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高瀬、たじろぐ。

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『いい?愛なんてものわね、所詮遺伝子に操られた幻なのよ』

「おぉ……!!」

『生物学的に言うなら、男ってのは欠陥のある生き物でしかないわ。
繁殖を繰り返すうち、男の染色体に欠損が出ていっているのは紛れもない事実なの。
このまま行けばやがて人類から男の姿は消え、いつか女性だけで単性生殖を行えるようになるかも知れないというのが、ここ最近の新しい見方ね』

「まじですか…!!」

『そもそも動物世界では男を選ぶ権利を持つのは常に女の方。
美しく着飾って、自らをアピールしてみせる必要があるのは男。
世界には、未だに攫った女を嫁にするなんて野蛮な国があるみたいだけど、それだってかつては逆だったの。
実際に中国では、ある有名な女武将が、戦場で気に入った敵方の若い男を混紡で殴り倒して連れ帰ったなんて伝説が残ってるくらいだし…』

「なるほどそれが元祖婚活(物理)…!」

『つまりよ、こういうこと。努力すべきは私たち女じゃない、男の方なの!』

「うんうん」

『女が男に奉仕する必要なんてない!!愛なんてものに惑わされるのは無駄ってこと!!わかった!?』

「はい、師匠!!!」

はは~!!っと、風呂場の冷たいタイルに膝をつき、日本古来の土下座スタイルで頭を下げる偽幼女。
その前で(薄い)胸を張るのは、同士たる師匠――――――ではなく、一人の女性。
まるで子供のような胸元からストンと落ちる真っ白なワンピース。
凹凸が少なく、ひょろりと長い身長で高瀬同様真っ平らに近い胸を張っているのだが、力のこもった宣言とは裏腹に、その表情はほぼ無に等しく。
青白い顔には、なんの生気も感じられない。

だがまぁ、それも当然か。

何しろ彼女こそ、このホテルに住み着いた幽霊その人なのだから。

「つまりこういうことですね!!?酒は飲んでも飲まれるな、女は愛すな愛されるべし!!」
『パーフェクト!!!』

素晴らしいわ!!と、相変わらずの無表情ながら興奮しているのか、まるで拍手のように巻き起こるパシパシという霊障。

「お~い、タカ子どうした~?」と心配する声が隣の室内から聴こえてくるが、今は取り込み中です。

「合点承知!!」
『その調子で今後は励みなさいね、草葉の陰から見守ってるわ』
うんうんと、無表情ながらどこか満足そうな雰囲気を漂わせ、女の姿が足元からうっすらと消えていく。
どうやらこの世への未練がなくなり、成仏への道のりを歩み始めた模様。
「師匠……!!」
『我が妹(分)よ…!!』
霊体同士、がしりと抱きしめ合う二人。
上がるテンションにつられたのか、周囲を飛び交う石鹸、風呂桶、シャワーのノズル。
その物音に、さすがにこちらの様子が気になった模様の賢治。
「お~い、タカ子大丈夫か…??」
『「男は黙ってて」』
「…どうなってんの、これ」
心配して扉を開けてみれば、と。
浴室で抱き合う姉妹のようなその姿に目を丸くし、なぜこうなったと小首を傾げる賢治。
「……まぁ、大丈夫そうではあるか…?」
「むしろ私はここで心の師匠を見つけました」
「……それ本当に大丈夫か?タカ子」

大丈夫、ノープロブレムですとも。

平和的話し合い(物理)による心霊現象の解決に挑んでいたはずが、どうしてこうなったのか。
それはここから少し、時間を遡る必要がある。


30分以内にカタを付けなければ本体貞操の危機と、意気揚々と乗り込んだ浴室。
女同士ならば容赦はいらぬとばかりに、「たのもーーーーーー!!!」と叫んでみれば、女の幽霊は戸惑った様子ながら、あっさり姿を現した。

『……幼女?え、なんでラブホに幼女がいるの……??』
まさかここにロリコンが……??と、ブツブツつぶやきながら、どん引いた様子で姿を見せる女。

「安心してください。霊体ですよ」
『全く安心できない。まさか私以外に新しい犠牲者が出たの!?そんな若い身空で殺されるなんて……!!』
くわっと女の細い目が見開かれ、その物騒な発言に「殺され……?」と高瀬が思わず復唱する。
『そうよ。私はね、男に騙されてここで殺されたの』
「自殺じゃなかったんですか!?」
『誰が好き好んでこんなラブホなんかで。私だって死に場所くらいもう少し選びたかったわよ!!!』
パシン、パシンッ……ツ!!!
女の興奮とともに、空気が弾けるような、大きな音が浴槽内にこだまする。
自殺した女性の幽霊だと聞いていたのだが、この様子ではそれはどうやら濡れ衣だったようだ。
「え~っと、殺されたっていうのはここで?」
『そうよ。元々持病持ちで薬が必要だったのに、発作が起きた私を見捨てて男は一人で逃げたの』
「…見捨て?」

どうやら話を要約すると、こういうことらしい。
とある男性とラブホテルにやってきたらしい被害者女性(仮)
まぁラブホなので、いわゆる大人なあはんうふんを楽しみに来たらしいのだが、そこで大喧嘩が起こった。
テクニック問題である。

『粗チンの分際で人をマグロだの……!!』
「ど、どうどう!!抑えて…!!」

詳しいことは割愛するが、どうにも性の相性的な部分で不一致が発生したらしい。
まぁ、サンバでルンバな必殺技が不発だった、ということにしておく。

『しかもあの男、ノーマルだなんて言っておきながら嗜虐趣味まであったのよ…!?急に私の首を絞め出して!!』
「えぇ、まじかぁ」
粗チ○な上、暴力行為まで加わるとなれば最低男間違いなしだ。
「つまり、首を占められたショックで心臓が?」
そりゃ確かに事件だなと思ったが、どうやらそれが直接の原因というわけではないらしい。
『違うわ。大喧嘩になったのはその後。首を絞めるなんて聞いてないって文句をいったら、お前の体が物足りないからこうでもしないと興奮しないだなんてほざきやがって……!!』
「ど、どうどう……!!」
『騙されたのはこっちの方よ!百人斬りだっていうから期待してたのに!』
「騙されたのそこ!?……ってことは死因はやっぱり過度の興奮による心臓発作……」
『仕方ないじゃない。だってもともと心臓が弱かったんだもの』
「じゃあこんな場所でよく知りもしない相手とハッスルすんのやめましょうよ!」
『他に出会いがなかったんだから仕方ないじゃない!心臓に爆弾抱えてただでさえ短い予定の人生だったし、どうせなら思い切り楽しみたかっただけよっ』
「ううっ……そう言われると」
そもそも女性は、出会い系で知り合った男を食い物するガッツリ肉食系(病弱)女子であったらしい。
自信たっぷりにテクニック自慢をする男を見つけていざ勝負を挑んで見れば、てんで話にならず。それどころか己のテクニックのなさを棚にあげて契約違反ともとれる嗜虐行為に及ぶ始末で。
そこから罵り合いがヒートアップし、心臓発作を発病。
責任を問われることを恐れた男はあっさり逃亡。
もともとお互いの身元も知らない状態でやり取りをしていただけに、逃げた男を見つけることはできず、後に清掃員が彼女の死体を発見するも、結局は事件性のない事故死として判断されてしまったらしい。

『どうせ死ぬなら腹上死がよかったわ』とは、後の至言である。

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