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一人目

03 お持ち帰り

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「こんにちは。きみはどうしてこんなところにいるのかな?」
「お兄ちゃんたち、だれ……?」

 もっともな質問だがキャットがキレた。

「ごっちん様の質問に答えんかい! クソガキが! シカトしてんじゃねぇぞ! 己の立場と言うものを、物理的に骨身に刻んでやろうか」
「ぴゃああああああっ!」

 飛び上がる男の子に、ごっちんはじろっと振り返る。

「静かにしろ」
「はっ!」

 完璧な仕草で礼をするキャットを下がらせ、ごっちんは何もなかったように仕切り直した。

「どうしてこんなところに?」

 狐の子は色んな恐怖から、可哀想なほどカタカタと震え出す。

「……おれ、父さんに無理矢理、連れてこられて……村のためだって」
「?」

 穏やかな話ではない。
 ごっちんは眉をひそめるが、興味がないキャットは組んだ腕の肘を指でトントンと叩く。

「連れてこられた、とは?」
「……平和に、くらしてたんだけど」

 一年前。突如、隠れ家にすると言って盗賊たちが村を占拠。建物を破壊し金品を巻き上げ好き勝手しただけでなく、暇潰しを要求してきた。
 盗賊業は危険と隣り合わせだ。
 村を占拠できた今、村人を働かせてその金を巻き上げればいい。
 彼らはすっかり独裁者になったつもりだった。

「暇潰し?」
「うん……。一ヶ月に一回、いけにえを差し出せって……。出来なきゃ村人ぜんいんころすって……ううっ、ひぐっ」

 ボロボロ泣き出す男の子の涙を、ハンカチで拭ってやる。

「そうか。だいたい分かった」

 生贄に出された村人は、盗賊たちの文字通りのオモチャ。いたぶられ嬲られ――命を落とすまで遊ばれるのだろう。この家の裏から死臭が漂ってくる。結構な数が殺されている。エイオットは次のオモチャ。今日、ここにごっちんたちがやって来なかったら……
 想像しただけで頭が腐りそうだ。

「これだから人間は」

 チッと舌打ちが聞こえ、狐っ子はますます怯えてごっちんの服にしがみつく。

「ごっちん様の衣服が汚――」

 何か言いかけたキャットは家の外まで吹っ飛んだ。何故か花壇の土を掘り起こしていた主人の横までズザァ―っと滑り、停止した。

「おや。キャット。話は終わったのか?」

 普通に話しかけてくる主人に、執事はがばっと起き上がる。

「魔王様に吹っ飛ばされた……。なんという栄誉。で、お前は何をしているんだ」

 ついでのように尋ねられ、主人はえっへんと胸を張る。

「盗賊が隠したお宝を探している」
「花壇に?」
「あったら儲けもの、だろう?」

 バチコンとウインクされ、キャットは気分と機嫌が悪くなった。

 中ではごっちんがよしよしと、男の子をあやしていた。

「帰る家はあるか?」

 男の子はぶんぶんと首を左右に振る。頭上の耳が面白いように揺れる。

「幸い――かどうか知らんが、主人殿が家に招いてくださっている。帰る家がないというのなら、一緒に、来るか?」

 努めて優しい表情と声を作ると、狐っ子はうんと大きく頷いた。
 こんな得体の知れない集団についてくるとは、家でもいい扱いをされていなかったと見られる。

「では、帰ろう」
「……」

 ごっちんはひょいと男の子を抱き上げた。

「重くない、の?」
「子ども一人、なんてことはない」

 家の外に出ると、主人とキャットがザクザクと穴掘りをしていた。

「……。何を思って穴を掘っている?」
「あっ! ごっちん様!」

 シャベルを放り投げ、キャットがすっ飛んでくる。狐の子は小さく悲鳴を上げた。

「荷物なら私が! ごっちん様が両手を使うなど」
「いや、私が持つ。私の両手が塞がってしまうから、道中はお前がしっかり余を守ってくれ」
「み、身に余る栄誉です……」

 感激で泣き出した大人に、狐っ子は変な人を見る顔で見つめる。
 泥だらけになった主人が近づいてきた。

「埋蔵金無かったわ。そうだ。きみ、名前は?」
「え?」
「俺のことはご主人様って呼んでね? かっこいいし寿命が延びるから。そう呼ばれるの、好きなんだぁ」

 にちゃぁ……と可愛くない笑みでほほ笑む。
 この人もしかして会話が通じないんじゃ……と、だんだん不安になってくる獣人の子ども。

 それでも家に帰るよりは、と思ったのだろう。

「おれは、エイオット……」

 主人は首を傾げる。

「良い夫?」
「耳鼻科行けドアホが。エイオットは確か花の名前だった気がする」

 花言葉は『家を守る』。長男に良くつけられる名前だ。
 花言葉にまで詳しい博識執事に、主人は「あ、ありがとうね……」と呟く。

「よし! エイオット。もうここに用はない。俺の家に帰るぞ!」

 ビシッと来た方角を指差す。

「あれお前――。まさかこのガキを助けに来ただけ、なのか?」
「うん」

 実にさらっと頷かれた。

「はああぁぁ? ガキ誘拐しにきただけかよ」
「おいおいおい。人聞きの悪い。俺は誘拐なんぞしたこと、あーゴホゴホ喉の調子が。エイオットもお腹空いているだろうし、早めに帰ろう」

 じとっと睨まれても主人はどこ吹く風。こりゃ何言っても無駄だなと、キャットが巨大猫に化けようとモノクルに手をかけた時、



「お、おい。エイオット……か? 無事だったのか?」



 一人の獣人が恐る恐るといった足取りで近寄ってきた。

「ひぅ」

 ビクッと、それを見た狐っ子の肩が揺れる。
 それを皮切りに、次々人が姿を見せる。武装もしておらずやせ細り、ぼろぼろの身なりを見るに、このロージン村の住人なのだろう。
 初めは不穏な顔つきだったが、盗賊の死体を見つけると徐々に、「これは……」「俺たち、助かったのか?」「村を支配していた奴らが死んだんだ!」と喝采があがるようになる。

 村人同士肩を抱き合い、助かったことに涙を流している。その一切に用事も興味もない主人はまるで見えていないかのような反応をし、キャットにいたっては舌打ちしそうだった。

「生きていたのか」

 近寄ってきた獣人がエイオットを抱いている十歳児の前で足を止める。
 大きな狐の耳に尾。髪の毛の色もエイオットと同じで顔つきも……お互い汚れていて判別できないが、兄弟か親類なのだろうと理解できた。
 もっとも――エイオットの方は恐怖に耐えるような顔で、ごっちんにぎゅっとしがみつく。
 大人の狐獣人が焦る。

「お、おい。どうしたんだ? お父さんに顔を見せてくれ。この人たちは? 一体何があったんだ」

 ろくに水浴びも出来ない環境だったのか、体臭が鼻につく。
 一見息子を心配しているいい父親だが、その目は装飾がすべて金のキャットをちらちら見ているし、いかにもお忍びのお嬢様である主人が気になって仕方ないのだろう。息子の顔など一度も見なかった。

 感動の父子の再会、にならなかったことでごっちんも興味を失くしたのか、臣下に命じる。

「言うことは何もない。帰るぞ。キャット」
「御意に」
「待ってくれ! それは俺の息子なんだ。まさか連れて行く気か?」

 頷いたのは主人だった。

「そうだよ?」

 唯一返事をした少女に、父親狐は詰め寄ってくる。

「どういうことだ? 貴族の……養子にでもする気か? そ、それなら俺も連れてってくれ! さぞ、いい暮らしが出来るんだろう? エイオットも、俺がいないと寂しいはずだ! なっ?」

 ここでやっとエイオットを見たが、今度は彼の方が父を見なかった。

「エイオット? ほら、何か言ってくれ。聞いているのか?」

 苛々してきたのかごっちんに近寄るが、キャットに足引っ掛けられて転んでいた。

「無礼者が……。殺します」
「子の前で、それだけはやめろ」
「はっ!」
「そうだぞー。こういうときは眠らせりゃいい」

 のんきに笑っている主人がポッケから取り出したのは、一枚の金貨。何の変哲もないそれを、指でキンッと弾く。
 金貨に目を奪われていた狐父だが、キャットの背丈より高く跳んだ金貨は、突如弾けた。

「ああっ?」

 なぜか勿体なさそうな声を出す親父だったが、金貨が消えた代わりにキラキラと金の粉が村全体に降り注ぐ。

「なんだ、これは?」
「金の……あめ……?」
「……ねむい」

 ばたばたと倒れていく。
 主人たち以外全員が熟睡していた。盗賊の恐怖から眠れぬ日々だったのだろう。過去最速で眠りに落ちた。
 腕の中の狐っ子も、すよすよと眠っている。

「やっぱきみたちには効果ないかー」

 たははーと笑う主人を冷めた目で見つめる執事。ごっちんは眠ったせいで体温が高くなったエイオットが気持ち良いのか、むにっとほっぺに頬を押しつけている。

「キショい魔法を使いやがって」

 狐の子とお戯れあそばされている魔王から一切目を離さずに悪態をつくキャットに、主人は真顔で苦笑する。

「眠らせただけなのに?」

 そんなキショかった?


 ♢主人メモ♢
 魔法とは何かと引き換えに超常の力を振るえる現象のことだよ。
 俺は金貨と引き換えに魔法の威力が上がるよ。そのため大量の金貨をため込んでいるよ。
 金貨一枚で下位魔法・十枚で中魔法。大魔法になると一気に使用金貨枚数が増えるよ。
 減る時はごっそり減るから、金持ちと貧乏を行ったり来たりしてるよ。生活は楽じゃないね。
 耐性持ちや、キャットやごっちんのような「単純に強い」者に、弱い魔法はほぼ効果ないよ。
 悔しいね。
 終わるよ。


「ふんっ」

 どこからともなく飛んできた、行きに使用した三日月に腰掛ける。
 主人は後ろ髪引かれることなく村をあとにする。五分後には、村の存在も忘れているだろう。
 両手が塞がれた状態でキャットの背に乗ることが出来なかったので、エイオットは巨大猫に化けたキャットが銜えることになった。もちろん服を噛んでいるので、身体に傷がつく心配はない。
 背中でごっちんが申し訳なさそうに腕を組んで踏ん反り返る。

「結局キャットに持たせてしまって、不甲斐ない」
『おひひはははふっ!(お気になさらず)』






 陽光知らずの森には二日かかる。
 自分たちはともかく、幼いエイオットに二日間飲まず食わずはきついだろう。

 道中、人が寄り付かない渓谷や沼地で食事を摂った。
 キャットが用意したお弁当に果実の皮が沈んだ果実水。それを見た途端、渓谷の狼や沼地の異様な雰囲気に死にかけた顔をしていた狐っ子の表情がぱあっと花咲く。

 主人一行にまともな者などいないので、誰ももっと空気の良いところやお花畑で食べよう、なんて言いださない。

 飯を広げてもキャットがいるおかげか、野生動物は近づいても来なかった。本能で危険を感じたのだろう。それでも一度だけ、翼を広げれば巨大猫より大きい勇気ある怪鳥がエイオット目掛けて飛来してきたが、執事に即座に焼き鳥にされ、おかずが一品増えただけだった。

 キャットの異様な強さ。それを従えている同い年っぽい男の子。話しかけても会話にならず、こっちを見ているのに視線が合わない金髪の少女。
 美味しいごはんでお腹が膨れ、心に余裕が出てきたエイオットは三人から少し離れたところで膝を抱えた。

「「「……」」」

 なんだか背中が「この人たちについて行って大丈夫なのだろうか……。でも帰るところないし」と言っているようだ。
 主人一行は顔を見合わせる。

「どうしたんだろう? 鶏肉には塩派だったか?」
「俺の飯が不満なのでしょうか? あの尻尾毟ってきます」
「キャットのご飯は、今日も美味だったぞ?」
「有難きお言葉ァ!」
「やはりデザートが無かったからか? 子どもは好きだもんな。甘い物」
「まったく。これだからガキは」
「私も、キャットお手製のお菓子は好きだ」
「もう死んでいいです。俺」

 なぜか遺書を書き始めた臣下と横でそれを眺めている主人は置いておいて。非常食であるケーキのようなお菓子の一切れをハンカチに包み、子狐に持って行く。

「エイオット。隣良いか?」
「え? ……うん」

 声をかけてきたのが黒髪の男の子(一番マシ)だったことに安堵し、小さく頷く。
 ごっちんは隣に腰掛ける。

「どうした? やはり家が恋しくなったか?」
「……」

 子狐は立てた膝に顔を埋める。

「あなたたちは、どういう……人たちなんです、か?」

 ろくに自己紹介も説明もしていないのだから、この反応は当然か。

「主人殿に仕えている者さ」

 馬鹿正直に正体を教えても混乱させるだけだろう。それにこれは別に嘘ではない。
 エイオットはちらっと後ろを振り向く。

「主人って、あの女の子?」
「そう。あの金髪の御仁だ」
「……かわいいけど、なんか、ふんいきが、変……だね」
「そうだな」

 あっさり肯定する男の子に、エイオットは軽く目を瞠る。

「……怒らないの?」
「何に?」
「……主人さんを、悪く言ったのに……?」
「そんな器の小さな御方ではない。それにあそこに執事がいるだろ?」
「うん」
「彼はしょっちゅう主人殿と殺……殴り合いをしている。今更ちょっと何か言われたくらいで、怒りはしない」
「……」

 そうじゃなくて主人が悪く言われたら貴方たちが怒るんじゃないの? と言いたげだったが、ごっちんはそっとハンカチを解く。

「これはとびっきり甘いぞ。食べて元気を出すがいい」
「いいの? ……甘いものって、高いんでしょ?」
「さっきも言っただろう? そんな小さな御方ではない、と」

 このビミョーーーっに話通じない感じが狐っ子にはストレスだった。こちらを見てほほ笑んでいるけれど、紫の目の奥に冷たい光があるのも怖い。
 けれども甘いものの誘惑には勝てなくて。
 ゆっくりと受け取り、一口齧る。

「……っ! あまい。これすごく甘いよ!」
「小さく千切って、ゆっくり食べると良い」
「うん!」

 口いっぱいに広がる甘味に活力を取り戻し、エイオットはがつがつと平らげていく。
 そんなわけで、エイオットはごっちんに一番懐いた。
 心を許したわけではないが、執事は怖いし女の子は不気味だし、消去法でごっちんしかいなかった。慣れない環境。小さい子は、甘えられ寄りかかれる者を求めるのだ。ごっちんはこの中では優しいが、どこか壁がある。それでもエイオットは休憩のたびにごっちんの背後をついて回った。

「ほほえましいなぁ」
「あんのクソガキが……。ごっちん様に馴れ馴れしい」

 岩石同士を削り合うような歯軋り音が聞こえる。
 主人はにやにやと笑う。

「おうおう。嫉妬か?」
「嫉妬だ」
「……そうか」



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