僕の一番長い日々

由理実

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あの日から僕は、すっかりダメになった。
朝起きるのもだるい。食欲もない。散歩なんて行けない。今の僕にとって散歩どころか、動くこと自体がもう一生無理で、
「このまま、寝たきりのおじいさんになってしまったらどうしよう?」
と、本気で悩んだ。

呼吸も浅くなりがちだ。心療内科の先生からは、深呼吸を勧められている。その理屈は分かっているけど、気が付いた時には息が浅くなっている。それに、しばしばパニック障害にも襲われた。
薬を飲んで気持ちを鎮める。そして、僕は眠りに落ちた。多分、寝ている時間の方が長いのではないだろうか。

そんな絶不調な僕を見て、ママが代わりに病院に行って来てくれた。そして、僕に優しく話してくれた。
「リョウ。こういう事は良くある事だそうよ。一旦良くなるけど、何かのきっかけで、またぶり返す事は誰にでもある事だから、焦らない事が大切なんですって。」
「実は僕、欲張って学校まで行ったんだ。そうしたら、よりによってあいつと目が合って、怖くて逃げだしたんだ。立ち向かっていけない僕は、なんて臆病者なんだ。」
「リョウのそういう正直な反応は、健康な証拠だよ。大丈夫、リョウは必ず立ち直れるから。そんな風に考えるよりも、そんな風に自分を守ろうとした行動力を、きちんと褒めてあげようね。それに、学校まで行けたなんて凄い進歩じゃないの。素晴らしいわ。あんなに行くのを嫌がっていたのに。」
「怖いもの見たさから、ついつい魔が差しただけだ。」
「そんな事はないわ。リョウは勇者よ。素晴らしい冒険家だわ。ママはリョウを誇りに思う。」
「ありがとう・・・。」

何だか涙が溢れて止まらなかった。そしてそのままいつまでも号泣し続けた。ママは黙って僕の頭を撫でてくれた。僕は赤ちゃんに戻ったみたいに大声を出して、いつまでも泣き続けた。

後からパパに聞いた話だけれど、ママも僕のいない所で随分泣いていたらしい。僕の挫折に悲しくなった時も、僕のプラスの変化に感動した時も、沢山沢山涙を流していたらしい。時には、
「この子をこんな辛い目に遭わせた私は、母親失格よ。」
とママ自身を責めた事もあったが、パパは変わる事なく、
「これは神様が我々家族に与えた試練なんだよ。絶対に乗り越えようね。神様は乗り越えられない試練は与えないと聞いている。それに、最悪なら転校するという手もあるし。今大切な事は、誰の事も責める事なくベストを尽くす事だよ。」
と、ママを励まし続けて来たと知った。

数日後、僕が落ち着きを取り戻してから、ママが僕に言った。
「今までよく我慢したね。辛かったよね。気付いてあげられなくてごめんね。」
「ママのせいじゃないよ。僕が臆病なだけ。」
「カイト君も反省しているみたいよ。まさか、自分が原因でリョウが登校拒否になる程、苦しんでしまうとは思わなかったって。」
「人を傷つけて平気な奴は、責任なんて取りたくないから、みんなそういう言い訳をするんだよ。僕にはカイトがとんでもなく大きな獣にしか見えなくて、とても怖いよ。」
まだ僕は、カイトを責める気持ちを捨てられずにいた。

そもそもカイトが何故、よく知りもしない僕の事を、あんなに冷たく拒絶したのか、未だに理解できない。
僕の事を、腹黒い偽善者だとでも言いたいのだろうか?
確かに僕は流されやすい所がある。

嫌な事を嫌だと言えなかったり、ノートを当然のように借りられても逆らえなかったり、目立つグループから僕たちのグループが、掃除当番を押し付けられても、従ってしまったり、何となく人のネガティブな言動に同調しやすかったりする。

当然ストレスは溜まるが、嫌われるよりはマシだと思った。
どうせ、今だけの関係なのだからと、スルーした。
だけど、僕の事をあそこまで、悪者呼ばわりしなくたっていいじゃないか!差し伸べた手を振り払うような冷たい言葉。僕の事を全否定した奴との出会いは、猛獣に噛まれたかの様に、心が痛かった。辛かった。笑顔も消えた。

「そう。それは怖かったよね。恐ろしかったね。大変な想いをしてしまったね。人間も野生動物と同じだね。過剰なまでに自分を守り過ぎる人間もまた、野生動物と同じくらい臆病な生き物だから。リョウにとっては迷惑だったよね。」
「そうなんだ。カイトは本当は臆病者なんだ・・・。」
ママの話は、リョウにとっては一つの発見だった。そういえば僕もそういう所があるな。怖い時は怖いって、素直に言えちゃえばいいのになって思う事があると思った。
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