転生王子はネメシスを待つ

ainsel

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07.邂逅

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 誰かが泣いている。
 顔を覆う両手の指の隙間から、零れた涙が見える。
 その手のひらを撫でるように流れ落ちたのは、見事な黒髪。
 懐かしい色。

 ――願わなければよかった。

 ――もともと悪人だと、私たちを殺した悪人だと思っていた。だから、この手で復讐してもいいと。されるべき人間だと思ってたの。

 ――でも、あの人も私たちと同じ、普通の人だった。つまづいては苦しみ、些細なことに幸せを見出し、誰かを大事に思い、誰かの大事な人になってた。

 ふと、その人が顔を上げた。
 その長い髪の隙間から、涙を湛えた瞳がこちらを見据えた。

 ――酷い人。あなたを憎み続けることができない。

 ――これでは、私が、私こそが酷く醜い人間だわ。

 



 意識が浮上するとともに、洗面所へと駆け込んだ。
 まだ部屋の中は夜明け前の暗さに沈んでいた。
 胃の中の物がなくなるまで全て吐き出しても、吐き気は収まらなかった。
 扉の前で寝ずの番をしている衛兵たちが中の異変に気付いたのか、部屋の中へ飛び込んできた。この惨状を見て、医者だなんだと騒がしくなった。そんな喧騒の中、意識は再び暗闇へと落ちていった。

 再び意識を取り戻したのは、丸一日経ってからだった。
 また毒か、と前日に口にした物全てが検査され、関わった者たちも全てその身を拘束されたと聞いた。未だに体調は万全とは言えなかったが、毒でも、それを盛られた訳でもない、と弁明に向かった。就寝前にこっそりと酒を口にした、という尤もらしい理由をでっち上げた。こってり叱られたが、無実の者たちに相応の対価を与え、迷惑をかけたことを詫びた。



「こっそり嗜んだお酒の味はいかがでしたか?」

 三日の謹慎後、顔を合わせたと思ったら当てこすられた。

「――最悪だったよ。そして、お前も大概性根が悪いな、カリウス」
「大変心配してましたから。『私の』フランが。謹慎が明けたら、見舞いに来たいそうです」
「拘束されてたサナも、自分の心配よりも殿下の心配をずっとしてました」

 あれ、自分たちの彼女ののろけと自慢かな。

「ああ、酒はもうこりごりだ」

 笑顔を見せると、二人とも張りつめていた息をこっそりと吐いていた。
 案外、心配される程度には、好意を持たれていたらしい。
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