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case1.M棟の幽霊
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うちの大学のM棟に、女の幽霊が出るという。何でも、昔、当時の教授と恋仲になった学生が散々遊ばれて捨てられたらしい。世を儚んだその学生はM棟の屋上から身を投げた。後に、腹には教授の子がいたと判明したとか何とか。M棟の屋上が封鎖されたのはそのためとか。正直、馬鹿らしいと思った。どこの誰が作ったのか知らないがありきたりな筋書きの話だ。俺は全く信じなかったけれど、友人達が盛り上がっているところに水を差すのも無粋なので黙っていた。すると、ひとつ肝試しをしようという流れになってしまった。閉門ギリギリの22時、友人達とM棟を廻る。暗くしんとした棟の中はなかなかに雰囲気がある。コツ、コツ、と俺達の歩く音と話し声だけが響く。一階から四階までを順に廻り、屋上に続く階段まで行って引き返した。当たり前といえば当たり前だが、特になんの異変も起こらず肝試しは終わった。友人達は残念がっていたが、多少のスリルと興奮を胸にそれぞれ帰宅した。
――以来、女の夢を見る。
☻
肝試しから二週間ほど経過した水曜の3コマ目に向かう最中だった。背後から走り寄る音が聞こえたかと思うと、勢いよく肩を組まれた。視界の端でくすみのあるピンク色の髪が揺れる。
「ハセく~~~んん」
「樒、暑い」
肩に置かれた手を払うと、ピンク髪の同期生――樒 一総はぱっと手を離した。そのまま俺の真横で歩調を合わせる。俺の名前が「長谷川 幸咲」だから、「ハセ」。友人は大抵そう呼ぶ。樒が友人かどうかは議論の余地があるのだか、少なくとも樒は俺を気に入っているようだった。次の講義は、こいつも一緒だ。
「なァんか調子悪そうな顔してるねェ~~~。大丈夫ぅ? ちゃんと寝てるぅ~~~?」
「寝てる」
「信憑性無いねェ~~~!」
樒はそう言ってケラケラと笑った。廊下を歩く他の学生がチラチラと向ける目線が痛い。大分慣れはしたが、樒は容姿といい態度といい、ただでさえ人目を引くのだ。その上、学内ではちょっとした有名人でもある。
その本人は笑みの張り付いた目を猫のように細めて俺の顔を見る。
「ハセくんさァ、変なコトしなかったァ? 例えば、幽霊の正体見ようとしちゃったりとかさァ」
「……肝試しなら、やったけど」
「あァ! なるほどねェ!」
ぽん、と手を打つと、樒は濁った目をキラキラと輝かせる。弾む声に、喜びの色を隠しもしない。
樒 一総が有名人な理由。
「ハセくんさァ、女が憑いてるよォ」
――こいつは、幽霊が視えるらしいのだ。
「またそういう口からでまかせを……」
「嘘じゃないよォ。ハセくんも知ってる癖に」
ため息混じりの俺に、樒も不服そうに返す。
「今までだって、何度も祓ったじゃないかァ」
「あーはいはい。暗示だろ、暗示」
「信じないねェ~~~。意固地って言うんだよォ、そういうのォ」
樒の言う「祓う」というのは、言葉による誘導の部分が大きい。本人曰く、「言霊で祓う」らしいのだが、何が除霊だ。心理学専攻が聞いて呆れる。詐欺だ。ペテンだ。暗示と誘導。心理学的なテクニック以外の何物でもない。
「ま、祓わなくても良いならいいけどォ」
にたにたと樒は頬を緩ませ、おもむろに俺の肩の辺りを指差す。
「早くしないと、そこのショートヘアの女に殺されちゃうよォ」
「な、……っ」
何故それを、と言いかけ、樒の目を見る。樒は死んだ眼差しで俺を一瞥し、鼻歌を歌いながら先に歩いていく。ベージュのリュックの端で何かのキャラクターのマスコットが揺れていた。
夢の中の女は、確かにショートヘアだった。
――以来、女の夢を見る。
☻
肝試しから二週間ほど経過した水曜の3コマ目に向かう最中だった。背後から走り寄る音が聞こえたかと思うと、勢いよく肩を組まれた。視界の端でくすみのあるピンク色の髪が揺れる。
「ハセく~~~んん」
「樒、暑い」
肩に置かれた手を払うと、ピンク髪の同期生――樒 一総はぱっと手を離した。そのまま俺の真横で歩調を合わせる。俺の名前が「長谷川 幸咲」だから、「ハセ」。友人は大抵そう呼ぶ。樒が友人かどうかは議論の余地があるのだか、少なくとも樒は俺を気に入っているようだった。次の講義は、こいつも一緒だ。
「なァんか調子悪そうな顔してるねェ~~~。大丈夫ぅ? ちゃんと寝てるぅ~~~?」
「寝てる」
「信憑性無いねェ~~~!」
樒はそう言ってケラケラと笑った。廊下を歩く他の学生がチラチラと向ける目線が痛い。大分慣れはしたが、樒は容姿といい態度といい、ただでさえ人目を引くのだ。その上、学内ではちょっとした有名人でもある。
その本人は笑みの張り付いた目を猫のように細めて俺の顔を見る。
「ハセくんさァ、変なコトしなかったァ? 例えば、幽霊の正体見ようとしちゃったりとかさァ」
「……肝試しなら、やったけど」
「あァ! なるほどねェ!」
ぽん、と手を打つと、樒は濁った目をキラキラと輝かせる。弾む声に、喜びの色を隠しもしない。
樒 一総が有名人な理由。
「ハセくんさァ、女が憑いてるよォ」
――こいつは、幽霊が視えるらしいのだ。
「またそういう口からでまかせを……」
「嘘じゃないよォ。ハセくんも知ってる癖に」
ため息混じりの俺に、樒も不服そうに返す。
「今までだって、何度も祓ったじゃないかァ」
「あーはいはい。暗示だろ、暗示」
「信じないねェ~~~。意固地って言うんだよォ、そういうのォ」
樒の言う「祓う」というのは、言葉による誘導の部分が大きい。本人曰く、「言霊で祓う」らしいのだが、何が除霊だ。心理学専攻が聞いて呆れる。詐欺だ。ペテンだ。暗示と誘導。心理学的なテクニック以外の何物でもない。
「ま、祓わなくても良いならいいけどォ」
にたにたと樒は頬を緩ませ、おもむろに俺の肩の辺りを指差す。
「早くしないと、そこのショートヘアの女に殺されちゃうよォ」
「な、……っ」
何故それを、と言いかけ、樒の目を見る。樒は死んだ眼差しで俺を一瞥し、鼻歌を歌いながら先に歩いていく。ベージュのリュックの端で何かのキャラクターのマスコットが揺れていた。
夢の中の女は、確かにショートヘアだった。
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