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第九話 昼休みの屋上

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「さて、約束のお話も相太くんから聞けましたし、気分を入れ替える意味も込めて一緒にお昼ご飯を食べましょうか!って、あれ?相太くんのお昼ご飯はどこですか?見た所手には何も持っていないようですが。」

「ーーえっと、弁当はですね……。」


 俺と先輩はあの話の後、少しの間だけ抱擁を続けていたのだが……時間の経過と共に俺の方が気恥ずかしくなり始めたので、ある程度の頃合いを見て俺はそっと先輩の柔らかな肢体を押し戻した。

 正直少しだけ名残惜しい気もしたのだが、このままでは色々ともたないという事もあり俺は自分から身を離した。

 すると先輩が、「あっ」と声を上げて名残惜しそうな顔を浮かべていたのは……、それを間近で見ることの出来た俺だけの秘密だ。


 そして先輩は思い出したかのように持って来たお弁当を俺の前に出し、その蓋を開けようとお弁当に手を伸ばしたタイミングで先程の質問を俺にぶつけてきた。

 ーー普通に考えて、先輩は元々俺に「昼ごはんを一緒に食べませんか?」と、誘ってきてる訳だから、俺が自分のお弁当を持って来てる前提で俺をここまで引っ張って来たのだろうけど……。

 生憎今日は朝から色んなことに気を張っていた為、その肝心のお弁当(雫が作ってくれていた)を家に忘れてしまっていた。

 俺もその事は先輩達が教室に訪れる前、昼休みが始まってすぐのタイミングで気付いていた事なので、元より今日の昼は何かを食べるつもりでは無かった。

 ーーまあ、育ち盛りの高校生には昼ごはん抜きというのは相当しんどい事なのだろうが、今日の俺は麗奈との事もあって少々食欲減退気味だったのだ。

 そのため、そもそもお弁当を持ってきていない旨を伝えて、俺のことは気にせず食べて欲しいと先輩に伝える。


「すいません、先輩。ちょっと今日の俺は朝からずっと気を張っていまして、恥ずかしながらお弁当を家に置いてきてしまったんです。
 あっ!でも安心して下さいね?別に今日は食べなくてもいいって考えてましたし、何より、先輩がお弁当を食べる姿をじっくりと堪能しておきますから!どうぞ!俺のことはお気になさらず食べちゃって下さい。」


 俺は冗談混じりにそう言って、早く食べてと先輩にジェスチャーを送りながら、チラリと先輩のお弁当の中身を拝見する。

 そのお弁当の中身は基本的に和食で、白米、シャケの切り身、それとプチトマトにキャベツの千切りという、ごく一般的なそれとあまり変わらないように見える。

 しかし、その一つ一つが丁寧な作業によって作られたとても形の整ったバランスの良い品目の数々で、一般的なお弁当の中身である筈なのに、なぜか食べてみたくなるという不思議な感覚を覚えるお弁当であった。


 俺はそれを見て、雫のお弁当を家に忘れて来てしまったのを改めて後悔してしまった。

 お弁当を食べる先輩を見ておくとは言ったものの、麗奈の事を話して気が楽になった反動か普通に腹が減ってきてしまったのだ。

 そして更にそれを意識してしまうきっかけを作ったのが、このシンプルながら美味しそうな先輩のお弁当なのだ。


 俺は半分逆恨みのような感情を抱きながら、先輩のお弁当の中身をじいっと眺めていたのだが……その視線があまりにも露骨過ぎたからなのだろうか?

 それを見た先輩は、なぜか素直になれない子供を見るような、どこかバブみさえ感じさせる母親感溢れる笑みを浮かべるとーー


「相太くん。お腹が減ってしまったのなら、素直に私に言ってくれれば良かったのです。
 ふふふ、ホントに相太くんは照れ屋さんなんですから。」


 クスッと微笑んだ先輩は俺の方にぐいっと身体を寄せて来たかと思うと、二人でお弁当が食べられるようにピトッと俺の肩に自身の肩を寄せて来る。

 物理的にも縮まったその至近距離で、先輩は俺の顔を横から覗き込んで来る。


「では、相太くん。始めに何から食べたいですか?やっぱり育ち盛りの男の子ですからまずは白米からでしょうか?はい、相太くん!口を開けてくださいね?」

「……えっ?あ、えっ」


 先輩は俺にそう言うと、箸の間に白米を器用に挟み込み、俺の口めがけてそーっとその白米を箸で持って運んでくる。

 こ、これは俗に言う『あーん』というものではないだろうか?恋人同士である男がその料理を相手に食べさせて貰うという、男のロマンの1つでもある、あの……。

 しかし、恋人でもない俺が先輩とこんなことをしてもよいのだろうか?

 もし、先輩に彼氏でもいたら『あーん』なんて行為、絶対に怒られ……るのか?

 そういえば俺が高校で初めて仲良くなれた男の人だって、先輩朝の通学路で言っていたし、今の先輩はフリーなのか……?


「相太くん。早く口を開けて……そうです。ちゃんとよく噛んでから飲み込んで下さいね?
 それで……どうですか?この白米。炊き方から少しこだわって炊いてますので、相太くんのお口に合えば嬉しいのですが……。
 あっ!それはそうと、相太くん。次は何が食べたいですか?このシャケなんか良い脂が乗っていまして、相太くんにもぜひ食べて貰いたいって思って!……って、あれ?どうかしたのですか?なんでそんな嬉しそうな顔をして……。あっ!もしかして、先程の白米が美味しかったのですか?そうと言ってくれれば……。では、また白米にしますね?」

「あ、ありがとうございまふ……。」


 と、それまでも甲斐甲斐しく俺の世話を焼いていた先輩は再び白米を箸の間に挟み込み、『しょうがないですね』と言わんばかりの優しい表情をその顔に浮かべて、俺にその白米の乗った箸をゆっくりと近づけてくる。

 何やら先輩は俺が白米をもっと求めていると盛大に勘違いしているようであるが……、まあ、そんな勘違いしている様子も可愛い。

 そして何よりも……、この白米がすごい美味しいから何も言わないでおこう。

 ていうかそもそもの話、先輩のお弁当を分けて貰えるだけでもありがたい事なのだ。


 でも、そうか……。俺は先輩から見て分かる程に嬉しそうな顔をしていたのか……。


 先程から俺に『あーん』をしてくれている先輩は、俺に『あーん』する行為に対して、何か躊躇うような素振りや何かを考えるような様子を見せていない。

 普通この行為は恋人の関係にある男女が行う行為であり、少なくとも他に彼氏もしくは好きな男がいる女性が彼氏でもない男性に行うような行為ではない。

 もし先輩に現在、彼氏や好きな人が他にいると言うのであれば、普通に考えて、この行為を想い人に対する裏切りと感じ、何か悩むなどと言ったどこか躊躇うような素振りを少しくらいは見せるはずだ。

 でも先輩は別にそれを気にしている様子はないし、それどころか、この状況をどこか楽しんでいるようにも見える。

 であれば、先輩には今彼氏にあたる人物、もしくは好きな相手がいないということを意味しており、先輩が現在二重の意味でフリーであるということを示している。

 そしてそれを知った自分は、先輩に現在彼氏がおらず、好きな人もいないという事を理解していて、そのことを嬉しいと感じている。

 ーーそれが意味することは、俺が先輩を気になり始めていると示すものであって……。


「……っ!ホントにそうなのか?麗奈と別れて間もない俺が、先輩のことを……?」

「はい?何か言いましたか……相太くん?先輩のこと……、私がどうかしましたか?」


 至近距離だった事もあり、俺のその呟きに、隣に座っていた先輩がすぐに反応する。


「(ーーって!それはこんな近くで呟いていれば当たり前か!寧ろ聞こえない方がおかしいレベルの距離の近さなのだから……。)」


 しかし幸いなことに、先輩にはその呟きの全ては聞こえなかったみたいだ。先輩が俺にお弁当を食べさせることに夢中になっていて本当に助かった……。

 けれど、よりにもよって先輩本人にこの呟きが聞かれるなんて、どうにかして先輩の気を逸らさないと……。


「そ、そうです!三葉先輩にも俺から食べさせてあげますよ、そのお弁当!俺ばっかり食べさせて貰っていては心苦しいですから!何より不平等なんで!はい先輩!あーん。」


 先輩の気を逸らそうと必死になった俺は、そんなテキトウな誤魔化しの言葉と共に、少し強引な『あーん』を先輩に対して行う。

 流石にこの切り返しは不自然かな?と、俺が少し不安になって三葉先輩を見ると……。


 それを素直に信じてくれたのか、上手く誤魔化された先輩は「いいのですか!」と無邪気に喜びながら可愛らしくその小さな口をあーんと開け、パクっと俺が差し出した先輩のシャケの切り身を一口頬張り、「相太くんが食べさせてくれたので、より美味しく感じます!」と言って、可憐な微笑みを俺に見せてくれるのだった……。


 ーーそして俺と先輩は、そのままお互いに食べさせ合いながらお弁当を食べ進め続け、最後にそれを完食した時には二人赤らんだ顔を見合わせ、二人して笑い合うのだった。

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