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穢闇

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「口封じか。その意見には俺も賛成だが、そいつを殺すと後が面倒になるぞ」
『きゅ!』

背後から突然かけられた声に、高瀬は振り向いた。
この声は。
「ハムちゃん!?……っと龍一!!」
「……お前、俺を探しに来たんじゃなかったのか?」

なんでコイツの名前を先に呼ぶんだ、と肩口に座るハム太郎を睨み、不服げな龍一。

『きゅ』

さすがのハムちゃんも若干「大人げないなお前」みたいな顔をしてます。
まぁまぁ、いいじゃないかそこは。
しかしやはりハムちゃんは龍一を探しに行っていたらしい。
ちゃんと見つけて帰ってくるとは、やはりやれば出来る子。

「というか、思ったより随分元気そうだね?」

てっきり血反吐の一つも吐いているかと思ったのだが。

そう言えば「まともに動けるようになったのはついさっきだ」との事。
それ以上、何があったのかは口にしない龍一だが、その視線の先を追えば答えは簡単に想像がつく。

「ーーーーーーーーーハムちゃん?」
『きゅ?』

またやらかしたのか、万能ハムスターよ。
つぶらなお目目でこちらを見上げるハムちゃん。

「大したものだ。あの穢を全て浄化したか。見た目の割にゃ、随分優秀な使鬼だな」

言葉通り、感心しきりの目でハム太郎を見つめる男。

「使鬼……?」

式神とはまた何か違う名でハム太郎を呼んだ男は、上から下までじろじろと無遠慮にハム太郎を眺め、にこやかに言い放った。

「いいな、お前。うちのみゃぁこのペットにならないか?」
『きゅい!?』

いかにも物欲しげな視線を向けられ、飛び上がるハムちゃん。

「駄目だ」
「うちの子はあげません!!」
『きゅ~い!』

即座に拒絶した龍一、そして高らかに宣言した高瀬の元へと逃げもどるハム太郎。
ウェルカムの姿勢で待ち構えていた高瀬だが、ハム太郎はなぜか高瀬ではなく高瀬を抱く竜児へと媚を売る。
ほっぺにスリスリ、そして上目遣いに「僕を捨てませんよね?」と必死にアピール。

「ーーーー調教した甲斐高いがありましたね」
「ただ単に捨てられそうな気配を察しただけだと思うけど」

先ほどお断りの文句を口にしなかったのは竜児だけだ。

「僕がこれを他人に譲るわけがないでしょう。これはもはやタカ子の一部なんですから。
これの権利は当然僕にあります」
『きゅ~』

よかった~と言わんばかりのハム太郎。
でもハムちゃんよ。
よく考えろ。それで本当にいいのか。いつの間にか所有物扱いされてますよ!!


「というかハムちゃんは私の霊力を餌がわりにしてるからペットにするのは無理でしょ」
「なら嬢ちゃんも一緒にくればいい話だろ?みゃぁこが喜ぶ」
「ノーサンキューです」
『きゅい』
二人そろってぺこりと頭を下げ、お断りを告げる。

「いいペットが見つかったと思ったんだがなぁ……」
「他をあたってください」
「他にもいるのか?ならそっちでもいいぞ」
「うちの子はみんな非売品です!」
「ちっ」

残念そうに舌打し、いまだ諦めきれない様子の男。

みゃぁあこ、と。
その名前を呼ぶときだけほんの少し崩れる男の表情。
よっぽど可愛がってるんだろうなぁというのが十分に読み取れる。
そこでひとつため息を吐く高瀬。

「あのね。おじさん。
あんな可愛い彼女がいるんだから、こんな外道みたいな呪いと関わっちゃダメでしょ?
人を呪わば穴二つって知ってる?」

呪いや穢れというものは、受けた本人ばかりに影響が及ぶとは限らない。
身内や友人、愛する人にその被害が及ぶ場合もあるのだ。

「みゃぁこの心配をしてるのか?」
「そりゃそうでしょ。美少女は国の宝です」

きっぱりと言い切れば男が一気に相好を崩した。

「そうだよ、そうなんだよ!みゃぁこはまさに宝だよな!!」
「イエス!!」

こんな場合だが意気投合!!
歩み寄ってきた男が感極まった様子で高瀬の手をつかもうとするが、それは竜児と龍一の二人によって阻止された。

「いいなぁ嬢ちゃん、やっぱりあんたはいい。
ぜひ持ち帰ってやりたいだが……」
「残念ながらテイクアウトは致しかねます」

そこは丁重にお断りする。

「眩しいな、嬢ちゃんは」
「……?」

二人に庇われ、後ろに隠されている状態の高瀬へと羨望とも憎しみとも取れる視線を送る男。

「ーーーーーー本気で欲しくなってきた」

その言葉に、ぞっと背筋に冷たいものが走った。
足元から、なにか真っ黒なものが這い上がるような嫌悪感。
そして男の背後に視線をやった瞬間、高瀬が思い切りすくみあがった。

「!!」
「瀬津!!」

抱き抱えている竜児のことなど眼中になく、高瀬に与えた名を呼び、懐から取り出した札を男へと向ける龍一。

「なに、それ………!?」
「ーーーー穢闇えやみだ」

こればっかりは嬢ちゃんにも浄化はできねぇし、させもしねぇ、と。
笑う男の背後に浮かぶのは、無数の手。
男の背後にだけ広がる濃厚な闇の中から、男を地獄へと引きずり込もうとしているような真っ白な手が何本も何本も、こちらに向かって伸びていた。

「安心しろよ。こいつが狙ってんのは俺だ」

その言葉通り、腕は男の周囲を漂うのみでこちらに何かを仕掛けてくるような素振りを見せない。
それはいっそ、炎に群がる葉虫の大群にも似た異様な光景で。
だが、その腕よりも何よりも異常なのは、男の表情だ。
とんでもないものに取り囲まれているというのに、その表情は穏やかでどこか嬉しそうにさえ見え。


「ーーーータカ子、いざという時は先に本体に戻れますか」
「コツは掴んだからーーーーー多分竜児を連れてでも移動できるとは思う」
「上出来です」


龍一はーーーーーーーなんか思ったより元気そうだし、そもそもこの男とも面識がありそうだから、命までは取られないだろう。

「でも竜児、ここで引いたら二人がーーーーー」

中塚先輩と矢部先輩、二人を救えなくなってしまう。

「戦略的撤退という言葉があるでしょう。あの男の存在はあまりに得体が知れない」
「ーーーそれは……」

確かに、その通りだが。


迷う高瀬を前に、男はその腕の一つをそっと手に取ると、恭しいほどの仕草でその指に口付ける。
そして名を呼んだ。
愛おしげに。

「嫉妬してんのか?可愛いな、みゃぁこ」
「みゃぁこ!?」

――――――――これが!?
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