BL短編

水無月

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秋だけどまだ暑い番外編祭り!!!

番外編 植物使い

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・植物使い主役二人

・簡単説明・
 冒険者二人のお話。生意気金髪美少年と青年(年齢不詳)のコンビ。
 詩蓮(しれん)と晶利(しょうり)です。

 詩蓮……植物を操る金髪緑目の魔法使い。優秀。自信家。早く大人になりたいなと思っている。
 晶利……大魔法使いだがヘタレの化身。コミュ障。詩蓮は子どものままでいてほしいと思っている。
























 旧幽霊屋敷にて。
 青銅色のエレガントなベッドで、簀巻きにされた少年がキャンキャン吠えていた。

「おおい! これはどういったことだ。風邪引いた人間に……することか! ゴホッゲホッ、ゴホゴホッ」
「やっと風邪だと認めたな……」

 晶利は腰に手を当ててため息をつく。朝から顔が赤いなと思っていたが……




『なあ。詩蓮。もしかして』

 緑の瞳がキッと睨んでくる。

『……エリートである私が、風邪なわけないだろう!』
『俺が風邪って言う前に風邪と言ったな? 風邪だと思ってるんだな?』

 具合が良くないのか。熱を測ろうと手を伸ばしたが、するりと躱される。

『ゴホゴホッ! ……ちょっと咳が出て、頭がふらついて身体が重いだけだ』

 出かける気満々で杖を握るが、だんだん瞳が潤んできている。

『風邪だな。今日は寝ていろ』

 花柄のベッドのシーツを整えてやるが、詩蓮はやめろと腕を引っ張ってくる。

『なんともないと言ってるだろ。ゲホゲホッ! ……ゴホゴホッゴホッ!』
『なんともない奴は咳しないんだよ』

 小さな背中を摩ってやる。なんでこいつはこんなに気を張るんだろうか。弱みを見せられない環境にいたのは理解しているが、もう昔とは違うのだ。もっと頼ってほしい。

(俺が……頼りないのは否定しない)

 我ながら言葉に詰まる。俺が頼りないから詩蓮にこうやって暴走させてしまうのだろう。……頼りがいのある大人って、どんなのだろう。そういう本、売ってないか?

『ゴホッ、ゴホッ!』
『その調子で魔物と戦えるのか? 無理だろう? というか、そんな体調で魔力など使わせんぞ。大人しくしていろ』

 シーツを握りしめ、ベッドに突っ伏す形で咳き込んでいる少年を抱きしめる。ぴくっと詩蓮の身体が震えたが、払いのけられなかった。

『……?』

 自分の胸にもたれさせ、さらつや髪を押さえるように撫でる。

 ……おかしい。詩蓮の身体がどんどん熱くなってきている。熱が上がっているのだろう。すぐ無理するから。ちゃんと休日を作ると言ったのに……。
 ほら……。顔もさっきより真っ赤じゃないか。緑の瞳もぐるぐる渦巻いて……って、ちょ! 目ぇ回ってないか!

『お、おい! しっかりしろ!』
『あばばばばばば……。晶利が、晶利に、抱きしめ……られ』

 くっ! うわごとを言っている。良くない兆候だ。
 ベッドに寝かせようと持ち上げかけるが、詩蓮に突き飛ばされた。

『詩蓮⁉』
『だ、大丈夫だ! な、なんだか今ならすごい魔法が使えそうだ! ゴホゲホッ……! 魔物も一撃だぞ』

 目を回しながら、顔も赤く汗も大量にかいている。それなのに杖を握り、胸を張って仁王立ちで笑う。
 いかん。熱が上がって変な方向にハッスルしてしまっている。すまん。詩蓮。許せ。

『大人しくしろ!』
『な、なんだその布と紐は⁉ 何に使う気だよせうわっ』





「ゴホゴホッゴホッ!」

 簀巻き詩蓮の出来上がりだ。
 ベッドに放り投げ一安心。詩蓮はめっちゃぷりぷり怒っているが今回は俺が間違っているとは思わない。睨まれても平然とした眼差しを返す。

「なんでお前はそうなんだ……。何か持ってきてやる。食欲はあるか?」
「放せ放せー! 私は大丈夫だとッゴホゴホゴホ!」

 今日はなかなか言うことを聞かないな。いつものことだが。
 晶利はすたすた歩くと、大事そうに立てかけてある詩蓮の杖をひょいと手に取る。

「晶利……? 魔物退治に行く気になったのか?」

 ずずっと鼻をすすり希望的観測を口にするが、晶利は黙ったまま杖を横にして両手で持つ。

「……晶利?」
「詩蓮。大人しくしていると言え。でないと、この杖を折る」

 少年はヒュッと息を吞んだ。
 そ、それは師匠の肩身で、唯一家族との繋がりを感じられる、命より大事なもの。
 詩蓮は自分が人質にされた以上に真っ青になる。
 晶利の手からミシミシとすでに嫌な音が聞こえる。穏やかな見た目に騙されてはいけない。晶利は修羅の時代を生き抜いた人間の一人だ。杖くらい、つまようじのように折ってしまうだろう。取り返そうにも、今はまさに手も足も出せない状況だ。万が一つにも勝ち目はない。

「や、やめろ。それが大切なのは、知ってるだろ?」
「知っている。だから人(物)質として価値がある」

 ぐ、ぐうう!

「お前、そんなひどい奴だったか?」
「俺はお前が一番大事だ。この杖があるからお前は出かけてしまう。ならば粉砕しよう」
「……」

 急に詩蓮が黙り込んだ。怒らせたか……? いや、気持ちで負けるな。気持ちで負けると俺は絶対言い負ける。心を鬼にするんだ。

「……もう一回、言ってくれ。ゲホッ」
「? ……『ならば粉砕しよう』?」
「違う! その前だゴホゴホ! 喉痛い! ゲホゲホ」

 もう黙っていてほしい。
 えーっと、あれ?

「その前? な……何を言ったっけ……?」
「このポンコツがっ! いいから果物剥いてお粥作って持って来い! そうしたらじっとしててやる」

 また怒らせてしまった。でもじっとすると言うのだ、これでいいはず。
 コトッと元の位置に杖を戻し、簀巻きから解放してやる。

「汗だくじゃないか。タオルも持ってくるから、横になっているんだぞ?」

 晶利に覗き込まれると詩蓮は唇を尖らせ、もじもじとシーツを握る。

「……お、お前の魔法でささっと治してくれても……」
「魔法で治すと身体が強くならない。骨折などの大怪我なら治してやるが。風邪くらいは免疫に頑張らせろ」
「め、めんえき……?」

 ぽかんとして聞き返すが晶利はさっさと部屋を出て行ってしまう。あ、あの説明しな男が!
 むすっとやけになって横になると、いつの間にか眠っていた。





 寝返りを打つと、自分が何かを握っていることに気づく。

「ふぇ?」

 目を開けると、見慣れた茶色のアオザイが視界に写る。

「……?」
「詩蓮。起きたか? 具合はどうだ?」
「んん……」

 何のことかよく分からず身じろぎすると、大きな手が額に触れた。ひんやりして気持ちいい。

「まだ熱いな。そうすぐには治らんか……。起きれるか? 水分を摂れ」
「ん~?」

 甘えたような声を出しながら目を擦る。が、すぐに手首を掴まれやめさせられた。

「晶利?」
「ああ。ここにいるぞ」
「そうだ。私……」

 起き上がろうとすると、ベッドに片膝を乗せ晶利が背中を支えてくれる。

「……」
「水だ。飲め」

 受け取ってくれたはいいものの、詩蓮がじっと見上げてくるだけで口を付けようとしない。

「詩蓮? オレンジジュースの方がいいか?」
「いや……」

 こくこくと飲みだしたのでホッとする。ぷはっと一気飲みした少年はコップを握ったままコテンともたれかかってきた。そのまま服にしがみつきすりすりと頭を擦りつけてくる。

(晶利が構ってくれてる……)

 普段よりずっと近くて、触れてきてくれるのが嬉しい。
 対する晶利は、何故か小刻みに震え出した。

「すまん。この体勢がキツイ……。ちょっと離れてくれ」

 詩蓮のこめかみに四つ角マークが浮かぶ。
 この男は本当に。どうしてこうなのだろうか。
 ぶすっと空になったコップを突き返してくる。

「おかわり」
(機嫌悪くなったな)

 やはりオレンジジュースの方が良かったか。今度はそうしよう。ベッドから離れ、水差しを傾けコップに水を注ぐ。透明の水差しの中に白い花が沈んでおり、いい香りがする。
 二杯目を渡す。

「ゆっくり飲め」
「……ありがとう」

 ちびちび飲むと、晶利はベッド横の椅子に腰かける。

「適当に果物剥いたが、食べれそうか?」

 器の中には桃と夏オレンジが瑞々しい輝きを放っている。詩蓮が開発した栄養剤を撒いて育てた元気果実だ。害虫や病に強く、甘みが濃く育つので農家などに無料で配っている。……数ヶ月後には野菜がたくさん詰まった手紙付きの箱が屋敷の前に置かれているので、効果は抜群のようだ。

「食べる……ゴホゴホ。ゴホゴホッ……咳が、もう嫌なん……ゲホガハッ」
「そうだな。咳をすると疲れるよな。寝る前に咳止めを飲むようにしよう。薬は買ってある。心配はない」

 咳をするたびに背中を摩ってくれる。咳は嫌だが……これは、悪くない。

(でも咳は嫌だ)
「食べろ」

 ずいっと器を差し出すが受け取らない。

「?」

 食欲が引っ込んでしまったのだろうか。風邪だしな、こういうこともあ……

「……べさせて」
「ん?」

 詩蓮が口を開ける。

「ゴホッゴホッ。食べさせろ」
「……俺が果物を押し込んだら余計咽ると思うぞ?」
「うだうだ言うな。暴れるぞ!」

 ま、まあ、辛い思いをしているんだ。言うことを聞いてやろう。暴れないでくれ……。

「ほれ」

 妖精の羽っぽい飾りのついたピックに桃をさして、口元に持っていく。

「……」

 咳が収まるのを待ち数秒ほど桃を見つめ、ぱくっと食べてくれた。雛に餌をやっている気分になる。
 詩蓮は咀嚼しながらふっと前髪を払う。

「甘い、うまい。流石私だゴホゴホッ!」
「無理にしゃべるな。オレンジは酸いから蜂蜜をかけておいた。……合うかは分からないが」
「ゲホッ、分からないのに、挑戦するなゲホゲホッ」

 蜂蜜オレンジが口に運ばれる。齧ってみるが、いける。飯テロにならずに済んでほっとした。

「ゲホゲホッ!」
「……辛いな」
「もう嫌だ……ずびっ。何で咳は出るんだ。何の意味がある」
「一応、身体の防御反応だ。悪いものが入ってこないように。それとストレスで咳が出ることもある」
「え……?」

 ストレスでも? ストレスが人類の敵すぎる。

「ゴホゴホッゴホゴホッ!」
「よしよし……。タライも置いておくから、吐きたくなったら遠慮なく出せよ」
(……咳がうざい気持ちと晶利が背中摩ってくれるから嬉しいという気持ちがボクシングしてる……。なんだこれ。複雑だ)

 とはいえ辛いものは辛いので、全力で甘えておく。

「桃!」
「はいはい。あーん」

 シーツにべちゃっと落としては駄目なので、器ごと顔に近づける。
 そこそこ大きい一口サイズ(?)の果物を、大きく口を開けてぱくり。

「……おいひい」

 もぐもぐ。

「オレンジも!」
「はい、あーん」
「……甘い、酸っぱい」

 器は空になった。果物だけだが全部食べてくれて安堵する。

「お粥はどうだ?」
「もう食えん」
「そうか」
「退屈だから本を読みたい」
「持ってきてやろう」

 晶利が出ていくと気を失うように眠る。寝て起きてを繰り返し、生活リズムが無茶苦茶になった頃、ようやく身体が軽くなってきた。






「私は何日くらい屋敷に籠っている……?」

 仕事大好き少年がベッドで項垂れている。ずっと家の中なので退屈なのもあるだろうが。

「三日くらいか」
「……そろそろ、ゴホゴホッ仕事に行っても……」
「いいわけないだろ」

 ころんとベッドに寝転がるとじたばた暴れ出す。

「うがー! 何日風邪を引いているんだ私は。長いぞ。風邪って三日くらいで治るものなんじゃないのか? ゲホガハッゴホゴホッ」

 喋ったら咳が出るというのに喋りまくる根性は褒めてやろう。
 晶利がベッドに腰掛けると嘘のように大人しくなった。
 ころころと転がって近づいてくると、きゅっと手を握ってくる。びっくりするくらい体温の高い手。こういうときの詩蓮は信じられないくらい可愛いな。さっきまで暴れていたので余計にそう思う。
 目にかかりそうな髪を耳に流してやる。

「人にもよるが……風邪は十日以上かかると思っておけ」
「そんなに? 確認するが、晶利にうつったりしてないか?」
「俺は風邪でどうこうならんし、なったとしても看病してやるから気にするな」
「……」

 優しくするくせに、手は出してこない。こんなの……生殺しだ。

「じゃあキスしても大丈夫だな? うつらないもんな?」
「いや。二人倒れては大変だ。濃厚接触は控えておこう」

 なんっでだよ!
 嫌な空気を感じ、さっと立ち上がってどこかへ行こうとするが、手は握られたままだ。

「詩蓮? あまり我が儘は……」
「……」
「……? 寝た、のか? 子どもはすぐに電池が切れるな」

 抱き上げてベッドの中央で寝かせて……やろうとしたのだが、手が握られたままだ。

「ぐっ」

 おたおたするが結局、勝手に手が離れるまで座っていることにした。

「……詩蓮。俺たちはどうしたって寿命が違うんだ。お前は俺を置いていってしまう。その時の俺の気持ちも、考えてくれないか?」

 どれだけ愛しても先立たれる。一緒に老いていくことすらできない。お前の墓に花を添える自分を想像しただけでため息がもれる。
 聞こえてないと分かっているので声に出して呟く。ところどころ跳ねた茶髪が流れる背中は、置いていかれたくなくて母親の手を握る子どものようだった。








 屋敷内ならば歩き回っていいと許可をもらった詩蓮と、食堂でランチ。

「黒槌さまの不老不死をどうやって私にスライドするか、だな!」

 うっかり寿命の愚痴を言ってしまうと詩蓮は平然と言い切った。行儀が悪いと分かっていても思わずテーブルに膝をついて頭を抱える。

「お前な……。黒槌の地雷原でタップダンスしておいてまだ言うか?」

 子どもに優しい性格じゃなければ殴り殺されている案件だったぞ。
 黒槌(くろつち)とは晶利の戦友で、不老不死になってしまった人物だ。子どもにとても優しく、晶利に厳しい。

「それに俺は黒槌が不老不死じゃなくなった瞬間死ぬ予定だ。生きてる意味もない」
「……」
「お前には、不老不死の効力を消す方向で頭を使ってほしい」

 詩蓮が頬をぱんぱんに膨らませている。リスのようで可愛いが、黒槌の話題になるたびにそんな顔をするのはどうしてだ?
 好きな人と黒槌の仲に嫉妬しているなど、朴念仁が理解できるはずもない。言っても無駄そうなので、詩蓮はリスになって拗ねるだけにしている。
 晶利が手を伸ばして頬をつついてくる。
 ふにふに。

「……」
「あっ、すまない。つい……」

 詩蓮の見開かれた目を見てハッとなり手を引っ込める。無意識だったらしい。

「勝手に触るな、ゲホッゲホッ」
「すまない」

 すぐしゅんとなってしまう晶利。詩蓮が一瞬だけムフフっと笑う。

「罰として一緒に寝てもらうぞ」
「わかっ……ん?」

 頷きそうだったが、流されないぞ。

「詩蓮? 俺以外の人を好きになれ」
「私に話しかけるな」
「……」

 お、怒らせてしまった。なんでこうなる。お前と俺のためを思って言っているのに……。
 その後は恐る恐る声をかけてもプイッと顔を背けられ、返事をしてくれなくなった。






 にょきにょきと、植木鉢から芽が出て普段の百倍速で成長していく。大輪の花を咲かせるも即座に枯れていき、ぷっくりとした実をつける。その時点で手を離した。

「よし」

 詩蓮が自分で咳止めの薬を作っている。
 暑いためドアは全開にしてあるが、入る時はノックするように心がけている。
 コンコン。

「詩蓮」
「あ、晶利。げほっ」
「魔力を使うなと言っただろ?」
「そう……だっけ?」

 首をかしげている。記憶力がいい奴なので、単純に覚えていないだけだろう。風邪引いたばかりでフラフラだったようだしな。なので、この件は叱らないでおく。
 植木鉢は取り上げる。

「むっ? 何をする。返せ」

 手をあげるだけで詩蓮には届かなくなるので手を頭上に持って行く。短気少年はすぐさま腰をあげると……抱きついてきた。

「……」

 端から取り返す気ないな。

「風邪の時に魔力を使うな。倒れるぞ」
「……せ、咳止めを。その実は咳止めにもなるから。そのくらいなら別に……」

 市販の薬があまり効いていないようだからな。

「夜、横になると咳が出るし。そのたび晶利はわざわざ部屋に来てくれるけど、なんか、悪いし……。咳だけでも止めようと思って」

 たしかに俺の睡眠時間は削れているけれど、隣の部屋から咳が聞こえているのに聞かなかったことにして眠れないしな。そうか。俺のことを考えてくれたわけか。……嬉しいけどいつまでくっついているんだ?

 植木鉢から手を放し、その背中を撫でる。植木鉢は重力に従い落ちる、ことなくその場でふよふよと浮く。

「相変わらず風魔法の精度がすごいな」
「ありがとう」

 晶利が突き放さないのをいいことに、すりすりと目一杯甘えておく。



 つらくなったら横になる、を繰り返したおかげで、またきちんと夜に眠れるようになってきた。夜に起きて日中寝ていると、晶利に会えなくて寂しいのだ。
 さらっとした生地の寝間着に着替え、明日には治っていると念じながらベッドに入る。村での生活とはかけ離れた豪華な屋敷。高価な家具。しかし晶利が隣にいれば裏路地の地べただろうと嬉しい詩蓮にとっては、大して喜ばしいものではなかった。
 さらさらのシーツに潜り込み、目を閉じる。
 コンコン。
 ノックの音。

「晶利?」

 なにか言い忘れたことでもあるのだろうか。
 ベッドから下りてドアを開けると……

「え?」

 寝間着姿の晶利が突っ立っていた。

(え? ……寝間着? 晶利が?)

 どれだけ金があっても寝衣一枚買わなかったこいつが⁉
 目を丸くして大口を開けても美を保っている少年に苦笑する。

「入っていいか?」
「え? あ、ああ……」

 身体をずらすと晶利が入ってくる。よく見ると小脇に枕を抱えていた。
 カァッと顔が熱くなり、急に胸がドキドキ鳴り始める。な、なんで? なんで? ま、まさか。
 淡いクリーム色。あまり似合っていないしその辺で売っていそうな寝間着だがめちゃくちゃ新鮮だった。目が離せなくなる。夏はそうなのか、髪も珍しく結んでいるし。
 晶利は遠慮なく詩蓮のベッドに枕をぺいっと放る。

「ここで寝ても構わないか?」
「……は?」

 怒涛の勢いで押し寄せるハテナに、詩蓮の頭が停止した。
 固まっていると両手で頬を包むように挟まれる。

「詩蓮?」
「……ど、う、したんだ? その、寝間着」

 なんとか声を振り絞れた。晶利は服の裾を引っ張る。

「買った。今日お前が昼寝している間に。市場に行って倒れかけたが、まさか風邪のお前を連れて行くわけにもいかないしな」

 人が苦手で引きこもっていたこいつが。買い物……

「どうした? げほっ、明日世界が終わるのか?」
「頑張ったなって言ってほしいんだが」
「ここで寝るって言ったか? 幻聴ではなく?」
「ああ。言った」

 掛け布団を捲り上げ、さっさと中に入ってしまう。
 そうなれば詩蓮に我慢できるはずなく、ぴゅうっと隣に滑り込んだ。

「げほげほっ。どうした? どうしたんだ?」

 晶利の上に乗っかる勢いで抱きつく。まるで逃がさないと言うように。晶利は仕方なさそうに微苦笑する。
 ゴロンと横を向くと、晶利は両腕で詩蓮を抱きしめた。晶利の服の上からじゃ分かりにくい、鍛えられた肢体に包まれる。ちょっと苦しいが、う、嬉しい。

「ほぎゅ?」
「お前の咳が気になって眠れん。いちいち部屋を出るのも面倒なので、風邪が治るまではここで眠れば解決するんじゃないかと思ってな」
「……」

 嬉しすぎて何言っているのか理解できなかったが。ここで寝る⁉
 ……もう風邪が治らなくてもいいやと思ってしまった。

「キスぐらいしてくれるよな?」
「風邪っぴきの子どもに手を出すとか、俺処刑されないか?」
「げほげほっ。されないされない! ごほごほ! ……一回くらい……んぅ」

 大人の身体が覆いかぶさってくる。
 唇を塞がれ詩蓮は歓喜したが……長い。

「ん、んん……。ぅ……っ」

 抱きしめていた少年の手が、酸欠を訴えバシバシと背中を叩いてくる。夢中になっていた晶利はそこでやっと我に返った。

「ああ……すまん」
「ぐへぇー……げほっ。んぐう?」

 文句を言おうとしたが頭の下に手を添えられ、もう一度唇を重ねられる。

「んっ、んぅ……」

 舌が入り込み、口内をねぶられる。こんなに気持ちいいのに。こんなに嬉しいのに。晶利は自分を愛してくれない。

「はぁ……。キスしたんなら、責任取れぇ……」
「お前が女性だったらな? 今頃俺は師の墓の前に娘さんを下さいと土下座しに行っているが、お前は男だろう?」

 むぐぐぐぐぐ。こいつの考えは何百年前で止まってるんだ。最新のものに更新しろ。こいつにとって私とのキスは、親鳥がヒナに餌をあげているようなものなのだろう。親のような愛情はあるが、恋人のような恋情はない。

「しぶといな。さっさと私を好きになれ」
「好きだが……。うーーん。なんだろうな。いや、好きだぞ?」
「……」
「すぐリスになる……」

 私はもっと先に進みたいのに。こんな……親が子をあやすようなものじゃなく、恋人としてイチャイチャしたいのだ!

(どうすればこの男を落とせるんだ……? チョロそうなのに、鈍いし)

 考え込む詩蓮を眠ったと思ったのか、晶利は上機嫌で髪を撫で始めた。
 ……それこそ弟や子どもに、するように。




「今日も一緒に寝るよな?」
「……最近、咳をしていないように思うが?」
「ごほごほ」
「こら。口で言ってるだろ。自分の部屋で寝なさ過ぎて、ベッドが埃被ってきた。そろそろ別で寝よう」
「ごほごほ」
「……あのな」
 

 数日後。黒槌のところに飛んで帰っては、どうすれば……と情けなく相談するのだった。






【終わり】














🌸

読んでくれてありがとうございます!!!
この二人は本当に、もっとイチャイチャラブラブさせたいのに。未成年に手を出してくれよ晶利ィ!!!

……次も読んでってね!
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