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比丘尼塚伝説編⑤

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「あ、でもそういえば問題のテレビ局って、結局番組制作の方はどうなったの?」

年明けの特番に、ということはもう取材は終わっているということなのだろうか。
地元住民の反対にあっては、流石に制作を断念したのかーーーー。

「いますよ」
「ん?」
「ですから、今現在、彼らはすぐ隣の旅館に宿泊中です」
「!」

なぬ!?

思わぬ立ち上がり、すたたたたと部屋の窓へと駆け寄り、そこからかすかに見える隣の建物を指差す高瀬。

「隣って……まさかあそこ!?」

さっき通ったあれか!

「ええ、そうです。
番組出演者、スタッフと合わせて10余名が現在宿に宿泊しているという話ですよ」
「うわ……」

『諦めてなかったんかい!』とか、『まさかの今!?』とか、言いたいことはいろいろあるが、最早口からは「うわ」としか声が出ない。

「え~っと、お隣は確か比丘尼庵、だっけ。
結局なんだかんだで、自治体側が宿泊場所を用意してあげたって事?」
「いいえ」
「?」
「自治体側としては、勿論今でも撮影には反対しています。
自治体に与する旅館では撮影クルーの宿泊を許可しないように要請が回っていますし、実際に今僕たちが宿泊しているこちらの旅館は、一度番組側から直接宿泊予約を受け、それをあっさりお断わりした経緯があるそうで」
「なにげにこの旅館、元々はここら一体の地主が建てた場所らしくてな。
自治体側との繋がりはかなり深いらしいんだわ。
だからこそ逆に、自治体側の客人である俺達の事は熱烈歓迎、ってわけだな」
「はぁ……」

宿泊場所ひとつとっても、なんだかいろいろ厄介な話だ。
しかしだとすれば何故お隣は、番組スタッフの宿泊を許可したのだろうか。

「タカ子の疑問も最もですが、簡単に言ってしまえば、そもそも例の比丘尼塚の場所を動画撮影者に教えたのも隣の旅館の人間だったそうで」
「は!?」
「なにしろ堂々と旅館の名前に掲げちまってるくらいだからなぁ。教えても問題ないと軽く考えてたんだろうが…」

それが、結局は今回の一件を引き起こすきっかけとなってしまった。

「あの旅館自体は元々、バブル時代に廃業した旅館を買収して建てられたとある企業の保養所らしくてな。
バブルがはじけたあとは保養所として使われることがなくなり、破産。
今は経営者が代わって、そこから普通の旅館として営業してるそうなんだが、地元で古くから商売してる人間にとっちゃ、どのみち余所者って訳だ」
「……………なるほど」

田舎にありがちな閉鎖的な人間関係が、それだけでなんとなくわかる。

「んで、例の名前に関してなんだが………。
これが実は保養所時代は勿論、買収される前からそもそも変わってない」
「変わってない?」

買収後も以前の名前を使い続けたということだろうか。
普通はすべてリニューアルしたがるものだろうに、あえて以前の名を残すのも珍しい。

「そこら辺もまぁ、買収時の契約で色々とゴタゴタがあったみたいなんだが、今は長くなるからとりあえず割愛な」

「うむ」

よきにはからえ。

「話をまとめるとこういうわけだ。
元々よそ者な上に、今回の件で肩身の狭い思いをしていたお隣さんは、軽く地元住人からハブられてたらしくてな。
いっそそれなら首までどっぷり浸かってやろうと思ったのか、撮影隊からそれなりの見返りを受ける条件で、自治体の要請を無視し、独自に彼らの宿泊を許可したらしい」
「観光地としてのプライドよりも、目前の利益を優先したと言うことでしょう。
今回の件で受けた損失の大きさを考えれば、それも仕方のないことではありますね」

元々地元の人間ではないため土地に対する拘りもなく、開店休業状態の今、金を落としてくれる相手は誰であれ歓迎すべきというスタンスらしい。
―――正に来るもの拒まず。

「あっちも仕事だもんねぇ………」

死活問題なのは高瀬にも理解できる。

「ってことは下手したらどこかであっちの撮影班と鉢合わせする事もありうるって事?」

出演者も来ていると言う話だが、芸能人だろうか。
正直オカルト番組にはあまり興味がなくて、実情がよくわからない。

「それなんだけどな、タカ子」
「ん?」

誰がMCなんだろ~と、呑気に考えていた高瀬。
改まった口調の賢治に首を傾げれば、その口から零れたのは、思わぬ言葉。

「今あっちに、ゲンゴロウが来てるぞ」
「………………ゲンゴロウ?」

え、虫の?と思った高瀬は悪くない。
その呼び名に何か引っ掛かるものはあるのだが、はて。

「だから言ったでしょう賢治。
タカ子はアイツの事なんてすっかり忘れていると」
「いやいや、名前を思い出せないだけだろ。
いくらタカ子の脳みそが小さくとも、アイツの事くらいは……………」

んんん??

アイツ、ということは人間。
しかも3人共通の知り合いであるらしい。

 「アイツ、って………」

それ、誰の事?と。

問いかけようとしたその時。
部屋の前に、人の気配が。
直後ドンドンドンと戸を叩く音と共に聞こえてきたのは、どこか気の抜けた聞き覚えのない声。

『お~い、いるんだろ?』
「…………………お客さん?」

これはあれか、噂をすれば影。
ということは、二人のどちらかが呼び出した人物のはずなのだが、なぜか二人とも動こうとしない。

そうこうしているうちに扉を叩く音が止み、奇妙なやり取りが漏れ聞こえてくる。

『んあ?なんだこの幼女……。
アイツに似てるような…………はっ!まさかアイツ、もう子持ちなのか!?』

ん…………?

『おいおい聞いてねぇぞ………。
つかなんだそのネズミ?やけに丸々してるが……。
…………ネズミ、だよな?家で飼ってんのか?』

その会話にピンと来た。
姿が見えないから不思議には思っていたのだが、まさかここで満を持してご登場とは。

窓の近くに立ったままだった高瀬は、すぐさま部屋の入り口に向かうと、前触れもなくスタッと一気にそのの戸を開け放った。

ゴンッ!!!
「どわっ!!」

「あ」

何か固いものにぶつかった感触。
下をみれば、お坊さんのような格好をした若い男性が1人、恨めしそうにこちらを見上げている。
その横にいるのは案の定、ピ―ちゃん幼女ver。 
ハム太郎はと見れば、いつの間にか蹲った男性の肩に登り、登頂成功のピ―スサイン。

そして問題の男性は、部屋から出てきた高瀬の顔を確認するなりピシリと指を指して涙目のまま一言。

「及川、お前いつの間に子供産んだんだ!?」
「……………?』

今言うべきコメントは果して本当にそれでいいのか。
もっと他に云うことがあるだろうと思うが、ひとまず。

「…………………ドチラさま?」

ごめん、顔を見ても誰だか全然わかりませんでした。
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