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裏女王様の後悔・2
しおりを挟む待ち合わせ場所で待っていた俺は、ナオから声をかけられるまでまったくその存在に気がつかなかった。
軽く再会の挨拶をした俺達はホテル内へと部屋をとった。
こうやって同じ相手と二度も会うなんて初めてだから、なんだか不思議な感じがする。
部屋に入ると、ナオは真っ先にイスへと座ると聞いてきた。
「で、何があったの?」
「えっ……?」
初めて会った時みたいにすぐに抱き合うものだと思っていた俺は、いきなりのナオからの質問に驚いた。
答えない俺に、ナオが再度優しく促す。
「いきなりあんなこと言うなんて、何かあったんでしょ? カズらしくないよ」
カズらしくない……?
「ナオと会うの二度目なんだけど……」
なんだかナオが兄貴面してそう言ったのが悔しくて、俺は少し言い返してみる。
「そうだね。でも、カズのことはなんとなくわかるよ」
そう言うとナオはじっと俺の顔を見た。
「カズは普段から物事を冷静に見極めるタイプで、自分に不利なものには絶対に手を出さない。人間関係も、浅すぎず深すぎずを保ってうまく付き合うけど大事なことは一切話さない秘密主義……違う?」
ナオが確認してくるのに、俺は答えなかった。
悔しいけど、当たっている。
「この顔じゃ、当たりかな」
俺のそばまで近寄ったナオは、いつの間にか膨らませていたらしい俺の頬を、指でつついた。
「……なんでそんなこと、ナオにわかるのさ」
ナオの指から逃げるように俺が顔を逸らすと、ナオは「おや?」といった感じの表情で笑い、ベッドの端へと腰を下ろす。
「ん~……カズってどこか恋愛に対して否定的でしょ? そういうところ似てるかな、俺と」
「え……」
突然のナオの告白に俺は驚いた。
(ナオが俺と似てる……?)
気がつくと俺はナオの横へと自分も座っていた。
そんな俺を見て、ナオは少し寂しそうな顔で話し出す。
「俺、基本的には男も女も守備範囲なんだけどさ……」
うん、なんとなくそれは初めて会った時から感じていたことだ。
「昔、男相手に大失恋したことあってさ。それで、恋愛なんてって自棄になって色々と遊んだ時期があった。今のテクはその時に身についたものだよ」
「俺との身体の相性がよかったんじゃないの?」
初めて会った時の質問時に返ってきた答えを俺が言うと、ナオは笑ってくれた。
「それもある。でもカズだって、若いくせにあのテクは反則でしょ」
「……俺もナオと一緒だよ」
色々な男と寝ているうちに、自分が一番楽に出来るようにだんだんとテクが身についてきた。
「俺は抜け出してきて少しはマシになったんだけどね。ちゃんと恋もする予定だし……でも、カズは真っ最中だな」
「…………」
俯いてしまった俺の頭をナオが軽くポンポンっと叩いて言った。
「カズ、俺でよかったら話聞くよ。何があったの?」
そのナオの優しい言葉に、俺は亮太とのことを全て正直にうち明けた。
◆ ◆ ◆
「そっかぁ……」
全てを聞き終えたナオは、一呼吸置き笑顔で俺に言う。
「カズは、その子のことが好きなんだね」
……は?
「俺が? 誰を?」
ナオの言葉が理解出来ず、俺はそう聞き返していた。
すると、まさか俺からそんな疑問を返されるとは思っていなかったのだろう。
ナオは意外そうな表情をする。
「だから、その亮太くんって子のことを。カズが好き……」
「なんで俺が、亮太なんかのこと! 冗談言うなよ、ナオ」
ナオの言葉を俺は遮った。
俺が亮太を好き? そんなこと有り得ない。
「あいつとは、幼馴染みなだけだ。俺の性癖のことだって、あいつが馬鹿みたいに約束のことを持ち出すから言えなかっただけで……」
「本当にそれだけ?」
ナオが真剣な声で聞いてくるのに対して、俺はすぐには否定出来なかった。
「叶えてあげられないなら、はっきり言えばよかったじゃないか。それが出来なかったのは、真実を話して亮太くんに嫌われたくなかったからじゃないの?」
ナオのその言葉が、大きな矢になって俺の胸に突き刺さる。
違う……俺が亮太を好きになるわけがない。
「……そんなんじゃないよ。だってあいつの好みのタイプ、俺知ってるもん」
幼馴染みの俺は、亮太のことをよくわかっている。
亮太が好きなのは、おとなしくてピンクや花が似合う子で……そして、純粋そうな可愛い女の子。
俺なんかとは全然住む世界が違うタイプだ。
だから……。
「俺がそんな望みの少ない恋をするわけがない」
「じゃあ、もし亮太くんが男もOKだったら?」
……亮太が男もOKだとしたら?
亮太の隣りに立つ他の男を想像しかけ、俺は胸が痛むのを感じた。
亮太の隣りを……誰かに譲りたくない。
ナオの言葉が決定打になり、俺の目からは気がつくと涙が零れてきた。
気づきたくなかった自分の気持ちに、こんな形で気づかされるなんて。
でも気づいたところで、現実は変わらない。
いまのはあくまでも、ナオが言ったもしもの場合でしかない。
現実には……。
「そんなこと絶対、有り得ない! 亮太がいつも好きになるのは純粋な子だ。俺みたいに誰とでも寝るようなやつ、亮太には釣り合わない!」
そうわかっていたのに……俺みたいに汚れたやつが、亮太みたいな純粋なやつのそばにいちゃいけないって。
わかっていたのに『幼馴染み』という関係に甘えて、そばに居すぎた。
その結果……俺が亮太を汚して、大事にしてきた『幼馴染み』の関係まで壊してしまった。
俺の目からは止めどなく涙が溢れてくる。
そんな俺をナオはぎゅっと抱き締めて、優しく頭を撫でてくれる。
「ごめんね、カズ。辛いことに気づかせて」
「ううっ、ナオ……ナオぉ……」
俺が胸に顔を埋めて泣くのを、ナオは嫌がりもせず逆にさらに強く抱き締めてくれた。
そして、はっきりとした口調で言う。
「こういう気持ちは一度吐き出さないと、前には進めなくなっちゃうから」
いきなり両肩を掴まれ、胸から引きはがされたかと思うと、真っ正面にナオの顔がある。
「今は思いっきり泣け。そして、いつもの生意気なカズに戻れ」
ナオにしては珍しい命令口調で言ったかと思うと、次の瞬間、ナオの唇が俺の唇に重なってきた。
(俺の好きなナオのキスだ……)
「ん……んぅ……」
ナオの方が巧みに絡みついてくるけど、どこか亮太に似てる情熱的なキスだった。
(亮太……亮太……)
ナオのキスで、俺の本心を隠していた壁が全て崩れていく。
ナオの唇が離れていくと同時に、俺はその胸に飛び込んだ。
そして、まるで小さな子供のように思いっきり声に出して泣いた。
俺が泣き止んだ頃には、俺の目は赤くなっているし、ナオのシャツは涙やらでビショビショになっているしで、二人で顔を見合わせ笑ってしまった。
「やっと、笑ったな」
「うん。ごめん、俺のせいで」
照れくさそうにそう言って、俺がナオのシャツを指さすと、ナオは俺の頭を数回軽く叩く。
「いいよ、今洗えば朝までには乾くし。カズも顔なんとかしないと、せっかくの美人が台無しだ」
自分ではわからないけど、そんなにひどい顔になっているんだろうか。
でも、あれだけ泣けば目蓋だって腫れてるだろうし……。
なんか、ナオにはみっともないとこばかり見せてるな。
「シャワー、浴びようか?」
「……うん」
ナオの言葉に『一緒に』という意味が含まれていることに気づいた俺は、戸惑いながらも頷いた。
変な意味合いは一切なく、俺とナオは一緒にシャワーを浴びて身体を綺麗にすると、同じベッドへと二人で入った。
それでも俺もナオも欲情することなく、ただ静かに抱き合っていた。
お互いの温もりを感じるだけで気持ちが落ち着く。
「俺、ナオを……好きになれば、よかった……」
ナオの腕の中で俺が小さくそう呟くと、ナオは笑いながら答える。
「そんなこと言って、結局は亮太くんが一番なんだろ?」
「……気づいた途端に失恋なのに?」
俺が拗ねたように言うと、ナオがギュッと抱き締めてくれた。
「でも、カズは前に進まなきゃ……カズがまた違う相手と恋愛したくなったら、その時こそ候補として考えてよ」
ナオの手が優しく俺の頭を撫でてくれる。
「このまま朝まで眠りな。何もしないから……ただ、こうしてるだけ」
「うん……」
暖かい温もりに包まれて、俺の意識はすぐに落ちていきそうになった。
その薄れていく意識の中、ナオの声が何かを言っている。
「カズは失恋だなんて言うけど……やっぱり好きな相手じゃないと、そんなふうには抱けないよ。だから、カズの恋は大丈夫」
ナオの言葉の意味を理解する間もなく、俺は眠りに落ちていく。
ナオはそんな俺をずっと……朝まで抱き締めてくれていた。
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