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本編

番外・ある日の執務室

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私の執務室の奥には、簡易なベッドやレストルーム、キッチンを備えた休息用の部屋がある。

執務の合間に奥のレストルームで所用をすませ、執務室への扉を開けようとしたとき、不意に侍従たちの話し声が聞こえた。

通常なら、何もなく扉を開けるのだが、聞こえてきた内容にノブにかけた手を止める。

「やっぱりモノをキツいくらいに、ぎゅっと締め付けられる方か気持ち良くないか?」

「そうか?あまりキツいと、動きづらくてかなわない。私は少し余裕がある方が好みだ」

「ええ~俺は緩い位の方が良いよ。自由に動ける方が絶対に解放感強いし、アソコも調子良いよ。」

・・・何の話をしているのだ。執務室で品性に欠ける会話をするなど、罰則を課すべきか。
閨事など、自分の恋人と褥で語らえば良いのだ。
私がノブに手を掛けようとした時、侍従の一人が声をあげた。

「なあ、イオリ。イオリはどんなのが好み?」

今の声はサヴィンだな。よし、お前は減給に楽しい仕事をつけてやろうか。
よりによって、イオリにそんな下品な話をするとは、万死に値する。

咄嗟に怒りが沸き上がるが、何故かノブにかける手が動かない。それに、イオリの返答が気になるのも事実だ。

「そうですね~私はキツくも緩くもない、ジャストなサイズが良いですね。」

「――――っ!!」

一瞬、呼吸がままならなくなり、胸の奥がひきつる様に痛む。

・・・そうなのか、イオリっ・・・

私は自分が心にダメージを受けたことにすぐ気づいた。
私はイオリが男女関わらず、経験がないと思っていた。童貞で処女だと、彼と初めて体を重ねた時に、はっきり確信したのだ。

あんな可愛らしく初な反応と、初雪のように綺麗な体はどう触れてみても経験があるようには思えない。

そのはずなのに、淀みなく自分の好みを口にするなんて・・・
イオリはあんなに愛らしくても、やはり男だ。自ら相手を征服したいと思うのは当たり前だ。

・・・過去の事など、関係ない。もうイオリは私のものだ。私がイオリのものであるように。彼に経験があろうと、そんなことは問題ではない・・・

・・・キツくも緩くもない、ジャストなサイズ・・か。
イオリが望み求めてくれるなら、私は応える度量くらいあるつもりだ。
後ろの経験はないが、イオリならば受け入れる事も吝かではない。

私は彼を誰にも渡したくないし、もう私以外に触れさせるなどあるわけがない。

私はノブに手を掛けると、サヴィンにやらせる仕事を頭の中で上乗せし過密なスケジュールの出張を言い渡すべく、執務室へ戻った。



~伊織side~


イルファンの様子がおかしい。

執務室で仕事を始めたくらいには、特に変わった様子はなかった。
どちらかといったら、機嫌は良いくらいだったはずなのに。途中でトイレに行って帰ってきたかと思ったら、侍従のサヴィンさんにものすごい量の仕事と、誰が行くのかと皆が戦々恐々としていた出張の両方を、ブリザードか黒い雲を背負っているかのような雰囲気を醸しながら命じた。

仕事中はいつも以上に喋らないし、急ぎの案件を片付けると早々に切り上げて皆に仕事を持ち帰らせ、俺以外は執務室から追い出した。

それなのに、何も言わずに執務机に凭れるようにしたまま、俯いている。何かあったのかな?お腹の具合が悪い・・・にしては、あれからトイレにいっていないし違うか。

「殿下・・・イルファン、どうかした?」

俺は取り敢えず、本人に聞いてみる事にした。言ってくれなきゃわからない。
殿下、と言ったらチラリとこちらを見た彼の翠色の瞳が、不満そうに細められた。まあ、誰もいないし二人だけの会話でいいか、名前を呼ぶ。

「ちゃんと話してくれないと、わからないよ?」

「・・・イオリはキツくも緩くもないジャストサイズが良いのか?」

??何故そんな話が出てきたのか、さっぱりわからないけど、確かにその通りなので答える。

「うん、そうだけど、何で今その話が出てくるんだ?」

「・・・そうか、そうなのか。イオリ、私はお前の全てを受け入れる。お前の過去は何も問わない、だから・・・イオリがそうしたいと望むなら、私にしてほしい。その、私のそれがイオリの好みに合うかは、判らない・・すまない」

イルファンは、普段は無表情の美貌に苦悩とも照れているとも取れる、複雑な表情を浮かべる。浅黒い頬は、うっすらと赤くなっているようだ。

それはそうと、一体なんの話なんだろう?さっぱりわからない。
それに、何でイルファンが席を外している間の話題を知っているんだ?

私にして欲しいって、俺のサイズとイルファンのサイズじゃ全く合わないし。

「イルファン、それムリ。サイズが全然違うから、入らないし」

「・・・!?」

思ったまま言うと、イルファンはすごくショックを受けたような顔で机に倒れこんでしまった。
ガツン、と額をぶつける音まで立てて。

「ちょっと、イルファン何やってるんだよ?大丈夫か!?」

俺は慌ててイルファンの隣に駆け寄って、肩を引いて顔を上げさせるが、すぐにまた机に伏せてしまう。

「イオリは私を拒むのか?私ではイオリを満たす事が出来ないのか。イオリは他の者と・・・・そんな事、絶対に駄目だ!!」

何やらブツブツ言っているかと思えば、ガバッと起き上がって俺を抱き締める。
情緒不安定?どうしたんだよ、いつもの尊大な俺様と可愛い俺の王子は何処に行ったんだ?

とにかく、ぎゅうぎゅうと抱き付いてくる(俺が抱き締められているはずなのに、すがり付かれてるみたいなんだ)イルファンの背中に腕をまわし、トントンとあやすように落ち着くように抱き締め返す。

何だか、訳の判らない思い違いをしているのではないだろうか。

あの会話の何に勘違いする要素があったんだ?
の好みの話だったんだけどなぁ。いまいち、イルファンがどう勘違いしているのかはわからないけど、このままにしているといろいろヤバイ事になる予感しかしない。

「俺がイルファンを拒むなんてないし、なんでイルファンの下着を俺が着けないといけないんだ?」

「・・・?」

顔をこちらに向け、良く判らない顔をして俺を見る彼の頬を両手で挟み、額をコツンと当てる。

「何を勘違いしてるのかわからないけど、キツくもなくってのは下着のパンツの話だぞ?さっきのイルファンの話だと、俺とイルファンのパンツの交換か?サイズ的にムリだろ?」

さっといつもの無表情に戻り、考え込むようにしばらく動かなくなる。俺は額を離して、その美貌の完璧な造詣を見つめながら思う。

優秀すぎる脳は再起動に時間がかかるのかな~それにしても、カッコイイよなー神様って不公平だけど、イルファンと会わせてくれたから、良しとするか~

等々、考えているとフッと翠色の瞳が意識が戻ったように瞬いた・・・と思ってみていると。

「//////~~~!!!」

ボンッと音が聞こえるんじゃないかと思うくらい、浅黒い肌が紅く染まった。顔から耳も首も、衣服から出ているところは漏れ無く全部、だ。

何時もは涼しげな翠色の瞳はいっぱいに開かれ、引き結ばれている口元は、パクパクと言葉にならない何かを繰り返している。

初めて見る、取り乱したイルファンに新鮮な驚きと、何を考えていたのか気にはなるが、それより何より。

“可愛い~~~!!”

俺、内心どころか声に出してるかも。普段とのギャップ!なにこれ、すげー可愛い!
これがギャップ萌えとかいうやつか?わ~初めて萌えを知った!

あまりの可愛らしさに、抱き締める腕から抜け出して艶やかで見た目より柔らかい、ゴールドブラウンの髪を撫でる。

途端に、へにょりと凛々しい眉を下げた、これまたお初な可愛い表情を浮かべる。

「あぁ~可愛い~!なんだこれ。イルファンが、美貌が、イルファンが可愛くなるなんて!」

俺は、可愛い可愛いを連発しながら頭を、頬を、腕を撫でる。それでも収まらず、椅子に座らせたイルファンの頭を抱え込むように抱き締め、撫でまくり、それでも足りず。
とうとう、頭にも顔にもあちこちにキスを降らせる。

キスをしながらイルファンを見ると、次は頬をうっすらと紅くした男前が俺をじっと見ている。

可愛い表情は消えてしまったけど、やっぱり可愛い美貌の王子様だ。

他の誰かなんていらないし、イルファンを誰かに渡すつもりはない。ずっと俺の、だ。

そんな事を考えながら、最後に額に“チュッ”とキスを落としてじぃってイルファンをみる。

「私のどこが可愛いのだ?私を可愛いなどと言うのは、イオリだけだ」

「えぇ~イルファンが可愛くなかったら、何を可愛いって言うんだよ~!・・・で、何を勘違いしてたんだ?」

俺がニコニコしながら聞くと、イルファンはまたうっすらと頬を赤くしながら、ふぃっと横を向いてしまう。

「それはっ・・・言えない。私が勝手に思い違いをして、訳の分からない事を言ってしまったのだ。すまない、忘れてくれ。それに、可愛いのはイオリだ。これは譲れない」

赤い顔で横を向いたまま、そう言って俺の肩に顔を伏せてグリグリとすり寄るイルファンは、絶対に可愛い。

・・・まぁ、可愛さに免じて追求はしない事にしてあげよう。


ニヤニヤしながらイルファンをナデナデしていたはずが、いつの間にか抱き込まれて執務室の奥の、彼のプライベートスペースにあるベッドの上で。
全身を快楽で埋め尽くされながら、イルファンにあらぬトコロを撫で尽くされてしまったのは、俺が未熟者だからだろうか。
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