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豪放磊落

02 嵐の前の平穏

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 夕刻。

「あー。久しぶりだな土いじり……」
「つっかれたー」

 泥だらけの二人が戻ってきた。
 主人とエイオットに子ども用衣類を投げ渡し、身体を洗ってこいと外に放り出す。

「飯の時間だからな。すぐに戻って来いよ」
「「はーい」」

 いつの間にかエプロンをつけたキャットが家を仕切っていた。家事を青年とムギがやってくれているため、おばあさんは暇そうに椅子でお茶を飲んでいる。
 家主のおじいさんにこき使われている間に聞いたのだが、あの美人のお姉さんはお隣の人で血の繋がりはない。村全体が大きな家族のようなものらしい。
 まだ明るい夏の空の下。井戸の水を大きなタライに入れ、そこにすっぽんぽんにさせたエイオットを浸して洗う。家から持ってきた石鹸の出番だ。

「ひゃー。つめたーい」

 主人は腕まくりをする。

「痒いところはありませんかー?」

 ごしごしと髪や尾についた泥を取っていく。尾用のブラシはあるのだが、エイオットは気に入らなかったようなので素手で洗う。ブラシが気持ちいいって子もいるんだけどね。こればっかりは好みかな。

「きもちいい~。次、ごしゅじんさまを洗ったげるね!」
「おお。ありがとう」

 もあもあに泡立つ石鹸を、村人が珍しそうに見ていく。
 泡で羊のようになったエイオットの頭上から水をかける。

「水かけるよ」
「はーい」

 耳を手で押さえて目を閉じる。
 少しずつ水をかけ、泡と汚れを落としていく。泡が落ちると、エイオットは盛大に身を震わせた。
 ぷるるるるるっ

「おわっ」

 水を被った犬が身を振るうのと同じ動き。水滴と毛がいっぱい飛んできた。
 口に入った毛をもぐもぐと食べる。

「あ、ごめんなさい」
「いいよ。どうせ洗濯するし」
「そうだよね。じゃあ次、ごしゅじんさまね。どーぞ」

 楽しそうなエイオットにタライの中に突き落とされた。







「ムギちゃん。身体はもういいの?」
「はい。起きたらすっきりしていました。心配をおか」
「よかったー!」

 がばっとムギに抱きつく。いい眺めだ。でもムギちゃんまた真っ赤になっちゃってるから。

「エイオットさま。なんだかほっぺが赤いですよ」
「あ……。ええっと」

 離れたエイオットが左右のひとさし指をつんつんと突き合わせる。俺をタライに突き飛ばした罰としてほっぺびよんびよんしておいたのだ。
 泥だらけの服も洗っておいた。

「いい天気だし。明日には乾くだろ」

 子ども用の衣類は質素な白の上下だった。ほつれとシミが目立つが洗いたての手触り。
 一気に地味になった主人にキャットが二度見してきた。

「なんだお前か。近所のガキかと思った」
「すっかり馴染んでいるな、キャット君」
「飯持って行くから座ってろ」

 ムギちゃんと一緒に隣の部屋へ。
 おじいさんとおばあさんの二人暮らしの家なのに、四人以上座れそうなテーブルと椅子が並んでいた。こんなのあったっけ? ムギを運び入れた際には見なかったが……。倉庫からわざわざ出してきてくれたのだろうか。

「おい。ばあさん。この机は?」

 家主のおじいさんも見慣れない家具に驚いている。
 おばあさんはのほほんとキャットに目をやった。

「あの子がね。暇だからって言ってぱぱっと作っちゃったのよ」

 お前かよ。
 腹巻をしているおじいさんは上機嫌でキャットの背を叩く。

「やるな! 男前。この村に引っ越してこないか? 今ならカリーヌちゃんを嫁にもらえるぞぉ? がっはっは!」
「ありがたい話ですが。俺には大事な人がおりますので」
「なんだ。妻帯者か。なぁに。男なら妻が二人や三人いても」
「おじいさん。若い子に絡まないの」

 腹巻を掴まれたおじいさんが引きずられていく。
 俺とエイオットとムギも椅子に腰かける。生まれたてのテーブルから顔を出す三人に、おばあさんはなんだか嬉しそうに目じりを下げた。

「孫ができたみたいねぇ。おじいさん」
「がっはっは! そうだな。ばあさん」

 お前らは? 何をしに来た? などは畑仕事でこき使われている間に散々聞かれたため、おじいさんはもう警戒していないようだった。

「お待たせしました」

 素手で鍋を運んできたキャットが、テーブルの真ん中に置く。ミトン(鍋つかみ)を使え。

「チキンと野菜のシチューです」

 蓋を開けるとほかぁといい香り。
 子どもたちが鼻を近づける。

「美味しそう」
「エイオットさま。よだれが……」

 木の器にせっせとよそっていく。

「チキン? どっかから草鶏(そうとり)を買ってきたのか?」

 おじいさんの疑問に、キャットは窓から見える山を指差す。

「いえ。一狩りしてきました」
「なんだ。ハンターだったのか。こりゃまいった」

 コンビニ行く感覚だな。モンスターの肉は基本、食べられる。毒を持っていたとしても、そこを除けば珍味だったりもする。人型のモンスターは食べる気にはならないが。
 湯気の立つお皿をおじいさんおばあさんの前に置いていき、子どもたち……。

「あれ? 俺のは?」
「なんだいたのか」

 派手ローブを脱いだ途端、視界にも入らなくなったようだ。
 両手を出して待っていたのに、シチューの入った皿は頭の上に置かれた。なんでだよ。熱いッ!
 用が済むとキャットは部屋の隅に移動する。
 おばあさんが首を傾げた。

「どうしたの? あなたも食べなさいな」
「え? あ」

 洋館での癖が出ているぞ。

「ほら。ここに座れ」

 ガタガタと、キャットの分の椅子を持ってきてくれたおじいさん。
 一瞬迷ったようだったが、大人しく席に着いた。

「えへへ。お兄ちゃんと食べれるの、久しぶりー」
「? 以前食ったことあったか?」
「……無かったっけ?」

 目を点にして片方の耳を倒している。確かに、キャットが席についていると変な感じだ。
 おばあさんはそっと手を合わせる。

「はい。それでは手を合わせて。いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」

 スプーンで掬って、一口。

「おいひいっ!」

 拳を握り、ぶるるっと震える狐っ子。ムギちゃんも目を輝かせ必死に食べている。
 ミルクとチーズがチキンと野菜に絡んで美味しい。コクがある。現代では市販のルーを放り込めば完成だったが、この世界では時間がかかるはずなのに。手際が良いな。

「美味しいよキャット君。褒めてやろう」
「喋るな」
「本当においしいわねぇ。屋根の雨漏りも直してくれたし、ずっとここにいてほしいわ」

 おばあさんが頬に手を当てて味わっている。キャットはそんなことまでしていたのか。動いていないと落ち着かないのか。

「そうだそうだ。ここで暮らせばいい」

 お酒を一気飲みしたおじいさんも頷くがそうはいかない。

「気持ちだけもらっておこう。世話になった礼にいくつか金貨を置いていく。好きに使ってくれたまえ」
「この机ももう必要ないでしょうし。解体して薪にしておきますね。余った鶏肉は小分けにして塩漬けにしてあるので、近所の方にでも配ってください。鳥モンスターの羽や爪はギルドにでも持って行くと換金してくれますよ」

 いい考えだ。椅子は何かに使えるかもしれないが、二人暮らしにでかい机など残しておいても邪魔になるだけだろうしな。
 だがおじいさんたちはぽかんとしている。

「え……? あなたたち、泊っていくんじゃないの?」
「ん?」
「それになんだ。金などいらんぞ。よく働いてくれて、こちらが払いたいくらいだってのに」

 おっと。良い人たちだな。
 キャットがどうする? と言いたげに見てくる。ふむ。もう夕方だしな。畑仕事頑張っていたエイオットは眠いだろう。ムギちゃんも今日は安静にしていた方が良いか。

「では一晩世話になろう。金は要らないとのことなので金貨は仕舞っておくが、代わりに石鹸をいくつか置いていこう。軽い傷程度なら洗うだけで治るから、気に入らなければ売るといい」

 青年ではなく金髪男児が仕切っていることに、家主たちはぽかーんと口を開けている。

「お兄ちゃん。おかわり!」
「ゆっくり食え」
「わたしも」
「はいはい」

 お年寄りに合わせ細かく切られた具材入りシチューはすぐに空になった。


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