植物使い2

水無月

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しれっと何してんだ

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「そうだな。街から最低でも一キロは離れた場所が良いな」
「私の言い方が悪かった。街の中の! どの辺が良い?」
「……。人のいない、ところ?」
「街中っつってんだろ」

 駄目だ散歩に行こう。
 歩いていると晶利にとっての良い場所が見つかるはずだ。
 手を握って宿を出る。手を繋いでいないとすぐにゾンビになるからな! 必要だな!

「店の近くだと人が多いしな~。借家と言う選択肢も……ううん。やはり一軒家をどんと建てたい」

 昼と言うこともあり、人通りは多い。仲良く手を繋いでいる詩蓮たちを通行人がちらちらと見てくる。

「詩蓮。あの、出来ればなんだが、治安の悪いところが良いな」
「どうして?」

 晶利の顔色が悪い。

「話しかけられてうっかり殴ってしまっても悪人なら心が痛まない……」
「お前そんなんだから「荒野の化け物」とかいう不名誉なあだ名がつけられるんだぞ」

 却下だ。却下。
 一等地に建てて花でいっぱいの家にするに決まっているだろうが。

「花いっぱいの家か。蜂とか寄ってこないか?」
「蜂の何が不満だ?」
「いや、いい……」

 たまに帰ろうとする大人の腕を両手でしっかり掴み、引きずって歩くこと二十分。街外れに大きな屋敷が姿を見せた。

「おお。立派な屋敷だな」
「はぁ……はぁ……。こんなの、あったのか」

 塀に囲まれた広い庭。建物が薄苺色じゃないところを見るに、この街が出来るより前にここにあったのか。屋根には一部大穴が空いており、外壁にはヒビと蔦が幾重にも絡みつき、窓もほぼ割れていて風通し抜群だ。控えめに言ってお化け屋敷だ。夜だったら迫力がすごかっただろう。昼間なので、少し冷たく悲しい雰囲気を纏うただのぼろ屋敷だ。

「領主とかの屋敷、だったのかな?」
「どうだろう。かなり古いものに見える」
「お前が生きていた時代くらいか?」
「そこまで古くない」

 あの時代のもので残っている物と言えば黒槌の剣と俺の宝石くらいだ。今思えばあの剣、魔剣でもなんでもないのになんで錆びたくらいで済んでいるんだろう。持ち物まで不老不死になったのか。不思議だ。
 詩蓮が腰に手を回しぴったりくっついてくる。

「お、お化けとか……いたりするのかな?」

 湧き上がってきた庇護欲を押し返す。
 化け物にくっついているくせにお化けが怖いのか?

「死霊系の魔物だろうな。いるとすれば」

 だが王都や大きな街には「魔除け」効果のある牙や魔物の一部が城壁に埋め込まれているため、中に魔物は入ってこない。魔物が怖がるのは己より強い魔物。なので、埋め込む魔物の一部が強力なものであればあるだけ良い。

「晶利はお化けを見たことあるか?」
「無い」
「……ほんとうに?」
「ああ。どうした?」
「みんなに、会えるかなって……」

 晶利も少年の背に腕を回す。

「俺も皆に会いたい。でも出てきてくれたことは一度もない。……きっとあの世で馬鹿騒ぎしているんだろう。いつまでも。楽しそうにしているに違いない」

 それが一番いいと分かっているのに、たまには出てきて欲しいとも思うのだ。
 ふたりでぼーっと立っていると、屋敷の中から誰かが手を振った……ように見えた。

「ん?」

 目を擦るが、誰もいない。気のせいだったか。

「いま、こちらに手を振ったな」
「! 晶利も見えたのか?」

 驚いて見上げると冷静に頷かれる。
 わずかな期待を込めて言う。

「みんな、かな?」
「違う。死霊系……「招き手」だろうな」
「魔物⁉ 街中だぞここ」

 詩蓮の驚きももっともだが、こういった事態は稀にある。街が出来る前から存在していて、魔除けに阻まれ外に出ることが出来なくなった魔物。

「気づかないものなのか? 街を作る前に」
「そういう魔物は大抵大人しい。街が出来たことにも、数十年後に街が滅んだことにも気づかず眠り続けたやつもいる。ここにいる魔物もその一例だろうな」

 魔物の情報がスラスラ出てくるな。こいつこれで食べて行けそうだ。

「「招き手」ってなんだ?」
「人を呼ぶ魔物だ。呼ばれたからホイホイついて行ったらそこは金銀財宝が眠る洞窟だった、という例もある」
「……良い奴なの?」

 首を横に振る。

「魔物の巣窟だった例もある。いい場所に招いてくれる時もあれば、非常に危険な場所に放り込まれる時もある。一か八かに賭ける奴もいるが俺は見かけ次第、倒すことを勧める」

 招かれた人がどんな反応をするか見て楽しむ魔物だ。直接手を出してくることはないが、一度招かれるとその場所に着くまで夢の中をさ迷っている心地になり、我に返ることが出来ない。

「めちゃくちゃ危険だな」

 杖を持ってくればよかった。

「ああ。死霊系は一定の場所にしか現れない代わりに、厄介なのが多いからな」
「死霊系は聖系統の魔法でなければ払えないんだ、よな?」
「その通りだ」

 聖系統の魔法使いは数が少ない。この国では王都と聖地に一人ずついるだけだ。これでも多い方だと聞く。

「私の魔法では払えないか」

 親指の爪を噛む詩蓮。
 彼の「永遠鈍花」は効くかもしれないと思ったが、「かもしれない」なので言わずにおく。

「もし植物操作で倒せるなら、払ってやるつもりだったのか?」
「こんな危ないもの放置しておけるか。この場所からは出ないだろけど、屋敷が倒壊寸前じゃないか」

 相変わらず意識が高いな。確かに屋敷が崩れれば出てくるだろう。
 ならば、詩蓮の代わりに俺がやろう。
 首飾りを握る。

「歌え」
「えっ?」

 青空から光が差す。それはカーテンのように揺らめき屋敷を取り囲む。
 聖歌隊のような、厳かな歌声がどこからともなく響き――それは衝撃波となり屋敷の中にいた八十体の魔物を纏めて消し去った。

「! あんなに魔物いたのか?」
「驚いたな……。多くとも十体くらいだと思ったんだが」

 宝石から手を離す。光は消え、歌声もやがて聞こえなくなる。
 静まり返る屋敷。だが数秒前よりも輝いて見えるのは気のせいではない。聖魔法が埃や汚れも散らしたのだ。
 がしっと晶利の手を掴む。

「まて。なん、なに? お前。治癒魔法――光系統の魔法使いじゃなかったの、か?」
「そうだが?」
「そうだが⁉」

 今の派手な演出で街の人が不審がったようだ。ざわざわと声が近づいてくる。

「逃げよう」
「お、おい!」

 少年の手を握り返し、適当な場所へ引っ張っていく。
 離れた物陰から騒ぎをこっそり見つつ、説明を求めるように自分よりでかい肩を叩く。

「痛いぞ」
「すまん。私のことも叩いてくれ。遠慮はいらない」
「紗無に軽蔑されるわ。なんだ、何が聞きたい? 明日の天気か?」
「この状況で明日の天気知りたがる奴がいるのか? 植物操作に適した魔力を持つ私が植物魔法しか使えないように、魔法は一人一系統のはずだろ?」

 俺が悪かったから胸ぐらを掴まないでくれ。

「別に、やろうと思えば一人で複数の系統を使えるようになる。……二百年くらいかかるが」
「それは実質出来ないと言うんだ。なんだ? 昔の人たちは寿命が長かったのか?」
「昔は一人複数系統が普通だった。今より平和じゃなかったからな。戦闘民族が多かったと言ったが……みんな死にもの狂いだっただけだ。寿命を代価に、二百年の壁を無理矢理突破しただけだ」

 誰も長生きなんて望まなかった。子は無理でも、孫の代が平和であるように。少しでも早く戦わなくていい時代が来るように、文字通り命を散らした。
 詩蓮はゆっくりと手を離す。

「なんで……一人複数の、その方法が現代に伝わってないんだ?」

 歪んだ襟元を正す。

「単純に誰も伝えなかったからだ。自分が早死にする分は別にいいが、子や孫に早く死んでほしい者はいないだろう? 少なくとも俺の仲間にはいなかった」

 邪悪の消滅と共に闇に葬られた。魔法使いの質が落ちたのは、単に戦うばかりの人生ではなくなったせいだろう。魔法は使えば使うほど上達していく。詩蓮のように才能が有り植物からも愛されている者は階段一段飛ばしで駆けあがれる。
 反対に、毎日使わなければ衰えていく。手で掬った水の速度で。元々人には過ぎた力だ。使用を怠れば潮風に吹かれた刀より早く錆びついていく。

「……」
「俺は今言った聖と光、生活お役立ち魔法、あと風系統を使える。どれなら黒槌を殺せるか。必死だったから。……時間だけはあったしな」

 もっと殺傷力の高い闇や呪、雷系統の魔法を習得したかったが、晶利の魔力と相性が悪かった。
 胸元で揺れる宝石を見つめる。

「その、宝石は?」
「魔法石だ。昔はお前のように杖につけていたんだが、杖の部分が俺の寿命についてこられなくて風化した。残ったのは宝石部分だけだ」

 黒い、魔法石。

「黒なんて初めて見た」

 ちょいちょいと少年の指がつつく。

「他の系統の色が混じった結果だ」

 服の中に仕舞い、そろそろ帰ろうと腰を上げる。

「今度、風魔法を見せてくれよ」
「お。いいぞ。最近使ってないから不発でも笑わないでくれよ」

 ふふっと笑い合うと、背後から声がした。

「おにーちゃんたち、なにしてるの?」

 詩蓮は普通に、晶利はビクゥと振り返る。どう聞いても子どもの声なのに怯えすぎだろうと呆れた。
 見れば、いかにも浮浪児っぽい身なりの子どもたちだった。女の子の背に、男児がくっついている。

「ああ、えっと」
「かくれんぼー? いっしょにあそぼー」
「ではこれで失礼する」

 詩蓮を担ぐとその場から走り去った。きょとんとしている子どもたちが遠ざかる。

「おーい。子どもも駄目なのか?」
「あのくらいの子どもってすぐに泣くだろう? 俺が泣かしたようにしか見えない。つまり死だ」
「黒槌様がいないのに怯えすぎだろ……」

 騒ぎになってしまったので、散歩は中止となった。
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