
「大丈夫。悪いようにはしない。約束する」
ハルの真っ直ぐな青い瞳にフィリシアも渋々と頷いた。
面倒な事にならなければいいけど、そうはいかないわよね。
ハルヲは診察台で寝転んでいるマイキーを見つめ、思う。単純に事が進むのを願うが、それが叶わないと感じているのが本音だった。
「終了。無事に完了よ」
モモがゴーグルを外し、顔を上げた。地肌が剝き出しの脛には糸で縫い合わせた痕。痣の確認の為剝き出しになった紫色の肌もあってさらに痛々しく見える。
「体中の痣はちょっと時間掛かるよ。これだけ広範囲だと、すぐに腫れはひかないね」
ラーサは新しい点滴の準備をしながら嘆息する。
フィリシアも煮え切らない心持ちに表情は暗いままだ。
「はいはいはい。暗くならない。無事に処置が出来たんだから。次よ、次。私とモーラで取り急ぎモーリス家とやらに行って来るから」
「仕方ない。さっさと行くか」
面倒臭そうに答えるモーラだが、準備を進める手は素早く動いていた。
「ハル店長、頼んだよ」
「さっきも言ったでしょう、悪いようにはしないって」
懇願するフィリシアの肩にポンと軽く手を置き、ハルとモーラのふたりが処置室をあとにする。見送るフィリシアをマイキーが不安気に見上げているのに気が付くと、頭を優しく撫でていった。
「大丈夫だってさ」
フィリシアの優しい声色が診察室に響いた。
◇◇◇◇
「うまくいかなかったの? 残念~」
療法室で大仰に肩を落として見せるフィリシアに言葉ほどの落ち込みは見えません。私と同じでアウロさんが何とかして下さると考えているのは、柔和な表情を見せる姿からありありと伝わりました。
「でも、何とかなると思っているのでしょう?」
「まあね」
ビオを撫でながらフィリシアはいつもの笑顔を見せると、床の隅に追いやられた義足の試作品をひとつずつ手に取ります。ひとつひとつ手にしては曲げては伸ばし、その感触に感嘆の声を上げていました。
「何がダメだったの? エレナ聞いた?」
「いえ、何か閃いたって感じで、フィリシアみたく飛び出して行っちゃったので」
「私みたいって何よ!? しかし、何だろうね? 良く出来ていると思うけど」
手にしていた義足を下に置き、仕事に戻って行きます。私もいつものようにケージの掃除とみんなの餌やりに手を動かしていきました。
食欲を見せない仔には、注射器に入れた流動食を口から強制的に入れて行きます。美味しく食べるのが一番だけど、お腹に何も入れないと体は弱っていく一方です。心を鬼にして、流動食をポンプするのです⋯⋯するよう頑張ります⋯⋯出来るように尽力します⋯⋯。
「ご、ごめんね。美味しくないよね。でも、食べないとダメだから、ね、食べて」
「ダメよ、エレナそんなんじゃ。もっとしっかり奥に突っ込んで⋯⋯もっともっと⋯⋯貸してみなさい。こうよ」
フィリシアは小型犬の頭を抑えつけ躊躇なく、注射器の三分の一程口の中へと押し込みました。喉の動きを見ながら、少しずつポンプしていきます。嫌がる素振りを見せても容赦しません。
「食べなきゃ元気にならないんだから、しっかり食べるんだよ。ほら、もうちょい頑張って⋯⋯よしよし、良く頑張った」
フィリシアは空になった注射器を確認して頭を撫でてあげます。
無理矢理食べさせるフィリシアを嫌いそうなものですが、不思議とそうはなりません。療法室の仔達はみんな、フィリシアの事が大好きでした。フィリシアが部屋に入って来た時のみんなの顔が違うのです。
瞳を爛々と輝かせ、視線はフィリシアの後を追って行きます。きついリハビリや、無理矢理の強制給餌など日常茶飯事なのですが⋯⋯不思議ですね。
給餌を終えた仔を愛でるフィリシアの後ろ姿が映ります。語りかけ、必死に褒めていました。
その言葉に嘘は感じません。私が感じないという事は、人の心に敏感な動物達にはもっと顕著に伝わっているのでしょうか。
そうそう、ちなみに敏感だと教えてくれたのはハルさんです。私のメモ帳の最初の方にそれは書いてあるのです。
「次も頑張るんだよ、分かった」
フィリシアの優しい声色が療法室へ、静かに響いていきました。
ラーサの手から落ちて行く緑色の小さな光玉が、骨に出来ていた小さな亀裂を閉じていく。
「モモ、あとよろ~」
「了解」
モモはいくつかの小さなプレートを繋がり切らない骨に当てていった。
ハルはその様子を確認して、顔を上げて行く。
「さて、マイキーの治療の方は大丈夫。問題は今後ね。虐待を疑っている所へ、はいどうぞって帰すわけにはいかないわ」
「ただ相手は名家だぞ。頭ごなしに言って通じるとは思えんな」
「たちの悪い感じ? ギルドでなんか噂とかあったりする?」
「そうさな⋯⋯モーリス家か。悪い噂は耳にした事は無いな」
「特に問題行動を起こす感じじゃないのか⋯⋯」
「むしろ人格者として語られる事が多い。奥さんがハーフ、同族じゃない人間。当時はハーフを奥さんにしたと小さくない話題になった。今じゃそんなに珍しい事では無いが昔の話だ、風当たりはそれなりに強かったに違いない」
ハーフに対する差別は根強い。普段の生活で感じる事など今ではほぼなくなったと言えるが、それでも年配になればなるほど純血主義を唱える者が多いのは事実。特に長命なエルフの純血主義は有名だった。
「人格者ねぇ⋯⋯逆に胡散臭くない? 悪い噂が全く無いってのもなんだかねえ」
「お前も余程ひねくれている⋯⋯と言いたい所だが、まぁ、言いたい事は分からんでも無い。どちらにせよ、一度モーリス家に行かんと何とも言えんな」
「私も行くわ」
「もちろんだ。こんな面倒な事をギルドにだけ押し付けるな」
モーラは苦い顔の中に鋭い眼光を見せる。
「私も、私も」
「フィリシア、あなたはダメ。【カミオトリマー】のシロが決定していない状況で連れて行ったら、ややこしくなるでしょう。ウチとギルドに任せて」
「でも⋯⋯」
「大丈夫。悪いようにはしない。約束する」
ハルの真っ直ぐな青い瞳にフィリシアも渋々と頷いた。
面倒な事にならなければいいけど、そうはいかないわよね。
ハルヲは診察台で寝転んでいるマイキーを見つめ、思う。単純に事が進むのを願うが、それが叶わないと感じているのが本音だった。
「終了。無事に完了よ」
モモがゴーグルを外し、顔を上げた。地肌が剝き出しの脛には糸で縫い合わせた痕。痣の確認の為剝き出しになった紫色の肌もあってさらに痛々しく見える。
「体中の痣はちょっと時間掛かるよ。これだけ広範囲だと、すぐに腫れはひかないね」
ラーサは新しい点滴の準備をしながら嘆息する。
フィリシアも煮え切らない心持ちに表情は暗いままだ。
「はいはいはい。暗くならない。無事に処置が出来たんだから。次よ、次。私とモーラで取り急ぎモーリス家とやらに行って来るから」
「仕方ない。さっさと行くか」
面倒臭そうに答えるモーラだが、準備を進める手は素早く動いていた。
「ハル店長、頼んだよ」
「さっきも言ったでしょう、悪いようにはしないって」
懇願するフィリシアの肩にポンと軽く手を置き、ハルとモーラのふたりが処置室をあとにする。見送るフィリシアをマイキーが不安気に見上げているのに気が付くと、頭を優しく撫でていった。
「大丈夫だってさ」
フィリシアの優しい声色が診察室に響いた。
◇◇◇◇
「うまくいかなかったの? 残念~」
療法室で大仰に肩を落として見せるフィリシアに言葉ほどの落ち込みは見えません。私と同じでアウロさんが何とかして下さると考えているのは、柔和な表情を見せる姿からありありと伝わりました。
「でも、何とかなると思っているのでしょう?」
「まあね」
ビオを撫でながらフィリシアはいつもの笑顔を見せると、床の隅に追いやられた義足の試作品をひとつずつ手に取ります。ひとつひとつ手にしては曲げては伸ばし、その感触に感嘆の声を上げていました。
「何がダメだったの? エレナ聞いた?」
「いえ、何か閃いたって感じで、フィリシアみたく飛び出して行っちゃったので」
「私みたいって何よ!? しかし、何だろうね? 良く出来ていると思うけど」
手にしていた義足を下に置き、仕事に戻って行きます。私もいつものようにケージの掃除とみんなの餌やりに手を動かしていきました。
食欲を見せない仔には、注射器に入れた流動食を口から強制的に入れて行きます。美味しく食べるのが一番だけど、お腹に何も入れないと体は弱っていく一方です。心を鬼にして、流動食をポンプするのです⋯⋯するよう頑張ります⋯⋯出来るように尽力します⋯⋯。
「ご、ごめんね。美味しくないよね。でも、食べないとダメだから、ね、食べて」
「ダメよ、エレナそんなんじゃ。もっとしっかり奥に突っ込んで⋯⋯もっともっと⋯⋯貸してみなさい。こうよ」
フィリシアは小型犬の頭を抑えつけ躊躇なく、注射器の三分の一程口の中へと押し込みました。喉の動きを見ながら、少しずつポンプしていきます。嫌がる素振りを見せても容赦しません。
「食べなきゃ元気にならないんだから、しっかり食べるんだよ。ほら、もうちょい頑張って⋯⋯よしよし、良く頑張った」
フィリシアは空になった注射器を確認して頭を撫でてあげます。
無理矢理食べさせるフィリシアを嫌いそうなものですが、不思議とそうはなりません。療法室の仔達はみんな、フィリシアの事が大好きでした。フィリシアが部屋に入って来た時のみんなの顔が違うのです。
瞳を爛々と輝かせ、視線はフィリシアの後を追って行きます。きついリハビリや、無理矢理の強制給餌など日常茶飯事なのですが⋯⋯不思議ですね。
給餌を終えた仔を愛でるフィリシアの後ろ姿が映ります。語りかけ、必死に褒めていました。
その言葉に嘘は感じません。私が感じないという事は、人の心に敏感な動物達にはもっと顕著に伝わっているのでしょうか。
そうそう、ちなみに敏感だと教えてくれたのはハルさんです。私のメモ帳の最初の方にそれは書いてあるのです。
「次も頑張るんだよ、分かった」
フィリシアの優しい声色が療法室へ、静かに響いていきました。
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