上 下
172 / 290

薄いパッケージは必要ありません。

しおりを挟む
「タカ子、気配は?」
「……ないね。どっかに隠れたみたい」
「除霊された可能性は?」
「多分ない」
あんなあからさまに敵意丸出しの状態から成仏できれば苦労はしない。
水を差されて一時撤退……が関の山だろう。
あれだ。
修羅場中だって後ろから突然水をかけられたら一旦鎮火するだろう。
――――その後で倍くらい燃え上がるかもしれないが。

「……んで?あの子はなにやってんの?」
さっきまで浴槽に向けて火炎噴射よろしくファブっていた哲也は、現在ではその対象を部屋中に拡大し、くまなくファブを噴射して回っている。
「追い出し作戦だそうだ。部屋中ファブリーズだらけにするらしいな」
「………ホテル側に怒られない?」
「さぁ?どっちにしろあの霊をなんとかしないことにはこの部屋は使用不能だろ」
「……?そこまでする必要ある?」
師匠がやったことといえば、まぁ定番の霊障程度でそこまで警戒することもないと思うのだが。
むしろ今時の若者なら逆に喜びそう。
動画撮影とか言って。
それがな、と。
「実際にそうやってはっちゃけた奴らがな、大怪我したんだよ」
「――――大怪我」
オウム返しに答えてから、先を促す。
「私に言えた義理じゃないけど……なんか怒らせるような真似でもしたの?」
「したした。なんでも4~5人の男連中でさっきの霊を取り囲んで「裸見せろ!」「おっぱい見せろ!」と騒いだらしくてな」

「……はい?」

ごめん、理解不能です。

「AVかなんかの撮影だってならわかるんだが、どうも個人のユーチューバーの仕業だったらしい。
撮影用にって部屋を借り切って、幽霊を挑発するって名目で色々やらかしたそうだ」
「色々」
どう考えてもまっとうではないそのに高瀬がぐっと眉間のしわを揉み込んだ。
「アダルトグッズを持ち込むだのローションを風呂場にぶちまけるだの……まぁ……タカ子には詳しく聞かせられない話だな。一応まだ動画がネットに上がってるみたいだが……見るか?」
「いい」
スマホを取り出してなにか操作を始めた賢治に向かい、首を振って即答した。
そんな動画、むしろ今すぐ消してしまえ。
幽霊に向かって迫るなんて……なんて罰当たりなことをしやがるんだ。
そりゃ呪われても文句は言えないだろう。
絶句しつつ、「あれ?」と思ったこともある。
「風俗的とかの汚れって幽霊は嫌うんじゃなかったっけ」
たしか前部長にそんなことを自分で言った記憶がある。
つまり、「不浄のもの」という奴だ。
「嫌った挙句のブチ切れだろ。
誰だって鼻先に嫌いなものをブラさげてで迫ってこられたらキレる。
―――ほれ、あれだ。露出狂の変態が裸にコートを着て迫ってきたら、女だって急所を蹴り飛ばすくらいのことはするだろ?」
「そう言われると」
んなもんみせんじゃねぇ的な感じで逆ギレするかもしれない。
立派な正当防衛である。
そもそもそれを生身の人間相手にやったら立派な犯罪だ。
幽霊相手なら何をやってもいい、なんてバカなことを考えていたのかもしれないが……。
「……なるほどね。そういうことか」
不浄うんぬんを通り越し、ふざけた連中に師匠のイライラが爆発したと。
「大怪我って結局どれくらい?」
「カメラが2台壊されて、部屋中の照明が破壊。
……んで、馬鹿な真似して急所を晒してたやつらは、突然自分で自分の首を絞め始めてそのまま失神。
大騒ぎになってそのまま病院へ直行、とりあえず意識は回復したらしいな」
「………」
本当はこういう時霊側の心情を慮ることはあまりよろしくないのだが、気持ちはわかる。
お粗末なもの見せやがって!!!ってところだろう。
「せめて彼らが師匠が満足するだけのブツを所有していたらそんな惨事には……」
「タカ子?」
「いえなにも」
すみません、お下品でした。
私は幼女、私は幼女!!
「しかも問題になったのはそれを生放送でやらかしてたってことだ。
一時ホテル側も対応に追われてパンク状態だったみたいだな」
「?実名出してやってたの?」
こういう場合、○県○○ホテル、なんて適当に濁して放送するものだと思っていたが。
「一応仮名にはしてあったらしいが、地元の人間にはすぐ察しがついたんだろ。
んでホテルの名前があっという間に広まって予約殺到」
「いいじゃんそれ」
「予約が殺到するのはあくまでもこの部屋だけだぞ?ラブホテルとしては最悪の状況だろ」
「なんで?」
商売繁盛でラッキーじゃないかと首をかしげる高瀬に賢治は言う。
「……あのなぁタカ子。ラブホってのは、こっそりしたい男女が利用するのも多いんだよ。
そんなおおっぴらに冷やかしどもが群がってるような場所を利用したいと思うか?」

………。

「ごめん、無理だわ」
「だろ?」

そいういうわけで、ホテル側も何らかの対処に踏み切らざるをえなくなったということらしい。
話が一段落着いたところで、ようやく賢治が哲也を振り返り、ひらひらと片手をふる。
「哲也、いい加減それをやめて先に帰っていいぞ」
「え。もう終わりっすか!?まだ替えのファブリーズが……」
「うそ、詰替用まで持ってきたの!?」
新しいファブリーズの詰替用をバッグから取り出す哲也にぞっとする。
お前どんだけだよ。
「それはうちの事務所の備品だろ…。全部使い切る気かお前は」
「えへへへへ、すんません所長っ」
「とりあえずここは俺とタカ子でなんとか処理しとくから、お前はこっちの依頼に向かってくれ」
「こっち……あぁ、これっすね!了解っす!!」
賢治から手渡されたメモ紙を見て、すぐにぴしっと敬礼をする哲也。
「んじゃ、買い出し行ってきます!!」
「おぉ、トメさんに宜しくな」
「うっす!!」
「ついでにファブリーズも買い足しとけよ」
「勿論です!!
んじゃ!!っと、勢いよく部屋から出て行く哲也。
足音がやけに静かなのとは反対に、毎回毎回威勢だけはやたらといい。
「………トメさん?」
突如出てきた謎の名前に首をかしげる高瀬。
阿吽の呼吸で話が通じていたようだが、こちらにはさっぱりだ。
「事務所の近くの独居老人だよ。たまにメールで買い物メモが届くんで、空いてる時間に届けに行くんだよ」
「へぇ…」
「哲也が”ばあちゃん”って呼んで懐いてるからな。孫の顔見たさみたいなもんでちょくちょくメールが入るんだ」
「なるほど……」
「ま、小遣い稼ぎ程度の依頼だけどな」
少額のため、依頼料も配達したその場で現金にて受け渡される。
依頼人側としても、気分的には孫に小遣いを上げて買い物を頼んでいるのと大して変わらず、気楽なのだそうだ。
「そいういう依頼って結構あんの?」
「哲也が入ってから増えたな。それまではさすがにそこまで手がまわらなかった」
需要が有ることは知っていたので、一度見習い中の哲也に近所の御用聞きをさせてみたところ、これが定期的な依頼として舞い込むようになった、と。
元気な好青年としてご近所でもなかなか評判はいいらしいのだが――――。
「あの子って、なんであんな毎回テンション高いの?」
ファブリーズを片手に乗り込んできたあの時のテンションはちょっと引いた。
「ヤクザの組に乗り込んでった時も同じテンションだったらしいぞ」
「マジで!?」
「組長がさっきのタカ子みたいにドン引いて教えてくれた」
……なんで組長とそんな話ができちゃうのかはさておいて。
「―――やばいやつ来ちゃったな、って感じだったんだろうね……」
「あぁ、確かそんなこと言ってたな…」
ちょっと組長さんに同情する。
やばい素人は、下手なヤクザのカチコミより怖いと思う。
「そういえばケンちゃん、あの時なんであんなタイミングよく…………」
助けを呼べたのか、と。
聞こうとする前に、すっと賢治が右手をあげ、「ちょっとまて」と高瀬を静止する。
「ん?なに?」
何かあったのか、と警戒する高瀬だが、突然「どうした、忘れ物か?」と扉に向かって声を掛ける賢治。
その途端、「バタン!!」っと開いたドア。
そして。

「俺からの差し入れっす!!!!」
ひらり……。

バタン!!!
「え、ちょ、ま…!!」
隙間からなにか薄いパッケージを投げ込むなり、颯爽と去っていった哲也。

というか、足音しなかったんだけどあの子。
なに?忍者なの?

そしてさっき投げ込んできたのは一体……。
拾いあげようとしたところで、さっと先に賢治に取り上げられてしまう。
「……ん?今のって…」
「……まったく、こんなものをどうしろって言うんだかなぁ…?」
賢治が自らの指先で、ぴら、っと裏表を返したそれは――――――。

コン○ーム。

「流石の俺もタカ子相手には勃たないなぁ」

犯罪だし、と。

「でもせっかくだからありがたくもらっとくか?の為に」

なぁ?と、愉快犯的な流し目で見られ。
「んにゃぁぁぁぁ!!」
そんな縁起でもないものはさっさと捨てなさい!と賢治の手からそのパッケージを奪い取ろうとするも、失敗。
猫じゃらしにじゃれる猫のような状態でしばらく遊ばれた挙句。
「うぅ…」
――――高瀬、撃沈。

ちょっとケンちゃん、何大切そうに財布にしまってんの。
ポイしなさい。
そんなもの速やかにポイしなさいっ!!

「……!!!!あんのサル――――――!!!!!!」
「んだよなぁ。こんな状況で盛ったらそれこそサルだよな、うまいこと言うわタカ子」
「うまく言った覚えはなーーーーーい!!」

後で覚えてろ、サル!!!!!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

縦ロールをやめたら愛されました。

えんどう
恋愛
 縦ロールは令嬢の命!!と頑なにその髪型を守ってきた公爵令嬢のシャルロット。 「お前を愛することはない。これは政略結婚だ、余計なものを求めてくれるな」 ──そう言っていた婚約者が結婚して縦ロールをやめた途端に急に甘ったるい視線を向けて愛を囁くようになったのは何故? これは私の友人がゴスロリやめて清楚系に走った途端にモテ始めた話に基づくような基づかないような。 追記:3.21 忙しさに落ち着きが見えそうなのでゆっくり更新再開します。需要があるかわかりませんが1人でも続きを待ってくれる人がいらっしゃるかもしれないので…。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

喧嘩の後の塩彼氏

moco
恋愛
陽菜(ひな)の恋人の唯人(ゆいと)は普段から仕事一番の塩彼氏。でもそんな彼の持つ温かくて優しい一面をよく知る陽菜は幸せな毎日を送っていたはずなのに、友達の一言がきっかけで、小さな不満をぶつけてしまい唯人と些細なことで喧嘩をしてしまう。本当は想いあっている二人の小さなすれ違いから始まる甘い夜。

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師としていざという時の為に自立を目指します〜

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
恋愛
政略結婚の夫との冷えきった関係。義母は私が気に入らないらしく、しきりに夫に私と別れて再婚するようほのめかしてくる。 それを否定もしない夫。伯爵夫人の地位を狙って夫をあからさまに誘惑するメイドたち。私の心は限界だった。 なんとか自立するために仕事を始めようとするけれど、夫は自分の仕事につながる社交以外を認めてくれない。 そんな時に出会った画材工房で、私は絵を描く喜びに目覚めた。 そして気付いたのだ。今貴族女性でもつくことの出来る数少ない仕事のひとつである、魔法絵師としての力が私にあることに。 このまま絵を描き続けて、いざという時の為に自立しよう! そう思っていた矢先、高価な魔石の粉末入りの絵の具を夫に捨てられてしまう。 絶望した私は、初めて夫に反抗した。 私の態度に驚いた夫だったけれど、私が絵を描く姿を見てから、なんだか夫の様子が変わってきて……? そして新たに私の前に現れた5人の男性。 宮廷に出入りする化粧師。 新進気鋭の若手魔法絵師。 王弟の子息の魔塔の賢者。 工房長の孫の絵の具職人。 引退した元第一騎士団長。 何故か彼らに口説かれだした私。 このまま自立?再構築? どちらにしても私、一人でも生きていけるように変わりたい! コメントの人気投票で、どのヒーローと結ばれるかが変わるかも?

処理中です...