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第一章 強制退場

強制退場3

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「ハロー♪」

 起きたら目の前に奇妙なカボチャがいた。

(え……カ、ボチャ……?)

 カボチャ……ではあるが、喋っている時点で普通のカボチャではない。
 そもそもこのカボチャ、人間のように身体が生えているではないか。

 上にはシルクハット、下にはスーツ……いや燕尾服というのか? それもフォーマルな黒ではなく、白の生地に目が蛍光色のペンキを撒き散らしたような落ち着きのない派手な格好を着込んでいた。

 カボチャの色はオレンジ。だがハロウィンでお馴染みのジャックオランタンではない。
 顔は彫られたものではなく、クレヨンで書いたようなぐるぐるお目目の落書き。
 目がチカチカする服の下から見えるのは人間の肌……ではなく、人間の骨らしきものがカタカタと音を立てながら動いているではないか。

 首から上がカボチャの骸骨人間。目覚めてたった数秒で俺の視覚情報網はパンパンだ。
 そんな俺なんか気にせず、カボチャはひょろ長い身体で優雅にお辞儀をひとつ。

「……グーテンターク。ボンジュール。ブオンジョルノ。オラ。メルハバ。ズドラーストヴィチェ。ニーハオ。チャオアィン。サワッディーカップ。アンニョンハセヨ。スラマットスィアン」
「え、何……?」

 突然その落書きの口から発せられる言葉に戸惑う。

(何処だ此処は? 暗い? なんで俺は此処にいるんだ?)

 冷静に周りを分析したいが、脳内は大混乱中。

(もう何がなんだかわからない。泣きそうだ……!)

 夢であってくれ、と頬を叩いたが……すぐに痛みを感じた。
 空間が真っ暗で下を地面と表現していいのか分からないが、足が地に着いている感覚はある。試しに手と手のを合わせて擦ると摩擦により熱が生まれたことも感じられた。

 つまり、これは現実。現実の中で俺はいま訳の分からない場所にいる、ということになる。

「おやー。日本語ですねー。では、日本語でお話ししましょー」
「え、あぁ、日本語?……あぁ俺、日本人、です」

 俺が日本人だと分かった瞬間、落書き顔はニッコリと笑った。しかし、周りの真っ暗さと訳の分からない状態に追い込まれている俺にとってはその笑顔は不気味でしかなく、大きく肩を跳ねらせた。

(何だ何だ何だ——!?)

 脳内は「身体の現状整理」から「何故この場にいるのか」の情報整理へと移行。カボチャの顔に顔面を真っ青にさせながらも働けと脳内に訴える。

(俺はバスに乗っていたはずじゃ——!?)

 頭一つ分ほど大きいカボチャに見下ろされながら必死にいままでのことを思い出す。その間もカボチャは俺から目を離すことなくジッーっと見つめてくるが、怖いとはいえ未知な存在から目を離すわけにはいかない、と本能的に見つめ返す。
 しかし、心臓は素直なもので。見つめ合っている中でも相手にも聞こえるのではないかと錯覚するような大きな音を立てる。

(思い出せ——!!)

 俺は普通に学校から帰っていた。いつもの通りバスに乗って、いつも通りにゲームで遊んで。何もない、平凡な一日を過ごしていた。

「……そうだ。急に大きな音が聞えきて人が目の前でふっ飛んで……いや、その前に強い衝撃を感じて……え、それじゃぁ、俺って——……?」

 必死に思い出した真実に唇が冷たくなっていく。

 顔はさらに蒼くなっているだろう。
 分かってしまった自分に降りかかった現実。
 寒気と恐怖と絶望と。

「俺……死んだの……?」

 思い出さない方が幸せだった、か。
 しかし、記憶は次々と勝手に思い出していく。

 身体が強く叩きつけられた痛みも。
 頭がクラクラした気持ち悪さも。
 目の前で車内の窓が割れる音も。
 人が容赦なく横に飛んでいく風景も。
 外から聞こえる救援を呼ぶ声も。
 怠くてだるくて仕方なくなる感覚も。
 目を開くことすらできない脱力感も。

 清明だった景色が段々霞んでいき、最後には真っ暗になる視界も全部。フラッシュバックにて思い出される。
 
 あの時。間違いなく俺は事故に巻き込まれた。
 巻き込まれて、人生が終わってしまった——……

「い、嫌だ!! なんで!! なんで俺が死ななきゃなんねぇんだよ!! どうしておかしいおかしい!!」

 全てを思い出しても理解したくなかった。理解も納得なんかもするものか。

 目の前にピエロカボチャがいるのも忘れて頭を抱えながら左右に振りながら叫ぶ。眼をかっ開いて全力で否定する言葉を並べた。

「嘘だ嘘だ嘘だ!! 俺は死んでない死んでない!!」

 俺は何か悪いことをしたのか。
 いつも通りの日常を送って普通に生きていたはずだ。

 確かに「聖人」と言われるような人生を過ごしていたわけじゃない。悪い事だと分かっていても小さい事だと思ってやってしまったこともある。
 だが、それは自分の死に匹敵するような重い事でもない筈だ。俺は人殺しも強盗も虐めも何一つしていない。

(どうして——!?)

 口では否定の言葉を吐き続け、脳内では死への疑問をずっとループさせる。その過程で一瞬脳内にて昔、「英雄は早く死ぬから英雄になった」と誰かが言った言葉を思い出すが、そんなもの遥か彼方に吹き飛ばした。

 死の理由を知っても、死を受け入れたくない。

「俺は死んでない!!」
「おやー?おやおやおやおやおやー?」
「っひ!?」

 否定と疑問を繰り返えすのに夢中で目の前のカボチャの存在を忘れてしまっていた。急に骨を鳴らしながら目を見開いたような落書き顔を目と鼻の先に近づけてきたことで間抜けの声を上げてしまう。

「これはーこれはこれはー。何ともですねー。」

 顎に当たるであろうところに手をあて、カボチャの頭をかしげる。
 突然視界いっぱいに広がった不気味な顔にまた肩を跳ねさせながらも虚勢を張る様に大きな声で言葉を返した。

「可笑しなお方って、おかしいのはお前だろ!!」
「あっはっは!! 確かーにこの格好はよくおかしいと言わーれまーすねー!んー、でも〝彼女〟は違う意味で『おかしい』とおっしゃってまーしたねー」
「そんなこと知らねぇよ!!」
「はっはっは! 知らなーいのは当たり前ですねー。これは私と『彼女』の思い出ですからー」

 所々が伸びる独特の話し方。人生を強制的に奪われた俺を馬鹿にしているのか。

「笑うなよ!!」

 先ほどまで感じていた恐怖は何処にいったのか。
 手に力が入る。触れて大丈夫なのかも全くわからないのに沸々と感じる苛立ちをこのカボチャに殴ってぶつけたくて仕方がない。

 どうして自分は死ななくてはならなかったのか。くだらない愚痴を心の中でずっと呟いてしまったからか?
 それならいくらでも反省する。毎日学校でもバイトでも手伝いでも料理でも人助けでもなんでもやってやる。

(だから俺は——‼︎)

「ちょっと失礼しまーすねー」

 突然だ。なんの前触れもなく、カボチャが俺の頭に手を置いてきた。

「——っ⁉︎」

 今まで触ったことのない人間の骨。それに直接触れた瞬間——全身に鳥肌が立った。
 いや……鳥肌どころではない。それが人間の骨なんだと理解した瞬間——歯がガチガチと鳴り出した。
 湧き上がって苛立ちは一瞬にして鎮火。それどころか先程とは比べものにならない程の『恐怖』が大波で一気に襲い掛かってきた。
 顔は元通り。目は乾くほどに見開かれ、唇は青白くなっていくことがわかる。

 一度も触ったことなどないがわかった。
 これは本物の『人間の骨』だ。
 
(怖い——!!)

 身体が震える。
 一瞬で自分もカボチャの骨のようになるのだと想像した。死んだ俺の死体は赤々と燃える炎に焼かれ、肉は無くなり骨だけとなり死んでいく。頭に置かれる骨のように、燃えて温かった骨が時間が経ち冷たくなる。

(怖い——!)

 先だと安易に思っていた『死』。
 悪ふざけのように『死』なんて言葉使わなければ良かった、と今になって後悔する。

 だって、こんなにも死は恐ろしい。だんだん冷めていく自分の身体を想像するだけで震えが止まらない……とてつもなく怖いのだ。

 自分が死んでしまった。
 自分はもう生きてない。

 大きく見開いた目から涙が大量に溢れて顔を濡らしていく。

「嫌だよぉ死にたくないよぉ…!!」

 プライドなんてない。死んでしまったらそんなものは意味がない。普段なら出さない情けない声を上げて幼い子どものように泣きじゃくる。

 死んでいるのに死にたくない。
 可笑しな言葉使いだけど死にたくないんだ。

「ちょっと勘違いしてまーせんかー?」

 しかし——残酷な運命への涙はおかしなカボチャによって止められた。

「ごめんなーさーい。私の手がリアール過ぎましたねー。アイムソーリーヒゲソーリー。大丈夫大丈夫! 貴方様は勘違いをさーれているだけですよー」
「え……?」

 古のネタと『勘違い』という単語に先程まで溢れる様に流れていた涙が思わず引っ込んでしまった。

(このカボチャは何を言っているんだ?)

 全くと言っていい程にカボチャのテンションと内容についていけずに茫然としてしまう。そんな俺の頭をカボチャはさらに力を込めた。
 より一層人間の骨を感じさせる行動にまた肩が大きく跳ね泣きそうなるが、カボチャ今度は優し気な落書き顔で俺に声を掛ける。

「少しだけ我慢してください。人間にとってこの手は恐怖そのものかもしれませんが、決して貴方様には害はありません」
「えっ……」

 おちゃらけていたカボチャの口調が変わった。

「ほんの少し、 

 その優しい言葉と共に、目の景色が変わった。

 パソコンのシャットダウンのように全てが真っ暗になる。

(また変なところに飛ばされたのか?)

 脳がこの状況を乗り切ろうと再び必死に働いているのがわかる。
 また混乱の渦に落とされるのか、と思った——その時だった。

(光……?)

 真っ暗な世界の奥から光が見えた。その光は何枚もの帯となってこっちに向かってくる。

(いや、帯というよりか……映画のフィルム?)
 
 テレビの中でしか見たことのない映画のフィルムが一枚一枚七色の光を纏って此方へと向かってくる。

(……⁉︎)

 驚くのも無理は無いだろう。何せその一枚一枚のフィルムに俺の家族や友人、この人生で知り合って触れて、人生を共に作り上げてきた人たちが写っているのだから。

(俺は——?)

 自分がいない。流れてくるフィルムには自分の姿がない……だけど数秒でその理由に気付いた。

(あぁこれは俺の記憶なんだ)

 すべてが俺の目線で見てきた光景だ。

 走馬灯なのだろうか。
 通常死にかけたものが見るものではないかと思うが、そんなことどうでもいい。カボチャの手に触れたことなど忘れて、とても気分がいい。
 あの世界に生まれて親や兄弟に愛情を貰って生きてきた。死んでから気付くなんて本当に馬鹿は死ななきゃ治らないんだなぁ、とこんなところで学んでしまう。

(もう……帰れない……家に帰れない……‼︎)

 帰れないならば。頼む。この時間が続いてくれ。思い出に浸ってずっと見ていたい。

 自分は生きていたんだ、と。
 ずっと———

「はーい。終了でーす」

しかし、甘くはなかった。

「へっ?」

 カボチャの気の向けるような声で俺は強制的に走馬灯の世界から連れ戻された。

(一生……本当に一生あの中に閉じ込めてくれてもいいじゃないか……!!)

 何とも血も涙もないカボチャなんだ。終わるタイミングも話し方も何もかも最悪だ。
 自分は死んでいるのだからずっと見ていてもいいじゃないか、と文句を言おうとしたが、次のカボチャの言葉に口を塞いでしまった。

「貴方様の過去全てを見さーせてもらーいまーしたーよー」

 カボチャの言葉で再び目をかっと開いた。

(勝手に見たのかコイツ!?)

 このカボチャの辞典にプライバシーという言葉はないのか。いくら死んでる人間でも人間には変わらないだろう。
 俺の思い出を許可なく見やがって、と苛立ちをぶつけるために口を開けようとした……が叶わなかった。

「貴方様の過去……十五歳ですかーら、十五年間ちょっとを拝見さーせてもらーいまーしたーよー」
 
「十五年間ちょっと——?」

 あんなに短く終わったのに、あれが俺の人生の全てだというのか?
 十五歳は平均年齢の何分の一だろうかと考えてて頭の中で計算を始める。
 五分の一……いや、いまの日本人なら六分の一になるのか。ならば、平均に生きてもアレの五、六倍となる。
 
 途端に全身からエネルギーが消え去って脱力してしまう。

(短い。本当に短い……)

 俺の人生は本当に短かったのか、と途方の無い後悔が押し寄せてくる。
 なんて勿体無い過ごしてしまっていたのだ。なんて贅沢な使い方をしてしまっていたのか、と。

 もっとできることはあったはずなのに。自分はまるで生きることを放棄したような生活をただ送っていただけではないのか。自分の生き方が間違っていたような気がしてきてしまう。
 収まっていた涙が———後悔の涙としてまた出てきそうだ。

(もう何もない。何も出来ない。誰にも会えない。もう終わりだから……)



 もうどうでもいいと思い始めた俺に、カボチャがおちゃらけた——でも『何か』を含めて頭を再び傾げた。

「何が……?」

 自分でもわかる気力のない声。消し去ることのない後悔に襲われ、何も考えたくないと思いながらも返事をする。
 礼儀知らずの最低最悪カボチャだけど、話し相手がいることは良かったのかもしれない。
 こんな場所に一人でいたら何もかもわからないままだった。不幸中の幸いってわけでもないけど話し相手ぐらいしてもらおうか。

 そんな軽い感じでカボチャの話に耳を傾けた……が、その最低最悪カボチャから予想外の言葉が発せられた。

「どうして君がーーわーかーらーなーいんですよねー」
 




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