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比丘尼塚伝説編~プロローグ~

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「う……う~ん」

ずっと、ゆらゆらと何かに揺られている。
気持ち悪い。
ちょっと吐きそうかもしれない。

「おい竜児。なんかタカ子が魘されてないか?」
「僕の腕の中にいるんですよ?そんなはずはありません」
「いやいや、魘されてるって。
つか、いい加減腕から離してゆっくり寝せてやったらどうだ」
「嫌ですね。断固拒否します。
タカ子は僕の腕の中にいるのが一番安心なんですよ。
ーーーーーねぇ、タカ子?」

すぐそばでやたらと聴き慣れた声が聞こえてくる気もするのだが……声は聞こえても意味は理解できない。
う~。しかし眠い、そして気持ち悪。

「う~……むぅ……」
「ほら、本人だってちゃんと頷いてますよ」
「いや、それお前の声に反応して魘されてるだけだろ。
つか起きてたら絶対本人は不本意だと思うし」
「なんて酷いことを言うんですか、君は」
「ただの正論じゃね?」

ーーーーーそうだ、もっと言ってやれ。

覚醒した高瀬であればきっとそう言ったに違いないセリフを真顔で吐いた賢治は、はぁと溜息を吐き、一向に改善する余地のない竜児の態度に匙を投げた。
ポンポンと頭の上になにかが載せられる気配がして、高瀬は「ん…」と小さく口を開く。

「一応俺は止めたぞタカ子?聞く耳がなかったのはそこの魔王さまだからな?」
「う……みぁ」
「あ~あ、拾われてきた子猫みたいになっちゃって。
早く起きないと、悪い奴に拾われて拉致監禁、飼い殺し一直線だぞ?
いいのかぁ?おーい、タカ子ぉ?」

ツンツン、とほっぺをつつかれ、「うー……」と不服そうな声が唇から漏れる。

何を言っているのかは相変わらず耳に入ってこない。
入っては来ないが、なんだかそろそろ目を覚まさないとまずいような予感はしてきた。

「せっかく寝ているんですから起こすのはやめなさい賢治」
「それ起きると嫌がられるからだろ。つか拉致監禁に関しては反論しないのな」
「ーーーお生憎様ですが、それができることならとっくの昔にやっています。
できないから現状は放し飼いで済ませているんでしょう」

竜児にしてはどこか煮え切らないその言葉に、ふっと笑う気配。

「ただ単に嫌われるのが嫌なだけだろ」
「なら君は耐えられるのですか?タカ子から蛇蝎のごとく嫌われて近くに寄るなと言われたら」
「無理」
「僕もそうなったらもはや有無を言わさず監禁一直線だと思っています」
「………気持ちはわかったから、マジでやるのはやめとけよ?さすがにタカ子が泣くから」
「わかっています。だから現状では無理だという話でしょう」
「……寝た子は起こすべきじゃないってことだな」

ーーーんん?
なんだかわからないが、それは自分の話だろうかと高瀬はぼんやり考えた。
そして思う。

嫌いって何?彼等を嫌いになんてなるはずがないのに、一体何を心配しているのだろう?と。

やっぱりこれ、速く目を覚ましたほうがいいな。

うう…。

「ーーーーでも本人が寝ているうちに拉致してくんのは反則だろ」
「では、一週間もの間タカ子を一人で放置しろと?
それに僕が迎えに行ったとき、タカ子は泣いて縋り付いてきたんですよ?君も見たでしょう」
「ありゃ単に悪い夢を見て魘されてただけだろ。
確かに一人にすんのは心配だが、今はいろいろあるだろ?盗聴アプリとか、盗撮アプリとか、お得意のGPSとか」
「ーーーーそれは僕ではなく君の十八番でしょう。
そもそもなにか危険に会った時、僕自身が直ぐに駆けつけられる場所にいないのでは意味がありません」
「まぁそりゃそうなんだがなぁ」
「そもそも強く反対しなかった段階で君も共犯です。第一僕と君の二人旅など、一体どこの誰に得があるというんです」

癒しがなければやっていられないとぼやく竜児に「まぁ確かにな」とようやく同意する賢治。
いやいや、そこ同意しちゃダメだって。
納得しちゃ駄目な所で納得しちゃうのがさすがの幼馴染クオリティ。

「うぅ…盗聴アプ……リ……?」

…………って何。

なんか今、ものすごく不穏な単語を耳にした気がする。
マジでこりゃやばいと目をゴシゴシとこすりながらなんとか覚醒すれば、真上にあったのは眉目秀麗氷の美貌の竜児の微笑み。

「ーーーーーー目が覚めましたか?タカ子」
「どこから聞いてたんだ?狸寝入りなんて悪い子だな~タカ子」

ツン、と賢治が額をつついてくるが、まてまて。

「え、ここどこ」
「旅館の送迎バス」
「!?バス???」

当たり前のようにしれっと言われた答えに慌てて飛び起きようとする高瀬。
絡み付いてくる竜児の腕をえいと撥ね退け辺りを見回せば、そこは確かにどこかの車内。
ワゴン車を改造して作られた少人数の乗合バスのようなものらしいが、高瀬たち以外には乗客は誰もいない。

「……え、なにここ?」

窓の外に張り付いて外の景色を見れば、そこにあったのはどこか古びた温泉街。
しかも外にはチラホラと雪が舞っており、近くの山陰には真っ白。
明らかにどこかの地方風景。

おかしい。
自分は確か、部長たちと分かれて自室で寝ていたはずなのに。
なんか変な夢を見て、目覚める間際に誰かの声が聞こえてーーーーーーー。

そこまで考えて、ふと真正面にある竜児の顔を見上げる高瀬。
ちなみに今持って竜児の膝の上に抱え込まれているような状態なのだが、もはやそんなことを気にしている場合ではない。

「あ」

思い出した。


「ほらタカ子、もうすぐ宿に着くぞ~?
今はどこの旅館もだいたい閉鎖中だからな。道も地元住民以外には封鎖されてるから、迎えに来て貰わない限り外から中に入ることはできないんだ」
「ですが移動の足がないというのは不便ですね。
どこかで手配できないか確認しておかないと……」
「それはまぁあっちで考えればいいだろ。慣れない雪道を下手に走って事故んのも面倒だしな」

当たり前のように頭上に飛び交う会話。
旅館、宿、閉鎖。
そうだ、あの時。

「………なんか、仕事で地方出張に行くから付いてこいとかなんとか……」

あの日、悪夢から目覚めてすぐ、そこにあった竜児の顔に安堵してそのまままた眠ってしまったのだが、その時そんな話を聞かされたような気がする。

「一度君の顔を見てから出かけようと思ったのですが、やはり心配で置いてはいけないので、君も一緒に連れて行くことにしました。構わないですよね?」とか、いい笑顔で話しているのに、半分寝ぼけながら適当に「う~ん、うん?」とか返事をしたようなしないような。

と、いうことはだ。

「……ってか旅館!?え、本当にここどこ!?旅支度なんて全然してなかったんだけど!?」

ようやく覚醒してきた頭でこの事態を把握し、焦る高瀬。
もはや色々手遅れであることは言うまでもない。

「僕に手抜かりがあるはず無いでしょう。
タカ子の荷物は着替えから何から一式、先に全部用意してありますか問題ありません」
「いやだからそれそもそも確信犯」

あの後すぐここに連れてこられたのだとしたら、この行動は初めから計画していたとしか思えない。
始めから連れていく気マンマンだっただろうと指摘すれば、しれっとした顔で「備えあれば憂いなしですよ」と嘯く竜児。

「ま、詳しい話は着いてからまたな。
どうせろくな話も聞かされずに拉致られてきたんだろうから、飯でも食いながらゆっくり話そうぜ」
「このあたりは炉端料理、という囲炉裏焼きが名物だそうですよ」
「炉端焼き……」

料理名を聞くととたんにお腹がすいてくるのは悲しい性。
だが、次の言葉を聞いて高瀬は驚いた。

「時間的にも丁度お昼になるし、ちょうどいいな」
「ここまで来るのに思ったよりも時間がかかりましたね」
「ーーーーーーーお昼!?」

いつの間にそんな時間に。

ハッ。

「………朝ごはん、食べ逃した!!」
「この状況でそんな言葉が出てくるのがもう、タカ子らしさだよなぁ」

よしよし、と頭を撫でられ、その腕に抗議を込めて「あぐっ」と噛み付けば、「やめなさい、悪い菌が口に入りますよ」とナチュラルに賢治をウィルス扱いする竜児。

「タカ子らしさというよりは、単なる現実逃避でしょう。
詳しい話はまた後で説明しますが、現在僕らとある依頼を受けて、この土地にやってきました。
依頼の遂行には数日かかる予定ですが、その間タカ子を一人にするのは不安でしたし、いざと言う時は君に力を借りることも有りうる依頼でしたので、どうせならはじめから一緒に連れてきてしまえ、と」
「拉致決行、ってわけだ。
ちなみにタカ子を家から連れ出したのは俺」

にこやかに自分を指さす賢治のその指をぐいと曲げてやれば、「あはは、痛いぞタカ子」と全く反省のない声。
つまり昨日の夜、竜児だけでなく賢治も共に高瀬宅に訪れていたというわけだ。

「俺はちゃんとタカ子を起こして今回の件を説明するべきだって言ったんだぜ?」
「折角安心して眠りに就いたタカ子をもう一度起こすなんて、お前は鬼畜ですか」
「いや黙って拉致ってくる方が鬼畜だろ」
「ーーーーー言ってることは正論だけど手を貸してる時点で共犯だから」


幼馴染二人の不毛な言い合いをバッサリと切り捨て、はぁと溜息を付く高瀬。
なんだかよくわからないが、既に後戻りができる状況でないことだけはよくわかった。

「詳しい話はちゃんと聞かせてよ」

むっと口を尖らせて言えば、「勿論」という軽い返事。
できればこんな急ではなくちゃんと説明して欲しかったとは思うものの、いまさら言っても遅い。
急にこんなことになったのも、裏にはなにかしらの理由があるのだろう。
その理由を素直に話すとも思えなかったが、少なくとも適当な説明くらいは考えてあるはず。
まずはそれを聞いてから自分なりに考えをまとめてよう。

ーーーーとりあえず、お腹すいたし。

無意識にお腹を押さえれば、くぅという抗議らしき音を立て腹が鳴った。

「よし、んじゃ腹が減っては戦ができぬというし、まずは腹ごしらえ、な?」

もうすぐそこだぜ、といった賢治の指先に見えたのは、一件の立派な旅館。


比丘尼びくに……あん?」

…………比丘尼?
看板に書かれた名を読み上げた瞬間、なぜか湧き上がったのは、底知れぬ不快感。

「ん……?」

自分でもよくわからないが、なんだかちょっと気分が悪い。
折角これから食事だというのに。

わけのわからぬ不快感に頭を悩ませていた高瀬だが、バスは問題の旅館をあっという間に通り過ぎ、その先へ。

「……ん?」

立派な旅館の影に隠れるように建っていたのは、旅館というより民宿というのがふさわしいような、古びた和風建築。
入口に飾られた「炉端焼きあります」という上りがぴらぴらとたなびき、一見ただの蕎麦屋か何かのようにも見える。

バスがその場所で止まった。
賢治が荷物を肩にかけ、看板の文字を確認し、にやりと笑った。

雛子ひなご館。間違いない、ここだな」
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