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第十三話 籠の中の雛鳥

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「ーーなるほど。それで麗奈は昼休みに一人で荷物を運んで来て、いつも生徒会に顔を出していた彼は麗奈とは一緒に来てなかったんだね……。噂はボクも少し耳にしていたけど、別れたって話は本当だったんだ。」


 ボク、長谷川 詩織はせがわ しおりは、後輩でありながら生徒会長でもある友人、黛 麗奈まゆずみ れいなの話を聞き終えてそう呟いた。

 ボクは放課後、生徒会の活動を始める段階からどこかぎこちない様子である麗奈の事を気にしていた。

 他の役員達もその事に気付いてはいたようなのだが、麗奈が彼氏と別れた事を噂で耳にしていたため、彼女の異変については誰も触れなかったみたいだ。


「(まあでも、皆が触れなかったからこそ、ボクが麗奈に話しかけた訳だしね……。)」


 そしてそんなボクの呟きを聞いた麗奈は、少しだけ顔色を曇らせて……。


「そうです……。確かに私は、彼に私から交際の終わりを告げました。でもそれはっ!彼が嫌いになったとか、そういう訳ではなかったのです……。
 彼とは一度別れて、もう一度元の関係に戻れば、また彼が私の事をに見てくれると、そんな風に思ってて……。でも現実にはそうはならなくて……。」


 そこまで言うと、麗奈は顔を俯かせる。

 ぎゅっと握りしめたその手からは、自身の行いへの後悔が見て取れる。


 おそらく麗奈は彼と会って、会話して初めて気が付いたのだろう。

 彼が自身を見る悲しそうな瞳に、別れたにもかかわらず仕事の手伝いを頼んだ自身を見る、関わること自体を嫌がるような……、どこか怯えるような彼の瞳の存在に。


 それは普通であれば……、別れてすぐの相手に手伝いを頼むなんて非常識だし、何より図々しいと思われる行動だろう。

 ボクが彼の立場であっても嫌だろうし、もしかするとそれを言ってきた相手に、ヒドイことを言ってしまうかもしれない。

 それが口下手で自分の気持ちにすら無自覚な相手だと、よく理解していなければ……。


「たぶんだけど……、彼から目を逸らされてしまったんだよね?麗奈のことをとして見てもらうどころか、彼から目を逸らされて拒否されるという形で……。それで、彼と再びからやり直そうと伝えるための誘いであった昼の手伝いの話も、同じく拒否されてしまった……と。
 ーーこんな所かな?麗奈が昼休みにとった行動とその真意は。」


 ボクの知っている麗奈の内心と行動原理を検討して、そのような推理を麗奈に伝える。

 おそらく麗奈が彼の事を素っ気なく振ったという噂も、麗奈自身、彼の傷つく顔が見ていられなくて早足に……、彼の返答を待つ事なく立ち去ったことが、そのように周りから受け取られてしまった結果なのだろう。

 自身の想いとは裏腹の行動、それがより一層麗奈の心に痛みを与え、そしてその行動で彼が傷ついたという事実が、麗奈の足をその場から離れさせた。

 麗奈は言葉足らずで、無自覚の行動によって相手を傷つけてしまう所があるのだ。


 これは同性で数年間生徒会を共にしたことのある友人で、彼女とよく似た境遇のだからこそ分かる考えなのであって、普通の人間からすれば冷たく、そして素っ気ないと誤解されることになるような対応なのだ。

 現に無自覚の行動によって傷つけられた普通の相手、それも異性である所の彼からすれば到底理解できないし、とても冷たい行為にも見えた事だろう。


 そして実際にそんなボクの予想が当たっていたのか、麗奈はその言葉を聞いて驚きの表情を浮かべ、「なぜ分かったのですか!?」とボクに問いかけてくる。


「ど、どうしてそれを……。まだ誰にも、相太にだって言っていないのに……。なんで詩織先輩には、私のそんな所まで理解出来てしまうのですか?もしかして本当に……、詩織先輩は魔法使い?」


 驚いた顔の麗奈はそんな突拍子のない事をボクに言ってくる。

 いくらボクが麗奈の思考を読んで、そう推理したからといっても……、それで魔法使いとは的外れもいい所だ。

 まあ一部の人間からはそんな風に言われる事もたまにあるが、それはボクが人よりも洞察力があるからそう言われるだけである。


 とにかく今は、そんな魔法使いモドキであるボクに頼ってきた麗奈のためにも、少しだけ気を引き締めてアドバイスしておく。


「まあ、なんで分かったのかは別にいいじゃないか。それより今は『どうして麗奈がそんなモヤモヤした気持ちなのか?その原因はどこにあるのか?』について考える事の方が先でしょ?……じゃないと、また同じようにモヤモヤした気持ちになるかもしれないよ。
 それに彼に逃げられてしまった事は、この際置いておくとしても……、そのモヤモヤの原因を知って、自分の本当の気持ちに向き合って行動しなければ、今後麗奈は必ず後悔する事になると思うしね。」


 少し大げさに言い過ぎかもしれないが、今後の麗奈と彼の関係を心配して、ボクは麗奈にそのように伝える。

 実際、その彼がどのように麗奈に対応して、その場から離れて行ったのかはボクには分からない。

 けれど、それをただ呆然と見送るだけになっていた麗奈の気持ち。

 そのモヤモヤする気持ちの正体ぐらいは、ボクにも推測する事が出来る。


 しかしそれと同時にボクは理解していた。その気持ちが心に浮かんだ麗奈が絶対に乗り越えなければいけない壁。しなければ何も始まらないという事を。

 しかし今の麗奈はそれ以前の問題なのだ。

 自身が彼に対して思ったその気持ちの正体、彼を引き止めるべく一歩前に踏み出す事が出来なかった理由……、それらを理解する事が出来ない、今の麗奈には。


 そしてボクのその言葉を聞いて、「モヤモヤの原因?」と呟き、いまいちピンときていない麗奈に少しだけヒントを与える。


「ちょっとピンと来てないみたいだから、少しだけヒントを与えるね?
 ……想像してみて?『彼が麗奈とは別の女の子、それも麗奈と同じかそれ以上に綺麗で可愛い子と、手を繋いで二人仲良く歩いている所を。』もしそれが想像出来たなら……、今麗奈は想像してどんな気持ちになったのかな?ボクの予想では、きっと今麗奈は『悔しい』と感じたはずだよ?違う?」

「……っ!そ、そうです……。詩織先輩の言う通り、なぜだか悔しいと感じました。ほ、本当になんで分かるんですか……?」


 ズバリその気持ちを言い当てられた麗奈は、ボクのことを信じられないものを見るような目で見てくる。

 でもそれは、麗奈からすれば信じられない事なのかもしれないが、女の子であれば誰でも……。それにもしかすると、男の子でもその気持ちを理解する事が出来るかもしれない、そんな簡単で単純な気持ちだ。


「そりゃ分かるよ。だってそれは、麗奈がその彼をーー『完全下校時間です。教室にいる生徒は速やかに帰宅をお願いします。繰り返します。完全下校時間です。』……ごめんね。もう時間みたいだ。」


 ボクが麗奈にその気持ちの確信に繋がる言葉を告げようとしたそのタイミングで、完全下校時間を告げるアナウンスが校内放送から流れてきた。

 この放送が流れ始めてから10分以内に外に出ないと、校門が閉められ、簡単には外に出られなくなってしまう。

 そのため、早く生徒会室の鍵を閉めて、外に出なければならない。


「はい。まだ話足りませんが……、もう時間なのでしょうがないです。今日は私の相談に乗って頂いてありがとうございました。
 まだはっきりしていない部分もありますが……、自分でも一度気持ちを整理したいと思います。最後の戸締りは私が行いますので、詩織先輩はどうぞお先にお帰り下さい。」


 麗奈はボクに感謝の言葉を述べてから、先に帰るようにとボクに促す。

 ボクにはそれを拒否する理由もなく、麗奈に言われた通り先に生徒会を後にする。


 ーーそして誰もいない廊下で一人、ポツリと呟いてみる。


「魔法使いか……。もしそんな人になれると言うのなら……、ボクはその力で自由を手に入れるよ」と。


 そんな呟きは夜の闇に消えて、誰の耳にも入る事はなかった。


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