上 下
239 / 290

まれびと

しおりを挟む
敵が龍一の身内ーーーーーー。

だが、今更ながらに思い返してみれば、確かに思い当たる節はあるのだ。

「……そういえば前に、術者に心当たりがあるようなことを言ってたような気が……」

まさか初めから気づいていた?
だとしたら何故この件から降りなかったのか。

そこでふと気づく。

「ーーーーもしかして、私が関わっていたから…?」

龍一が高瀬を巻き込んだのではなく、高瀬の存在が龍一をこの件に引き止めたのだとしたらーーーー。

「考えすぎですよ、タカ子」
「……竜児…」
「そもそも四乃森の一族には複数の傍流が存在するという話です。
そのうちの一人とバッティングをしたところで珍しい事ではない」
「傍流……」
「以前にも言ったでしょう?あの一族は危険だと。
同じ一族とは言え、本当に「身内」と呼べる存在なのかどうかは疑問ですね」

一体どこまで調べたのか。
吐き捨てるように口にする竜児に、「よく調べてあるみたいだなぁ」と感心したような口調の男。

「そこに兄ちゃんの言うとおりだぜ、嬢ちゃん。
あの一族には親兄弟の情なんてものは端から存在しない。
生まれた時から獅子身中の虫、人間で蠱毒を作ろうなんてイカレた真似をするような一族、お近づきにはなりたくないよなぁ?」
「……蠱毒?」

それは確か、たくさんの同種の生き物を一つの空間に詰め込んで殺し合わせる、という呪法ではなかったか。

「……それを、人間でって……」
「ーーーーーー殺し合わせているということでしょう。文字通り」

淡々としたその声にぞっとした。
身内同士で、より優秀な人間を残すために殺し合う、そいういうことか。

「僕も詳しいことまでは知りませんせんがね。ーーーーむしろ知りたくもない」
「……それには私も同意」

聞いて愉快な話になるとは到底思えない。

「あ~、わかるわかる。関わりたくないよな、面倒事にゃ。
俺だって弱みを握られてなきゃ、こんな面倒な依頼を引き受けたりしなかったものを………」
「弱み……」
「ちぃとばかしあいつには借りがあってなぁ。
おかげでこんなところまで出張る羽目になったわけだが……。
でもま、あいつは嫁のご機嫌取りに忙しいみたいだし、今ここで俺が投げ出したところでどうせどこからも文句はでねぇ」

だから別にどっちでもいいんだぜ、とあくまで軽い態度の男。

「その前にとりあえず龍一を返して欲しいんだけど………!!」

話はまずそこからだと口にすれば、なお一層愉快そうに男は笑う。

「返す、返すねぇ……なかなか面白い発言だなそりゃ。
あの野良がようやく飼い主を見つけたんならめでたいが…あいつに嬢ちゃんの相手は荷が重かろう」

そこで男はすっと瞳をすがめ、高瀬を見つめた。
それまでの軽薄な様子はなりを潜め、言葉には長い年を経たものだけが身に付ける老獪さが見え隠れし、口調そのものも徐々に変化を遂げていく。

あまりに不気味だ。

見た目で言えばまだ40代半ばかその手前といった風体だが……。
実際にはどれほどの年齢なのか、全く読めない。
そもそもこの男は一体どういう人間なのかーーーーーー。

「哀れなものよのぉ。嬢ちゃんのような来訪神マレビトは、正に闇夜の篝火。
羽を焼かれ、身を焦がし命を落とすことが分かっていても、自ら飛び込まずにはおられぬかーーーーー」

来訪神ーーーーー?

「……まれびと」

ポツリとつぶやけば、男はにやりと口元を歪め、「四乃森の一族は、中でもただひとりの来訪神を先祖に持ち、秘神なんぞと大層な名前をつけて祀っているらしいがーーーーー」

「ヒメガミ」

つまり、男の言う来訪神と、かつて龍一が語った秘神とは同じもの。
イコール、それが高瀬……?

「タカ子。まともに話を聞く必要はありません。
所詮は頭のおかしな男の口にする戯言です」

考え込んだ高瀬の耳をそっと塞ぐ竜児。

は相変わらず過保護なようじゃな」
「従者ではなく、僕は彼女の未来の夫です。
ーーーーーー訳知り顔で妙な言葉を彼女に吹き込むのはやめていただきましょうか」
「知られたくないのはそなたの方であろう?
まぁーーーーーーーーその気持ちはわからねぇでもないがなぁ?」

ーーーーー男の様子が、元の軽薄な調子に戻った。
そう思ったその時。

咄嗟に、高瀬の体が動いた。
竜二の腕をすり抜け、その瞳が見つめるのはーーーーーーーーー。

「タカ子!!」
「あぁ、言い忘れてたな。
いくらとは言え、あの程度で死ぬような粗悪な代物、あのすかした野郎がつくるわきゃねぇんだわ」

ーーーまだ、と。

その言葉が早いか否か。

高瀬の目前に飛び込んできたのは獣の形をした致死の毒。

男はまだ「生きている」といったが、果たしてこれが生命と呼べるのか。
死を忘れながらも、強烈に生を求める獣が、焼け焦げた毛皮をまとい、肉の間から骨を覗かせながらも、らんらんとこちらを見つめている。
己に傷をつけた竜児を、明確な敵であると見定めたのだろう。


ーーーーーーこれをただ、「かわいそう」なんて、言えやしない。

人の都合で歪められた小さな魂が、そこにあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

縦ロールをやめたら愛されました。

えんどう
恋愛
 縦ロールは令嬢の命!!と頑なにその髪型を守ってきた公爵令嬢のシャルロット。 「お前を愛することはない。これは政略結婚だ、余計なものを求めてくれるな」 ──そう言っていた婚約者が結婚して縦ロールをやめた途端に急に甘ったるい視線を向けて愛を囁くようになったのは何故? これは私の友人がゴスロリやめて清楚系に走った途端にモテ始めた話に基づくような基づかないような。 追記:3.21 忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

喧嘩の後の塩彼氏

moco
恋愛
陽菜(ひな)の恋人の唯人(ゆいと)は普段から仕事一番の塩彼氏。でもそんな彼の持つ温かくて優しい一面をよく知る陽菜は幸せな毎日を送っていたはずなのに、友達の一言がきっかけで、小さな不満をぶつけてしまい唯人と些細なことで喧嘩をしてしまう。本当は想いあっている二人の小さなすれ違いから始まる甘い夜。

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師としていざという時の為に自立を目指します〜

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
恋愛
政略結婚の夫との冷えきった関係。義母は私が気に入らないらしく、しきりに夫に私と別れて再婚するようほのめかしてくる。 それを否定もしない夫。伯爵夫人の地位を狙って夫をあからさまに誘惑するメイドたち。私の心は限界だった。 なんとか自立するために仕事を始めようとするけれど、夫は自分の仕事につながる社交以外を認めてくれない。 そんな時に出会った画材工房で、私は絵を描く喜びに目覚めた。 そして気付いたのだ。今貴族女性でもつくことの出来る数少ない仕事のひとつである、魔法絵師としての力が私にあることに。 このまま絵を描き続けて、いざという時の為に自立しよう! そう思っていた矢先、高価な魔石の粉末入りの絵の具を夫に捨てられてしまう。 絶望した私は、初めて夫に反抗した。 私の態度に驚いた夫だったけれど、私が絵を描く姿を見てから、なんだか夫の様子が変わってきて……? そして新たに私の前に現れた5人の男性。 宮廷に出入りする化粧師。 新進気鋭の若手魔法絵師。 王弟の子息の魔塔の賢者。 工房長の孫の絵の具職人。 引退した元第一騎士団長。 何故か彼らに口説かれだした私。 このまま自立?再構築? どちらにしても私、一人でも生きていけるように変わりたい! コメントの人気投票で、どのヒーローと結ばれるかが変わるかも?

処理中です...