BL短編

水無月

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笹葉と氷河

笹葉と氷河 ①

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※ 暴力ではありませんが尻を叩く描写と、鼻血を舐める描写があります。鉄分が苦手な方はご注意ください。
 出会ってから数年が経過しております。



















「……ふあぁ。ただいまー」
「おかえり」

 大雨の夜。くたくたでびしょ濡れになりながら帰った俺に、恋人は視線もくれずに素っ気ない。
 でも玄関にはバスタオルが広げられており、身体を拭く用のタオルも用意されている。
 この優しさで疲れがじんわりと癒される。涙が滲みそうになった。

「タオルありがとうな。氷河」
「……ああ」

 適当に頭や荷物を拭いて家に上がり込む。暖房が効いている室内に縮こまった身体がほぐれていくようだ。
 ちゃちゃっと着替え、散乱するクッションに埋もれている恋人のところまで這って進む。この前、踏んずけて転んだから。クッション、踏む、危険。
 ベールのように頭にタオルを乗せている恋人の顔を見てぎょっとする。

 髪の毛が、真っ青になっていたのだ。

「髪の毛、どうしたんだ?」

 恋人は雑誌から目を離さない。

「染めた。今度はアニメキャラのコスプレするから」

 では、瞳が水色なのもカラコンのせいなのだろうか。
 身体の大きさに合っていないダボッとした白シャツ。下着のように薄い生地の白ホットパンツからすらりと伸びる太ももがなまめかしい。透明感のある肌とツンと涼やかな表情が相まって、氷の精霊のようだ。

 俺の、恋人です(超自慢)。

「へえぇ……。似合うな。触っても、いい?」
「手ぇ洗ったのかよ」

 焦って両手を上げる。

「もちろん! 手洗いうがいは基本だね」
「うるせぇな」

 本を置くと、恋人に胸ぐらを掴まれる。そのまま引き寄せられ、キスされた。

「ん……、……」

 怨霊のように両肩に伸しかかっていた疲れが吹き飛んだ。
 氷河はそっと離れる。

「……俺のこと、好きか?」

 この質問、たまにされるんだけど。俺って不安にさせているんだろうか。
 魂を込めて返事をする。

「大っ好き!」

 照れたように氷河は目を伏せて、両腕を広げる。

「じゃあ、早く抱けよ。……こんなクソ恥ずかしい恰好で待っててやったんだから」

 そのシルクの白い服。俺のためでしたか。ひょほほほほほほほ。笑いが止まらないぜ。いや、待て! ここでがっついてはいけない。嫌われないためにも、紳士的な態度を崩さずに接するんだ。すーはーすーはー。
 よし。さわやかな笑みでいこう。

「よろこんで」
「おい……鼻血」

 ボコンとティッシュ箱を投げつけられる。くそ。態度が紳士でも鼻から欲望が漏れてしまった。
 ティッシュで鼻を押さえる。

「氷河が美人さんすぎなんだよ」
「可愛い子がいいなら、出て行けよ」

 俺の家。

「俺は氷河が好きなの」
「……知ってる」

 遠慮がちに抱きついてくる細い身体を抱きしめ返す。

「また痩せたんじゃない?」
「黙れ。アニメキャラの体型に合わせてるんだよ」
「どんなアニメなの? 教えてよ」
「……アニメに夢中になるだろ、お前。教えない」

 ベールを取り、肩に付きそうなほど長い氷河の髪を優しく撫でる。

「あの時は悪かったって」

 ゴロゴロゴロ……
 遠くで、地響きに似た音が聞こえる。
 ビクッと反応した氷河は、より強く腕を回してくる。

「笹葉……」

 俺の名前を呼ぶ氷河の低い声。たまんねぇなー。
 雷が怖いのかと、声をかけようとしたら恋人が離れた。嫌そうな顔で鼻をつまんでいる。

「くさい」

 ざっくりと心が抉られた。致命傷だ。

「しょーがないでしょ! 帰ってきたばっかなんだから」
「溶鉱炉に親指立てて沈め」
「そんな高温で消毒しないといけないほど⁉」

 氷河は立ち上がると、素足で俺の尻をぺちんと蹴る。

「風呂行け。背中流してやる」
「? やけにサービスいいじゃん。いいことあった?」

 一瞬言葉に詰まったようだが、氷河はわずかに赤い顔で口を開く。

「笹葉。出張でしばらく帰ってこないんだろ? お、俺のこと忘れないようにって……思って……」

 俺の理性、さっきからマシンガンで穴ぼこにされている状態なんですが。これ以上煽ると襲いますよ?

(落ち着け! 俺は紳士だ。紳士はそんなことしない)

 血が出るほど唇を噛みしめ、震える足を叱咤して風呂場に向かう。

「じゃ、じゃじゃじゃあ、背中流してもらおうかな」
「生まれたての仔鹿みたいになってんぞ……」

 正直、俺が氷河を風呂場に連れ込みたい。
 思いとは裏腹に風呂場に連れ込まれた笹葉は服を剥ぎ取られる。

「氷河は? 脱がないの?」
「脱いだ方が良いか?」

 俺は腕を組んで恋人を舐め回すように見つめる。

「うーん。その服、水で濡れて貼りついたらエロくなりそうだから、脱がなくていいかな?」

 嘘偽りない本心を口にしたのにグーで殴られた。

「暴力反対!」
「風呂、沸かしといてやったから沈め」

 見ると、浴槽にはなみなみとお湯がはられてる。ああ~。いますぐ頭から飛び込みたい。

「ありがとう。嬉しいよ」
「入浴剤。どれにする?」

 トランプの手札のように持つ手から、森の香りを引き抜く。

「これにしよ」

 ばしっと手を弾かれた。緑色の入浴剤がすっ飛んで行く。

「痛い! 何?」
「俺は柚子の香りの気分」
「じゃあなんで選ばせたんですかねええええ?」

 黄色の袋を破り、お湯に粉末を入れている恋人の尻をむすっと眺める。ホットパンツでぎりぎり隠れている足の付け根に、ほくろがある。
 笹葉はむんずっと尻を鷲掴みにした。

「ひいっ?」

 飛び上がる恋人を後ろから抱きしめる。

「何するんだよ、笹葉……!」
「希望通り、忘れられなくしてもらおうかな?」
「……」

 背丈はほぼ変わらないし俺は力もそんなにないが、真面目な声を出すと氷河はすぐ大人しくなる。
 もみもみと尻を堪能していると、身を捩り始めた。

「あ……。洗ってやるから、早く、座れよ」
「はーい」

 ぱっと手を離し、お風呂の椅子にどっかりと座る。

「お前……。紳士を自称しているくせに、変態を隠しきれてないぞ」

 ちょっと熱めのシャワーで俺の髪を濡らしてくれる。美容師なだけあって、すっごく気持ちいい。頭洗ってもらうって、眠くなるくらいすかっとする。氷河が上手なだけかな?

「変態と分かってて俺の告白オーケーしてくれたくせに」
「……。痒いとこ、ありませんかー」

 すごく棒読みで聞いてきてくれる。それはシャンプーの時に聞く台詞では?
 照れてるのかな? かわいい……

「満遍なく洗ってください」
「贅沢な奴だな」

 贅沢なこと言いましたかねっ?

 シャンプーにリンスまで丁寧にしてくれる。
 流し終えると俺の前でしゃがみ、スポンジにボディーソープを何度かプッシュして泡立てる。
 背後に回り、ごしごしと背中をこする。

「あー。気持ちいいよ」
「なあ。笹葉」
「ん?」

 後ろを見ようとしたら顔を掴まれ、無理やり前に戻された。こっち見ず、そのまま聞けってことかね?
 顔についた泡を指で取っていると、氷河が背中にこつんと額を押し当てた。

「毎日メールしろよ……」
「毎朝と寝る前にちゃんとするよ」
「浮気するなよ。お前、変態で遅漏のクセにモテるから」
「ごめんね⁉ 遅漏で」

 ゴフッと吐血しそうだった。恋人の言葉の切れ味が半端ない。
 後ろに腕を回し、背中にくっついている氷河の身体をぽんぽん叩く。

「そういう可愛いことは、正面で言ってほしいんだけど。可愛い顔、見せて」
「……」
(駄目か)

 恥ずかしがり屋な恋人は、デレるとき顔を見せてくれない。そのせいで耐性が出来ておらず、たまに照れ顔を見ると破壊力がすごくてひっくり返りそうになる。
 耐性つけさせて~。

「何度も言うけど。俺、氷河以外カボチャにしか見えてないよ? 心配しなさんな」
「カボチャに欲情する変態だろ? お前」
「そこまでレベル高くないよ⁉」

 氷河を肘で軽く押しのけ、身体の向きを変えて足を広げる。

「はい。前もしっかり洗ってくれ」
「……」

 ギンギンに反り立っている俺のブツに、汚物を見るような視線が刺さる。

「おっ立ててんじゃねぇよ」
「恋人に身体洗ってもらって、立たない俺はおらんのよ」

 氷河はぎゅっとスポンジを握る。
 膝立ちになり、首筋から洗ってくれる。
 間近にある恋人の顔に、笹葉は意地悪をしたくなる。

「ちょ!」

 両手で氷河を抱きしめた。
 あたふたするが、スポンジは手放さない。

「はい。そのまま頑張って」

 するっと尻の割れ目を指でなぞる。

「っ」

 しがみついてくる氷河の肩が揺れる。

「邪魔するなって。笹葉。こんな体勢で洗えるかよ……」

 俺は平手で小さな尻を叩いた。
 浴室にパァンと乾いた音が良く響く。

「うあっ」
「手を動かせ、氷河」

 もう一度。さっきよりきつく叩く。

「痛いっ」

 痛いかな? 尻叩きって音の割に痛みはそれほどでもないと思うんだけど。子ども用のお仕置きみたいなものだし。
 叩かれたから反射的に言っただけかな。

「ごめんなー? さっきまで威勢よく生意気な口きいてたのにな」

 よしよしと赤くなっているかもしれない尻を撫でる。

「っん……。この……変態」

 もう一回。
 パァン!
 美しい水色の瞳が見開かれる。

「うっ……ああ……」
「なんだ。氷河も立ってきてるじゃん」

 股間に目を落とすと、恋人は顔を真っ赤にした。

「見るな……っ」
「俺の物をいつ見ようが勝手だろ。な?」
「ああっ」

 両足の隙間に手を滑り込ませると、悩ましい声を上げた。揉むように指を動かす。

「ひっ……あ、ぁ」
「叩かれて立たせちゃうなんて。氷河も変態さんなんじゃない?」

 青い髪を左右に振って否定してくる。かわいいなぁ。
 股間や太ももを堪能していると耳の横ではあはあと甘い息遣いが聞こえ、笹葉はわずかに口角を上げる。

「ほら。身体洗ってよ」

 揉むだけ揉んで手を離す。
 へたり込んだ氷河がぎっと睨んでくるも、笹葉は優しげに目を細めるだけだ。

「セクハラおやじが」
「同い年だよね?」
「……俺はベッドの上でしか、こういう、触ってほしくないのに」
「ごめんね?」

 軽く謝るが氷河は片方の頬を膨らませたままだ。
 それでも再び手を動かし、おっ立てたブツもやさしく洗ってくれる。すごく興奮する。

「口で洗ってくれてもいいよ?」
「死ね。……お前さ。四乃山(しのやま)とあまり喋るなよ」
「ん?」

 恋人が見上げてくる。

「あいつ……お前のこと狙ってるから」

 上目遣いやめて! 胸が。胸がときめいちゃうううぅうんがががががが。
 さわやかな笑顔で親指を立てる。

「仕事上どうしても会話するけど。氷河がそう言うなら、最低限にするよ」
「……キモイ」

 悪態をつきながらも、鼻血をぺろっと舐め取ってくれる。あ、また血が出ちゃってましたか。

「まっず。死ねばいい」
「定期的に心えぐってくるのやめて?」

 そういうことするから、俺が興奮しちゃうんだよ氷河君。
 足の裏もしっかり洗い、浴槽のお湯をよそって泡を流していく。

「柚子の良い香り」
「軽く何か作ろうか?」
「んー? いいよ」
「あっそ。じゃ、ごゆっくり」

 用は済んだと出て行こうとする細い手首を握って捕まえる。

「……なに? やっぱ食べたくなった?」
「一緒に入ろう」
「……」

 氷河君の顔に「ええ。面倒くさい」って書いてあったけど知らんぷり。ボタンを外してシャツを脱がせ、ホットパンツも没収する。
 生まれたままの姿になった彼は、若干恥ずかしそうに目を逸らす。

 浴槽に静かに浸かると、恋人が膝の上に乗っかってくる。浴槽は円形で、詰めれば大人三人は入れる広さなのにわざわざ。わざわざ俺のハートに負荷をかけてきなさる。
 染めた髪が濡れないよう、気を遣っているのが可愛い。乾かすの面倒臭がってるもんね、いつも。
 恋人を背中から抱きしめる。

「髪の毛きれいに染めたじゃん? 青い髪も見合うね」

 美容師さんなら多少変わった色でも「美容師なので~」と言っておけばあまり変に思われない。隠れ蓑と金稼ぎ。コスプレのために美容師さんになった努力家だ。
 抱きしめながらちゃっかり胸を揉んでいる変態の手の甲を抓る。

「俺がやったんじゃない。先輩に染めてもらった」

 上機嫌だった俺のテンションが地面に激突した。

「先輩さんに、触らせたんだ?」

 手の甲をさする。
 あのいかにも人をたらしこんで(間違えた)人の良さそうな面倒見も良さそうなお兄ちゃんか。見た目チャラいのに中身真面目さんだから、話していると不協和音がすごい。

「……? お前は俺の仕事や趣味に、理解を示してくれるんだろ?」

 声音が変わった笹葉に、目だけでこちらを見てくる氷河の声にかすかに怯えが混じる。
 おっと。怖がらせるつもりは。
 安心させようと、うなじにちゅっと吸いつく。ばしゃっと大げさなほど跳ねた。

「ん……笹葉」

 もっとしてほしそうな声を出すも、後ろの変態は気づかずに思い耽ってしまう。

 んー? まあ確かに? 恋人とはいえ仕事や趣味に口出しする気はありませんよ。
 まあ俺も人間ですから。嫉妬ぐらいはしちゃうのは仕方が……なーんで氷河君、こっちを睨んでいるんですかね?

「そんな怖い顔……も好きだけど。ほら、笑って笑って」
「あ、馬鹿っ!」

 こちょこちょとヘソの周りをくすぐる。

「んっ…………、ッ……ああっ」

 声を我慢しようとしたけど、出ちゃってますよ。
 やめさせようと必死に手首を掴んでくる背中にムラッとしてしまう。

「だから、触るなって!」
「はいはい。手ぇ邪魔」

 しなやかな指を退けさせて、笹葉は二本の指でピースを作りくぱぁとヘソを広げた。

「――っ! 笹葉! この」
「後ろからじゃよく見えんな……。ま、いいや。風呂出たらじっくり見てあげる」

 今にも殴り掛かってきそうな氷河の頭にぽんと手を置いて、ざばぁと湯から上がる。

「氷河も早く出ておいで。身体しっかり拭いて、あのエロい白服着てベッドにおいでよ」

 身体の表面を拭い、さっとガウンを着て部屋に去って行く。

「…………」

 涙目の氷河が睨んでくるが、笹葉は一度も振り返らなかった。




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