異世界チェンジリング

ainsel

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case of チェルシー

32.騙されたぁ!

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 最近、お姉さまは婚約者のリーファイ様とばかりお出かけする。それに文句を言ったら、たまにはおしゃれしてお出かけしましょう、と誘ってくれた。うれしくて昨日の晩は眠れなかった。
 伯爵家の馬車に乗って、街へと向かった。
 と思ったら、なぜかとある邸宅へと入っていった。

「じゃあ、チェル。楽しんできてね」
「おっ、お姉さま?!」

 笑顔のお姉さまに、わたしは年齢の近い子息令嬢の群れに放り出された。
 そこでは子供たちだけのお茶会が行われていた。

 騙されたあぁぁぁぁぁ!!!

 そういえば、お姉さまの婚約が片付いたので、次はわたし、と両親から言われていた。
 お姉さまは婿を取るので、わたしは将来的に家を出なくてはいけない。わたしもお姉さまのように学園で相手を見つければいいかとのん気に構えていたところの、手ひどい裏切りに不意打ちである。

 わたしはチェルシー・ミューズリー伯爵令嬢、十一歳。
 ただ今、絶賛激おこ中である。



「今回が初めてのご参加ですのね」
「伯爵家ですの?――あまり聞いたことのない家名ですわね。あら、失礼」
「今日の集まりは高位爵位の集まりだと、ご存じなかったのかしら?」

 マウントの取り合い。
 わたしの令嬢スマイルにひびが入りそうである。
 くすくす笑う令嬢たちは幼くても、悪い意味での女性であった。

 確かにミューズリー家はそれほど家格は高くない。たぶん、お姉さまがリーファイ様と結婚されるからこのレベルの茶会に放り込まれたのかもなぁ、と遠い目をしたくなる。
 とんだとばっちりだ。
 婚約者探し、とまではいかないまでも、同年代の親睦を深めるための茶会であった。
 来てしまったのなら仕方ないと諦め、できるなら同年代のお友達を作ろうと、ご令嬢の輪に混ざったところ、キツイ洗礼を受けている。

 この会場に入ったところ、この場にいる子息たちの目を奪ってしまったらしい。
 目の前のご令嬢の意中の人もその中に入っていたようで、いわば嫉妬と羨望故の嫌がらせ、のようだ。
 数人の子息がわたしの周りをうろついている。話しかけるのが恥ずかしいからなのか、もしくは互いにけん制しているのか。
 どちらにしろうっとおしいので、どっか行ってほしい。

 言っては何だが、自分の見目がいいのはわかっている。
 でも、だからそれが何だというのだ。
 いくら可愛くても、好きな人に振り向いてもらえなければ、まるで意味がないのに。

「チェルシー様、お好きなものとかありますか?」

 殺伐とした空気の中、空気を読んだのか読まないのか、一人の令嬢が雰囲気を変えようと無難な話題を振ってくれた。
 そろそろわたしの我慢も限界だった。
 わたしは扇の影でにんまりと口もとを緩め、爆弾を落とすことにした。

「わたし、お刺身が好きですの」
「オサシミ……?」
「初めて聞きましたわ。何ですの、それ?」

 やはり、誰も知らないらしい。

「マグロ――生のお魚をスライスして、お醤油とワサビでいただくものですわ。特にわたしは大トロが好きですの」
「えっ、生のお魚を?」
「そ、そのままですか?!」
「ええ、遠国の料理の一つですわ。わたしのお姉さまの婚約者がザグデン公爵子息様でして、その縁でたまに頂けるのです」

 ザグデン公爵家の今は亡き奥方は、遠国出身だというのは有名な話である。
 そして、その子息たちもその血を色濃く継いだ見た目をしている。わたしたちの年代より大分上になるので直接の知り合いはいないだろうが、家族からその評判を聞くことはあるだろう。
 ここ最近は、そのザグデン公爵家とお姉さまのおかげで、わりと遠国料理が巷で流行ってきている。しかし、いまだにその地位は低い。

「お、お腹を壊したりしませんか?」
「いいえ。ワサビには殺菌作用というのがありますし」

 しかし、これでわたしはゲテモノ食い令嬢として認識されただろう。
 尤も、食の好みが合わない人と友人付き合いはできても、生涯を共にする相手には絶対したくない。

「わたし、マグロを上手に捌ける人が理想ですの」

 貴族子息の嗜みの一つに狩猟があり、捕った獲物をその場で処理することもある。それを男らしさと称賛する淑女もいることだし、マグロ解体できる男性が理想といっても、別におかしくないだろう。
 ニッコリといい笑顔で、周りにそう宣言した。
 それでもわたしの笑顔に数人、顔を赤くした子息もいるが、大体は青ざめたままである。
 ドン引いたまま、そのまま消えてくれて構わないのに。

「僕もマグロ大好きだよ」

 ふいに死角から聞こえた声に、わたしは振り向いた。

「でも、一番好きなのは中落のネギトロ!辛いのは苦手だから、ワサビは控えめが好きだな」

 柔らかな日差しがその髪を照らすと、薄茶の髪は毛先が金色に染まったように見えた。
 オリーブグリーンの瞳は縁が金色で縁取られた、めずらしい色合いだった。
 一瞬、楽し気に細められた黒目がちなその瞳に、息を飲んだ。

「よかったら、あちらのバラ園の方で少し話さない?」

 屈託なく笑うその顔は、点々とそばかすが散っていた。この場を抜け出せるなら、とこれ幸いとわたしはその手を取った。
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