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第1章 長州の風雲児

1 二人の年老いた元勲

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 明治四十二(一九〇九)年九月、滄浪閣。
 大磯にある約五五〇〇坪の邸内の一室にて、一人の着物姿の老人が瞑想に耽っている。
 その一室には彼が尊敬してやまない大久保利通、木戸孝允、岩倉具視、三条実美等四人の政治家の像が祭られており、部屋の名を四賢堂といった。
 韓国統監の職を辞してこの館に帰って以来、瞑想することは彼にとって一種の習慣になっており、毎日欠かさず行っている。
 瞑想に耽ってから一時間が過ぎようとしたとき、部屋の外から使用人の声が聞こえてきた。
「旦那様、井上様がお見えになりましたが如何なさいますか」
 声に気付いたその老人はゆっくりと目を開けてつぶやく。
「うむ、すぐに通すがよい」




「例の碑文が完成したというのは誠なのか? 伊藤」
 その老人が明治帝から下賜された絵襖が飾られている廊下を足早に歩いて、洋間の一室に入ると一人の男が声をかけてきた。
 男の名前は井上馨。幕末のころは井上聞多の通称で知られたこの男も今年で齢七十四、前年には病にかかり重態になるも何とか一命をとりとめ、今は元老の一人として政財界ににらみを利かせている。
「誠じゃ、大分時がかかってしまったがようやく高杉さんの碑文を完成させることができた」
 伊藤は一人掛けのソファに座って、コーヒーカップを手にとりながら言った。
 山縣有朋、杉孫七郎、井上馨、伊藤博文等かつての長州の維新志士達によって、高杉晋作の顕彰碑を建てることが計画されたとき、伊藤自らが顕彰碑の碑文の作成を志願したが、それからもう二年近い歳月が流れていた。
「そうか、それは何よりじゃ!」
 井上はうれしそうに言うと続けて、
「ぜひ儂にもその碑文を読ませてはもらえんか?」
 と懇願してきたので伊藤はテーブルの上にあった碑文の原稿をこの訪問客に手渡した。




「なかなかの銘文じゃ。地下の高杉さんも喜んでおるじゃろう」
 三〇分後、完成した碑文の原稿を全て読み終えた井上がつぶやく。
「思えば初めて高杉さんと会うたのは文久の頃じゃった。金沢の外人襲撃に御殿山の焼打ちに、お国のためとはいえ、高杉さんと供に随分乱暴なことをやったものじゃ」
 往事のことを思い出しながら井上は感慨にふけっている。
「伊藤、お前が高杉さんと初めて知り会うたのは確か松陰先生の塾であったな?」
 井上は碑文の原稿を伊藤に返すと長年の疑問をぶつけた。伊藤との付き合いはもう五十年近くになるが、高杉との出会いについてはまだ一度も話を聞いたことがなかった。
「高杉さんと初めて出会うたのは、松下村塾に入塾するより前、儂が萩へまだ移ったばかりのころじゃった……」
 返却された原稿をじっと見つめた後、何かを思い出したかのように伊藤は語り始めた。
 
 
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