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比丘尼塚伝説編⑪
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弥勒というのは仏様のことで、結縁者、というのはその力の代行者。
つまり、水戸黄門から印籠を預かって代わりに世直ししてるようなもんだ、と理解した。
ついでに聞いた話によれば、その期間は弥勒が目覚めるまでの数十億年後までとのこと。
つまりはほぼ永遠。
「輪廻の輪を巡りながらも、永遠に仏の軛からは逃れることのできない魂の奴隷、それが弥勒の結縁者だ」
通常、一度の人生を終えると魂を浄化され記憶を失うはずが、仏と縁を結んだ「結縁者」はそこから除外され、記憶をもったまま永遠に転生を続ける。
チベットのダライ・ラマも同じように記憶をもったまま転生を続けているが、その存在を他者に見出されて初めて己の存在を確立する彼の人とは異なり、「結縁者」は、生まれながらにして死ぬまで「結縁者」のまま。
己が何者であるのかを知るのは己のみ、現世での出自もなにもかも関係なく、いずれ救世の旅に出ねばならぬのが定めの流浪の聖者。
その為、結縁者の姿は記録によって大きく異なり、時に精悍な若者であり、時に盲た老人であり。
けれどその言動にはどこか必ず通じるものがあるらしく、平安の後期から江戸の末期に渡るまでその人物の転生者と思しき人間の記録はいくつも散見され、記録に残されている。
「よく知られた話としちゃ、『雨月物語』なんかが有名だな。
あれに出てくる鬼と出会った僧侶ってのも実は弥勒の結縁者だったんじゃないかってのがここ最近の有力な説だ。
名目上は、別の人間の名が記されちゃいるがな……」
弥勒の結縁者は記録の中に己の名前が残されることを嫌っていたため、後世になってその功績を別の人間が横取りすることも珍しいことではなかった。
「ま、要は箔付けに使われたってとこだな」
一般にはただの昔話。
名を語ったところで何の問題もなかったということだろう。
なんだかすごい人なんだな、とは理解できたが、話が壮大すぎて少々ついていけない。
「で、その結縁者さんと私に何の関係があるって?」
何度も言うが、そんな人と関わりを持った記憶はない。
そう断言すれば、何とも言えない微妙な顔になる源太郎と、「まぁタカ子だしなぁ」といった様子の二人。
「タカ子、今の話を聞いて何か思い出したことはありませんか?」
「ん?」
「なぁんか、最近似たような話を聞いたなーとかさ」
「んん~?」
両側から交互に尋ねられるが、はて。
………あったかな、そんなの。
脳内を総ざらいしてみるが、引っかかるような記憶はーーーーーーーーー。
「ぴぃ!」
「ん?どうしたのピーちゃん??」
高瀬の服の裾を咥え、何かを訴えるようにこちらを見つめるつぶらな瞳。
真っ黒なその瞳を見つめ返したところで、その瞳の中に、何かが動いた。
ーーーーえ。
釘付けになる視線の先。
瞳の中に映る見知らぬ誰かの姿。
当然ながら、それは高瀬ではない。
後ろ向きに、頭までをすっぽりと頭巾で覆い隠した尼僧が、ゆっくりとこちらを振り返り―――――。
ザーーーーーーーーーッ!!!
途端、耳元で聞こえたザザっという激しい砂嵐の音。
脳内に直接音を流し込まれたかのような暴力的なそれに、思わず頭を押さえ蹲れば、「タカ子!?」と動揺する幼馴染二人の気配。
だが、もう遅い。
「ーーーーー来る」
「タカ子ッ!!!!」
己の声すらも耳鳴りにかき消され、正直自分でも何を言っているのがよくわからない。
来る?来るってなんだ、貞子か。
貞子なら井戸だ。
井戸はあの世とこの世の境界。
井戸を伝って、呪われた魂が黄泉路からこの世にやってくる。
そして、ピ―ちゃんの正体は八咫烏。
八咫烏は、冥界と現世とを繋ぐ使者。
出口であり、入り口だ。
ぴィーーーーーーーーーーーーー!!
「お、おい、どうした!?」
天を向き、高く鋭く一鳴きしたピーちゃんに慌てる源太郎。
まるで何かに抗おうとしているような動きで、その小さな全身がブルブルと震えている。
否、実際に抗っているのだろう。
身の内からやってくる、呪われた魂の呪縛から。
だが、高瀬の感じたことは間違いではない。
既に、手遅れだ。
「う、うわっ!?なんだっ!!!」
その小さな体がひときわ大きく痙攣すると同時に、ピーちゃんの開いたくちばしの先から、なにか白く細いものが伸びた。
腕だ。
真っ白な、腕。
狙っているのは高瀬一人。
――――引っ張られるっ。
そう思い目をつぶろうとした瞬間。
リィン……………。
微かに耳の奥に聞こえたのは、どこか覚えのある鈴の音。
あぁ、そうか。
白い腕に肩を捕まれながらも、ようやくふたりの言いたかったことが理解できた。
そうだ。
さっきの結縁者の話。
似たような話をどこかで聞いていないか、と尋ねられた時には思い出さなかったこと。
この腕を見て、あの音を聴いて、ようやくそれがなんであるのかを思い出した。
あの日見た夢の因縁からは、やはり逃れられていなかったらしい。
「また、随分手荒いお迎えだね」
あぁ、真剣に考えてちょっと損したかも知れない。
なぁんだ。
はぁ、とため息をついてポツリと呟いた瞬間、周囲の喧騒が全て高瀬の耳から掻き消えた。
この先に待ち構えているのは、鬼か仏か、それとも、御霊憑きか。
「ーーーーーーーとりあえず、頼我のおっさんは後でシバく」
迷惑料はしっかり徴収する方針です。
つまり、水戸黄門から印籠を預かって代わりに世直ししてるようなもんだ、と理解した。
ついでに聞いた話によれば、その期間は弥勒が目覚めるまでの数十億年後までとのこと。
つまりはほぼ永遠。
「輪廻の輪を巡りながらも、永遠に仏の軛からは逃れることのできない魂の奴隷、それが弥勒の結縁者だ」
通常、一度の人生を終えると魂を浄化され記憶を失うはずが、仏と縁を結んだ「結縁者」はそこから除外され、記憶をもったまま永遠に転生を続ける。
チベットのダライ・ラマも同じように記憶をもったまま転生を続けているが、その存在を他者に見出されて初めて己の存在を確立する彼の人とは異なり、「結縁者」は、生まれながらにして死ぬまで「結縁者」のまま。
己が何者であるのかを知るのは己のみ、現世での出自もなにもかも関係なく、いずれ救世の旅に出ねばならぬのが定めの流浪の聖者。
その為、結縁者の姿は記録によって大きく異なり、時に精悍な若者であり、時に盲た老人であり。
けれどその言動にはどこか必ず通じるものがあるらしく、平安の後期から江戸の末期に渡るまでその人物の転生者と思しき人間の記録はいくつも散見され、記録に残されている。
「よく知られた話としちゃ、『雨月物語』なんかが有名だな。
あれに出てくる鬼と出会った僧侶ってのも実は弥勒の結縁者だったんじゃないかってのがここ最近の有力な説だ。
名目上は、別の人間の名が記されちゃいるがな……」
弥勒の結縁者は記録の中に己の名前が残されることを嫌っていたため、後世になってその功績を別の人間が横取りすることも珍しいことではなかった。
「ま、要は箔付けに使われたってとこだな」
一般にはただの昔話。
名を語ったところで何の問題もなかったということだろう。
なんだかすごい人なんだな、とは理解できたが、話が壮大すぎて少々ついていけない。
「で、その結縁者さんと私に何の関係があるって?」
何度も言うが、そんな人と関わりを持った記憶はない。
そう断言すれば、何とも言えない微妙な顔になる源太郎と、「まぁタカ子だしなぁ」といった様子の二人。
「タカ子、今の話を聞いて何か思い出したことはありませんか?」
「ん?」
「なぁんか、最近似たような話を聞いたなーとかさ」
「んん~?」
両側から交互に尋ねられるが、はて。
………あったかな、そんなの。
脳内を総ざらいしてみるが、引っかかるような記憶はーーーーーーーーー。
「ぴぃ!」
「ん?どうしたのピーちゃん??」
高瀬の服の裾を咥え、何かを訴えるようにこちらを見つめるつぶらな瞳。
真っ黒なその瞳を見つめ返したところで、その瞳の中に、何かが動いた。
ーーーーえ。
釘付けになる視線の先。
瞳の中に映る見知らぬ誰かの姿。
当然ながら、それは高瀬ではない。
後ろ向きに、頭までをすっぽりと頭巾で覆い隠した尼僧が、ゆっくりとこちらを振り返り―――――。
ザーーーーーーーーーッ!!!
途端、耳元で聞こえたザザっという激しい砂嵐の音。
脳内に直接音を流し込まれたかのような暴力的なそれに、思わず頭を押さえ蹲れば、「タカ子!?」と動揺する幼馴染二人の気配。
だが、もう遅い。
「ーーーーー来る」
「タカ子ッ!!!!」
己の声すらも耳鳴りにかき消され、正直自分でも何を言っているのがよくわからない。
来る?来るってなんだ、貞子か。
貞子なら井戸だ。
井戸はあの世とこの世の境界。
井戸を伝って、呪われた魂が黄泉路からこの世にやってくる。
そして、ピ―ちゃんの正体は八咫烏。
八咫烏は、冥界と現世とを繋ぐ使者。
出口であり、入り口だ。
ぴィーーーーーーーーーーーーー!!
「お、おい、どうした!?」
天を向き、高く鋭く一鳴きしたピーちゃんに慌てる源太郎。
まるで何かに抗おうとしているような動きで、その小さな全身がブルブルと震えている。
否、実際に抗っているのだろう。
身の内からやってくる、呪われた魂の呪縛から。
だが、高瀬の感じたことは間違いではない。
既に、手遅れだ。
「う、うわっ!?なんだっ!!!」
その小さな体がひときわ大きく痙攣すると同時に、ピーちゃんの開いたくちばしの先から、なにか白く細いものが伸びた。
腕だ。
真っ白な、腕。
狙っているのは高瀬一人。
――――引っ張られるっ。
そう思い目をつぶろうとした瞬間。
リィン……………。
微かに耳の奥に聞こえたのは、どこか覚えのある鈴の音。
あぁ、そうか。
白い腕に肩を捕まれながらも、ようやくふたりの言いたかったことが理解できた。
そうだ。
さっきの結縁者の話。
似たような話をどこかで聞いていないか、と尋ねられた時には思い出さなかったこと。
この腕を見て、あの音を聴いて、ようやくそれがなんであるのかを思い出した。
あの日見た夢の因縁からは、やはり逃れられていなかったらしい。
「また、随分手荒いお迎えだね」
あぁ、真剣に考えてちょっと損したかも知れない。
なぁんだ。
はぁ、とため息をついてポツリと呟いた瞬間、周囲の喧騒が全て高瀬の耳から掻き消えた。
この先に待ち構えているのは、鬼か仏か、それとも、御霊憑きか。
「ーーーーーーーとりあえず、頼我のおっさんは後でシバく」
迷惑料はしっかり徴収する方針です。
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