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人を呪わば。

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ひょろりとした細長い手足に、白い肌。
パーカーのフードを目深に被り、顔立ちはあまり良く見えない。
だが。

「……子供?」

一見して、どう見ても大人とは思えない頼りなさを醸し出している。

とはいえ、高校生くらいにはなっているだろうか。
高校生を子供と言えるくらいには大人になったんだなぁとか妙な感慨を一瞬抱きつつ、なんでこんなところにそんな子が、と。

本気で疑問を感じていた高瀬は、この事件の鍵となる存在を、この時点ですっかり忘れていた。
呆れた顔の竜児に指摘される、その時まで。

「ーーーー以前一度顔写真を見せたでしょう。寺尾博司、寺尾家の息子ですよ」
「!あ、あぁ!!!!」

ーーーーマジか!!

こっそり耳打ちされ、思わず声を上げて指まで指してしまった。
それに反応することもなく、ただこちらにゆっくりと歩み寄る少年。
かすかに揺れる肩。
フードの下から覗く顔には、確かにどことなく寺尾老人の面影が見えたが、残念ながらその血色の悪さがすべてを台無しにしていた。

感想としては。

「めっちゃ不健康そうーーーー」
「引きこもりですからね。健康優良児な引きこもりなど逆に珍しいと思いますが」
「陽の光を浴びるって大事だねぇ……」

言葉は悪いが、全体的にもやしのようだと思う。

「ーーーーでも、なんで今あの子が?」
「どうやら僕らが思った以上に、あの子供はジョーカーだったようですね」
「ジョーカー」

頭の中で、奇妙な二股の帽子をかぶったピエロが皮肉げな笑みを浮かべている。
トランプで言えば最強の切り札。

「……何か、喋ってる?」

よく見れば、その口元がかすかに動いている。

「ーーーーー念仏だ」
「念仏?」

思わぬ言葉に、龍一を見上げる高瀬。

「お経ってこと?」
「ーーーーお前に分かりやすく言えばそうだな」
「なんでそんなもの……」


今時の子供がそんなものを諳んじられるとは到底思えない。
だとすれば、このタイミングで現れたことといい、答えはひとつ。

「ーーーーーまさか、とり憑かれてる?」

例の、僧侶に?

そこに思い当たった時。

リーン……。
リーン…。

「鈴……?」

どこからともなく聞こえてきたのは鈴の音。

「…始まったな」
「!!」

少年の登場からずっと沈黙を貫いていた男のどこか楽しげな声に、一体何がと思う暇すらなく。

「んにゃーーーーーー!!!」
「……ッチ!」


ズボリと、少年のすぐ目の前にあった地面が盛り上がり、そこから出てきたのはどこか黄ばんだ細いーーーーー明らかに人の腕とわかる、人骨。

「ほ、骨……!!」
きやがったか………」

目の前でとんでもない事態が起こっているというのに、全く動揺を見せず、じっと地面を見下ろす少年は、やはり正気とは思えない。

「ホネホネロック!?」
「確かに、蠢いている様子が踊っているようにも見えなくはありませんね」
「ーーーーお前たち正気か?」

この状況で抱く感想がそれか、と。
本気で呆れる龍一には悪いが、多少の現実逃避くらいさせて欲しい。
それくらい、現実味のない光景が目の前には広がっていた。

骨は地面をかき分けるように動き、少しずつ地面からその全体を露出させていく。
かつて生前に着ていた衣服なのだろう。
ボロボロの布切れのようなものが、やがて地面から引きずり出され、肩口までもが地上に顕現する。

何かを求めるように地上を彷徨う腕。

「な、何してるのあれ……」
「探してるんじゃねぇの?」
「…探してる?」

軽い口調でさらっと男が告げたのは恐ろしい台詞。

「そりゃ決まってるだろ?自分を裏切った男ーーーー今となっちゃその末裔を、だな」
「!!」
「ほら、もう頭が見えてきた。もうじき全部出てくるぞ」

見てみろよと男が指をさすが、とてもではないが直視できる光景ではない。
だが男の言うことが正しければ、あの白骨は地面から這い上がってきた後、憎むべき敵を求めて徘徊を始めるということになる。


それはかつて夢の中で見た光景とも酷似しーーーーーー。

そうだ、あの時は、と。
夢の中で起こった出来事を思い出し、それを共有する相手ーーーーつまりは龍一へと視線を交わす。
まさか。

思い当たった予想が正しいことを裏付けるかのように、それまで無表情にただ歩を進めていた少年が突如、彷徨う白骨の腕を前に膝をつき、頭を地面にこすりつけるようにして土下座を始めた。

念仏を唱えることを既にやめたのか、時折聞こえるのは、「許してくれろ」「堪忍してくれろ」というか細い声。

あぁ、やっぱり。

「あの子にとり憑いてるのって……」
「被害者じゃなく、加害者の方だったってわけだな」

先祖である、この事件の元凶とも言える男の霊。

「あちらはあちらで成仏できなかった、そういうことじゃないのか」
「………人を呪えば穴二つ?」
「お前にしてはまっとうなセリフだな、瀬津。だが正しくその通り」
「じゃあ、もしかして中塚先輩が言ってた儀式って……」

失われたという、鎮魂のための祀りごと。
それはもしや、祈りではなく。

「ーーーーー子々孫々、血族が絶えるまで未来永劫許しを請い続けなくてはならない定めということだな」

許してくれ、勘弁してくれ、と。
子孫の肉体を借り、どうか怒りを収めてくれと謝罪し続ける。

「因果応報ってやつだな」

目の前で起こっている光景をなんとも思っていないのか、飄々と口を開いた男。

「やったことの責任もなんもかんも子孫に押し付けて自分だけ成仏しようなんざ、そうは問屋は下ろさねぇってことだよ。
……惜しかったなぁ?今回のことがうまくいってりゃ、ようやく終わりに出来たかもしれねぇってのに」

高瀬にも、男の言っている言葉の意味は理解できた。
男の言う終りとは、祟りの終焉を意味するのではなく、完遂。
本懐を遂げ、憎い血筋を皆殺しにした時。
必死になって許しを請い、守ってきた己の一族が全て途絶えた時。
ようやく、彼らはこの負の輪廻から解放されるのだと。


「そんな……」


ーーーーいつまで、いつまで。

いつかそう鳴いたあの鳥。
あれは、遺棄された動物たちの死を嘆くものだけではなく、この事をも暗示していたのか。

『いつまで呪い続けねばならない』
『いつまで許しを乞わねばならない』
『いつまで、苦しみ続けねばならない』
『この輪廻はいつまで続けねばならないのかーーーーーーーー』


「さぁ、どうする?このまま黙って見ているだけか」

この哀れな魂を、一体どうすれば救ってやれるというのだろう。

高瀬が出せる答えは、ただ一つしか無かった。
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