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高瀬、相談する。

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『……で、そういうあんたは一体何なの?子供……ってわけじゃないわよね、その口の利き方』
「はぁ……」
一頻り死因についてのあれこれを語った後、ようやく根本的な疑問に気づいたらしい彼女。
彼女に始まったことではないが、どうも人はその死後、何かひとつの考えにとらわれると、ひたすらその考えに一直線に邁進してしまう傾向にあるようだ。
そもそも死者というものは、一度霊になってしまうと「変化」というものをほとんど受け付けない。
生前であれば人からの忠告を快く受け入れても、死後は頑なに自分の考えを貫き通す。
ある意味、周囲の目を気にしなくなるため、わがままになるのだ。
「一応あなたを説得?というか、除霊しに来たような……?」
『はぁ?除霊?あんたも幽霊なのになんで』
「いや、私は一応生きてるんですけど」
どうやらお仲間と思われていたらしいので、そこははっきりと否定する。
ラブホに出る幼女の霊では、それこそ本当に事件性を疑われかねない。
『生きてる……?』
「生きてます。これは幽体離脱です。本体が今頃貞操の危機に襲われているのでできるだけ速やかに説得されていただけると助かりますデス」

…………なんで私は敬語になってるんだろう?
中塚女史にも通ずる、大人な女性の気迫的何かが私を圧倒するのだが。

『……どいういうこと?ちょっと話を聞かせなさいよ』
訝しげな様子だが、どうやらこちらの話を聞く耳はあるらしい。
予想していたような、悪霊という感じではない。
もしやこれはいいチャンスではなかろうか。
「その前にちょっとお聞きしたいんですけど、なんでこの部屋で色々悪さしてたんですか?」
性質は悪そうでもないし、別段強烈な悪意のようなものも感じない。
愉快犯的な犯行ということも考えられるが、どうもそういうタイプでもないような…。
『悪さ?……なんのことよ』
「え~っと。……髪の毛とか?」
『知らないわよそんなもん。ちょっとした抜け毛くらいでがたがた言わないで欲しいわ』
「ただの抜け毛!?」
え、そんなこともあるのと驚いた。
普通霊体からその一部――――まぁよくあるのは髪の毛や血液など――――が現出する場合、そこには相手に気付いて欲しいという強い意志と働きかけが隠されているものなのだ。
というか、幽霊が抜け毛とはこれ如何に。

『私もともと抜け毛の多い体質なのよ。死んでからも変わらなかったのね、それ』

カラカラと笑う彼女だが、そこに含まれたほんの少しの後ろめたさのようなものに高瀬は気づいた。

「じゃあ、鏡についた手形とか……」
『あれ面白いわよね。顔は映らないのに、しっかり触っていると手の形はなんとなく残るの。
体温があるわけでもなし、霊体にも皮脂ってあるのかしら』

「ないと思います」

いやでも待てよ?
…………あるのか、皮脂?

『はじめはただ自分の顔を見たいと思っただけなのよ。でも映りやしないし、たまたまついた手形を見て利用客が大騒ぎするものだから……』
「――――やっぱりただの愉快犯ですか」
とりあえず考えると微妙な気分になるので皮脂については忘れることにした高瀬。
ざっくりとまとめられたその言葉に不満げな様子を見せ、むっと頬を膨らませる。
何やら彼女にもそれなりに言い分はあるらしい。
『これもサービスよ、サービス。家賃がわりにちょっとしたエンターテイメントを提供してただけじゃない』
「エンターテイメント……」
そういう考えもあるものかと一瞬納得しそうになってしまったが、多分それは間違いだ。
『私、自宅のアパートで死ななかったことだけは良かったと思ってるのよね。
いま事故物件だなんだとうるさいじゃない?自宅で発作を起こして発見されず孤独死…なんてなったりしたら大家の御夫妻に申し訳ないし…』
何かと面倒を見てくれる、とてもいい老夫婦だったらしい。
『一度このホテルにも線香をあげに来てくれたことがあるの。
……ふふふ。あの二人くらいよね、ラブホに線香と花束を持ち込もうとして、大真面目に問い合わせ入れるなんて』
当たり前の話だが、線香臭くなると客が入らなくなるのでやめてくれと断られたそうだ。
「……その人たちについてくとかは考えなかったんですか?」
地縛霊というわけでもなさそうだし、取り付くことはできたはずなのだ。
そうすれば少なくとも自宅のあった場所には戻れたはず。
……というか、彼女は何故この場所に残り続け、成仏しないのだろう?
「成仏の仕方がわからないって言うなら、よければお送りしますけど…」
『結構よ。引き際くらい自分で選ぶわ』
「はぁ…」
その言葉には強い意志が感じられ、高瀬は説得を諦めざるを得なかった。
恐らくだが、彼女にはなにか本当の目的があるのだと思う。
それが達成するまで成仏するわけには行かないような、何かが。

『んで?そっちの話を聞かせなさいよ。貞操の危機って?』
「あぁ~え~と…」
『もったいぶると呪うわよ』
ずい、と顔を突き出し圧迫面接状態。
ただでさえ霊力の強い高瀬をただの素人幽霊(?)が呪えるはずもないのだが、そこは肉食系(病弱)幽霊の女としての気迫に負けた。
「そもそもは偽の婚約者騒動から始まって、瓢箪から駒というか…。上司その①とその2が突如乱心しまして…。
職場に婚姻届を用意してきた挙句その場でサインをしろと迫られたので慌てて幽体離脱して逃げてきました…?」
あれ、なんだこの説明。自分で言っててわけがわからなくなってきた。
途中の色々なものを省きすぎたか。
『もっと詳しく!!』
「なんで興奮してるんですかお姉さん!!」
霊体なのに息が荒くなってきた!!!どうして!?
『私のことは師匠とお呼び!』
「師匠!?」
『どうでもいいから早く言いなさいよ。んで、そこからどう貞操の危機につながるの?』
食い気味な質問にたじろぐ幼女。
ある意味過去最強の相手かもしれないと思いつつ素直に答える。
「え~っとですね。実は私には、以前からしつこくプロポーズされてる幼馴染がいまして…。
そして今、その上司二人と幼馴染とが私を間に挟んで修羅場中で…?」
『……まさか、意識をなくしたあんたの本体を、その男どもに据え膳よろしく美味しく頂かれそうになってるってこと?』
「That's right!!!師匠――――!!!」
さすがの考察、もはや師匠と呼ぶことになんのためらいもない。
昨日の敵は今日の師匠だ。
『なんだ結局あんたが悪いんじゃない。結婚を迫るくらい愛されてるんでしょ??そんな女のフレッシュな肉体が放置されてたらそりゃありがたく頂くでしょ』
「フレッシュな肉体…」
なんだろう、そう聞くと非常に艶かしい。
『あんた見るからに奥手そうな感じだし、処女?』
「う」
『……あぁ、言わなくてもわかるわよ、はいはい。
嫌ならさっさと戻ってぶっ飛ばしてくれば?すぐ帰れるんでしょ?』
「ブッ飛ば……せますかね、上司と幼馴染なんですけど」
『セクハラエロ上司ならとりあえず股間に一発食らわせて不能にしてやりなさい。
それが世のため人の為になるわ』
「いやむしろ貞操を狙ってるのは幼馴染の方です」
部長たちはそんなキャラじゃない。
それどころかもしも不能になったら世の独身女性が悲鳴を上げて嘆き悲しむだろう。
主任ならあっさり「じゃあ責任とって結婚してよ」とか言い出しそうだが…。
『幼馴染?ならいいじゃない。お互い良く知ってる相手でしょ。もったいぶってると私みたいにあっさり死んじゃうわよ?まぁ幼馴染相手じゃ今更萌えないっていうなら別だけど…。それだけ一途に愛されてるなら体くらい好きにさせてあげたら?』
「え~~~~」
『さすがの私も3Pは経験がないわねぇ……心臓ももたなそうだったし』

3人どころか実は4人いましたと言ったらこの自称師匠は一体どんな反応をするのかちょっと怖い。
そして一途という言葉がびっくりするほどに合わない男、竜児よ。

「愛されてるって言っても、なんというか……。実感がないんですよね、どれも」
幽霊相手に何を語ってるんだろうなぁと思いつつ、ついつい溢れる本音。

『実感?なによそれ』
「う~ん……。なんでしょうねぇ……。
ほら、物事には流れというものがあるじゃないですか。
告白されてお付き合いして、まぁ一通りのイベントこなして記念日にプロポーズ、とか」
『あぁ、処女の考えそうな夢よね。フラッシュモブとかに憧れるタイプ?今時高校生でももっと現実的よ』
「ぐぅ…」
返す言葉はないが、さすがにフラッシュモブで告白されたいとまでは思っていない。
いいこと、と。人生経験豊富な師匠は仁王立つ。
『結婚ってのはね、相手の人生まるごと背負い込むのと同じことなのよ。
それもいい大人が婚姻届をもって迫ってきてるって言うんだから、愛されてる以外になんだって言うの。
それとも何?あんたの家はとんでもない金持ちとか?政略結婚でも迫られてるって言うの?』
「むしろ相手の方が財力はあると思います。誰を選んでも老後は安定」
『じゃあいいじゃない。何が不満なのよ?』
本気でわけがわからないと首をかしげる師匠。
だが、それがわらかないのは高瀬自身も同じで――――――。

『それとも何?まさか、この期に及んで一人を選べないだけとか?』
「選べない――――」

呆れたように言われたその言葉が、なぜか心に突き刺さった。

ーーーーー誰か一人を、選ぶ?

『………あぁ、そういうことね。あんたの顔見てなんとなくわかったわ。
じゃあ、経験者からいいアドバイスをしてあげる』 

「?」

真剣な様子で、高瀬に目線を合わせしゃがみこむ(自称)師匠。

『本物の愛って奴はね、必ずしも一つじゃないのよ』
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