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属性表記は紛らわしい。

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とにかく、これでひとつはっきりしたわけだ。

「やっぱり、師匠と今回の件とは関係があるってことか……」
わざわざこちらに対して呪物を送り込んでくるということは、関わるなという警告以外の何者でもない。
ではなぜ一度は”彼女”と直接会話をすることができたのか――――――。
それも謎だが、今師匠がどこにいるのかも不明である。
この部屋のどこにもその気配がないのは明白だが、一体どこに移動したのか。
それにも例の「術者」とやらが関わっているのか、疑問に思うところはいくらでもある。
「ケンちゃんはずっとこの部屋にいたんだよね?なにか妙な動きは感じなかった?」
念のため確認してみたが、心当たりは全くないという。
「師匠が自分で移動した……?それとも、誰かが師匠の霊体をどこかに移した――――」
後者だとすれば、その目的は彼女を守るためか、もっと別の目的があってのことか……。


そろそろ賢治にも知っている事を全て吐いてもらわねばと思うが、それよりも。

「なんでここにいるの?アレクくん」
『くぅ~ん?』
「いや、首傾げたいのはこっちのほうなんだけどね?」
しゃがみこみ、わしゃわしゃとその首元を撫でれば、気持ちよさげにゴロンと腹を見せて床に転がるアレクくん。
すっかり飼い慣らされたものであるが、そういうことじゃなくて……。

「中塚先輩につけたマルちゃんがここにいて、アレクくんまでこっちに来ちゃったってことは、部長たちには誰もついてないってことになるんじゃないの?」

そう、問題はそこだ。

「ここ最近部長の『お持ち帰り癖』がマシになってきたからって、まだまだ油断できるレベルじゃないんだよ?」
『くぅ~ん』
言い聞かせてやれば、困ったように鼻を鳴らす。
「助けに来てくれたのはわかるんだけどね、今すぐ部長たちの方に戻って………」
『!!!ワンッ!!!』
真面目な顔でハウス(=部長の元)を指示していたところで、突然立ち上がるアレクくん。
なんだ?と思えば、すぐそばにマルちゃんがいた。
ちょっぴり偉そうな態度で腕を組み、アレクくんを見下ろしている。
後からやってきた割には謎の先輩顔。
確かに年季の入り具合では圧倒的にマルちゃん優位ではあるが、高瀬としてはそこで優劣をつけるつもりはない。
アレク君にはアレク君の。
ハムちゃんにはハムちゃんの良さがそれぞれあるのだ。
大学や、社会人の世界にだってあるじゃないか。
年上だけど後輩、とか。
もっとマルちゃんに対して大きい顔をしていいんだぞ、アレクくん。
問題児ハムちゃんとは違い、アレク君には圧倒的優等生感があるしな、と。
そこまで考えたところで、ふと気づいたことがある。
先ほどのタイミングの良さといい、まさか。
「……マルちゃんがアレクくんをこっちに引っ張ってきたの?」
それまで賢治を助けろといっても全くその気を見せなかったマルちゃん。
それが突然コロッと態度を変え、高瀬の命令に従い賢治を助けに言ったのは、アレク君がこちらに到着した、そのタイミングを待っていたということではないのか。
そう考えると狐は確かイヌ科だったような気がするし、もしや同族意識でもあるのだろうか。

「正確には狐はネコもくイヌ科キツネ族、犬はネコ目イヌ科イヌ族な」
「どっから出てきたネコ目」

横から口を挟んできた賢治に思わず短いツッコミを入れる。
そして狐は色々紛らわしすぎだ。

「そのものを連れて参ったのは我ではございませぬぞ」
「?マルちゃんじゃないの?」

てっきりそうだとばかり思っていたのに、当てが外れた。
「上位眷属として我が命令することもできましょうが、それには主様が命じた役目が存在するゆえ――――」
無理に連れてくることはできないらしい。
役目とは勿論、「部長を守る事」。
「じゃ、さっき妙にタイミングが良かったのは?」
「それが近づいてくる気配は感じておりましたので、ちょうど良い頃合かと」
「……やっぱり、様子を見てたわけね」
キレた高瀬に靴を投げつけられたせいも過分にあるのだろうが、そろそろ本気を出さないとまずいかなと思っていたところでタイミングよく交代要員(アレク君)が近くにいたので、一時的に高瀬のガードを外れ外敵に対して応戦に出ることを決断したらしい。
そもそもマルちゃんが賢治を助けることを渋っていたのは、それによって高瀬自身の守りが薄くなることを警戒しての事だったようだ。

心配してくれるのは有難いが、この「わらしちゃん」を甘く見てもらっては困る。

「そもそも私はマルちゃんに守られるほどか弱くないからね?」
「そうおっしゃってくださいますな、我が主よ」

容赦ない高瀬のセリフに、へにょんとその目尻を下げるマルちゃん。
その額にまだ先ほどの靴跡が残っているのを確認し、「あ」と思い出す。

「そういえば私の靴は?」

どこに転がっていっただろうと思えば、急に和服の胸元をくつろげたマルちゃんが「ここに」と。

――――――草履じゃないんだから、なぜ胸元に?

まぁいいか、と恭しく差し出された靴を受け取れば、何かを期待していると思しきキラキラとしたマルちゃんの顔。

これはあれか?褒めて欲しいのか。

キツネの姿ならまだしも、それなりの年齢の青年姿をした今のマルちゃんがそれをやると、ちょっと犯罪臭い。
幼女に靴を差し出して褒めて欲しそうする美青年。
確実に犯罪の匂いがするな。

だが褒めて伸ばす教育方針の高瀬は、とりあえず「よーしよしよし」と、ムツゴロウ方式で人間体のマルちゃんの頭もアレク君同様わしゃわしゃとかき混ぜてやり、「よくできました!」と花丸をあげる。
実際に先程の猫蟲を退治したのはマルちゃんなのだから上出来だろう。

「雷に打たれたようなよい一撃でありました」
「そこまで痛かった?」
「脳天を突き抜けるほどに」
「ちょっと大げさだって」

幼女の投げた靴にそれほどの威力があるはずはないのだが、マルちゃんは大真面目だ。
てっきりふざけているのかと思いきやどうやら違うらしい。

「先程の一撃には主渾身の霊力が込められておりました故、あれがに直接投げつけられておれば、その場で消滅していたやもしれませぬな」
あのもの、と言いながら視線を向けるのは遺骨(?)を握る賢治の手。

つまり最初っから直接靴を投げつけていれば良かったって話か。
物理有効、と心のメモを取る高瀬だったが、マルちゃんにとってはそれは好都合だったらしい。

「言葉の一つ、身にまとうものにまで強大な霊力を宿すのは主ただお一人。
僅かなれど、あのようなものに主の一部を下げ渡してやることもありますまいよ」

それくらいなら自分が行く、と誇らしげなマルちゃん。

「こいつの話を信じるなら、今のタカ子は衣類も含めて全身霊力の塊ってことだな」
「ってことはもしかして拳で殴りつけてもイケそう?」
話し合い(物理)だ。
さすがにあの、いかにも虐待されました的な相手を素手で殴りつけることは躊躇われるが、今度例の「術者」とやらを見つけた時には、思い切りこの拳をふるってやろうと決意を固め、ブンブンと腕を振り回す。
人間と思しき術者相手に、どこまで通じるかは不明だが――――。

いずれまたあの猫蟲と対峙せねばならないことを思い出し、表情を曇らせた高瀬。
そこに思いもよらぬ提案をしたのはマルちゃんだ。

「主よ。あのものを不憫に思うなら、主の眷属としては如何か」
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