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第11章 至誠にして動かざるは未だこれ非ざるなり

5 家族との別れ

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 亀太郎達が賛を加えた寅次郎の肖像画を描き終えて塾舎を去ったあと、寅次郎は杉家に戻り、父の百合之助や母の瀧、兄の梅太郎、妹の文、叔父の文之進等と別れの宴を開いていた。
「いつかこねーな日が来るのではないんかと内心思うとったが、いざ現実のものとなるとやはり辛いものがあるのう」
 百合之助はやるせない表情で盃の酒を飲みながら呟く。
「全くでございます。寅次が黒船に密航しようとしたっちゅう知らせを聞いたときも、正直生きた心地がしませんでしたが、まさか同じような思いをまたする羽目になろうとは……」
 瀧も百合之助同様どこかやるせない表情で沢庵をつまみながら呟いた。
「天下国家のためとはいえ、今まで父上や母上、兄上、お文、そして叔父上達にご迷惑ばかりかけたことを心からお詫び申し上げます。僕は史上稀にみる不孝者でございました。今更弁明の余地もありませぬ」
 寅次郎は恭しい態度で百合之助達に謝罪する。
「じゃが僕はあくまで己の正義と至誠を貫き通す所存にございます。至誠にして動かざるは未だこれ非ざるなり。この孟子の言の如く、僕が誠実な態度で井伊大老と向かい合えば、きっと彼らの間違いを正すことができると信じちょります」
 寅次郎は自身の決意表明を親族に対して示した。
「寅次郎、お前はこの期に及んでもまだそねーなことを……」
「お待ち下され、兄上。寅次郎の覚悟は本物じゃ。もう誰にも止めることはできん」
 百合之助が寅次郎を叱ろうとするのを文之進が制止する。
「それに幕府にも既に寅次郎が間部老中の暗殺を画策したことはばれちょるはずじゃけぇ、下手に隠し立てするよりも自身の覚悟の程を述べた方が、却って士道に通じるっちゅうもんじゃ」
 文之進はあくまでも寅次郎の意思を尊重する姿勢だ。
「わしも叔父上の仰られちょることは最もな事じゃと存じます。儂等が今更何をゆうたところで、寅次郎が考えを変えることはないでしょう」
 梅太郎も文之進に同調すると、百合之助達は何も言い返せなくなった。
「そういうことじゃ、寅次郎。お前は最期まで己の志を貫き通すことだけに心血を注げ。家のことも塾のことも儂等で何とかするけぇ、何も心配するな。お前の至誠で幕閣を、日本国を変えてみせてくれ!」
 梅太郎は力強く笑いながら寅次郎を後押しする。
「兄上……」
「寅にぃならきっとできると信じちょります。野山獄の囚人達の心を、そして松下村塾の塾生達の心を変えた寅にぃならきっと……きっと幕府の役人達の心をも変えることができると……」
 文も涙を堪えながら寅次郎を精一杯後押しした。
「お文……」
「寅次郎、お前はお前の思うた通りのことをすればええ。何も迷うな、ためらうな。儂等は最期の最期までお前とともにおるけぇのう」
 文之進がにっこり笑いながら言う。
「ありがとうございます! 皆の思いも背負って僕はこれから江戸へ参ります! 必ずや幕閣の面々を説き伏せてみせちゃるけぇ、どうかどうか……僕を……」
 親族の励ましに感動した寅次郎は、途中から涙をぼろぼろ流しながら感謝の言葉を口にした。




 その翌日、寅次郎は雨が降る中、罪人用の駕籠に乗り込み、三十人ほどの護送役の番人に警護されながら故郷をあとにした。


 
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