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話せばわかる幽霊と、話の通じない人々。

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――――数分後。

「……んで??話してるうちに互いにすっかり意気投合しちまったったと」
「む」
『あらやだ、よく見れば結構いい男じゃない。さっきの青臭い子供より数倍いいわ…』
「師匠、ヨダレ出てます、涎」
じゅるりと無表情ながら器用にヨダレを垂らしてみせる師匠に控えめに指摘をしつつ、乱入してきた賢治によって猫の子の様に首根っこを掴まれた高瀬。
いい笑顔の賢治が、「タカ子?」と正面から顔を覗き込む。
「んに?」
「ミイラ取りがミイラって言葉知ってる?」
「知ってるけど今回はノーカンでお願いします」
心の師匠に出会うタイミングはいつどこでやってくるかわかりません。
「というか師匠的にさっきの彼はナシですか」
『ナイわね。おしりが青すぎて笑っちゃう』
「おぉ……!!!」
これぞまさしく野猿扱い……!!
ざまぁみろ若造よ……!!
『若いってことは悪いことじゃないわ。
勢いがあるっていう意味でもあるし、嫌いじゃないんだけど……。
あぁいう系はね、何かに執着した途端急に豹変するタイプだから気をつけなさい』
「豹変………」
今の所実害は被っていないが、心当たりはどんな感じだろうかと賢治を見れば、苦笑い。
否定しないところを見ると、あながち間違った推測でもないのかもしれない。
さすがは師匠と尊敬の念を強める高瀬だったが、どうやら賢治には教育に悪いと判断されたらしい。
首根っこを掴んだままの高瀬をひょいと自身の背中に乗せ、「あ~よしよし」と本物の子供のようにあやしながら賢治は言う。
「あのな、ネエさんや」
『?』
「なんだか色々聞こえてきたんだが、結局あんた、何がしたいんだ?」
『何……って』
いっそ何を言われているのかわからないと小首をかしげる師匠。
「力でタカ子に叶わないのは理解してるんだろ?妙な悪あがきをしてまで消えたくないか?」
『………』
「ちょ、ケンちゃん……」
師匠をいじめないでよ、と。
ペシペシ頭を叩くが、全くと言ってその効果はない。
「なぁ、高木真理子さんや」
『……!!』
「…師匠じゃなくて……高木さん??」
それまでペラペラと軽快に言葉を紡いでいたその唇がギリっと固く閉じられ、賢治が当たり前のように口にしたその名が、彼女の本名であることを高瀬もすぐに悟る。
「賢治賢治、そんなきつく言わなくても、この人悪い人じゃ………」
「悪い人じゃなくてもな、死者と生者は決して相容れないものなんだよ。
死者の理屈を、生者は決して認めてはならない」
――――――なぜならそこには、決して超えてはいけない大きな壁が存在するからだ。
「悪いことは言わないから、今のうちに成仏したらどうだ?」
『………』
「師匠……?」
ゆらり、とその足元がゆらぎ、今までの姿が二重にぶれる。
かすかに見えたのは、病院着のようなものを来て、今よりも一回りほどげっそりとやせ細った女性の姿。
「師匠……もしかしてそれが本当の姿……?」
そうだ、心臓が悪かったと言っていた。
それはもしや、高瀬が思っていたよりもずっと……。

『――――死者と生者の間の境界なんて、越えてしまえばあっけないものよ』

だって、と腹をくくったように彼女は笑う。
『私には生まれた時からずっと、すぐそこに死があったんだもの』
「だが、超えてみてわかったろ?――――それは終わりなんだ。そこからはもう、どこにも行けない」
『ふふ……ふふふふ……そうね。確かに行き止まりだわ』

行き止まり。
――――そう。死者に未来は存在しない。
否。存在してはならない。


「ケンちゃん、なんかこの人話せばわかってくれそうだし、そんなきつく言わなくてもさ……」
らしくもなくつい霊の擁護に入る高瀬だったが、賢治はトントン、と自らの腕時計を指差すと「いいのか?」と一言。
「タカ子。もう30分近く経ってるぞ?早くしないと竜児が………ってこら急に暴れんなって!」
「にゃあああああ!!!」

忘れてた――――わけじゃないけど時間を見てなかった!!!
「…思ったんだがなぁ。変に悩むくらいなら、もういっそ既成事実を作られとくってのもひとつの手じゃないか?選ぶ手間省けるぞ?」
「軽く言わないで!?というかどっから聞いてたのケンちゃんっ」
チッチッチッ。
「気をつけたほうがいいぞ、タカ子。ラブホの壁は基本薄い。……まぁ、タカ子にとっちゃ一生不必要な知識だろうが」
あの竜児がラブホなんてものに連れ込むとは思えないし、と。
「なぁタカ子。○○ホテルのスイートルームって泊まったことあるか?」
「……?ある訳無いじゃん。あんな一泊30万とかするところ」
高嶺どころか、一般人にとって遥か天空に咲く花だ。
というか、何を急に関係のない話を始めたのかわからない。
「だよなぁ。24時間待機のコンシェルジュがいるのは当たり前。室内からでも夜景が一望できるガラス張りのジャグジー風呂に、連絡すればいつでも届けてくれる高級シャンパン付きだってさ」
「はぁ…」
「頼むと生のいちごも用意してくれるらしいぞ。いわゆるプリティウーマンの真似だな」
「ジュリアロバーツか」
日本人はミーハーだからなぁ……。
「しかもスカイベリーだってよ。一粒千円とかする奴」
「なにそれたまらん」
想像するだけでヨダレが出そう。
もしやあれか、ベットと浴槽には薔薇の花びらとかばら蒔いちゃう系か。
………………どこの新婚旅行だ、おい。

『……ねぇ、急になんの話ししてるの』
「ん?あんたがここにタカ子を引き止めたおかげでタカ子が竜児に美味しく頂かれるって話?」
ぶっ……!!っと、あっさり言われたセリフに思い切り吹き出した。
「!?ちょ……!!そんな話だったの今の!?」
聞いてないよ!?
「だってなぁ…。竜児のことだからコンマ何秒単位で測ってるぜ?きっと。
タカ子だって社内でやられたくはないだろ?可愛くおねだりすればその辺の融通くらいは聞かせてくれると思う」
「私の貞操は」
「――――後で赤飯炊いてやろうな?」
「やめてぇぇぇぇぇ!!!」
いい笑顔でサムズアップしないで!!!!!
「あぁ、避妊は期待するなよ?むしろ排卵日を確実に狙ってくると思え」
「本当にやめて、そういう生々しい話」
「面倒なら見てやるから双子希望な、双子。んで将来一人養子にくれよ」
ちょーだい、と可愛らしく手を出されても、言ってる話が全く可愛らしくないんですが。
「子供くらい自分で作りなよ、ケンちゃん。
綺麗な奥さんもらってさ」
いくら仕事が忙しいとはいえ、家庭は大切にするべきだ。
そして人の子より自分の子を可愛がれ、と。
人として諭したつもりだったのだが、何故か逆に諭された。
「馬鹿だなぁタカ子。俺の子供よりタカ子の子供の方が可愛いに決まってるだろ?」
そう当たり前のように口にしてからすぐさま「あぁ、やっぱり違うか」と自らその言葉を否定する。
「逆だな、逆。可愛いタカ子の子供だから欲しいんだ。ーーーーー他はいらない」

そんなこといってまた、と。
軽口で文句を返そうとした高瀬の耳に聞こえてきたのは、ひどく悲しげな声。

『いらない……………?』
「師匠…………?」
何故かわからない。
だが、その賢治の言葉をきっかけに、師匠の様子が一変した。

『…………そうだわ…………最初から他はいらなかったのよ』
「師匠…!!」

パンッ………………!!

『ふふ……………あははハハ!!!!!」
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