上 下
251 / 290

仕組まれた呪い。

しおりを挟む
食われる?ぶちょ―(疑惑)に?

思っても見なかった忠告に戸惑いつつ、目の前にある太い前足をなんとなく撫でる。

もふもふ。

しょうがないな、という顔をしながらこちらを見下ろす巨体に、どうしたら危機感など抱けるのだろうか。
むしろこちらが保護されてる感が半端ない。

竜児の言った台詞ではないが、子熊にでもなった気分です。

しかし名前か。
ぶちょ―、っていうのはやっぱり駄目だよなぁ。

流石にこの狼が部長本人だと思っている訳ではないのだが、妙にしっくり来るのは否めない。

「名前ならありますよ」
「え?」

しれっと答える竜児を思わず二度見したが、その表情は全くと言っていいほど変わらない。

「なんだ隠し名か。見た目によらず用心深いな、嬢ちゃん」
「……隠し名」

いや、隠すもなにも名前があるっていうのも初耳なんですが。
竜児は勝手なことを言っているし、龍一は龍一で何をしているのか視界にはいないしーーーー。

「どうですかぶちょ―(未定)」
『?』


―――わからないそうです。
ですよね!

「いくら部長に似てるからって、相談相手にまではなってくれないよなぁ」

がっくりと肩を落とし、どうしようかと考える。
やはり聞くならこの場合竜児だろう。
でも、竜児の事だから男を騙すために適当な嘘を言っている、ということも十分にありえる。
だとしたらこの場で竜児を問い詰めるのは得策ではないだろう。
とりあえず、話を流しておくか。

なんかいい感じに勘違いしてくれたみたいだし。

うんうん、と頭の中を整理し終えたところで再び、「ほら、なにもしねぇって」と言いながら謎の玉を要求し始める男。

見せるかどうするか。
悩んでいるところに、ひょいと背後から突然現れた腕が素手のままにその玉をつまみ上げた。

「あ」
「ーーーーーーーこれは、呪物だな」
「あぁ、やっぱりか。お前さんところのお得意だろ?こういうの」
「ちょ!?」

取り上げた犯人は龍一。
その龍一の手元をごく自然な様子で覗き込んでいるのは男だ。

「いいの!?竜児!」

横から取り上げられたけど!と、ぴょんぴょん飛び跳ねながら文句を言えば、全く気にしていないどころか、「いいんじゃありませんか?餅は餅屋ですよ」と押し付ける気満々の竜児。

「ーーーーーー処分に困っただけとかいう?」
「それもありますね」

絶対そっちが本音だな、と高瀬は確信した。

「でも、呪物……って?」
「ーーーーー文字通り、呪いに使う道具だ」
「道具……」

なんでそんなものがお坊さんから出てくるんだ。

「まさかこれを手に入れる為に依頼を受けたのか……?」
「ありうるなぁ。どこでこんなもんを知るんだかわからねぇが、あいつのこった」

何とも言えない苦々しい表情で珠を見下ろす龍一と、どこかスッキリした様子の男。

「これはな、嬢ちゃん。
人間の負の感情を増幅させて魂の核とすることができるんだ。
つまり、悪霊を育てるための器だな」
「悪霊を、育てる………?
って、それもしかしてさっき言ってた不比等って人の仕業……!?」

なんてことをしてくれるんだ、と憤慨仕掛けた高瀬。
だが。

「あぁ、違う違う。確かにあいつも相当性質の悪い奴だが、こいつはもっと古い時代の代物だ」

なにげにやりそうな人間であることは肯定しつつも、これは違う、と。

「ーーーー古い時代」

それがいつなのかはわからないが、ニュアンス的なものを考えればなんとなく言いたいことの想像はつく。
ってことは、なにか。

「このお坊さん、始めから誰かに騙されてた……?」
「……ま、そういうことになるだろうな。
いつの段階で仕込まれたもんだがわからんが、即身仏の成り立ちから言って、死後に与えられた物ってわけじゃない」
「―――失敗するのを見越してた?」
「もしくは、初めから故意に失敗させられたか、だな。
そのあたりの事情を聞くにゃ、今更ちと遅いが」

そもそも話し合いなど出来る状態ではなかったのでそれは仕方ない、だが……。

「俺が言うのもなんだが、気の毒な坊主だよな、まったく」

憐れむような言葉を口にしながらも、男の口元にはうっすらとした微笑みが浮かぶ。

「少しも気の毒そうには見えませんね」
「ん?そうか?まぁ、結局は自業自得だからな」

自己責任、ってやつだろ、と容赦ないセリフを吐く男。

「そ、そうだ!!とにかく、さっきの僧侶がいなくなったってことは、呪いはとけたと思っていいってこと!?」
「あ?まぁ、大丈夫じゃねぇか?」
「ーーーーー軽い!」

本当に大丈夫!?と、ぐるりと首を曲げて龍一を見れば、渋い表情ながらも同意するように頷く。

「ーーーーーあぁなってしまえば、あれにはもはや意思はない。意思がなければ自ら人を呪うこともないだろう」
「……呪わない?」
「そんな感情自体がなくなってしまっているということだ」

含みは多分に感じるものの、どうやら呪い自体は解けているという解釈で間違いないらしい。
だとしたら、高瀬としては一応の目的を達したことになる。

ーーーーーーなぁんか、いろいろ気になるけど……。

とりあえず、今しなくてはならないことは二人の安否確認だ。
竜児を急かし、主任へと電話をかけさせる。
これで二人が目を覚ましていれば一安心だ。

「んじゃ、これにてめでたく解散、だな?」

男は既に呪いが解けたことを確信しているようだが、確証が取れるまでは、まだ逃がすわけにはいかない。

「そういや名前」
「ん?隠し名を教えてくれるのか?」
「いや、狼の名前じゃなくて、おっさんの名前」

いい加減ここまで来たら名前くらい名乗って行くのが礼儀ではあるまいかと追求すれば、さらっと。

頼我らいがでいいぞ」
「……らいが?」
「我に頼れ、で頼我だな。かっこいいだろ?」

にやりと満面の笑みを浮かべる男ーーーーーもとい頼我のおっさん。

「芸名?」
「なんだよ芸って。本名に決まってんだろ?」
「おぉ……」

これまた、パンチの聞いた名前だ。
おっさんを頼る気には全くなれないが、偉そうな感じはそこはかとなく伝わって来る。

「なんなら嬢ちゃんには名刺もサービスしてやろうか?困ったことがあったら連絡してこいよ」
「いや現在進行形でむしろおっさんに困らされてるんですけど」
「おぉ、うまいこと言うな嬢ちゃん」
「そこは反省しろ」

普段はボケ担当の高瀬すら素で突っ込んだ。
このオヤジ、天然なのか天然を装った養殖なのか微妙である。

「ってか、結局その呪物を仕掛けた人は結局何がしたかったの?」

あと、なんでそんなにあっさり龍一と和解してんのかがものすごく気になるんですが。

「あぁ?」
「ーーー和解した覚えはないぞ」

二人で顔を突き合わせて仲良さげに見えたといえば、明らかに不服そうな龍一。
しかし男は満更でもない様子で、バンバンと龍一の背中を叩く。

「そうそう、和解和解!
どうやらお互いの目的も達したようだし、さっさと帰ろうぜ!」

な?といいながら、さりげなく龍一の手元から珠を奪いわ自らの懐へとしまい込む男。

「……おい!」
「どうせお前が持ってても処分に困る代物だろ?こっちで始末しといてやるよ」

飄々とした態度でそのままその場から去ろうとするが、そうは問屋が卸さない。

「それ、どうするの」
「ん?嬢ちゃんも興味あんのか?でもあんたにゃ必要ないだろ、これは」


ということは、だ。

「じゃあ、それを必要とするのは誰?」
「ん~。そうだなぁ。悪い奴、かな」

ーーーーーー悪い、やつ?

余計に意味がわからない。

んじゃな、と例のブツをネコババしたまま踵を返す頼我。

「ちょ、待った!!連絡先とかまだ貰ってないし!!あの美少女とお友達になって欲しいんでしょ!?」
「あ~、なるほど確かにそうだったな。俺の名刺もまだ渡せてねぇし。
ちょっとまってろよ?あぁ、どこにいったか………」

苦し紛れの高瀬の言葉に足を止め、そのままごそごそとポケットの中から名刺を探し始める頼我。

ーーーーーよし、足止め成功!

美少女という餌で頼我を釣りあげた高瀬は、龍一のそばにかけより、すぐさま緊急ミーティングを開始する。

「ねぇあれ!おっさんに渡して大丈夫なの!?」
「大丈夫なはずがない。あいつとあの男が組んでいるとするなら、恐らく今回の件はあの男があれを手に入れるために仕組んだ罠だ」
「罠!?」
「……どこの時点であれの存在に気づいたかはわからないが、知らなかったとは到底思えない」

悔しげな口調の龍一は、今回の黒幕に関して相当な屈託がある様子。

「……どう使うのかは知らないけど、まともな事じゃなさそうだね………」
「聞かないほうがいい。ーーーー不愉快になるだけだ」

決して関わるなよ、と念を押され、神妙に頷く高瀬。

「でも、今回のことは……?」
「呪いは解けたんだ。お前はこれ以上首を突っ込むな。
後は俺がしておく」
「……なんとかって……」

なんかいろいろ不安なんだけど、大丈夫だろうか。
満足そうな表情の頼我から距離を撮り、こそこそと話し合う二人。
なかなか電話がつながらないらしく、少し苛立った様子でスマホを握り締めていた竜児もそばに寄ってきたので、仲間に入れてそのまま三人で輪を作る。

その直後。

「ーーーーーもしもし?」

どうやら主任への電話がつながったらしい。
思わず聞き耳を立てる高瀬。

話の感じを聞くに、どうも何やらあちらはまだ慌ただしい様子だが、呪いが解けていないのだろうか?

「ねぇ、本当に大丈夫なの……?」

不安になって訪ねてれば、問題ないだろうという適当な答え。

「それよりお前、そいつをどうするつもりだ?」
「へ?」
「そのデカブツだよ。ーーーーーどこで手に入れたのか知らんが、本当に飼ってるのか?」
「あ」

『ガル………』

慌てて振り返った高瀬に対し、『ん?』といった様子で僅かに首をかしげる狼。

あまりの安定感にぶちょー(愛称です)の事をすっかり忘れてた!!
さすがぶちょー、巨体の割に存在感がナチュラルだ!!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

縦ロールをやめたら愛されました。

えんどう
恋愛
 縦ロールは令嬢の命!!と頑なにその髪型を守ってきた公爵令嬢のシャルロット。 「お前を愛することはない。これは政略結婚だ、余計なものを求めてくれるな」 ──そう言っていた婚約者が結婚して縦ロールをやめた途端に急に甘ったるい視線を向けて愛を囁くようになったのは何故? これは私の友人がゴスロリやめて清楚系に走った途端にモテ始めた話に基づくような基づかないような。 追記:3.21 忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

喧嘩の後の塩彼氏

moco
恋愛
陽菜(ひな)の恋人の唯人(ゆいと)は普段から仕事一番の塩彼氏。でもそんな彼の持つ温かくて優しい一面をよく知る陽菜は幸せな毎日を送っていたはずなのに、友達の一言がきっかけで、小さな不満をぶつけてしまい唯人と些細なことで喧嘩をしてしまう。本当は想いあっている二人の小さなすれ違いから始まる甘い夜。

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師としていざという時の為に自立を目指します〜

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
恋愛
政略結婚の夫との冷えきった関係。義母は私が気に入らないらしく、しきりに夫に私と別れて再婚するようほのめかしてくる。 それを否定もしない夫。伯爵夫人の地位を狙って夫をあからさまに誘惑するメイドたち。私の心は限界だった。 なんとか自立するために仕事を始めようとするけれど、夫は自分の仕事につながる社交以外を認めてくれない。 そんな時に出会った画材工房で、私は絵を描く喜びに目覚めた。 そして気付いたのだ。今貴族女性でもつくことの出来る数少ない仕事のひとつである、魔法絵師としての力が私にあることに。 このまま絵を描き続けて、いざという時の為に自立しよう! そう思っていた矢先、高価な魔石の粉末入りの絵の具を夫に捨てられてしまう。 絶望した私は、初めて夫に反抗した。 私の態度に驚いた夫だったけれど、私が絵を描く姿を見てから、なんだか夫の様子が変わってきて……? そして新たに私の前に現れた5人の男性。 宮廷に出入りする化粧師。 新進気鋭の若手魔法絵師。 王弟の子息の魔塔の賢者。 工房長の孫の絵の具職人。 引退した元第一騎士団長。 何故か彼らに口説かれだした私。 このまま自立?再構築? どちらにしても私、一人でも生きていけるように変わりたい! コメントの人気投票で、どのヒーローと結ばれるかが変わるかも?

処理中です...