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第1章 長州の風雲児

7 大屋の仕置場

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 月日は流れ、嘉永五(一八五二)年。
 十四歳になった晋作は、従兄で一つ下の南亀五郎と秀三郎を引き連れ、萩と三田尻を結ぶ約十三里(約五十二km)の街道である萩往還をひたすら歩いていた。
「大屋の仕置場まであとどれくらい歩けばつくのじゃ?」 
 萩の城下町からずっと歩きどうしで、少しくたびれた様子の亀五郎が晋作に尋ねた。
悴坂むじなざかの一里塚を通り過ぎたけぇ、あともう少しでつくはずじゃ」 
 苔の生えた坂道を登りながら晋作が亀五郎の質問に答える。晋作たちは萩郊外の大屋の仕置場で行われる重罪人の斬首を見るべく道を急いでいた。
「ところで久坂、お前は何で今日ついて来たんじゃ?」
 晋作は勉学で忙しいと一度誘いを断った秀三郎に対して疑問を呈した。秀三郎は父良廸の意向により、医学所である好生館にまだ入学していないのにも関わらず、医学の勉強をさせられていた。
「後学のためじゃ! 藩医になったら時には人の血を見ることもあるかもしれんから今の内に慣れちょこうと思うてな……」
 持参した水筒の水を飲みながら秀三郎が答える。
「それに仕置が終わった後に腑分ふわけが行われることもあるやもしれぬ。わしとしてはあわよくば腑分の見学ができればと思うてついてきた次第じゃ」   
 医学への関心を深めつつある秀三郎は、杉田玄白の『解体新書』を読み、腑分や人体そのものにも興味を持つようになっていた。
「見上げたものじゃのう。学問嫌いなわしには耳が痛い」 
 晋作は学問に熱心な秀三郎の姿勢に感心すると同時に、自身の学問嫌いを恥じ入った。
「ん? もしかしてあれが仕置場ではないんか?」 
 亀五郎が左手の森を指でさして言った。亀五郎の指摘通り、暗く茂ったその森の中に仕置場の柵らしきものがあることが確認できた。
「おお! やっと仕置場の近くまで来たか。こうしてはおれん! 早く仕置を見に行こう!」
 久坂達を置き去りにして、晋作は仕置場まで一直線にかけていく。




 大屋の仕置場は長州藩の代表的な刑場であり、日本ではじめて女性の解剖が行われた刑場でもあった。この日本史上初の快挙を成し遂げたのは栗山孝庵という名の医者で、長州藩七代藩主の重就しげたかと八代藩主の治親に仕えた侍医だった。
 この刑場では節季になると重罪人の処刑が行われ、晋作たち長州の武家の青少年は度胸をつけるために、親からこれを見に行かされるのが一種の慣習になっていた。
 晋作が仕置場についたときには辺りは見物客でいっぱいになっており、客はみな処刑が始まるのを今か今かと待ちわびている様子だった。
「仕置はもう終わってしまったんか?」
 遅れて仕置場に到着した秀三郎と亀五郎が晋作に尋ねる。
「いんや、これからじゃ。たった今罪人が仕置場に引き立てられて来よったみたいじゃぞ」
 晋作の言った通り、後ろ手に縛られた罪人が役人たちに引き立てられながら仕置場に姿を現した。
「なんでえ、なんでえ! 殺せるもんなら殺してみやがれってんだ! 川上村一の博打打ちで名の通っちょるこの源五郎様が仕置ごときにひるむと思うちょるのか!」
 源五郎という名の罪人は威勢よく役人たちを罵倒し暴れたが、当の役人たちは意にも介さず、源五郎をむしろが敷かれた首切り場へと連行した。
「この木端役人どもが! おれを殺しよった暁には化けてでて貴様らをたたっちゃるからな!」
 源五郎は役人たちに力づくで筵の上に座らされながらもしぶとく抵抗している。
 この罪人が暴れている間に首切り役人の一人が鞘から刀を抜き、手桶の中の水を柄杓で汲んで抜き身になった刀身にかけ始めると、せまりくる死の恐怖を感じ取ったのか、その光景を見た源五郎の顔色はみるみると青ざめていく。
「わしが悪かった! 頼むから命だけは堪忍してくれろ! 助けてくれろ!」
 それまでとは打って変わって源五郎は泣きじゃくりながら命乞いをはじめるも、役人たちは全く気にすることなく、源五郎の顔に白い三角巾をつけたあと、首切り役人の前に首を差し出す格好になるように彼の体を押さえつけた。それを見た首切り役人はこの罪人の首を切り落とすべく刀を構える。
「頼む! 殺さないでくれろ! 許してくれ……」
 源五郎が全て言い終わる前に無慈悲にも首切り役人が彼の首を一太刀で刎ねた。「がしっ」と不気味な音を立てながら源五郎の頭が前に転がり落ち、その首元から真っ赤な血が「さーっ」と噴出した。
 処刑を見に来た見物客のほとんどは目を背け、中にはその凄惨な光景に耐えられずに逃げだす者もいた。特にはじめて斬首の場に立ち会った秀三郎と亀五郎は衝撃のあまり、その場に凍り付いて動くことはおろか、言葉を発することもできなかった。
「今年はあの役人、一太刀で首を切り落とせたみたいじゃな。去年見ちょったときは首を斬り落とすんに三太刀でやっとじゃったけぇ、罪人がのた打ちまわって見苦しいことこの上なかったのう」
 晋作は普段と変わらぬ様子で、血まみれの仕置場を眺めながら感想を述べた。
「あねーな光景を見てよく正気でおられるな」
 我に戻った亀五郎が信じられないといった様子で晋作に言った。亀五郎は今すぐにでも立ち去りたそうにしている。
「以前にも見たことあるし、もう慣れてしもうたのかもしれんのう」
 晋作はまるで他人事のような態度だ。源五郎の死体を片付け終わった役人たちは、次に仕置する罪人を筵の上に引き立てている。
「わしはこれ以上この場におることに耐えられぬ! ひと足先に萩に帰るが秀三郎は如何する?」
 亀五郎が怯えた様子で秀三郎に尋ねる。
「わしはもう少しこの場におることにする。まだ腑分の見学がすんでおらんからのう……」
 秀三郎も亀五郎同様、おぞましい斬首の光景に恐怖を感じながらも、それ以上に腑分を見ることができるかもしれないという期待が心の中にあった。
「そうか……それならわしは一人で帰るとするかのう」
 亀五郎は足早に仕置場から去って行く。
 そのようなやりとりをしている間に二人目の罪人が仕置され、三人目の罪人が筵の上に座らされていた。
 そして三人目の罪人の仕置が執行されるまさにそのとき、晋作は腹が減ったのか持参してきた握り飯を食べ始めた。
「仕置を見るのに夢中でつい握り飯を食べ忘れてしもうた!」
 晋作はまるで芝居を見物するかのように握り飯を食べながら、三人目の罪人の仕置を眺めていた。秀三郎は仕置のことなど頭から忘れて、あっけにとられながら晋作を見ている。
 四人目、五人目、六人目と次々と首を斬られていく様を見ながら、晋作は持参してきた握り飯を全て平らげた。

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