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惨劇に挑め

15 ロイツくん

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🌙















「……ブラックホール」

 畑の作物を食い荒らす害獣モンスター・虫のような羽を持った五十センチほどのイノシシ。『食い散らかすモノ(ボーアイーター)』。どうしてこの名がついたのか。彼らは餌がなくなると、平気で共食いをし始める。故に『同族すら喰らう者(ボーアイーター)』……らしい。
 つぶらな瞳でフゴフゴ鳴いており、遠目で見る分には愛らしいのだが、恐ろしいのはその数だ。

 村の畑に突如洪水のようになだれ込み、奴らが通った後は何も残らない。

 毎年いくつもの村が被害にあっており、餓死者まで出ている。今は食休み中なのか何なのか、日向でまったりしている。チャンスだ。

『フゴフゴフゴフゴ』
『フゴフゴ?』

 一匹がそれに気づく。
 前触れもなくイノシシたちの頭上に黒点が出現したかと思うと、風もないのに吸い寄せられていく。まるで強力な磁石に砂鉄が集まるように。

『キュゴオ⁉』
『ゴフゴフッゴフフ!』

 やがて一塊となったイノシシたちは空間ごと、見えない大きな手でくしゃくしゃに丸められる。ぴゅぴゅうと血が噴水のように絞り出され、草花の上に降り注ぐ。
 百もいたボーアイーターたちはおびただしい赤い水溜まりだけを残し、拳大の肉塊となった。

「……」

 茂みからその様子を見ていたポニーテールの青年、レムナントはそっと息を吐いた。

 周囲を警戒しながら立ち上がり、躊躇無く水溜まりの中を進んでいく。
 バシャバシャとブーツが赤に染まるが、彼は一切気にしていない。マントが汚れるのも構わずしゃがむと、その丸まった肉片を摘み、左の手のひらに乗せる。血を絞ったとはいえイノシシ百匹分。そこそこずっしりしている。

「……駄目か」

 悲しそうにポツリとつぶやき、塵のように肉塊を捨てる。ぼちゃんと音を立てて崩れるが見向きもしなかった。彼の瞳は、どこか遠いところを映している。

「レムナントさまーっ」

 遠くから声がした。
 ……その瞳がうんざりしたものに変わる。
 眼球だけを向けると、十代後半の少年が元気に走ってくるところだった。

 レムナントはため息も隠さない。

「うわっ! なにこの血の海! ……レムナント様。まーた大魔法を使いましたね?」

 レムナントの前に回り込むと、腰に手を当て「メッ」と人差し指を立てる。

「たしかに便利かもしれませんけど、それに頼り切るようになるのは危険なので、普通の魔法で倒してくださいと言いましたよねっ?」
「……」
「そんなんじゃ普通魔法の練度が上がりませんし、いざという時困るのはレムナント様ですよ! だいたい~こんな倒し方をしたら周囲の村人たちがびっくり……」

 永遠に続きそうな説教を、少年の頭に手を強めにポンと置いて黙らせる。

「むうっ」
「うるさい……。耳障りだ」
「いや。頭撫でながら言われましても」

 自分が触ったせいでくしゃくしゃになった髪を整え、最後に少年の頬をするりと撫でていく。

「っ、くすぐったいですよ」

 片目を閉じて一歩後ろに下がるこの少年はアーリーロイツ。魔法学園に通う学生だ。

 ……どういうわけか、私についてくるようになった白ランク。


 ♢レムナントメモ♢
 ハンターには強さや功績に応じて、ランクが上がってく。
 新人の白に、黒、中堅の青に一般的な最上位の赤。といった具合だ。赤以上。変人の領域になる金ランクはこの国には四人。この数が多いのか少ないのか、私にはわからない。
 まだまだ覚えないといけないことは多い。
 終わり。


「それに。これだと素材も取れませんし討伐証明となる羽も何もないじゃないですか! 討伐し損ですよ!」
「……」
「耳を塞がないでくださいっ」

 自分の周りをうろうろしながらキャンキャン吠える少年に辟易する。

 艶のある桃色の髪によく焼けた肌。学級委員長のようにハキハキと物怖じない性格とは裏腹に、眠そうな瞳は濃い藍色。帝都魔法学園の制服が良く似合っている。きっちりとした性格なのか、ボタンを一番上まで留めて見ている方が暑苦しいが、レムナントとしては好ましい。
 学生服は弱いモンスターの牙や魔法を跳ね返せる護符が縫い込んであるため、新人ハンターの防具より性能が良い。
 そのため、制服姿の学生ハンターをよく見かける。

 レムナントは渋面のまま歩き出すが、アーリーロイツも半歩後ろをついてくる。

「今回は僕が討伐を証言しますけど、同じパーティーの人間の証言は意味なくなるんですからね」
「ああうるさい。きみ、お前とパーティーを組んだ覚えはない」
「これから組むんじゃないですか。今日こそギルドで正式なパーティーになる手続きを……」

 ダッと走り出すが彼もまた走り出す。

「レムナント様! 話はまだ途中で……」

 途中で何かに気づいた彼が背中の剣を抜く。

「レムナント様。あれ!」
「……?」

 指さす方を見ればボーアイーターの生き残りだろうか。ただし通常の五倍ほどはある。どすどすと森から出て、仲間の血のにおいに目を赤く染める。
 ここまで大きいと別のモンスターのようだが、背中には飛ぶことを諦めたようなイナゴの羽がちまっと見える。

「ボーアイーターのボス個体、ですね」
「逃げきれないし。戦うしかない」
「お手伝いいたします!」
「あ、おい!」

 断る前にモンスターに突っ込んでいく少年。無謀と勇敢は全く違うものだ。レムナントの胸に氷柱が滑り落ちたようにヒヤリとした。

「……ッ、クロスチェイン」

 レムナントの異様とも思える魔力が高まる。怒りで目が赤に染まったボーアのボスはビクッと怯んだように動きを鈍らせる。

「せああっ!」

 その隙をアーリーロイツは見逃さない。イノシシ相手に真正面から突っ込み、片目を切り裂いて見せた。
 赤い飛沫が舞う。

『ゴアアアアアアアァァ』

 分厚い毛で覆われた皮膚に刃は通らなかったが片目は潰せた。
 痛みで暴れまくるボーアのボスはその巨体で少年を押し潰そうとするが、

『ゴギュウゥ!』

 地面から伸びてきたおどろおどろしいオーラを纏った黒い鎖が、イノシシの身体に複雑に絡みつく。がんじがらめにされ、なお強い力で締め付けられるボーアのボスは悲鳴を上げてのたうち回った。

 それでも羽を震わせ飛び上がろうとした。驚いたのはあんな薄く小さな羽で、巨体が持ち上がったことだ。

 もちろん、鎖がそれを許さない。ギリギリと音を立てボスを地面に引きずり戻そうとする。

「ウインドクロー」

 呟くような詠唱と共に、少年の手にした剣が消えた。いや、厳密には違う。刃に魔力で編まれた刀身が付与され、形を変えたのだ。
 美しい緑色に染まり三日月のように反り返った、片手剣。

 魔法剣と呼ばれる技術がある。戦士が持つ武器に対して魔法をかけ、一時的に性能を大きく向上させるというものだ、例えば、雷の魔法を纏わせれば斬ると同時に電撃による痺れで動きを封じると言うように。このウインドクローの場合は、風の属性。剣に真空の刃を纏わせることで切れ味を上げるシンプルな効果だ。
 だが、単純に見えてその威力たるや――

『グギュ?』

 短い断末魔を残し、空に逃げようとしたボーアのボスの首が飛ぶ。
 ぼすん、どすんと草地に大猪の首が跳ねる。剣を通さない分厚い毛とごつい首の骨諸共両断されたのだ。
 首だけになっても動くのがモンスターだが、ボーアのボスは絶命していた。それを確かめてから、少年は血振りするようにシュンッと空を薙ぐ。一陣の風がレムナントのマントをはためかせたと思うと、アーリーロイツの風剣は元の平凡な剣に戻っていた。

「……ふう」

 戦闘の緊張と魔力消費による疲労を、ため息と共に吐き出す。

(これで学生か。末恐ろしい)

 しかめられた顔に一筋の汗が流れる。
 アーリーロイツには魔力と剣の才能があった。いわゆる魔法剣士、である。

 鞘に仕舞い、自信満々の顔でレムナントを振り返る。

「レムナント様。どうです? 僕と――」

 レムナントはさっさと背を向け、遠ざかっていた。

「ああっ! 嘘。ちょ、待ってください! 素材を剥ぎ取らないと勿体な……レムナントさまぁー!」



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