上 下
273 / 290

オヤジはゴロツキで十分です。

しおりを挟む
「はい、ストップ」
「むごっ!?」

確保!と叫んで飛び出した高瀬の襟首を容赦なく掴んだ主任。
なんで止めるんですか、と抗議をしようと開いた口に再び林檎飴が突っ込まれ、うぐぐとひとり唸る。

「あ、あの……?」
「ん?」

その様子を困惑の瞳で見つめていた女性が、恐る恐ると行った様子で声を掛ける。

「もしかして、あの人がお二人に迷惑をかけましたか……?」

あの人、と言いながら見るのは、先程高瀬から「ごろつき」呼ばわりされた例の男。
主任としては初お目見えなわけだが、こうして見るとなかなか胡散臭い。

「おいみゃぁこ!なんでそいつらといるんだ!?ついでにそこのお嬢、おれはゴロツキじゃねぇ」

憤慨した様子でこちらに向かってくる男。

「つかお嬢、お前さん何人男を捕まえてんだ?この間とは別のやつだな。
さすがはヒメガミ、人間の男をたぶらかすくらい容易いってわけか」
「むご!!」

なんだか不名誉な誤解を受けた予感に声をあげようとする高瀬だが、突っ込まれた林檎が邪魔でまともな会話が成立しない。

そうこうしている間にすぐ目の前にまでやってきた男ーーーー頼我。

「おっさん、二人に何をしたの?」
「あ?そりゃお互い様ってやつだろ?こっちだって迷惑を被ったわけだし」

な?と当たり前の既知の態度で水を向けられても、同意は致し兼ねる。

「つか、せっかく名刺までやったのに連絡はしてこねぇしよぉ。そのうちこっちから出向いてやろうとは思ってたんだが、手間が省けたな」
「え?」
「ほら、新しい友達ができるぞって話をしてたろ?これだこれ、そこの嬢ちゃん」
「………なんとなくわかったわ」

みゃぁこ、とよばれた女性は、呑気に高瀬を指差す頼我と、その先で憤懣やるかたなくもごもご叫んでいる高瀬とを見比べ、一瞬にして事情を察したようだ。
高瀬たち二人に向かい、その場で深々と頭を下げ、一言。

「ごめんなさい!!!」
「???」

高瀬たちとしてみれば、なぜこの女性から謝られるのかがさっぱり理解できない。

「この人、仕事の事と私の事、この二つの話になると人の迷惑何一つ考えない所があるから……」
「だからみゃぁこ、そりゃお互い様だって……」

こっちも横から首を突っ込まれた挙句に引っ掻き回された被害者だから、と平然と言ってのける頼我。

「なぁ、嬢ちゃんからも言ってやってくれよ。俺はちゃんと仕事をしただけだって」

終いにはこちらに同意を求める頼我に、ようやく口の中から林檎飴を排除した高瀬はきっぱり一言。

「ゴロツキのおっさんを擁護する義務はない」
「いや、だからごろつきじゃねぇし」

嬢ちゃんが言いてぇのは”御霊憑き”だろ?と自ら律儀に訂正する頼我は案外細かい。
高瀬としてはそんな禍々しい名前よりはむしろごろつきの方がマシだと思うのだが。

そうこうしている間にも、当たり前の様子で女性の後ろに立った頼我は、「ほらみゃあこ、いつまでもこんなところにいたら風邪引くぞ」自らの着ていたコートの前をあけ、彼女を包み込むようにすっぽりと後ろから抱き込む。
そして女性の手を取り、ふぅ、と息を吹きかける頼我。

「ちょ……そんなことより話を……!」
「まだダメだ。冷たくなってんじゃねぇか」
「もう……!!」

文句を言いながらも、顔を赤くし上目遣いに頼我を見上げる女性。
そのほっぺにちゅっとキスを落としながら、いかにもデレデレとした顔の頼我。

おひとり様と思しき通りすがりの見知らぬ参拝客が、「ちっ」と舌打ちしながら羨ましげに彼らをチラ見しているが、気持ちは高瀬にもよくわかる。

なんだこの、ここだけ空気が違うあまーい雰囲気は。


「主任、ちょっと今すぐどこかで『あまーーーーい!』って砂を吐いてきていいですか」
「それよりもほら、俺達もあれやってみる?」
「私と主任だと二人羽織にしか見えないと思うので却下です」

ロマンスと演芸、この激しい両者の差はなんだろう。
なんだかよくわからないけれど、すっかり気が削がれてしまった。

「………撤退しましょう、主任」
「俺も今それを言おうとしていたところだよ」

胡散臭いおっさんをここで確保しようと思ったが、いかにも性格のよさそうなこの美女を巻き添えにするわけにはいかない。

このおっさん関係でなければ喜んでお友達に立候補するところなんだけど、と内心思いつつ、あたりを見渡し逃走経路を練る。

「ほら、ちょうど今こっち見てないし、あっちの人ごみに巻きれれば直ぐに探せなくなるよ」
「ですね」

ゴールでは部長が待っているし、さっさと帰ろう。
戦利品のお土産もたくさんあることだし。

そして今、神は高瀬に味方した。

「こら……待ちなさい…!!」
「えーーーママ!!早くこっち!!」

ちょどいいタイミングで、道の真ん中を占拠していた彼らの間を、一人の子供たちが笑いながら走り抜けていく。
母親らしき女性は割り込むタイミングを測りかね困っていたようだが、子供にはそんなものは関係ない。

「ママ、早く!!」

こっちこっち、と手招きをする子供に続き、申し訳なさそうな顔をしながらも間を割って入る母親。

食べかけの林檎飴を指揮棒のようにびしっと掲げ、「今です主任っ」と小声で声を掛ける高瀬。
無言で頷いた主任と、いま互いの心は一つだった。


抜き足差し足、トンズラホイーーーーー!!


「……ちょ!!待ってください、お願いっ!!こら離しておっさんっ!あの、ちょっと……!!」

それに当然気づいた女性が慌てて頼我を押しのけ、声を掛けるが、あいにく待てと言われて待つ人間は少ない。

己の腕の中に抱え込んだ女性に頬擦りをする気色の悪いオヤジは、にやりと笑ってこちらを見ていたが、どうやら引き止めるつもりはないようだ。

「またな」と、その口元が動いた気がするが、それは気のせいだったと思いたい。

そうして二人は逃げ出しーーーーーー、車の中で待ち構えていた部長に、「何をやってたんだ、お前たちは」と心底呆れらながら、年明け最初のトラブルをなんとかやり過ごしたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

縦ロールをやめたら愛されました。

えんどう
恋愛
 縦ロールは令嬢の命!!と頑なにその髪型を守ってきた公爵令嬢のシャルロット。 「お前を愛することはない。これは政略結婚だ、余計なものを求めてくれるな」 ──そう言っていた婚約者が結婚して縦ロールをやめた途端に急に甘ったるい視線を向けて愛を囁くようになったのは何故? これは私の友人がゴスロリやめて清楚系に走った途端にモテ始めた話に基づくような基づかないような。 追記:3.21 忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

喧嘩の後の塩彼氏

moco
恋愛
陽菜(ひな)の恋人の唯人(ゆいと)は普段から仕事一番の塩彼氏。でもそんな彼の持つ温かくて優しい一面をよく知る陽菜は幸せな毎日を送っていたはずなのに、友達の一言がきっかけで、小さな不満をぶつけてしまい唯人と些細なことで喧嘩をしてしまう。本当は想いあっている二人の小さなすれ違いから始まる甘い夜。

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師としていざという時の為に自立を目指します〜

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
恋愛
政略結婚の夫との冷えきった関係。義母は私が気に入らないらしく、しきりに夫に私と別れて再婚するようほのめかしてくる。 それを否定もしない夫。伯爵夫人の地位を狙って夫をあからさまに誘惑するメイドたち。私の心は限界だった。 なんとか自立するために仕事を始めようとするけれど、夫は自分の仕事につながる社交以外を認めてくれない。 そんな時に出会った画材工房で、私は絵を描く喜びに目覚めた。 そして気付いたのだ。今貴族女性でもつくことの出来る数少ない仕事のひとつである、魔法絵師としての力が私にあることに。 このまま絵を描き続けて、いざという時の為に自立しよう! そう思っていた矢先、高価な魔石の粉末入りの絵の具を夫に捨てられてしまう。 絶望した私は、初めて夫に反抗した。 私の態度に驚いた夫だったけれど、私が絵を描く姿を見てから、なんだか夫の様子が変わってきて……? そして新たに私の前に現れた5人の男性。 宮廷に出入りする化粧師。 新進気鋭の若手魔法絵師。 王弟の子息の魔塔の賢者。 工房長の孫の絵の具職人。 引退した元第一騎士団長。 何故か彼らに口説かれだした私。 このまま自立?再構築? どちらにしても私、一人でも生きていけるように変わりたい! コメントの人気投票で、どのヒーローと結ばれるかが変わるかも?

処理中です...