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家庭の事情は厄介です。

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「………つまり話を戻すと、最近騒がれてた猫の虐待騒ぎは、その猫蟲ってやつを作るために意図的に行われたものだったってこと?」
「………恐らく、そういうことなんだと思います」
あの後、あまりの話の脱線ぶりにキレた矢部先輩に叱られ、ようやく話を本題に戻したのだが、考えれば考えるほど謎の多い話である。
そもそも、動物虐待を疑われていたのは寺岡家の息子。
だが彼一人でそんな事をし出かせるとは到底思えない。
それに彼とあの工事現場を繋ぐもの、そして師匠との接点も謎だ。
つくづくわからないことずくめ。
「なんかもう、ここまで来たら今さらなんで聞いちゃうんですけど、矢部先輩にとって寺尾さんの息子さんは甥っ子に当たるわけなんですよね?」
「…………!」
「すみません、そこはこちらの都合で勝手に調べさせてもらいました」
本人に言うようなことではないのかもしれないが、黙っているのも限界だろう。
「最低ね。私を調べたってなにも出てきやしないわよ」
悔しげに歯噛みする矢部先輩。
自分がここに連れてこられたことで、ある程度の事情は察しがついていたのだろう。
無関係の人間をわざわざ引っ張り出す意味はないし、そもそもなんの関係もないと思っていたらこの場には来ない。
「確かにネエサン自体には何の埃もないんだよなぁ」
「あ、そうなんだ?」
ケンちゃんのどこかほのぼのとした口調に思わず相づちを打てば、「ただし、それはあくまで本人の素行の問題だけだがな。子供は親を選べないとは言うが、まぁでるわでるわ……」と注釈が付け足される。
本人には問題ないけど、と前置きされてのその台詞が意味することはひとつ。
さすがにそれを口にすることは憚られ、そろっと矢部先輩の顔色を窺う。
「はっきりいったらどう?どうせ実の親も育ての親も、ろくでなしよ」
「や、矢部先輩……」
ある程度の事情は聞かされているとはいえ、時に身内による評価は他人よりもことさら厳しい。
「妻の不義を快く許す寛大な夫のふりをしたただの偽善者な父親に、自分のしでかしたことの責任を全部娘に押し付ける馬鹿な母親。最悪でしょ」
「…………矢部君」
まさかの辛い心情の吐露に言葉を失う。
その端的な言葉の意味がわからない人間はここにはいない。
当然、これまでなんの事情も聞かされていなかった中塚女史も。
「どうせ全部調べたんでしょう?一番最悪なのがあの異母兄ね」
吐き捨てるようなその台詞に、思い出すのは例の光景。
あの時叫んでいた矢部の台詞。
「殺し………っていうのは?」
「………………あなた達、一体どこまで……」
さすがにあの時の事をすべて目撃されていたとは思わなかったのだろう。
中塚女史も少し驚いた顔をしている。
彼女にしてもそこまで話した覚えはないというところだろうが、そこは見逃して貰いたい。
「……気になるなら調べてみるといいわ。伯父夫婦の死因を」
「死因?」
「確か後続車両による強引な割り込み運転が原因の事故死……だったな」
「事故………」
呟いた高瀬に、鼻で笑う声が。
「その事故の直前、彼らが誰とあっていたのかも調べた?」
「いや……。警察の資料にもくわしい記載はなかったからな」
「事故死扱いだったからそれも当然ね」
…………………え?
「ここまで言えば想像はつくでしょう?伯父………私の実の父親は、遺産目当てにあの男に殺されたの」
「!!」
粗方の想像はついていたらしい賢治を除き、全員が息を飲む。
「それが君の勘違いって可能性は?」
冷静に尋ねたのは主任だ。
確かに内容があまりにショッキングすぎて作り物のよう。
「事故のあった当時、あの男には既に莫大な借金がありました。そしてあの男が行った不義の代償として、遺産はすべてその子供達に分配されるように遺言書が作成されていた……」
「遺留分があるから、ゼロってわけにはいかないだろうが、借金の返済に遺産を期待してたなら、期待はずれもいいところだろうなぁ」
動機は確かに十分だ。
「だが、なぜ君がそんな話を……」
詳しく知っているのかと。
疑問に思うのは当然だ。
「事故に遭うよりずっと以前の話ですが……。伯父が、遺言書の作成について、直接私に話をもってきた事があったんです。
………遺言書に、私の名前も記載したいと」
「………実の娘である君にも、遺産が渡るようにしようと思ったのか」
本来遺産を受けとる権利がほとんどない姪という続柄ではあるが、どうせなら血を分けた娘にも遺産を分けてやりたいと思う気持ちはわからないでもない。
「もちろんお断りしました。
…………ですが、私が母の不義理を知ったのはその時です」
「君の両親にしてみれば、余計な波風立てやがってって感じだねぇ……」
黙っていれば誰も傷つかない真実もある。
「んで、実際その遺言書とやらはどうなったの?」
「………………どこにも見つからず」
ただ、と。
「兄の息子には、生前分与で既に遺産の分配が行われていたようで……」
それが例の騙しとられた遺産ということだろう。
「でも、それだけで実の親を殺したっていうのはちょっと早計すぎるんじゃないか?」
まだ偶然という可能性も捨てきれない。そう慰めるように口にする主任だが、現実は無常だ。
「事故当時、あの男には借金が原因の黒い付き合いがありました。
……無理な追い越しをかけ、事故に追いやったのはその筋の人間だったそうです」
事故を引き起こしたとして起訴はされたが、結局大した罪に問われることはなかったのだという。
「伯父夫婦の運転する車が事故を起こす前から蛇行運転をしていたという目撃証言があったことがその原因ですが………」
「まさか………」
「…………事故の直前、ほとんど実家に寄り付かなかったあの男が、家から出てくるところを近所の人間が目撃しています」
……………その時、何か薬を盛られた可能性が高い。
少しでも推理小説を読んだことのある人間なら誰もが思い付く展開だ。
「もしかして矢部先輩……自分で調べたんですか?」
「同然でしょ。………死んだのは、私の実の父親でもあるのよ」
親戚として訪れた葬儀の場で、謎の多い彼らの死因と異母兄の不審な態度に気づき、事故調査会社を使って調べさせたらしい。
結果は限りなく黒に近いグレー。
証拠不十分で異母兄を訴えることはできなかったと、悔しげに話す。
「あの……ちょっといいですか?」
「…………何よ?」
口を挟んだ高瀬に、ぶっきらぼうながら応対する矢部。
「矢部先輩にとって、実の父親は……。遺産の受け取りを拒否するくらいの、要するに、他人だったわけですよね?」
それをなぜわざわざ調査まで差せたのか。
確かに疑問は残る。
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