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まれびと
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敵が龍一の身内ーーーーーー。
だが、今更ながらに思い返してみれば、確かに思い当たる節はあるのだ。
「……そういえば前に、術者に心当たりがあるようなことを言ってたような気が……」
まさか初めから気づいていた?
だとしたら何故この件から降りなかったのか。
そこでふと気づく。
「ーーーーもしかして、私が関わっていたから…?」
龍一が高瀬を巻き込んだのではなく、高瀬の存在が龍一をこの件に引き止めたのだとしたらーーーー。
「考えすぎですよ、タカ子」
「……竜児…」
「そもそも四乃森の一族には複数の傍流が存在するという話です。
そのうちの一人とバッティングをしたところで珍しい事ではない」
「傍流……」
「以前にも言ったでしょう?あの一族は危険だと。
同じ一族とは言え、本当に「身内」と呼べる存在なのかどうかは疑問ですね」
一体どこまで調べたのか。
吐き捨てるように口にする竜児に、「よく調べてあるみたいだなぁ」と感心したような口調の男。
「そこに兄ちゃんの言うとおりだぜ、嬢ちゃん。
あの一族には親兄弟の情なんてものは端から存在しない。
生まれた時から獅子身中の虫、人間で蠱毒を作ろうなんてイカレた真似をするような一族、お近づきにはなりたくないよなぁ?」
「……蠱毒?」
それは確か、たくさんの同種の生き物を一つの空間に詰め込んで殺し合わせる、という呪法ではなかったか。
「……それを、人間でって……」
「ーーーーーー殺し合わせているということでしょう。文字通り」
淡々としたその声にぞっとした。
身内同士で、より優秀な人間を残すために殺し合う、そいういうことか。
「僕も詳しいことまでは知りませんせんがね。ーーーーむしろ知りたくもない」
「……それには私も同意」
聞いて愉快な話になるとは到底思えない。
「あ~、わかるわかる。関わりたくないよな、面倒事にゃ。
俺だって弱みを握られてなきゃ、こんな面倒な依頼を引き受けたりしなかったものを………」
「弱み……」
「ちぃとばかしあいつには借りがあってなぁ。
おかげでこんなところまで出張る羽目になったわけだが……。
でもま、あいつは嫁のご機嫌取りに忙しいみたいだし、今ここで俺が投げ出したところでどうせどこからも文句はでねぇ」
だから別にどっちでもいいんだぜ、とあくまで軽い態度の男。
「その前にとりあえず龍一を返して欲しいんだけど………!!」
話はまずそこからだと口にすれば、なお一層愉快そうに男は笑う。
「返す、返すねぇ……なかなか面白い発言だなそりゃ。
あの野良がようやく飼い主を見つけたんならめでたいが…あいつに嬢ちゃんの相手は荷が重かろう」
そこで男はすっと瞳をすがめ、高瀬を見つめた。
それまでの軽薄な様子はなりを潜め、言葉には長い年を経たものだけが身に付ける老獪さが見え隠れし、口調そのものも徐々に変化を遂げていく。
あまりに不気味だ。
見た目で言えばまだ40代半ばかその手前といった風体だが……。
実際にはどれほどの年齢なのか、全く読めない。
そもそもこの男は一体どういう人間なのかーーーーーー。
「哀れなものよのぉ。嬢ちゃんのような来訪神は、正に闇夜の篝火。
羽を焼かれ、身を焦がし命を落とすことが分かっていても、自ら飛び込まずにはおられぬかーーーーー」
来訪神ーーーーー?
「……まれびと」
ポツリとつぶやけば、男はにやりと口元を歪め、「四乃森の一族は、中でもただひとりの来訪神を先祖に持ち、秘神なんぞと大層な名前をつけて祀っているらしいがーーーーー」
「ヒメガミ」
つまり、男の言う来訪神と、かつて龍一が語った秘神とは同じもの。
イコール、それが高瀬……?
「タカ子。まともに話を聞く必要はありません。
所詮は頭のおかしな男の口にする戯言です」
考え込んだ高瀬の耳をそっと塞ぐ竜児。
「従者は相変わらず過保護なようじゃな」
「従者ではなく、僕は彼女の未来の夫です。
ーーーーーー訳知り顔で妙な言葉を彼女に吹き込むのはやめていただきましょうか」
「知られたくないのはそなたの方であろう?
まぁーーーーーーーーその気持ちはわからねぇでもないがなぁ?」
ーーーーー男の様子が、元の軽薄な調子に戻った。
そう思ったその時。
咄嗟に、高瀬の体が動いた。
竜二の腕をすり抜け、その瞳が見つめるのはーーーーーーーーー。
「タカ子!!」
「あぁ、言い忘れてたな。
いくら失敗作とは言え、あの程度で死ぬような粗悪な代物、あのすかした野郎がつくるわきゃねぇんだわ」
ーーーまだ、生きてるぞと。
その言葉が早いか否か。
高瀬の目前に飛び込んできたのは獣の形をした致死の毒。
男はまだ「生きている」といったが、果たしてこれが生命と呼べるのか。
死を忘れながらも、強烈に生を求める獣が、焼け焦げた毛皮をまとい、肉の間から骨を覗かせながらも、らんらんとこちらを見つめている。
己に傷をつけた竜児を、明確な敵であると見定めたのだろう。
ーーーーーーこれをただ、「かわいそう」なんて、言えやしない。
人の都合で歪められた小さな魂が、そこにあった。
だが、今更ながらに思い返してみれば、確かに思い当たる節はあるのだ。
「……そういえば前に、術者に心当たりがあるようなことを言ってたような気が……」
まさか初めから気づいていた?
だとしたら何故この件から降りなかったのか。
そこでふと気づく。
「ーーーーもしかして、私が関わっていたから…?」
龍一が高瀬を巻き込んだのではなく、高瀬の存在が龍一をこの件に引き止めたのだとしたらーーーー。
「考えすぎですよ、タカ子」
「……竜児…」
「そもそも四乃森の一族には複数の傍流が存在するという話です。
そのうちの一人とバッティングをしたところで珍しい事ではない」
「傍流……」
「以前にも言ったでしょう?あの一族は危険だと。
同じ一族とは言え、本当に「身内」と呼べる存在なのかどうかは疑問ですね」
一体どこまで調べたのか。
吐き捨てるように口にする竜児に、「よく調べてあるみたいだなぁ」と感心したような口調の男。
「そこに兄ちゃんの言うとおりだぜ、嬢ちゃん。
あの一族には親兄弟の情なんてものは端から存在しない。
生まれた時から獅子身中の虫、人間で蠱毒を作ろうなんてイカレた真似をするような一族、お近づきにはなりたくないよなぁ?」
「……蠱毒?」
それは確か、たくさんの同種の生き物を一つの空間に詰め込んで殺し合わせる、という呪法ではなかったか。
「……それを、人間でって……」
「ーーーーーー殺し合わせているということでしょう。文字通り」
淡々としたその声にぞっとした。
身内同士で、より優秀な人間を残すために殺し合う、そいういうことか。
「僕も詳しいことまでは知りませんせんがね。ーーーーむしろ知りたくもない」
「……それには私も同意」
聞いて愉快な話になるとは到底思えない。
「あ~、わかるわかる。関わりたくないよな、面倒事にゃ。
俺だって弱みを握られてなきゃ、こんな面倒な依頼を引き受けたりしなかったものを………」
「弱み……」
「ちぃとばかしあいつには借りがあってなぁ。
おかげでこんなところまで出張る羽目になったわけだが……。
でもま、あいつは嫁のご機嫌取りに忙しいみたいだし、今ここで俺が投げ出したところでどうせどこからも文句はでねぇ」
だから別にどっちでもいいんだぜ、とあくまで軽い態度の男。
「その前にとりあえず龍一を返して欲しいんだけど………!!」
話はまずそこからだと口にすれば、なお一層愉快そうに男は笑う。
「返す、返すねぇ……なかなか面白い発言だなそりゃ。
あの野良がようやく飼い主を見つけたんならめでたいが…あいつに嬢ちゃんの相手は荷が重かろう」
そこで男はすっと瞳をすがめ、高瀬を見つめた。
それまでの軽薄な様子はなりを潜め、言葉には長い年を経たものだけが身に付ける老獪さが見え隠れし、口調そのものも徐々に変化を遂げていく。
あまりに不気味だ。
見た目で言えばまだ40代半ばかその手前といった風体だが……。
実際にはどれほどの年齢なのか、全く読めない。
そもそもこの男は一体どういう人間なのかーーーーーー。
「哀れなものよのぉ。嬢ちゃんのような来訪神は、正に闇夜の篝火。
羽を焼かれ、身を焦がし命を落とすことが分かっていても、自ら飛び込まずにはおられぬかーーーーー」
来訪神ーーーーー?
「……まれびと」
ポツリとつぶやけば、男はにやりと口元を歪め、「四乃森の一族は、中でもただひとりの来訪神を先祖に持ち、秘神なんぞと大層な名前をつけて祀っているらしいがーーーーー」
「ヒメガミ」
つまり、男の言う来訪神と、かつて龍一が語った秘神とは同じもの。
イコール、それが高瀬……?
「タカ子。まともに話を聞く必要はありません。
所詮は頭のおかしな男の口にする戯言です」
考え込んだ高瀬の耳をそっと塞ぐ竜児。
「従者は相変わらず過保護なようじゃな」
「従者ではなく、僕は彼女の未来の夫です。
ーーーーーー訳知り顔で妙な言葉を彼女に吹き込むのはやめていただきましょうか」
「知られたくないのはそなたの方であろう?
まぁーーーーーーーーその気持ちはわからねぇでもないがなぁ?」
ーーーーー男の様子が、元の軽薄な調子に戻った。
そう思ったその時。
咄嗟に、高瀬の体が動いた。
竜二の腕をすり抜け、その瞳が見つめるのはーーーーーーーーー。
「タカ子!!」
「あぁ、言い忘れてたな。
いくら失敗作とは言え、あの程度で死ぬような粗悪な代物、あのすかした野郎がつくるわきゃねぇんだわ」
ーーーまだ、生きてるぞと。
その言葉が早いか否か。
高瀬の目前に飛び込んできたのは獣の形をした致死の毒。
男はまだ「生きている」といったが、果たしてこれが生命と呼べるのか。
死を忘れながらも、強烈に生を求める獣が、焼け焦げた毛皮をまとい、肉の間から骨を覗かせながらも、らんらんとこちらを見つめている。
己に傷をつけた竜児を、明確な敵であると見定めたのだろう。
ーーーーーーこれをただ、「かわいそう」なんて、言えやしない。
人の都合で歪められた小さな魂が、そこにあった。
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