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第9章 老中暗殺計画

6 地雷火の製作

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 一方、萩では吉田寅次郎が塾生達と供に地雷火の製作に勤しんでいた。
 京において、間部下総守が雲浜を始めとした志士達を次々と捕縛している現状に憤りを感じていた寅次郎は、兼ねてから間部の暗殺を目論んでいたが、風の噂で尾張・水戸・薩摩・越前の四藩が井伊掃部頭の暗殺を計画していることを耳にしたことで、長州もこれら四藩に遅れを取ってはならぬと、ついに地雷火を用いた間部の襲撃計画を本格化させた。
 この日、寅次郎は塾生の野村和作や品川弥二郎、作間忠三郎、小野為八、そして和作の兄の入江杉蔵(後の入江九一)等と供に、松本川の川原で地雷火の製作及び実験を行っていた。
「しかし、本当にこねーなやり方で地雷火を製作することができるのじゃろうか?」
 品川と供に木の箱に火薬として使用する枯草を詰めながら忠三郎がぼやく。
「大丈夫じゃろう。この地雷火の製作には先生だけでなく、長崎で西洋砲術を学んじょった小野さんも関わっちょるけぇ、失敗することなど万に一つもないっちゃ」
 忠三郎のぼやきに対し、入江が木の箱を埋めるための穴を鋤で掘りながら答えると、忠三郎はまだ疑念が晴れなかったのか、少し離れた所で寅次郎を背負って作業を見物している為八の姿を不安そうな目で見る。
「そういえば、最近武人を見かけんが一体どねーしたんじゃろうか? 何かあったんかのう?」
 赤禰のことを突然思い出した和作が、導火線代わりの縄を火薬で一杯になっている箱の蓋の裏に付けながら忠三郎達に尋ねた。
 雲浜と供に伏見の獄で取り調べを受けていた赤禰は早々に嫌疑が晴れたため、無事解放されて再び松下村塾に姿を現すようになっていた。
「武人なら、先生の命で伏見の獄に囚われちょる雲浜殿達を救出するっちゅうてまた京に戻っていったぞ。ただ京に着いた途端、藩の追っ手に捕らえられたみたいじゃけぇ、正直どねーなことになっちょるのか気がかりじゃ……」
 入江は心配そうに言うと弟から木の箱をもらい、箱の蓋の裏の縄に火をつけた上で穴の中に入れ、箱の上に土を被せた。
「これで地雷火の設置はひと段落じゃな! あとは起爆するための重しを用意しなければいけんが、何か手頃のものはないかのう?」
 早く地雷火が爆発するところを見たい品川は浮足立っている。
「いんや、重しを上に載せなくても時が経てば爆発するようになっちょるはずじゃ。小野さんがゆうには、蓋の裏の縄は何もせんでも時の経過とともに自然に取れて、中の火薬に引火するようになっちょるらしい。あとは先生がいるところまで退避して、爆発する様を見てそれで終いじゃ」
 忠三郎が品川の質問に答えると、為八に背負われている寅次郎が早くこっちに避難するよう盛んに手招きしてきたため、忠三郎達はその場を後にした。




 忠三郎達が退避してから四半刻も立たないうちに地雷火が爆発し、それにより地雷火が設置されていた所から半径三間以内の川原一体がまるで墨汁で塗りつぶしたかの如く、黒焦げになっていた。
「おお! 地雷火の爆発がまさかこれほどとは夢にも思わんかった! これなら間部の青鬼の首を討ちとることもできるっちゅうもんじゃ!」
 地雷火の威力を直に見た寅次郎が為八の背の上でうれしそうにはしゃいでいたのに対し、忠三郎を初めとした他の塾生達は茫然としながら爆発後の惨状を見ていた。
「私も正直驚きです! 長崎で地雷火の理論だけは習っちょりましたが、実践するのはこれが初めてなので!」
 他の塾生達が呆気に取られている中、唯一為八だけが正気を保っている。
「帝の勅許なく条約締結に踏み切ったっちゅうだけでも充分罪深いのに、京において帝に忠を尽くす者達を次々と捕縛するなど、まさに鬼畜の所業じゃ! このまま掃部頭達の好きなようにさせておいてはこの国は滅び去ってしまう! 学んできた知識を行動に生かし、尊王攘夷の志を果たすのは今をおいて他にない! 君達も当然僕と同じ志であろうな?」
 爆発の衝撃でまだ固まっている塾生達に対し寅次郎が問いかけた。
「もちろんであります! 先生がおっしゃられる様に今ここで行動を起こさなかったら、村塾で学問を学んできた意味がなくなるのであります! わし等は最期まで先生についてゆくつもりであります!」
 寅次郎の問いかけで何とか正気を取り戻した入江が気合いの入った声で答えると、放心状態になっていた他の塾生達も正気を取り戻して入江に同調する。
「それでこそ僕の弟子……いんや、同志じゃ! 次は東光寺山で竹片を使った銃陣訓練を行う! この皇国の行く末は僕等の肩にかかっちょるけぇ、もっと気を引き締めんといけんぞ!」
 こうして寅次郎達の行動はますます過激になって、誰も手が付けられないほどに暴走していくこととなる。



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