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疑惑の診断書。

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1月7日、年明け最初の出勤日。

「インフルエンザ?高瀬君が?」

総務部から転送されてきた問題のメールに、驚いたように声を上げたのは相原。
出勤直後、話は総務の人間から聞かされてはいたが、自らのデスクで確認したそれは、今まで病欠一つしたことのない高瀬の、初めての病による欠勤願いだった。
しかもわざわざ、総務に直接インフルエンザであるという診断書を送りつける無駄のなさ。

「しかもここ、私立の大きな病院じゃないか。高瀬君の家からは遠いはずなのに……」

スマホに添付されてきたデータをじっくり見つめながらひとしきり唸る。

「この準備の良さといい……確実に高瀬君だけで行動してるわけじゃないな」

高瀬だけだとしたら、わざわざこんなものを送りつけてメールで病欠を知らせるなんて事務的は真似は絶対にしない。
そもそも具合が悪いのなら、自分なり谷崎なりに電話一本かけてくれればよかったのだ。
インフルエンザといえば、高熱を引き起こす恐ろしい病だ。
感染する可能性を考えて遠慮した、という事も考えられるが、それにしたって水臭い。
それをしなかったということはつまりーーーーー彼女には、自分達以外に誰か頼れる人間がいたということ。
そしてその顔は、直ぐに思い浮かぶだけで二つ。

「……この文面から言って、メールを送ってきたのは例の弁護士くんだろうなぁ」

要件だけ簡潔にまとめられた文章は、いつもの高瀬から送られてくるガヤガヤとしたメールの文面とは一線を画している。
それは高瀬が自力でメールを送ることもできない状況にあるということなのか、それとも。

今確実に高瀬の側に張り付いているであろう「誰かさん」を思い、苦々しく口元を歪める主任。

大抵どこの会社でも同じだが、御多分に漏れずここでもやはり、ウィルスの拡散を防ぐためにウィルス性の病を発症した場合には、約一週間ほどの出勤停止処分が下されるようになっている。

診断書の日付は昨日、1月6日。
つまり高瀬は月曜日から始まった今週一週間まるまる欠勤することが決定したわけだが、おまけに来週の月曜日は祝日の三連休。
少々タイミングが良すぎるような気がしないでもない。

「謀られたか?」

胡散臭げに診断書の画面を指ではじく相原。
一般人であれば診断書を偽造してまで欠勤するとは考えにくいが、高瀬の後ろにはあの弁護士がついている。
診断書の一枚や二枚偽造することは容易く、その真偽を見分けることは困難を極めるだろう。

「とりあえず中塚君たちにも確認だな。
確か翌日は3人で出かけるとか言ってたし……」

その時から既に具合が悪そうにしていたのか、それとも。

「ーーーーーーどうした?」
「谷崎!」

眉間に皺を寄せる相原の姿を目にし、自室へやってきた谷崎の顔色が変わった。
いつもなら出迎えるはずの高瀬の姿がないことにも直ぐに気づいたのだろう。

「彼女はどうした」
「………今からメールを転送するから、確認しろよ」
「……メール?」
「インフルエンザだってさ。バッチリ診断書付きで」

二度手間になるのがめんどうだったのか、送られてきたメールを谷崎宛に返送する相原。
直ぐにパソコンを開き、文面を確認する谷崎の表情がみるみる険しくなっていく。


「ーーーーー誰の仕業だ?」
「やっぱりそう思う?高瀬君らしくないよねぇ」

インフルエンザにかかるかからないはともかく、今回の対応はあまりにらしくない。


「なにか事情が有って休むっていうのなら、俺達だけにでも説明してくれればいいんだけど……」
「ーーーーーー話すつもりはない、ということだろうな」

送りつけてきた診断書はあちらからの無言の圧力にほかならない。
普通の病ならともかく、感染性のウィルスでは見舞いに行く事も出来ないし、電話も繋がらない今、高瀬の現状を知る手段はほとんどない。

「多分だけど、スマホも今高瀬君の手元にはないんじゃないかなぁ」

彼らの想像する「誰かさん」が彼女の側にいるのならば、取り上げられている可能性は充分高い。
だが問題は、なぜそこまでする必要があったのか、ということだ。

年明けに会った彼女には特に何の異常も見られなかったし、具合の悪そうな様子もなかった。

なのに、翌日には既に連絡は普通。
何かがあったとしか考えられない。

「ーーーー念の為、中塚君たちにも確認してみようか。
高瀬君から連絡が来ていないかと、正月一緒に出かけるんだって喜んでたから、その時の様子はどうだったか」

未だメールの画面を見つめたままの谷崎を横目に、電話に手を伸ばす谷崎。
かけるのは勿論中塚のデスクの内線番号だ。
相手には直ぐにつながったので、こちらの部屋まで来てくれるように依頼する。
声の様子に変わったところはなかったが、果たして高瀬が欠勤していることに気づいてるのかどうか。

「なんだか嫌な予感がするのは俺だけかな」

ポツリとつぶやいた相原の台詞に、返す声はない。

高瀬のいない室内は、こんなに寂しいものだっただろうか、と。
今更ながらにその存在の大きさを感じつつ、それぞれの仕事に取り掛かりながら、中塚の訪れを待つ二人であった。
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