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部長も意外と無神経。

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「―――――いや、違うな。お前は、なにも言わなかったのか」
何も言わなかった。
その言葉の意味を反復し、考える。
それって、つまり。
「否定しなかったってことですか!?」
その事に思い当たり、大声を上げて部長を凝視する。
「ま、そういうことなんじゃないの?コイツは言っても聞かなかったみたいなこと言ってたけど、さ。
あの社長だよ?甥っ子の本気を読み違えるほど耄碌はしてないと思うんだよなぁ」
はっきりとした否定をしていれば、それは伝わったはず。
では。
「………部長?」
「一応、否定はした」
「「一応」」
なんだろう、その心もとない言葉は。
はからずも主任と声が揃ってしまったが、仕方ない。
というか主任が完全におもしろがっている様子なのが非常に気になる。
「一応って、正確にはなんて答えたんですか」
「………」
「……部長」
なぜ、それを答えるのにそんなに渋面を造る必要があるのか。
ぜひ説明をお願いしたいのだが。
「――――好意は持っている。だが、まだ恋人ではない、と」
「は!?」
「あはははっあっはは!!!!お前、バカ正直に言ったの!?」
絶句する高瀬。
机をバンバンと叩き、大笑いする主任をじろりと睨んで、部長は言う。
「仕方がないだろう。俺の口から「恋人だ」と告げてしまったことは事実なんだ。
それをどう否定しても話がおかしくなる。だったらいっそ、そういうことにしておいたほうが――――」
「そういうことに、ねぇ…」
ふぅ~ん、っと、まだ涙の微かに残る目を細め、ほくそ笑む主任。
だが待って欲しい。
「ええっと、つまり。つまりですよ?
社長にとって私って、部長の恋人じゃなくて、部長の片思いの相手と思われてるってことで?」
「いや……」
「いや?」
高瀬の言葉を何故か否定する部長に、更に感じる嫌な予感。
「社長は俺のその発言を詭弁だと思ったらしい。
君をかばうためにあえてそういったのだろうと言われて、何も隠すことはない、と」
「おぉう…」
それはなんですか。
うちの子が振られるなんてありえない。
というか、うちの子に好かれて落ちない女なんているわけないだろあははは的な自信の表れか。
「ま、前回のことがあったからな。お前が否定しないってだけで既に好意があるのは間違いないと思ったんだろ。
後はそうだな……実際の及川くんを見て確信したってとこか」
「私のどこでそれを」
「――ー君ね。無意識かもしれないけど、なにか困った事が起こるとすぐ視線が谷崎に向くの。
んで、それをまた谷崎が庇おうとしてるのが見ててバレバレ。さっきも二人が入ってきてすぐ社長じゃなくて谷崎を見たろ。谷崎からのノロケみたいな発言の後でそれを見せられたとしたら、誰だってこう思うってことだね。
『なんだこいつらやっぱり付き合ってんじゃないか』ってさ」

「―――――マジですか」
「うん、マジ」
「………」

部長までもがすっと視線をそらした。
ということは、これは真実か。

「ぶ、部長……」
「そうそう、それ。その態度ね」
「!?」
言われて、はっと気づく。
確かに最近、困ったときは部長を見る癖が……。
これは、本気でイカンかも知れない。
「ど、どうしましょう!?」
「どうしよっていっても、もう社長の中では決定事項だろうしねぇ。今頃仲人の日取りでも考えてんじゃないの?よかったな、谷崎」
「よくありませんって!!」
部長の肩を叩き、にやにやと笑う主任の言葉をぶった斬り、高瀬が吠える。
「で、でも。さっき主任は、社長がわざわざ部長の恋人を見に来ることはないって…」
「うんうん。言ったねぇ…。でもさぁ、本当になんの関係もないんだったら、わざわざ社長が足を運ばなくても呼びつければいいって話になると思わない?それをわざわざここまでやってきたのはなんでだろうねぇ…」
そこで二人から視線を向けられ、部長は答える。
「……俺が反対したんだ。変な噂になっては困るからやめてくれ、と」
「お前、以前社長が同じようなことを言い出した時、自分からあっさり相手を呼び出してたよな」
――――それも衆人環視も全く意に介さず。
「うわ…」
社長室まで呼び出された女性が実際にいたのかと思うと、その事実に軽く戦慄する。
社長に部長との付き合いを指摘され「どうなんだね、君」とか言われんのか。
しかも本当ならまだしも、嘘をついていたりなんかした日には…。
ちょっと戦慄の事態かも知れない。
だが、そんな前例を考えての今回の部長の態度。
「そりゃ、今回は本気だなと思われても仕方ないだろ」
端から聞いていても、確かに説得力のある説明だった。
だが、それを認めるか認めないかは別問題だ。
「否定しましょう。今すぐにでも否定してきましょう!!」
「往生際が悪いなぁ。無理無理」
「無理!?」
「だって社長、このあと会議で仙台出張よ?」
「仙台!!!」
牛タン、ずんだ、牛タン!!!
「あ、君スケジュール表見てなかったね…。
ということで、社長はもうすぐにでも移動を開始する予定ってこと。
帰ってくるのは三日後だったっけ?」
「予定では、な」
「――――三日後」
ということは、だ。
「明日の話し合いとやらには、社長は参加しないんですか?」
てっきり同席するのかと思っていた。
「だろうね。俺たちとあちらのお偉いさんに、例の男ってとこか。
あとで確認しとくけど、社長のことだから応接室の予定はとってあるだろうし。
――――主役は勿論、及川君だ」
「全く嬉しくありません」
「だろうな…」
ゲンナリとした様子を見る限り、部長も同感だろう。
「でも部長…!!」
何とかして誤解をとかないとと、もう一度声を上げたその時だった。
トントン…。
「失礼します…。やっぱりここだったのね、及川さん」
「中塚先輩!」
新たに現れた見慣れた顔に、少し表情を緩ませる。
「私になにか用事ですか?」
わざわざ「ここにいたのね」と言っていたということは仕事の呼び出しだろうか。
探させていたのだとしたら申し訳ない。
「一度こちらに電話したのだけど、繋がらなくて。
引き継ぎの件であちらの部署がもう一度及川さんに来て欲しいって言ってるらしいんだけど、今大丈夫かしら」
「…あぁ、もしかしたらさっきかな」
電話がつながらなかった、という言葉に明らかに心当たりがある様子の主任。
「ほら、内線で守衛を呼ぶって言ってたろ?」
「あぁ、あの時の…」
四乃森龍一(偽)襲撃事件のことか、と納得する。
「そういや、守衛を呼んだって割には来ませんでしたね?」
「そりゃそうだよ。嘘っぱちだもん」
「は!?」
「そう言って大人しく帰るようなら何らかの不当な手段で社に入り込んだってこと。
とりあえず軽いジャブをいれされてもらった感じだったけど、まさか偽物とはね」
「偽物?」
当然ながら、なんの話をしているのかさっぱりわからない中塚女史。
首をかしげる彼女に、「いや、こっちの話でごめんね」と軽く笑うと、「言っておいでよ及川くん」と高瀬の背中を押す主任。
「こっちもいつまでもサボってるわけにはいかないしね。詳しい話はまた後で」
「…了解です」
確かに、仕事を放り出していつまでも話しているわけにはいかない。
この件に関しては必ずもう一度話し合う必要があると心にしっかりとどめおきながら、中塚女史と共にその場を後にする。
「ねぇ及川さん…。こんな時になんだけど、知ってる?」
「?なんですか?」
廊下の途中、少し声を潜めて会話を始める中塚女史。
「矢部さんのことだけど……」
言いにくそうなその話し方で、ピンときた。
「―――――もしかして、知ってます?」
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