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第2章 黒船来航
3 久坂家の不幸
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その一方、久坂家では高杉家と違い不運に見舞われていた。
秀三郎の母富子が原因不明の高熱に倒れたのだ。
富子は昨日までこれといった病にかかることもなく元気そのものであったため、秀三郎や父良廸は驚くやら悲しむやらでどうしたらいいのか分からなかった。
「しっかりしてください! 母上ッ」
秀三郎は布団の上に寝かされ高熱で苦しむ母の側で、今にも泣きそうになりながら必死に母に語りかけている。この時秀三郎の胸の内は、悲しみや不安でいっぱいになっていた。
「なぜこねーな事に……昨日まではあんなに元気じゃったのに……」
昨日から徹夜でずっと看病をしていたせいか、やつれ果てた表情で良廸が言った。
「医者でありながら、こねーな時に何もしてやれぬのは口惜しいことじゃ」
良廸は悔しさを滲ませながらつぶやく。
「そういえば兄上は一体どこにおられるのですか? こねーな時に!」
秀三郎はこの場にいない玄機の事を思い出し憤慨した。彼の心の中の悲しみや不安は怒りにかわりつつあった。
「玄機なら今自分の部屋におるはずじゃ。確か江戸におる御殿様に海防の意見書を具申するとかゆうちょったからの」
良廸から兄の居どころを聞いた秀三郎は、飛び上がるようにして立ち上がり、怒りにまかせて玄機の部屋へ一直線にかけていった。
「兄上!」
秀三郎は玄機の部屋の障子を勢いよく開けると兄に怒鳴った。
「何じゃ? 儂に何か用でもあるんか?」
意見書の作成に追われていた玄機は怪訝そうにしている。
「こねーな時に何をしちょるのですか? 母上が病で苦しんじょるこねーな時に!」
秀三郎は玄機に怒りを爆発させた。
「何って……海防の意見書の作成をしちょるに決まっとろう。江戸におる御殿様に具申するよう命じられちょるからの……」
玄機は淡々とした感じで答えようと努めたが動揺を隠しきれていなかった。
「母上が病じゃとゆうのに、兄上は何とも思われないのですか!?」
玄機の言い分を聞き秀三郎の怒気はますます激しくなる。
「思わぬわけがなかろう! 儂の心は心配の余り今にも張り裂けそうじゃ!」
悲しみと怒りを抑えきれなくなった玄機は思わず叫んだ。よく見ると意見書の下書きの所々に涙の跡が滲んでいる。
「じゃが儂にはやらねばならんことがある! 長州が、いんや日本が海から迫りくる異国船に太刀打ちできるかどうかは、儂がお殿様に具申する海防の意見書にかかっちょるとゆうても過言ではないんじゃ! 例え母上が病に倒れようとも儂には立ち止まっちょる暇などないんじゃ!」
玄機は自身の覚悟のほどを語ると、まるで悲しみを殺すかのようにわき目もふらず、一心不乱に意見書の作成を続けた。
秀三郎の母富子が原因不明の高熱に倒れたのだ。
富子は昨日までこれといった病にかかることもなく元気そのものであったため、秀三郎や父良廸は驚くやら悲しむやらでどうしたらいいのか分からなかった。
「しっかりしてください! 母上ッ」
秀三郎は布団の上に寝かされ高熱で苦しむ母の側で、今にも泣きそうになりながら必死に母に語りかけている。この時秀三郎の胸の内は、悲しみや不安でいっぱいになっていた。
「なぜこねーな事に……昨日まではあんなに元気じゃったのに……」
昨日から徹夜でずっと看病をしていたせいか、やつれ果てた表情で良廸が言った。
「医者でありながら、こねーな時に何もしてやれぬのは口惜しいことじゃ」
良廸は悔しさを滲ませながらつぶやく。
「そういえば兄上は一体どこにおられるのですか? こねーな時に!」
秀三郎はこの場にいない玄機の事を思い出し憤慨した。彼の心の中の悲しみや不安は怒りにかわりつつあった。
「玄機なら今自分の部屋におるはずじゃ。確か江戸におる御殿様に海防の意見書を具申するとかゆうちょったからの」
良廸から兄の居どころを聞いた秀三郎は、飛び上がるようにして立ち上がり、怒りにまかせて玄機の部屋へ一直線にかけていった。
「兄上!」
秀三郎は玄機の部屋の障子を勢いよく開けると兄に怒鳴った。
「何じゃ? 儂に何か用でもあるんか?」
意見書の作成に追われていた玄機は怪訝そうにしている。
「こねーな時に何をしちょるのですか? 母上が病で苦しんじょるこねーな時に!」
秀三郎は玄機に怒りを爆発させた。
「何って……海防の意見書の作成をしちょるに決まっとろう。江戸におる御殿様に具申するよう命じられちょるからの……」
玄機は淡々とした感じで答えようと努めたが動揺を隠しきれていなかった。
「母上が病じゃとゆうのに、兄上は何とも思われないのですか!?」
玄機の言い分を聞き秀三郎の怒気はますます激しくなる。
「思わぬわけがなかろう! 儂の心は心配の余り今にも張り裂けそうじゃ!」
悲しみと怒りを抑えきれなくなった玄機は思わず叫んだ。よく見ると意見書の下書きの所々に涙の跡が滲んでいる。
「じゃが儂にはやらねばならんことがある! 長州が、いんや日本が海から迫りくる異国船に太刀打ちできるかどうかは、儂がお殿様に具申する海防の意見書にかかっちょるとゆうても過言ではないんじゃ! 例え母上が病に倒れようとも儂には立ち止まっちょる暇などないんじゃ!」
玄機は自身の覚悟のほどを語ると、まるで悲しみを殺すかのようにわき目もふらず、一心不乱に意見書の作成を続けた。
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