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第四話 居心地の悪い通学路

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 ーーー通学路にてーーー


「なぁ……あいつが噂の?」

「たぶんそうだよ。なんて言うか……、色々と釣り合わないし、当然だよな。」

「まあこれで、俺達の生徒会長アイドルが戻って来る。」


 ーー学校に近づいてきた通学路。

 そのあちこちから、俺の方をチラチラと見て何かを呟く声が聞こえてくる。

 遠巻きに呟いているので断片的にしか聞こえないが、十中八九俺にとってマイナスな内容である事には違いないだろう。


「はぁ……。露骨に注目されてるけど、学校着くまでずっとこんな感じなのか……?
 雫に昨日から励まされてなかったら、本気でへこんでたまであるな……これは。」


 俺は少しだけため息をつきながら、いつもと同じーーしかし居心地の悪い通学路をそのまま歩いて行く。

 しかしその途中、通学路の居心地の悪さから少しだけ道を逸れて、人通りの少ない商店街の路地の方に入って行く。

 ちょっと遠回りになるかもしれないが、この商店街の静けさが、今の俺の心には安心感を与えてくれる。

 まだ早朝の商店街という事もあり、朝からの準備をしているお店か完全にシャッターが閉じているお店ばかりだ。

 そして現在、寂れたその路地を歩くのは俺一人といったところだ。


「はぁ、なんか初日からこんな様子だと、これからが気が重くなるばかりだなぁ……。学校に着いても色々面倒だろうしな。」


 俺はそんな言葉と共にため息一つ吐き、寂れた商店街をとぼとぼと歩いて行く。

 雫からため息や暗い顔はクラスではやめた方がいいと言われたが、通学路のそれも誰も見ていない場所でのそれは、今日ばかりは許して欲しい。


「やっぱり俺、今でも麗奈の事好きなんだよな。振られたとしても、そんな簡単には麗奈を嫌いになれないしな……。」


 そんな事を言うと女々しいと思われるかもしれないが、昨日の今日でそう簡単には気持ちの整理がつく訳がないのだ。

 麗奈の事を思う気持ちーーそれが本物で強かったからこそ、彼女と別れてしまったというその事実は、酷く俺の心に影を落とす事になったのだ。


「早く切り替えないといけないんだけどな。でも、少しだけ……、少しの間だけなら、麗奈のことを思っていても……。」


 シュポ!


 そんな風に俺が少しだけ感傷的になってそう呟いていると……、カバンの中のスマホが誰かからのLINEの通知を知らしてくれる。


「誰からの着信だ?変な冷やかしとか、挑発なんかだったら普通に無視するけど……。えっと……あれ?雫からのLINE……?」


 スマホの通知を確認すると、何やら雫からの通知が来ているようだ。

 なんか忘れ物とか家のおつかいとかを、わざわざ知らせてくれたのかな?

 俺はそんな事を考えつつ、LINEの内容をジッと確認すると……。


『昨日の話の続きだけど……お兄ちゃん、やっぱり大丈夫?私の前では大丈夫だって言ってたけど、やっぱりその人が忘れられないって思ってるんじゃない?
 私に心配かけたくないからそれを隠し通そうと思ってるかもだけど……、お兄ちゃんがその人のことを引きずっていたとしても、カッコ悪いなんて思わないし、女々しいなんて私はそうは思わないよ。
 だってそれだけお兄ちゃんが、その人のことを想ってあげてたって事なんだもん……。
 私からすれば、そんな風に誰かを真剣に想って、その人のために頑張ってたお兄ちゃんがカッコ悪いなんて絶対に思わないよ。だから自信を持ってね!お兄ちゃん!
 その人には、お兄ちゃんの想いが伝わらなかったかもしれないけど、私にはちゃんとその想いや努力がちゃんと伝わってるんだから!
 長々と書いちゃったけど……、負けないでね!お兄ちゃん!変な揶揄いとか冷やかしなんかに。どんな状況でも、私はお兄ちゃんの味方だからね!』


 そんな長々とした文章が雫から俺に送られて来ていたのだ。

 いつもはスタンプや簡単な短文でやり取りをしている妹からの長文での気遣い。

 それを立ち止まって読んでいた俺はーー


 ポトッ…ポトポトポト……。


 ハッと気がついた時にはすでに、俺の瞳からはぽろぽろと涙が溢れていた。

 どんなに拭っても拭っても、涙は俺の瞳から溢れ続けた。


「あれ…?俺……なんで泣いて……?」


 自分の涙を手のひらで拭い続ける中、まだ一度も、麗奈に別れを告げられてから自分が泣いていなかった事に気がついた。

 いつのまにか、自分でも気づかないうちにやりきれない想い……、別れてしまった悲しみが自分の中で溜まっていたみたいだ。

 しかし、それが静恵からのLINEによって我慢する事が出来きなくなり、涙となって流れ出てしまったようだ。


 俺はぼんやりと頭の片隅で考えながら、止まることのない涙を立ち止まって拭い続けていると……。


「あの……どうしたんですか?なんでこんな所で泣いて……?その…何か悲しいことでもあったのですか?」


 すると俺の背後から誰かが近づいて来たかと思うと、その人がサッと正面に回って、俺に声を掛けてくる。

 その人は俺のことが心配なようで、何も言わないで涙を流し続ける俺を覗き込むようにして、グイッとその顔を近づけてくる。


 けれど俺は、突然現れた女性に泣き顔を見られたくなくて、ふいっと顔を背ける。


「いえ……なんでも……ありません!別に俺は大丈夫なんで、その…1人にして下さい。」


 などと言い、溢れ続ける涙を拭いながらも再び俺は彼女を避けるようにして歩き出す。


 スタスタ……スタスタ……


 なぜか俺が歩みを進め始めると、その数歩後を先程の女性が付いて来る。

 しかしその女性はただ付いて来るだけで、俺に何も言ってくる事はない。


 タッタッタ!……タッタッタ!!


 俺は彼女に付いて来られるのが嫌で、少しだけ歩く速度を上げて、彼女が俺に付いて来ないようにと引き離そうとする。

 しかし、彼女は「はぁ、はぁ!」と息を上げながらもーーなぜか俺に走って付いて来ようとしていて……。


「なんでっ!付いて来るんですか!?一人にっ!して下さいって、言ってるでしょ!」


「だめっ!です!その理由を教えてくれるまでっ!私はあなたを1人にはっ!しません!」


 彼女はそう言うと、先程以上に息をあげながらも俺に追いつこうとしてくる。

 意外にも早く追いついてきた彼女の伸ばした手が、パッと俺の服の袖を見事に掴んだ!


「捕まえました!もう逃げようとしないでください!どうせ逃げようとしても、また私は追いかけるつもりでいます!
 だから大人しく立ち止まって、あそこで泣いていた理由を私に教えてください!」


 彼女はそう言い、思わず立ち止まった俺の正面に再び回り込み、グイッと先程以上に顔を近づけて……、俺のことをジッと至近距離から見てくる。

 心なしか眉もキュッと釣り上がっており、少し怒ってますといった表情である。


 そうしてようやく立ち止まった俺は、その追ってきていた女性、目の前にどアップで立ちはだかっているその全身を初めてまともに視界に収めた。

 そして俺はその姿を一目見てピシッと、そんな擬音が聞こえてくるぐらいに、その場で凍りついてしまった……。

 ーーその整った容姿によって。


 彼女は女性としては少しだけ身長が高く、俺の肩より少し低いくらいの背丈。
 それでいて長身に映えるスラッと伸びた脚は、まるで彫刻のように綺麗な造形美を誇っており、平均より少し高い身長とよくマッチしていて……神々しい程であった。

 また髪は流れるような美しい黒髪、一見肩から流れる髪はただのストレートにも見えるが、その毛先にはくるくると軽くカールが掛かっており、ただでさえ綺麗なその黒髪がより一層美しく映える。

 そしてそんな中でも目を惹くのは、その綺麗な髪に負けず劣らず美しい、かなり整った綺麗な顔の造形美だ。

 その初雪を連想させる真っ白い肌は、長い黒髪によく映えていて……、まるでお伽話の中のお姫さまのようにも見える。


 そんなお伽話から出てきたような美人が至近距離のそれもお互いの吐息がかかる程の眼前に立っていることに、俺は緊張のあまりピシリと固まってしまう。


「ーーあ、あの?聞こえてますか?どうして何も言わずに固まって……?」


 すると、俺からの返答が何も無かったことに不思議そうな顔をした彼女がふりふりと俺の眼前で手を振るので、流石に硬直が取れた俺はハッと返答を返す。


「えっ、あっ……っと、なんでもありません。その……心配かけてすいませんでした。ちょっと嫌な事があって感傷的になってただけなので……。ごめんなさい、あんな所で泣いててビックリさせましたよね。
 でも……もう大丈夫なんで!こんな風に人前で泣くのはもうしないので……。」


 正直、彼女の登場で色々と感情がごちゃごちゃになってしまったが、やはり人から心配されるような状況であったのは間違いない。

 こんな風に足を止めて声を掛けてくれたのは彼女の親切心、その優しさからだろう。

 だからこそ、そんな優しい彼女に心配を掛けてはいけない。


 そんな心持ちでいつの間にか止まっていた涙の跡を拭い、彼女に心配させまいと無理やり笑みを作って応えるとーーギュッ!

 突然ふわりとした感触があり、気がついた時には俺は彼女に抱きしめられていた。


「ーーえっ?……んん?ええ!?」


「いけませんよ。そんな気持ちに蓋をする真似は。事情はよく分かりませんが……その気持ちはあなたにとって大切なものでしょう?それを無理にしまい込んだり、忘れたりする必要はありませんよ。
 それに……無理に笑わなくても、泣きたい時は泣いてもいいんです。幸いこの場には私とあなたしかいませんし、気持ちが落ち着くまでここで泣いてください。」

「えっ……、でも……。その……恥ずかしいと言いますか、男が人前で泣くなんてカッコ悪いじゃないですか……。」


 ふわりと抱きしめられた事に驚きつつ、やんわりと彼女から逃れようとするが、何故だか彼女はそれを許さず「カッコ悪くなんてないです」と、優しくこちらに囁きかける。


「それに泣くことは決して恥ずかしい事じゃありませんよ。流す涙が恥ずかしいはずがありません。
 あなたは嫌な事があったと言いましたが、それはあなたが忘れたい、もしくは忘れてしまえるものですか?そうであれば、気持ちに一旦蓋をして距離を置く事も大切ですが……そうではないでしょう?
 ーーむしろ、忘れたくない。そうあなたが思ったからこそ、あの時涙が溢れて止まらなかったのではないでしょうか?」

「……忘れてしまった方楽じゃないですか。いつまでも女々しく気持ちを引きずるより、さっさと嫌な事を忘れて蓋をした方がずっと楽だ。カッコ悪いのは嫌だけど……苦しいのはもっと嫌ですよ……。」

「でも……忘れられないんですよね?苦しくて、気持ちに蓋をしたくても何度も思い出してしまうくらいには。であれば、やっぱりここで泣いちゃいましょう。
 涙を流すのは嫌な事を忘れるためではありません。溢れてしまう程の沢山の気持ちを溢れず落ち着ける所までカサを減らしてくれるものなのです。だから、苦しい気持ちが落ち着くまでは泣いてください。」


 そうして彼女は俺が泣きやすいようにするためか俺の頭を自身の肩に導くと、先程以上に優しい手付きでこちらを抱擁をしてーー気がつくと俺は、その人の肩に顔を俯かせ、静かに涙を流していた。

 しかしそれは先程のようなとめどなく溢れていた涙ではなく、苦しい気持ちをゆっくりと吐き出すような……そんなどこか落ち着いたもので、麗奈を想う気持ちを忘れようと思考していた時とは違った心持ちで流れた涙あり、目の前の彼女が言っていたように苦しい気持ちが徐々にだが薄れていく。

 それと同時に、心の中にあった麗奈の事を想う気持ち、それを無理に忘れなくてもいいのだと思えて、昂っていた感情が自然な形で凪いでくれる。


「(……そっか、俺自身、麗奈と突然別れた悲しさや雫の気遣いに涙が溢れて止まらなかったと思っていたけど……それだけじゃ無かったんだ。俺はんだ。あんなに大切に想っていた気持ちが全部嘘になるように感じて。それが嫌で俺はーー)」


 確かに、麗奈と別れた事実は悲しいがそれだけが辛い訳じゃなかった。

 これまで二人で交わした会話や気持ち、それらが別れた事で無に帰すような感覚が心のどこかにあったのだ。

 そしてそれらを忘れたくない。そんな気持ちがあったからこそ、目の前の彼女の言葉に
素直に従えたのだと思う。

 涙を流す行為は気持ちをのではなく、気持ちをための行為だと教えてもらったのだから……。
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