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一人目
14 ランクの色と硬貨の色
しおりを挟む目がキランキランに輝いている。嫌な予感しかしない依頼書に目を通す。
依頼内容は未帰還者の捜索、だった。
およ意外だ。もっと放っておくと被害甚大で、でも倒すのが面倒くさいうえに骨や肉、素材がほぼ金にならない旨味ゼロモンスターの討伐や、貴族の護衛とかだと思ったのに。
主人はホッと肩の力を抜く。ギルドも無茶ぶりは止めたようだね。そうだよね。誰も面倒なことなどやりたく……
「依頼人は貴族の方で、未帰還者はその息子さんです」
踏み台から飛び降り、主人は迷わず逃げた。その動きを予想していたのか、カウンターを飛び越え、受付嬢が青ランク並みの速度で迫ってくる。
速い、速いぞ!
前世の逃〇中のハンターを思い出した。グラサンスーツの奴。
出口まであと少しという所で見事に捕まった。背後から抱きしめられる。
「むがあああぁ」
じたばた。
「ふっふっふっ。逃がしませんよ。あ、すっごくいい香りがする……。小さい頃から妹と追いかけっこしていた私から、逃げられると思ったんですか?」
髪に頬ずりしながら言わないで。
女の子を抱っこしているお姉さんの図。ギルド内のむさ苦しいおっさんたちが一斉に見てくる。こっち見んな。
「いやだああぁ。そんな面倒臭いしかない依頼を良く持ってこれたね? 感動したよ。俺は帰る」
「受けると言うまで離しませんよ。この貴族の方、理不尽で怒るとめんど……怖い方なんですから。こっちも必死なんです。とりあえず依頼書に名前を書いてください。名前書くだけでいいんで」
扉をぶち壊してやってきた三日月が主人の前で停止する。
小さい手でそれの先っぽに掴まる。
「名前書いたら受けたことになるじゃないか! やだよ!」
「に・が・し・ま・せ・んんんっ」
三日月が外に進もうとするが、主人を抱いている受付嬢のパワーが思いのほかすさまじく、じりじりとしか前進しない。受付嬢の靴から煙が出ている。
むぎゅうう! 食ったもんが出るうぅう。
「三日月君! 全力で前進だ」
「〈黄金〉様。人命と私の昇給がかかってるんですよ。無下になさるんですか?」
「きみたちの給料に興味ないわ」
「何事だ」
人間綱引きで騒ぎすぎたのか、奥から恰幅の良いもさもさ髭の男が怒りの表情で走ってくる。ギルドでの荒事など日常茶飯事だが、受付嬢の声がするので彼女たちに絡むアホが出たのだと思ったのだろう。今にも背中の武器を抜きそうだ。
だがそれも、でかい三日月と金髪魔女を見るなりに人の良い笑みに変わってしまう。
三日月の前に立ち、外に出させまいと全身に力を込める。
「おや。〈黄金〉殿。こりゃ都合の良い……ではなく、便利な……でもなく、ちょうどいいところへ」
「言い直せていないぞ」
「あなたに受けてほしい依頼が」
「さっき聞いた!」
「最低でも週に五回くらいは顔を出していただけませんか? 面倒で処理も出来ない依頼が溜まって困るのです」
「勝手に困ってろ。そこをどけ」
「奥でワインでも出しますよ? 話だけでも聞きません?」
この髭は受付嬢より力があるので、三日月が完全に停止してしまう。流石はギルドマスターだな。キャットと腕相撲しても二秒は耐えられそうだ。
「俺は貴族と関わりたくない。百回くらい言っただろ」
あいつらに良い思い出が無さ過ぎて嫌いだ。
「そうでしたっけ? 百回ほど聞き逃したので知りませんでした」
「よちよち。〈黄金〉様。さ、奥のお部屋でフルーツでも食べましょうね?」
この姿の時は見た目通りの腕力しかないので、三日月君を止められてしまえばお終いだ。まさか受付嬢に魔法をぶっ放すわけにもいかないし。
受付嬢はにこにこと頭を撫でてくる。無礼者おおお……
上の者に抗議する。
「馴れ馴れしいぞ。この受付嬢」
「すみませんなぁ。〈黄金〉殿が愛らしいのがいけないのでは?」
鼻をほじってやがる。こいつには魔法を使ってもいい気がする。
「こんなところで立ち話もなんですから。奥の部屋へどうぞ」
「おい待て。三日月君を持って行くな」
ついでに俺も運ばれていった。
貴族の対応もするためか、高価な美術品や絨毯が敷かれた部屋に通された。ハリセンと貴重な魔導書や鏡なんかも置いてある。元の姿に戻って暴れられないようするためか。付き合いが長いため、俺の対策もばっちりされてあるのが悔しい。
主人はせめてもの抵抗として、ソファーで偉そうにふんぞり返る。
「ニューマ産のワインです」
「……未帰還者、か。ハンターなど自己責任だろう? 放っておきたまえよ。身分など関係なく死ねばきちんとこの大地の肥やしになってくれるさ」
「他人事発言が素晴らしい。無論、ワシもその辺の有象無象ハンターなら無視しますが、『スクリーン』が斡旋した赤ランクを護衛につけたのです」
情報を纏めると、要は貴族の御子息の修行とのことだった。あーはいはい。よくあるあれね。家を継げない三男坊辺りは騎士団に入団したりすることが多い。騎士団はモンスターと戦うこともあるので力をつけ……この世界的に言うと、レベルを上げるためである。
どうやってレベルが上がるのか。俺は無心でモンスター狩っていたらこうなったので、多分勝ったり狩ったりしていると、自然とレベルが上がるのでは? と推測している。
その護衛として、『スクリーン』がハンターを斡旋したけど、戻ってきていない、と。
やばいね。
ギルドが。
ニヤニヤ笑う主人に、こほんと咳払いをして続ける。
「斡旋したのは五名。攻守ともにバランスの良い『宵の明星』です」
赤ランクは金の一つ下。中堅を超えるベテラン勢。そいつらが五人もいて戻ってこないか。
「場所は?」
「最後に目撃されたのが「嘶きの空」。帰還予定日をもう二日も過ぎております」
あなたがなかなかギルドに来なかったせいで、とギルドマスターの目が言ってくる。おい。俺のせいじゃないだろうが。
「嘶きの空か」
雲を貫く岩山で飛行系のモンスター、主に羽の生えた馬モンスターの生息地だ。
青ランク以上でないと踏み入ることさえできない。
「結構な危険区域じゃないか。宵の明星が狩りに行くなら分かるが、貴族の坊ちゃんを連れて行くような場所か? 足手まとい……あ、もしかしてその坊ちゃんも青ランク以上の力がある、とか?」
ギルマスはワインを傾ける。
「ランクで言うと白です」
「香典ははずんでやる」
あ。いけね。この世界に香典なかった。かっこつけてたのに。これは恥ずかしい。
いやでも運よく聞こえてなかったはずだ。
ふっ。日頃の行いか。
「コーデン? なんですか?」
「お前は後で始末するけど、なんでそんな場所に行ったんだ? 初めはもっと雑魚しかいないところで腕試ししようと思わんかったのか? その赤ランクは」
理不尽な金ランクにギルマスは増々よく分からないといった顔になる。
「いえワシも、彼らに雑魚しかいないところを頼み、彼らもそれを了承……というか、そりゃそうだろと笑っていたくらいなのです。なので、ワシも嘶きの空で見かけたと聞いた時は驚きました」
「見かけたって……他人の空似の可能性は?」
コトッとギルマスは机に黒い塊を置く。
「黒曜石……。でも赤い血管のような筋がある、黒断鋼亀(ブラックタートル)の甲羅か」
「お見事。宵の明星のリーダー「黒騎士」が纏う鎧の一部です。ブラックタートルの甲羅から作られた鎧がこうも欠けるとは……。赤ランクでも対処できない「何か」が起こったのでしょう。と、いうわけで、頑張ってきてください」
なにが「と、いうわけで」なのかな?
「何が起こったとか興味ないわー」
「受けていただけませんか? 他は全滅していても構いません。坊ちゃんだけでも戻ってきてくだされば」
ギルマスのそういうとこ好きだよ。
ギルドが紹介したパーティーがこのザマ。貴族が相手だし、物理的にクビが飛ぶかもしれんと言うことか。家を継ぐことも出来ない三男坊が死のうと貴族は気にせんと思うが……いや、息子が死ねば悲しいか。そりゃ。そういやあいつら人間だったな。
主人はそこそこ良いワインにを舌に乗せる。いい香りだ。
「人生お疲れ様。ディビィ。きみとの会話は楽しかったよ」
ギルマス、ディーバービーチ・ルーチン。かつて強いモンスターを倒した英雄とかうんたらかんたらあったそうだが、おじいさんの年齢に片足突っ込んでいる人間の武勇伝など、脳が覚えようとしない。
「成功報酬金貨三千枚」
「結構だ。俺は一度の依頼で五千は稼げる。はした金に興味は無い」
♢主人メモ♢
金貨一枚でだいたい一万円。単位は「ギル」。
赤貨が五千円。青貨は千円。黒貨五百円。白貨は百円。硬貨の色がランクになってんだよーやだよー。ギルドって俺らのこと金づるか働きバチとしか思ってないね。
終わるよ。
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