BL短編

水無月

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輝夜たち

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「ああ――――ッ!!!」

 荒れるだろうなと予想していた聡里たちは、コンビニでビールを山と買おうとしていた輝夜を引きずり、なんとか帰宅した。
 心と胃に優しいオニオンスープを作り、三人で夜食タイム。
 昼飯を食べられなかった輝夜の腹はずっと鳴っており、こっちまで涙が出てきた。
 片手にジンジャーエールを握った輝夜はばんばんと机を叩く。

「もう会社やめる―――。あいつやだぁああぁ。ごわいいいぃ」

 聡里は苦笑する。

「別にいいぜ? 俺と獄乃が働くから、お前は家で家事してくれても」
「うん」
「……」

 退社を咎めてこない二人に、輝夜はずびっと鼻をすする。

「やだ……。日中、お前らがいないと寂しい……やだ」

 鼻水を垂らす輝夜の頭を獄乃が撫でる。

「そんなわけで、考えた。作戦。聡里と」
「作戦?」

 聡里が頷く。

「ああ。俺が轢き殺さない限り、あいつは毎日やって来る」
「絶対すんなよ?」
「それで思いついたんだ。俺らが三人だからいけないんだって……」
「どういう意味だよ?」

 三人だから? ま、まさかバラバラに行動するって意味か?
 俺といると花山がやって来るから、俺から離れるってこと? いや、こいつらはそんな薄情ではない。
 一瞬青ざめかけるも、こいつらの友情を信じて言葉を待つ。
 聡里はぴっと輝夜を指差した。

「お前が、恋人を作ればいい」
「……」

 真面目に聞いたが意味がよく分からず、一分ほどフリーズした。
 恐る恐る聞き返す。

「……もう一回言って?」
「恋人を作れ」
「そうすれば俺たちは四人。席が全部埋まる。花山は入ってこれない」

 目が点の輝夜に聡里は続ける。

「それに、そうなれば俺たちと恋人の三人でお前を守ってやれる。どうだ? 心強くないか?」

 イケメンの「いい考えだろう?」みたいな笑顔にゴンッと額を机にぶつける。
 獄乃は両手を上げる。

「かんっぺきな、作戦。聡里。天才」
「まあな。さて、輝夜。お前、どんなやつがタイプだ? この会社結構人数いるし。いいなと思った人、いないか?」

 沈没している場合ではない。どんどん俺抜きで話が進んでしまう。
 輝夜はがばっと顔を上げる。
 二人は真剣な顔で返答を待っており、「あ。マジなんだな……」と理解した。

「探すから、好きな人やタイプを言ってみろ」
「お前と獄乃」

 抱き合う輝夜と獄乃に、聡里は眉間を指で揉む。

「そうじゃなくて……。あ! 満とかどうだ?」

 獄乃を抱きしめたまま首を傾げる。

「みちる……? どなた?」
「俺と同じ大学だったやつ。物静かですげーいい奴。一度会ってみないか?」

 聡里の人を見る目は本物だ。その彼が「すげーいい」と評するのだから、相当な物件なのだろう。
 うずっと興味が湧いた。

「へえ……。外見は? どんな女の子?」
「男」

 無言で机に突っ伏す。

「あれ? 輝夜って男は駄目だっけ?」
「俺と輝夜は異性愛者。聡里だけ。性別気にしないの」

 忘れてた……と、聡里は自分の肩を揉む。

「すまん。忘れてくれ」
「うあああんっ。俺もう聡里と獄乃と結婚するうっ!」
「よしよし」
「はいはい。和装にする? 洋装にする?」

 この三人は互いに興味がないのでもちろん冗談だ。

「でも相手は課長だしな。恋人にするならそこそこ上の立場の人の方が良いかもしれない。上司には権力だ!」

 熱く語る聡里に、獄乃は適当に囃し立てる。

「わーわー。聡里の名言出た」
「なあ、聡里。自分の盾にするために告白するのって、俺すんげえ最低な奴にならない?」

 頬杖をつき、ちびちびとジンジャーエールに口をつけていく。
 聡里はキョトンとする。

「理由を話して「防波堤になってください。好きです。付き合ってください」って言うに決まってるだろ?」
「……上の立場の人にそんな舐めたこと言って、俺、社会的に消されないか?」
「ぷはーっ。おかわり」

 空の器を受け取り、聡里がオニオンスープをよそいにキッチンへ行く。

「輝夜。そんなこと言っていたら、選択肢が聡里しかなくなる」
「……」
「「いいかもな」みたいな顔、しないの。腹括って」
「だって! 俺、お前ら以外で誰かを好きになったことないもん。いきなり恋人作れって言われても……どうしたら……。獄乃はあるのかよ。す、好きになった人とか」
「みきちゃん」
「どなた?」

 まさか教えてくれるとは思わず、目をぱちくりさせる。
 獄乃はえっへんと胸を張る。

「同じ幼稚園だった子」

 身体をねじり口の横に手を添え、輝夜はキッチンに大声を放った。

「聡里―っ。早く戻ってこい! 獄乃の初恋エピ聞けるぞ!」
「えっ! なにそれ聞きたい。待って待って」
「むがああああ」

 口が滑ったとばかりに、獄乃がすがりついてくる。
 どたばたどたばた。ポカスカポカスカ。
 暴露しようとする輝夜と口を塞ごうと暴れている獄乃を通り過ぎ、机にそっと入れたてアツアツオニオンスープを置く。

「はいはい。いつまで暴れてんだ」

 ひょいっと、獄乃の首根っこを掴む。

「輝夜。どうだ、いないか?」

 ぼさついた髪をそのままに、輝夜も机に戻ってくる。

「ンなこと言われたって……」

 うつむく輝夜。
 獄乃は聡里を見上げる。

「このことを上に報告する、じゃ駄目なの?」
「うーん。難しいな。会社は会社を守るのに必死で、一社員なんて守ってくれないぞ。何人もやめさせた奴が会社にダメージが入るほどの不祥事を引き起こして、やっと解雇されるか左遷されるかってレベルだ……」

 世知辛い。
 獄乃はぎゅっと聡里にしがみつく。輝夜もなんとなく聡里の背中にもたれかかる。

「暑いんだけど。そうだ。ネットで「会社 嫌な人」で調べてみようか。案外良いことが書いてあるかも」
「「……」」
「パソコン取ってくるから、ちょっと離れて」




 爽やかなミントカラーのパソコンを開く。
 聡里の両隣で、輝夜と獄乃は画面を覗き込んでくる。
 窮屈そうに、聡里はキーボードをたたく。

・上司に報せる
・仲間を増やして、人脈を広げる。心に余裕が出来る
・仕事に集中する
・部署移動願いを出す

 逆に嫌いな相手にしてはいけないことは……

 無視する。

「うげっ。たまにしてる!」

 嫌いだと態度に出す。

「出しまくってる……」

 相手が困っていても助けない。

「見捨てたい」

 輝夜。聡里。獄乃はがっくりと肩を落とした。
 ちょっとでも心を和ませようと、輝夜はよろよろとアニマル動画を開く。
 モフモフと動く猫とアヒル。

「かわいい……」
「癒される」

 現実逃避している二人の頭を聡里がぽんぽんとたたく。
 輝夜はずずっとスープをすする。

「こう見ると、俺らってまだまだなんだな……」
「社会に出たばっかりだしな」

 眠たそうに獄乃はスープを一気飲みしている。

「ぷはっ……。聡里が起業して、そこで働きたい」

 二人が期待を込めて見上げてくるが苦笑しか返せない。

「そんな予定はないよ。今のところは」
「なんで花山はあんな嫌がらせしてくるんだ? 俺なんかしたっけ?」

 思い当たる節がない。
 聡里と獄乃は顔を見合わせる。

「花山。輝夜が好き」
「おぶぉ!」

 スープを吹き出した背中を摩る。パソコンは無事だった。

「……獄乃? なんで急にそんな、気持ち悪いこと言うの?」

 聡里も気分悪そうにため息をつく。

「マジだぜ? あいつこの前、やたら結婚とか付き合ったら~とか口にしていたし。お前に気があるんだよ……」
「ちょまっ。嘘だろぉおっ、オロロロ……」

 せっかくのオニオンスープをゴミ箱に逆流させている輝夜に、同情の目を向ける。
 にやけた顔に、嫌なことを言ってくる声。
 年上じゃなかったら、同い年なら殴っている。
 聡里はパソコンをたたむ。

「恋人作戦が無理そうなら、人脈を広げるってのはいい手かもしれないな」

 水を入れてきてくれた獄乃からグラスを受け取り、口をゆすぐ。

「というと?」
「ようはお前の周りが味方で溢れていればいいんだ。そうすれば花山もちょっかい出しづらいだろうし?」

 背中を撫でながら獄乃も頷く。

「仕事に集中していても、あいつは昼休み中に現れる。意味がない。なら、味方を増やす」
「ああ。今ある手札で、戦うしかない。やるぞ。獄乃!」
「えいえいおー」

 拳を突き上げる二人に、輝夜は絹のような髪を耳にかける。

「お前らさ……。なんでそんな、一生懸命に、なってくれんの?」

 二人ははあとため息をついた。

「俺が困っていると、輝夜いっぱい助けてくれた。されたことを、やり返しているだけ」
「言うに及ばず」

 片づけを始める二人に、輝夜は両手で顔を覆う。

「いい加減にしろよ。俺が石油王だったら……。お前ら娶ってるぞ!」
「早く石油、発掘してきて」
「そうする」
「もう寝ろ。お前ら」

 この日はこれで、解散となった。






 結果から言うと、「人脈広げてガードを増やそう」作戦は成功した。
 出征街道を突き進んでおられる先輩方に混ぜてもらい、ランチ。聡里の顔面を利用して、お局さまや女性社員たちの輪に混ざる日もあった。気恥ずかしさもあったが楽しかったし……めっちゃいい香りがした。
 社長の後ろをとことことストーカーしていた獄乃がいつの間にか、社長と仲良くなっていたことにも驚いた。あいつペンギンみたいだもんな。
 感心している場合ではない。俺が、一番、頑張らなければならないのだ。聡里のような話術も獄乃のような愛嬌もない俺は、ひたすら空気を悪くしないよう気を遣って話した。
 精鋭(エリート)先輩方を褒め、お局様を褒め、女性社員を褒め……。だんだんホストになった気がしてきて楽しくなった。それでも話題や誉め言葉の引き出しが多いわけではない。ときに返事に詰まることがあったが、さりげなく聡里や獄乃がフォローしてくれる。

 そんなお昼を繰り返したある日。
 人と関わることが増えたせいか……


「聡里さん。す、好きです……。付き合ってくれませんか?」

 トイレから出ると告白現場に出くわした。
 邪魔してはいけないと、すぐさま身を翻して獄乃と一緒に壁に隠れる。
 ひそひそと呟く。

「今月で何人目だ?」
「三人目。聡里。人気爆発してる」

 う、羨ましい。純粋に羨ましい。
 こっちは妖怪「ベントウカッテニクウ」しか寄ってこないのに。控えめな年上女性に告白されている聡里が。
 憎悪を滾らせ親指の爪を噛んでいると、聡里がトイレにひょいと顔を出す。

「何ひそひそやってんだ。帰るよ?」
「返事は?」
「オーケーした?」

 毎回気になるのか即座に詰め寄ってくる二人に、聡里は苦笑する。

「断ったよ。今はそれどころじゃないし」

 輝夜はぽんっと肩に手を置く。

「分かった。何も言うな。ラーメン奢ってやるよ。行くぞ」

 獄乃も背伸びして肩に手を乗せる。

「元気出せ。女性はいっぱいいる。話聞いてあげる。今夜は、飲もう」
「え待って? なんで俺がフラれたみたいになってんの?」

 ラーメン屋をはしごして飲んだ。


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